神様は不公平だ。

 ボクには全てを見ることができて。
 ボクには考える力があって。
 ボクには生きる気力があって。
 ボクにはまだやりたいことがあって。

 でも――

 でも、ボクはそれを全てかなえる術を持っていない。
 きっと、幸せという言葉はボクに与えられない。

 真っ白い部屋の、窓のそばでいつも思う。

 きっと、あの枝の葉が全て散った時にボクの生命(いのち)の灯火はかき消える。



〜さは〜



 初めは大家族と言える、家に住んでいた。
 父さんと、血のつながらないたくさんの兄弟達と。
 マカ姉さん、チェダ兄さん、ルゾーラ兄さん、双子のパルメ姉さんにカッテ姉さん。
 歳の近いリム兄さんと、弟のモレラ。
 ボクは三女。九人家族と言うわけだ。
 そのころは確かチズと呼ばれていた。

 生命の灯火など気にせずに、元気にしていたその頃。
 ボクらは順番に裕福な家へもらわれていった。
 家の都合だから、あまり詳しい理由は知らない。
 父さんは無口な方だったから、語るなんてことはしないかったし。
 でも、マカ姉さんかチェダ兄さん辺りは知っていたと思う。

 ボクのもらわれた先は、東の果ての国。
 地図に載っている、一番右端の小さな国だ。
 そこの言葉は、初めボクには不思議な呪文にしか聞こえなかった。
 だけど、初めに父さんが名前を教えた時に、その国の文字に当てはめてくれた。
 千の鶴で、千鶴(ちづ)。
 向こうの人にはズとヅの発音が一緒に聞こえるんだ……と、父さんは苦笑いを漏らした。

 もらわれていった家にボクと同じ歳の少女がいた。
 どうやらこの家の主は、この少女の話し相手にボクを欲したらしい。
 楽しそうに微笑んだ少女は、一羽(かずは)と名乗った。

 一年全てが、一羽と共にあった。
 動けないボクに、いつも話しかけて、いつも外の話を聞かせてくれて、ボクを立派な一人の人間として見てくれた。

「千鶴、千鶴。みてみてーお父様を描いたの。上手でしょう?」
 ひまわりの咲き誇る、暑い夏。満面の笑みでボクに一枚の絵を見せてくれた。

「あのね、あのね。明日から学校に行かなきゃいけないの」
 桜が咲く頃には、ボクと遊べなくなると少し残念そうだった。

「千鶴には分かるかなぁ。んとね、えーっと……やっぱ、恥ずかしいなぁ」
 頬を赤らめて、嬉しそうに恋の告白をしてきたのは何年目かの秋。

「このお屋敷を、でなきゃいけないって。危ないんだって、都会にいると」
 戦火が厳しくなった冬、一羽と共にボクも田舎へと疎開することになった。


 そこから一度、ボクの記憶は消える。
 戦争がどうなったのか、全てが分からないまま。
 気が付くと、またあのお屋敷の真っ白な部屋の窓のそばにボクはいた。
(あ……れ?)
 外の景色は大分変わっていた。
 いつもそばにいてくれたはずの一羽は、どこにもいなかった。

 それからボクは、窓から見える唯一の大樹の葉を数え始めた。
 一羽のいない今、ボクを満たすものは何もない。
 動くことも叶わないならば、せめてあの葉になぞらえて静かに眠りにつきたかった。

 たくさんあった葉が、やがて数枚になり……とうとう最後の一枚だけが残った。
 あれが、ボクの……最後の一葉。
 その日、開け放たれた窓から穏やかな風が吹き込んだ。
 巻き上げられた最後の一葉は、ボクの方へと降りてくる。

"――――"

 誰かに呼ばれたような気がした。

 その時、動かないはずのボクの体が確かに動いたんだ。

"……ちーづ!"

 嗚呼、一羽。

 ようやく君の元へ行けるね。


 カタンッ
「ママー。おにんぎょうさんがたおれたー」
 薄ピンクのワンピースを着た少女が、一体のフランス人形を抱き上げた。
「キチンと元に戻して……あら、これは」
「なぁにー?」
 受け取った女性は、その人形を懐かしそうに眺める。
「これはね、おばあさまの人形なの。いつも大事にして、いつもそばに置いていたんですって。 確か……千鶴って呼んでいたはずだわ」
「ちじゅ?」
「ち・づ。……一緒にのんのんしていらっしゃい。おばあさまも喜んでくださるわ」
「うん!」


 神様は確かに不公平だった。

 でも。
 でも、ボクは――最後に誰よりも大きな幸せを手に入れた。


〜END〜

おまけ的あとがき。

秋のお題大会用として書いた物です。
まずは、色々とネタ晴らし。
兄弟達の名前ですが、これは全部チーズからとってます。
マカ→カマンベール チェダ→チェダーチーズ ルゾーラ→ゴルゴンゾーラ パルメ→パルメザン カッテ→カッテージチーズ リム→クリームチーズ モレラ→モッツァレラチーズ
それは何故か。主人公がチズだから。(笑)
分かりにくいかもしれませんが、主人公は最後にあった通りお人形です。
大体、時代背景的には戦前〜現代。
初めはヨーロッパの方で創られたチズが、旅の日本人に売られて日本に来ます。
あ、父さんは人形師のことです。この人は人間。兄弟達が血のつながらないのは、みんな人形だから。(創った人は一緒だけど、"血"はつながっていないですよね?)
その、売られた先が少し裕福な家庭。要は、お土産に買われたんですけどね。
んで、一羽ちゃんが戦後いなくなったのは、死んだわけではなく、結婚したからです。
その間、チズの記憶はないので、いなくなったと思っています。
お迎えが来たのは、それだけチズを大事にしていたから…と思いたい。

最後の少女と母親の会話は…
少女は一羽の孫にあたります。丁度、命日なので実家であるお屋敷に来ていたところ。
この日は、一羽が死んで丁度一年経っていることになってます。
「おばあさまも喜んでくださる」は、そういう意味です。
「のんのん」は、昔そんな風に言われました、お墓参りした時に手を合わせて祈ることを。

私にしては珍しいタイプの読み切りでした。
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