それは――どこにでもあるような世界……

 ただ違うとすれば、住む人々の持つ特殊な力。

 "魔法"と呼ばれる物を使うための、少しばかりの魔力。

 火を起こしたり、傷を治したり、いたずらに風を起こしたり……

 生活の一部に溶け込んだ、大きすぎない…頼りすぎない程度のちょっとした魔力。


 これは、そんな世界に住むある少女の物語……



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Case2 ドジな神様〜



 その日は確かにいい天気で、とてもいい日になるはずだった。


 神様達が住むとされる、人間界の上空にあるとも、異世界にあるともされる場所…

 神話の中に伝えられるのは白き神殿に清らかな泉。いつでも草木に恵まれ、全ての物があるとされる場所。

 それが天界だった。


「う…い、嫌じゃぁぁぁっ! 自分は遊ぶんだぁぁぁっ!!」

 数日おきに聞こえるわめき声が、天界中に響き渡っていた。

 乱暴に扉を開け、灰色のマントを翻して水色の髪の人物は走り去っていった。

 後に残された人々はそれぞれ諦めた様子でため息をつくと、立ち上がったのである。


 入り組んだ廊下の先にある、倉庫とも呼べるべき真っ暗な部屋に先ほどの人物は逃げ込んだ。

 扉から見えない位置まで来ると、そこに座り込んだ。

 水色の髪を、首の後ろから黄色い布で腰下あたりまでぐるぐると覆い、先がしっぽのようにでている。右前髪のあご下までかかる長い一房だけは、青。左の耳には金の大きな輪をつけ、左頬には黒い十字架の痣。サファイアの双眸に、同じ色の甲冑を着ている。甲冑の上に灰色のマントを止めており、長さは引きずる一歩手前。あとは真っ白い長袖の上下である。

「何であんなに仕事をさせたがるかなぁ」

 自称神様ならぬ、彼がこの世界の最高神である。

 四神達の上に立ち、生と破壊を司る全知全能の神。

 セイラントという名はあるのだが、それを知るものは少ない。


 彼の逃亡劇は長く続きそうにも思えたが、いつものことなわけでそんなことはなかった。

 扉の外ではせわしなく駆けている音がしているが、いくつかが扉の前で止まった。

 そして、少しの間をおいて静かに扉がひらいたのである。

 隠れているセイラントは肩を振るわせて縮こまった。

 のぞき込んだのは青龍の位を持つ、東方位の神 藍霞(らんか)。

 海色の長い髪がさらりと揺れた。

「セイ……ここにはいないのかしら? 残念ね、見つけだしたらしばらくこき使ってあげるのに」

 語尾にハートをつけそうな勢いでにっこりと笑うと、彼女はすぐに扉を閉めて出ていった。

 勿論、倉庫にセイラントが隠れていることに、彼女は気づいている。

 しかし、セイラントはそんなことよりも藍霞の言葉に怯えていた。

「藍のこき使うって……殆ど下僕じゃぁ」

 嫌なことを思い出してきたのか、目には涙が浮かんでいた。


 次に現れたのは朱雀の位を持つ、南方位の神 緋真(あけま)。

 部屋をのぞき込んだ時、細長い眼鏡が丁度逆光で光っていた。

「セイラント……君が頼むから用意をしたのに、無駄にするつもり? まったく、嫌だよねぇ。人の好意は素直に受けるべきじゃない?」

 隙間からかいま見えた緋真の顔は、青筋が立っているどころではなかった。

 彼が出ていった後のセイラントはというと、震えが止まらなくなっていた。

「緋、凄く怒ってるよぉ……どうしよう」

 涙が浮かぶどころではなく、今度は半泣き状態である。


 三人目は玄武の位を持つ、北方位の神 亀礁(きしょう)。

 黒茶の髪をマッシュルームカットが特徴的である。

 クスリと笑った彼は、のぞくだけでなくわざわざ部屋に進入し、あたりを見渡した。

「セイラント……はいないんですよね? いたらでてきますよね。一人言言っても聞いていませんよね。俺のコレクションを久々にいたぶろうと思ってるんですが、邪魔なんて入りませんよね。聞いてませんものね」

 ある意味引導作戦なのだが、それにセイラントが引っかかるかどうか。

「ダメだ止めに行かなきゃ。絶滅動物が死んじゃうっ!」

 ……見事引っかかりかけていたりもした。


 最後に勢いをつけて扉を開いたのが白虎の位を持つ、西方位の神 白穂(はくほ)。

 真っ白く長い後ろ髪が、しっぽのように大きく跳ねた。

 決して厳しい顔なのではなく、彼は満開の笑顔だった。

「セーラぁ遊ぼうよ〜でておいで〜」

 その誘いをセイラントが断るはずもなく、箱の影から飛び出したのである。

 勿論、白穂が扉を開けただけで中には入っていない。

 しかし、今や白穂しか目に入っていないセイラントは、しっかりと抱きつくと頭をなでた。

「白だけだよぉ〜わかってくれるのは。遊ぼっか。みんな怖いんだよ? なんだか怒ってる……し」

 今更ながら外に出た自分を呪ったセイラントである。

 白穂はあくまで囮だ。どうあってもでてこないセイラントを引っ張り出す最終手段。

 といっても、その手段を行使するのは大抵残りの三人だけ。

 つまり、囮と言っても行動をただ利用されただけである。

 出てきたとたん、扉を閉め背後に回るのは亀礁。右には藍霞、そして左には緋真が現れる。

「「「セーイーラーンートーッ!!」」」

「ひっ……白以外は皆、大嫌いだぁぁぁぁっ!」

 追いつめられ、きょとんとする白穂の横を三人に引きずられていくセイラントが、仕事部屋に戻されたのはすぐのことだった。

 その顔は酷く青ざめて疲れ果てていたとか。


 これから下界で大変なことが起こるにもかかわらず、今日も天界は賑やかである。



 高校2年生である東雲 斑鳩(しののめいかる)は下校途中であった。

 今日一日何も無かったわけではないのだが、あまり触れたくはなさそうである。

 例によって魔法学の授業中にひと騒動起こし、疲れ果てていた。

(どうして、うまく調節できないんだろう。全て見の珠の所為なのカナ?)

 確かに神様の力を宿す物が体に宿っているからと思えばそれですんでしまう。

 だが、本当にそれだけなのだろうか?

 その疑問を解決してくれる人物が存在しないのだから、これ以上考えても無駄だろう。

 一人無理矢理納得すると、斑鳩は足を速めた。


"……にゃぁ……"

 と、鳴く声が聞こえたのは家まで後少しという頃のことである。

 普段は通り過ぎる行き止まりの脇道からだった。

 気になったのと、まだ明るいと言うことで、斑鳩はその脇道に入っていった。

 目に入ったのは小さな黒猫が段ボール箱から頭をのぞかせている姿。

 動物が苦手と言うことはないので、斑鳩はすぐに抱き上げたのだった。

「どうしてこんなところに……ここじゃぁ、誰も拾ってくれないよ?」

 喉のあたりをなでてやると、ゴロゴロと気持ちよさそうにしている。

 しかし、すぐさまその目には邪悪な光が映ったのだった。

 斑鳩が頭をなでようと手を動かすと、黒猫はにぃっと笑った。

『油断が過ぎるぞ、神の宝―シャッツーを持ちし者よ』

「え?」

 猫の毛がぶわりと立ち上がり、牙が鋭くなっていく。

 そのまま大口を開けると、斑鳩の手に噛みついたのだった。

『その身を滅ぼし、我らの糧となるがいい……』

 咬まれたところから全身に広がるズキズキとした痛みと、目眩とに襲われ、斑鳩はその場に崩れ落ちたのだった。

 微かに見えたのは、鋭く長い爪と牙、ギザギザの尾を持った黒い獣。

 "ユーベル"だと思った瞬間、斑鳩は完全に意識を手放したのだった。



 斑鳩の異変に、セイラントが気づいたのはすぐのことだった。

「青龍、朱雀、玄武、白虎! 大変だっ」

 四人の休む庭に駆け込むと、今度は何だ? という視線をすぐに向けられる。

 いつもとは違い、位名で呼ぶということは、ふざけているわけでは無いと言うことだ。

 僅かだが、四人の周囲の空気が張りつめた。

 対するセイラントは、息を切らせながら一言ずつ区切って言った。

「今すぐ……下界へ……行ってくれっ! 斑鳩君……が……大変な……事に」

「いかるんが? わし、行ってくるっ!」

 説明も聞かずに飛び出していったのは白穂。

 読んでいた本を閉じ、ため息をついてから緋真がそれに続いた。

「一体どういう事? 説明しなさい、セイ」

「疑う気はありませんから。セイラント」

 残された藍霞と亀礁が、半信半疑でセイラントのそばに寄った。

 先ほどのふざけた顔ではなく、まなざしは真剣な物である。

「まずいことになった、ビョウキだ」

「「病気?」」

「……猫の鬼と書いて猫鬼(びょうき)ただの猫と間違えやすいから注意しようがないんだ、油断したよ。多分、ユーベル達はそれを狙ったんだと思うけど」

 さわりと風が吹き抜け、セイラントの青い髪の一房をなでていく。

 藍霞と亀礁は顔を合わせてから、同時に頷いた。

「で、一体何をしろと?」

「猫鬼の力は浸食。本体を捕まえてからでないと完全に治すことは出来ない。ユーベルである猫鬼の力が回りきるまで、もって36時間。それがリミットだ。ただし、最大でだから……場合によっては早まるよ」

 すっと細められた目は悲しそうにも見えた。

 少し、自分を責めているのかもしれない。

 神の宝を持ったがために、ユーベルに狙われることとなったのだから。

「捜し物ならば、俺と白穂君がいいでしょう。藍霞ちゃん、緋真君とともに斑鳩ちゃんをお願いしますね」

「わかったわ。セイ、あまり自分を責めないこと。必ず一人は守りにつくという任務を忘れたワタクシ達がいけないの。貴方はここで見守っていないさい」

「……うん」

「そんなに虐めて欲しいのかしら?」

 精一杯首を横に振るセイラントに微笑むと、藍霞と亀礁は姿を消した。

 見上げた空は変わらずに青い。

「どうにか、斑鳩君が戦ってくれると助かるんだけど。36時間……最悪時の用意もしておかないとな」

 セイラントもこの先に起こる事態を考えるべく、動き出したのである。



 白穂と緋真が斑鳩の元にたどり着いた時、すでに猫はいなくなっていた。

「いかるんっ!!」

「うわぁ……悲惨」

 駆け寄る白穂の後ろで、緋真はボソリと呟いた。

 確かに斑鳩の倒れ方、顔色、周囲に散らばった物を見るとそう思えるかもしれない。

「あけちん〜っ! どうしよう、いかるんが死んじゃう!」

 正直大げさすぎると緋真は思った。

 いくら何でもまだ生きてる人間を抱きしめて、大泣きするなどと。

 ため息をつき、持ってきたハードカバーの本で白穂の頭をたたいた。

「バーカ。そんなわけないだろ。少しは落ち着いたら? 白穂」

「で、でもぉ」

 この期に及んでまだ涙目で訴えるので、流石の緋真もカチンときた。

 今度は表紙ではなく、ハードカバーの角で何度も白穂の頭をたたく。

「説明を聞かずに飛び出してきたバカは誰なわけ? わざわざ着いてきてあげた僕はどうなるわけ? ていうか、その態度は何? それ……ん?!」

「緋……ちょっとやり過ぎよ」

 緋真の口を押さえ、二人の間に降り立ったのは藍霞。

 不服そうな緋真に一睨みを利かせ、白穂の方へ向き直る。

 しゃがんでからまずは斑鳩の額に触れた。

「東方位の神よりそこに在りし水に命ず かの者を包み保護したまえ」

 触れた斑鳩の肌は少しひんやりとしていた。

 心配そうに見上げる白穂に、にっこりと微笑みかける。

「とりあえず、斑鳩を家まで運んで。緋は荷物よ」

「なんで僕が」

「ワタクシの言葉が聞けないと? なんなら、貴方が斑鳩を運ぶ?」

 そういわれては流石の緋真も言葉に詰まった。

 斑鳩はこれでも168p。緋真と比べれば16pほど高い。

 自分より大きな相手を担げというのは酷である。

「……仕方ないな」

 散らばった荷物をかき集めると、一緒に持ち上げたのだった。


 家に近いこともあり、誰とも会うことはなかった。

 部屋のベッドに斑鳩を寝かせると、藍霞が何があったかを二人に説明した。

 再び不安が残らぬようタイムリミットについては触れなかったが。

 丁度、話し終えると亀礁がようやく現れた。

「行きましょうか白穂君。猫鬼の気配が消えてしまう前に……ああ、藍霞ちゃんこれを」

 藍霞に小さな木箱を渡すと、白穂の腕を引いた。

 何か考えていた白穂は、首に下げている牙のついた革ひものペンダントを寝ている斑鳩の首にかけると、出ていったのだった。


「あら、これ破邪の退魔香だわ」

 箱を開けて藍霞が取り出した物は蓮の花の形をした紫の香炉。

 緋真が感心したように口笛を吹いた。

「わざわざそれを持ってきた訳か。白穂のやったことは無意識だろうけど、獣の牙も破魔の役目を担っている……と」

「何にせよ、早く戻ることを願うばかりね」

「だけど、もし間に合わなければ?」

 火の灯った香炉を斑鳩の枕元に置くと、曖昧な笑みを緋真に向けたのだった。


―――――リミットまで あと36時間


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おまけ的お題理由。

1:序章
しっくり来るのが見あたらなかったというのも、理由。
次回への繋ぎものになってしまったからと、きっかけの次にくる始まりという意味での序章。
ちなみに大本のお題『猫』は事件の大元凶だったり…どうしてこういう風にしかお題を使えないんだろう(苦笑)
事件の始まりは、ユーベルとの戦いへの序章…

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