「バレンタインなんか、だいっ嫌いじゃ〜っ!」 その日数度目の怒りは校舎の壁にぶつけられた。 勿論、女の力で(しかも素手)びくともしない。自分の拳が痛いだけである。 目に涙を浮かべると、少女 羅草 未汐(らくさみしお)は壁を睨みつけた。 「甲斐(かい)のアホ〜っ! 馬鹿〜! 女好き〜っ! あんぽんたん〜っ!」 言ってる自分が泣けてくる。しかし、悪口はまだいっぱいある。 「甲斐性なし〜っ! ヘラヘラしくさって〜っ! 私の気持ちも知れ〜っ!」 それから…まだ続けようとしたが、後ろに人の気配を感じた。 しかし、ココは屋上の扉の前。階段を上ってくる音は響くはず。 ならば、何が? 未汐は確かめるべくそっと振り向いた。 ………… 『「わ〜っ?!」』 思考は一時停止。 足音がするはずはない。 いたのは足のない透明な気体――否、幽霊だった。 「ダメじゃ〜。とうとう頭までおかしくなった〜っ! 甲斐の馬鹿〜っ」 とりあえず、余計な物が見えるのは先程から悪口を言っている相手の所為にしたいらしい。 彼女は再び壁に向かって拳を突き立てた。 幽霊の方は少々困った顔をする。 『見えてるのはいいけどさ。もう少しお化け〜っていう反応しようよ?』 どうやら、脅かしたかったらしい。 まぁ、お化けという性分の所為かもしれない。 「お化けなんか存在しないもん。甲斐の所為で幻想が見える〜っ」 『はぁ……』 何を言っても無駄なようなので、幽霊は一度その場から去っていった。 「なんなのよぉ。まったく」 『うん。よく分かったよ、君が不機嫌な理由』 「わっ?!」 今度は未汐の体の中から幽霊が顔を出した。 目の前に突如現れられては、流石に驚く。 『大変だね。もてる彼氏じゃ』 「……あんたに関係ないでしょ。大体何してんのよ人の体の中で」 普通はもっと驚くんだけど……とぶつくさ言いながら幽霊は再び未汐の前に現れた。 先程はよく見てなかったので気付かなかったが、歳は同じくらいの少女。 天然パーマがかったフワフワの髪の毛が首の辺りまである。 『困った人を助けるの。それが……私の仕事?』 「疑問系で言われても説得力なし。って……何で甲斐のこと知ってるのよ!」 『君に関係する物をたどって、校舎を走ってきたからね。碕斉 甲斐(さきざいかい)か……いい彼氏じゃない』 屈託のない笑みを向けられ、未汐は言葉に詰まってしまった。 冷静になって考えると、大人げないことをしてきた気がする。 肩に掛かる黒髪を指でいじると、反省をつらつら言い出した。 「そりゃぁ、私の彼氏だもん。だけどね……ヘラヘラして、他の女から先にチョコを貰うのはどうかと思うわけ! 普通は彼女である私が一番に渡すべき所でしょ? そりゃぁ、甲斐がもてるのは昔から知ってるし、重々承知の上のつきあいよ。 でも……でも、許せないわけ!」 『……要するに、嫉妬ね』 「そうよ。ど〜せ私は可愛くない女ですよ〜だ」 『それは、彼に言われたの?』 返答につまり、未汐はうつむいてしまった。 甲斐は何も言ってない。今日だって、何も言わせないで自分の言いたいことだけ押しつけてきた。 いつだってそう。言いたいことを押しつけて、でも甲斐は笑ってくれる。 幽霊は、微笑んだ。 『何も言うことはなさそうだね。アドバイスは必要なさそうだし……君はよく分かってるじゃない』 「えっ?」 『自分の心の思うままやってごらん。そうすれば、大丈夫だから……それと、お迎えだよ』 幽霊に言われたとおり、階段を上る音が近づいて来る。 屋上への扉には鍵がかかってるし、逃げ場なんてない。 「未汐!」 大好きな声が呼んでくれる。 『ほら、謝ってそれを渡しておいで。君に必要なのは、後悔する事じゃなくて前に進むこと。まだ間に合うから……ね?』 そういって悲しげな笑みを浮かべると幽霊は消えてしまった。 まだ、名前も聞いてなかった。でも今未汐にとって重要なのはそこではない。 「未汐! 探したんだ、どうしてこんな所に」 「あのね、甲斐……」 触れるだけの口づけをかわすと、未汐は微笑んで渡す物を袋から取り出した。 謝れないで悔やんだまま死んだ少女の話って知ってる? その子は同じ境遇の子の前に現れるんだって。 自分と同じにはなって欲しくないから……そんな願いを込めて。 自分の分も幸せになってってさ それは、昔話。 今は幽霊だけの記憶となってしまった、悲しい過去の話。 いつかきっと、自分が満足できるようになれば、この場所から解放される。 『お仕事、完了〜今年もいいことしたね』 だが、もう既に解放されることを望んでいない。 自分と同じ者を幸せにしてあげたいだけ。 幽霊は透き通る青空の中に、溶け込んでいった。 〜END〜 おまけ的あとがき。 バレンタイン記念話ー。(笑) と言いつつ、実はこれ大分前の作品です。 いつだったかは忘れてしまいましたが……多分三年くらいは前。 ま、だからちょっと出すのが恥ずかしいっつーか、目を背けたいと言うか。(苦笑) さて、幽霊さんは昔に似たような状況にありました。 でも、仲直りせずに後悔したまま、死んじゃったという…。 今は幸せみたいですけどね。人の役に立てて(笑) ちなみに未汐ちゃん……私の某夢小説の三番目のヒロインの名前から。(待てコラ) どうせ表に出てこないからねぇ、と使っちゃってます。 カイは音から入ってます。最初別字をあてたりもしたんですが、最終的に甲斐に。 とりあえず、いいなぁ。両想いで。(笑) 毎年のことですがねぇ……とりあえず今年も何か作ろうかな。 ではこの辺で。 2006/02/12 |
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