それは――どこにでもあるような世界……

 ただ違うとすれば、住む人々の持つ特殊な力。

"魔法"と呼ばれる物を使うための、少しばかりの魔力。

 火を起こしたり、傷を治したり、いたずらに風を起こしたり……

 生活の一部に溶け込んだ、大きすぎない……頼りすぎない程度のちょっとした魔力。


 これは、そんな世界に住むある少女の物語……



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Case1 西方のあいつ〜



 いつもと変わらぬある日の授業中、ノートをとる手を休めると彼女は窓の外を眺めた。

 太陽が随分元気に見える、午前最後の授業。

 今は五月の初旬。月の終わりにはテストもあるというのに、教室後方は騒がしいことこの上ない。

 そんなことを考えているのは、髪は焦げ茶のセミロング、瞳は黒といった、どこにでもいる少女。

 ため息を一つつくと、彼女はシャーペンをクルクルと回し始めた。

(あれから2週間とちょっと……か)

 もう一つ大きなため息をつくと、屋上で待つ四人のことを頭から振り払った。



 私の名前は東雲 斑鳩(しののめいかる)一応17歳の高2。

 成績は中の上くらい、と言っても魔法学は除いてね。

 火を起こせば爆発するし、水を作れば酸になったり塩基になったり蒸発したり。

 でもってつむじ風は暴風となって暴れ出す……

 ま、そんな事はおいといて。

 現在向かっているのは屋上。持っているこれは重箱だけど、お弁当。

 5人分となるとこれくらいしか器が残ってなかったんだよね。

 友達と言えばそうなるけど、ちょっと変わった四人組が上で待っている。

 会って2週間……でもこの先ずっとつき合ってくのは確実なとこ。

 悪い人では無いけどね……多分。うん。

 さてと、たどり着いたのは屋上の扉前。

 立ち入り禁止のロープをくぐり、四人の見つけた要領で扉の一点を蹴ると、明かりが差し込んできた。

 不思議なことに、誰も知らないのよね…この方法。

 光に目が慣れたところで、屋上に飛び出すと静かに扉を閉めた。

 そして振り向くと、四人は笑顔で迎えてくれた。

「おまたせ〜!」

「あら、今日は随分早いじゃない。ま、ワタクシを待たせて良いのは貴女くらいよん」
 一番左にいたのは、乙姫様みたいな格好した大人しそうな20代前半くらいの女性。

 海色の髪に紺の瞳。水色の細長い布を額に巻き付け左の耳上あたりで結んで垂れ流している。

 あの髪絶対に膝くらいまではある……重くないのかな?

 耳には雫のピアス。白い着物の上に蒼のチョッキを着て、雫飾りの付いた紺の帯で止めて、下は白のロングスカート。

 名前は藍霞(らんか)。ハッキリ言って見かけ倒れな人。

 大人しそうだけど、中身女王様だもん。私は藍姉(らんねえ)って呼んでる。

「昼飯〜! 待ちくたびれたぞ」

 嬉々として飛びついてきたのは野生児みたいな18〜19位の元気な青年。

 真っ白な、これまた藍姉に負けないくらいの長い髪をうなじあたりで結んでいる。瞳は目立つ金。白い牙が鎖についたピアスをしている。白の袖無し、長ズボンの上に、茶色い何かの毛皮のチョッキ。それで、謎は黒のアームウォーマー。暑くないのかな?

 名前は白穂(はくほ)。わかりやすく、あだ名はしっぽ。

「……」

 こちらを見て微笑んだのは、藍姉と同じくらいの男性。

 黒茶の髪をおかっぱ…というよりマッシュルームカットにし、瞳は黒。黒緑の長袖長ズボンの上に、横あき袖無しのチャイナ服。縁は深緑、柄は葉が三枚で、上から茶色いベルトをしている。左手首に黒のリストバンド、右腕には手っ甲。

 名前は亀礁(きしょう)。あだ名はきーちゃんだけど、キノコの方がわかりやすい。

「え〜もう来たの? あとちょっとなのに」

 頬をふくらませ、本を閉じたのは座り込んでいる13くらいの男の子。

 右側の3束だけある緋色の目にかかる前髪、後ろは燃え立つ炎の形をしたオレンジ髪。瞳が唯一オッドアイで、右は紅、左は橙。その色が、細長いレンズの眼鏡の向こうに見える。首に一つ、左腕の上側に二つ黒い皮のベルト。右肩からかけた白い布だけを纏い、左半身は露出している。

 よくある神話の神様みたいな格好だ。

 布を留めその下から裾を出すベルトも半ズボンも紅。そしてサンダルを履いている。

 名前は緋真(あけま)。年下に見えるから、あだ名は緋君(あけくん)と呼んでいる。



 一応人に見えるけど、耳が尖っているからそうじゃない四人組が、今私の目の前にいる。



「じゃ、緋君が終わってからにしよっか」

「うん、そうしてくれると僕としては嬉しいかな」



 私としては信じがたいけど、一応天界に住む神様。



「ええ〜っ!」

「妥当なところでしょう。白穂君、我慢は時に必要です」

「そんなん、横暴!」

「俺としてはこのまま、無しっていうのも選択肢ですが」

 ぶわりと背後のオーラを開放するきーちゃん。ハッキリ言って怖い。

 しっぽなんか、半分死にかけだもん…ああ、大丈夫かな?

 かくいう私も、藍姉の影に逃げてみたり。

「白……また、こき使って欲しい?」

「藍〜元から下僕みたいだろぉ〜」

 ころころと表情を変えるしっぽは、一番子供なんだな…と思う。藍姉にはベタ惚れだしね。



 こんな人間じみた人たちが神様って言ってるけど、別に全知全能の神様ではない。

 一番偉い神様は別にいて、四人はその下につく神様なんだって。

 藍姉が青龍、しっぽは白虎、緋君は朱雀、きーちゃんは玄武っていう位を持った四方を守る神様。



 で、どうしてこんな人たちと私が関わるようになったかというと……

 その理由を話すためには、私の17の誕生日…4月20日までさかのぼらなきゃいけない。



 約2週間前……4月20日。

 いつも通り斑鳩は帰路についていた。勿論、本日も何事もなく、すむハズであった。

 …電柱の影に、それを見つけるまでは。

 それは真っ白いワンピースを着て、悲しげにたたずむ幼い少女。

 じーっと斑鳩の方を睨みつけている。

 瞳に光がない上に、宙に浮いていることから、この世の者ではないことはすぐに分かった。


 昔から斑鳩の目はそういう者を映すことができた。

 しかし、大抵は見えるだけ。他には何もできない。

 ごくまれに助けの声を掛ける者もいるが、その時は丁重に断った。

 "見える"だけで他に力はないからだ。

(見てる…だけだよね)

 いつもとは違う視線に疑問を感じながら、斑鳩はその場を離れようとした。

 しかし、少女から目を離すことも、その先に足を進めることもできなかった。

(う…うっそぉ?! 立ったまま金縛り?)

 どんなに力を入れてみても、指先まで綺麗に痺れている。

『フフフ………え……ちゃん』

 声が耳まで届くと、背中に氷水を入れられたような感じがした。

『ねぇ、おねーちゃん……それちょーだい』

 少女は電柱から離れると、近づくわけでなく腕を差し出してきた。

 斑鳩には少女の指す"それ"が何かは分からない。

 答えられず沈黙を保っていると、少女はにぃっと笑った。

『ちょーだい。くれないの? だったら…』

 腕が、斑鳩に向かってのびてきた。木が生長するその何倍かの早さで。

(ダメだ、逃げ切れないっ)

 そう思った時、少女と斑鳩の間に小さな竜巻が起こった。

 自然現象ではなく、誰かが人工的に作りだした風。

 怯んだ少女の目の前に、無敵な笑みを携えた白穂が姿を現した。

「残念でした。今日からわしらがついてるんだい!」

『何故…』

「何故? セーラが今更気付いたんだ、落とし物にね。で、ここは街の西方…だからわしが来たわけ」

『邪魔を…するなぁっ!』

 少女から咆吼が上がると、その姿は一変した。

 白いワンピースは千切れ、背にはゴツゴツした突起、肌は白から灰色の岩石質に。

 犬のような耳が生え、かわいらしい顔は跡形もない。

 いわゆるハリネズミのような"怪物"へと変わってしまった。

「うわ……ホントに復活してるじゃん、"ユーベル"」

「"ユーベル"?」

 思わず聞いてしまったのだが、その時斑鳩は自分が動けることに気がついた。

「"ユーベル"は……後で説明する。あれ、倒したらな」

 肩越しに斑鳩の方を見てから、少女だった"ユーベル"に目線を戻した。

 尻尾のように、白穂の後ろ髪が揺れる。

 この時斑鳩の中であだ名が決定したのは言うまでもない。

「西方位の神より天空の風に命ずる 悪しき者をとりさらえ!」

 風が白穂を取り巻くと、左手を"ユーベル"に向けた。

「いっけぇ!」

 その左手から無数の刃が飛び出していく。

 しかし、"ユーベル"は僅かに揺れると、その場から消え失せた。

 白穂の放った刃はいなくなったその場所に、命中したのだった。

「げっ…逃がした」

「バカだなぁ、白穂。そんなんだから、逃げられるんだよ」

 周囲の温度が僅かに上昇し、温風が斑鳩のほおを撫でた。

 見上げた横の塀の上に、緋真がちょこんと座っていた。

「あけちん」

「"ユーベル"なら退治したよ、一発で燃やしたから」

 呆然とする斑鳩の横に、緋真は飛び降りてきた。

 そして、人なつっこい笑みを浮かべると口を開いた。

「やぁ、僕は緋真。どうせ白穂のことだから、自己紹介してないでしょ? みんなそろってからで良いかな…説明。今何が起きてどうなったのか」

 不審に思いつつも、聞かなきゃ納得できない斑鳩は、二人についていくことを決めたのだった。



 そんなこんなで、今現在に至ったりする。

 あの四人の言うことを全部認めたわけじゃないけど、実際起こっている事は事実だし。

 私が"ユーベル"に襲われるようになったのもあの日からだから。

 あ、"ユーベル"について忘れてた。

 簡単に言えば、悪霊。その辺にいる幽霊が、何かしらの影響で力を持ってしまった形のことを呼んでる。

 で、そいつらの狙いは私が持っているらしい"神様の落とし物"。

 神様のくせに、落としたまま忘れるのもどうかと思う。

 なんだったっけ、落とし物の名前。

 ん〜っと……え〜っと……

「ねぇ、しっぽ」

 つまみ食いをしようと、私の広げたお弁当に手を伸ばすしっぽの髪を私は引っ張った。

「痛〜っ! ひっぱるなよぉっ!」

「あれ、なんて言ったっけ…"神様の落とし物"」

「落とし物じゃなくて、宝物」
 小馬鹿にされた。あんたほど私はバカじゃないですよーだ。

 ま、見下ろされるのは仕方ないよね。身長差約20pだもん。

 黙って頷くと、しっぽはにっこり笑った。



「神様の宝物、シャッツの一つ、全て見の珠」



 皐月の薫風(くんぷう)が私の頬としっぽの髪を撫でて吹いていた。



 始まりはそんなところから。



 私、東雲 斑鳩(しののめいかる)と四人の神様の物語は幕を開けた。


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おまけ的お題理由。

40:風
大本のお題大会も『風』だったためが主。
本当は1:序章の予定だったのですが、こっちの方がしっくりくるかな…と。
といっても使っているのは、最後のくだりだけだったりとか反省点はいっぱい(笑)
斑鳩視点で始まって、次回から三人称へ。
始まりの風は、物語への誘い……

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