それは――どこにでもあるような世界……

 ただ違うとすれば、住む人々の持つ特殊な力。

 "魔法"と呼ばれる物を使うための、少しばかりの魔力。

 火を起こしたり、傷を治したり、いたずらに風を起こしたり……

 生活の一部に溶け込んだ、大きすぎない…頼りすぎない程度のちょっとした魔力。


 これは、そんな世界に住むある少女の物語……



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Case3 外と中と〜



【 ………め 破滅……へ  ……よ …え… ………ぬ血

  …ら……に…り ……の……へ  …し……と…… …… …せ
 】



 意識を失った感覚の後、斑鳩は沈んでいた。

 手はもう痛くはない。

 暗い暗い闇の底。

 海の奥底に沈んでいく。


 何処までも何処までも……続くわけはなく、終わりはすぐにやってきた。

 背に当たったのは黒い壁。

 水の中にいた感覚は消え、大地に転がっている気分である。

 おかしいと思い上体を起こすと、やはり闇の中だった。

 ガラスの砕けるような音がひびく、ただ真っ黒な空間。

 求めようと腕を伸ばしてみても、何も手に当たらない。

"捕まえられないよ"

「え?」

 何もなかったその場所に、ほんわりと明かりが灯った。

 声のした後ろには誰もいない。何だ? と思い元の方を向くと、小さな人間が浮いていた。

 青の珠を二本の紺の紐で額に留めた、うす蒼の短い髪。前髪は珠によって真ん中で分けられ、外側にいくほど長い。犬のような黒い耳、海の底のような紺の目に、猫のような縦長の瞳孔。全身が黒い包帯で覆われており、その上にはいた白い半ズボンが少し目立つ。

 首の後ろから伸びる包帯の両端は針金が入っているのか、肩の外側を大きくぐるりと周り鎖骨の前あたりで浮いているような感じだ。

"よぉ!"

 自分を認識された故、その小さな人間は右手をしゅたっと上げた。

 驚きのあまり声を出せない斑鳩の様子を気にせず、彼は話を続ける。

"ゴメン……な。守れなくて。いくら神様の宝物、シャッツとは言え万能じゃないんだよ。オイラは見ること専門だし"

「……誰?」

 警戒心丸出しで、斑鳩は彼を睨みつけた。簡単には信用できないというオーラがにじみ出ている。

"おろ……分からないか? 全て見の珠だよ。す・べ・て・み・の・た・ま"

 ご丁寧にも言葉を二度繰り返し、しかもその2度目は区切ってわかりやすく言ってくれた。

 全て見の珠といえば四神達(青龍の藍霞・白虎の白穂・朱雀の緋真・玄武の亀礁)が言っていた、斑鳩の中にあるという神様の宝物の一つ。

 何でも斑鳩と完全に同調しているため、取り出すことはできないそうだ。

 そんな物が、自分だ! と目の前で言い張っても、斑鳩は信じられなかった。目前の現実を否定しようと、両目を力一杯こする。

"あ、信じてないだろ"

 沈黙を肯定と見なした自称 全て見の珠は、当然だなと言うように笑った。

"別に良いけど、今大変だぞ"

 無視してふて寝しようにも、目は冴え冴えでとても無理そうだ。

 諦めた斑鳩は、暇つぶしにしようと返事を返すことに決めたのだった。

「一体何が?」

"斑鳩の命、もって36時間だとさ"

「ちょっ……いくら何でもそれはないでしょ?!」

 斑鳩の声は大きかったのか、空間にこだました。目の前にいた自称 全て見の珠は頭をくらくらさせながら浮いている。耳が僅かに痙攣しているところから、少々つらそうだ。

「たかが、猫に咬まれたくらいで死ぬわけ?!」

"いや、たかがってあれ、ユーベルだぞ"

「幽霊だろうが、化け物だろうがユーベルだろうが関係ないわ! 何やっていたのよ、あの四人組」

"いや、そんなアバウトに。しかも、言いがかりっぽいぞ"

「女王もチビもあのバカもキノコも私を守ると言いながら、何考えているのよぉぉぉっ!!!」

"ま……まぁ、それは分かるけど"

 斑鳩の文句はそのまましばらく続いた。勿論、彼女の息が切れる所までだが。

 親切にも自称 全て見の珠は全てに対しコメントという名のツッコミをつけてくれた。

"んで、いいか? 話進めても"

 大きく息を吸っては吐いてを繰り返す斑鳩に、自称 全て見の珠は話を切りだした。

 斑鳩は僅かに縦に頷く。

"あのな、オイラの名前を教えておこうと思って。神様の宝物である、オイラ達シャッツは名前を知って初めて使いこなすことができるのさ。神様がつけてくれたオイラ達個別の名前だ。まぁ、神様は使う必要がないからその名前も誰にも教えていないんだけどな。神様以外でそれを知って良いのは、斑鳩だけさ。特別だからな"

「特別?」

"ああ、特別さ"

 不思議そうに見上げる斑鳩に、全て見の珠はやわらかく笑いかける。理由までは、まだ話してくれそうにない。

 今まで中腰のような体勢だった全て見の珠は、背を伸ばし立ち上がった。

"オイラの名前は冴奉(ごほう)全て見の珠の化身……力は勿論名の通り、全てを見抜く者なり"



 猫鬼の足跡を追い、白穂と亀礁は森を駆けていた。

 亀礁の力で猫鬼のいる方向を知り、白穂の風でそれをたどり追いかける。

 斑鳩の倒れていた場所から、もう随分と離れてしまった。

 それ故か、二人には大分焦りの色が見え始めている。

「なんで……追いつけないんだ、よっ!」

「東南、巽(たつみ)の方角! しかし、随分近づいています」

 巻き起こる風は、徐々に荒く激しくなっている。

 常に大地を媒介に位置を探り続ける亀礁の額には、汗がにじみ出ていた。

 目的物は近づいているのだが、何かおかしい。

 徐々に力が弱くなっているのだ。

 亀礁はそれを言うべきかどうか、迷っていた。

「次は南西、坤(ひつじさる)の方角」

 進む方向を変えたとたん、二人はその場から飛びすさった。

 そこに、斜めに切れた竹―竹槍―が降りかかる。

「な、なんじゃぁ?!」

 それた竹槍は、白穂が風でうち砕いた。

 二人の視線は追っていたはずのモノへと移される。

 消えそうな真っ黒い猫……猫鬼が一匹と、その後ろに控える巨大な獣。長い尾にまで届く縦縞を背にもち、光る白い牙に爪。隈取りをしたような鋭い目。透き通っていても立派なその体躯。

 人はそれを……虎と呼ぶ。

 白目と瞳を反転させた目の色に、全身を覆う黒い炎のような文様。

 猫鬼と聞いた時点で、可能性に入れるべきだった呪いの証。

「白穂君、猫鬼よりも後ろの虎を。あれは、虎呪(こじゅ)です。猫鬼が消えればそれは……」

「わかっとる!」

 虎呪は名の通り呪いの一種。緻密な計算の上で構成され、時間のかかる手順の上で完成される。相手に気づかれず、最終段階まで達することのできる呪い故に"虎"の名が付いた。

 猫鬼はそれだけでも存在する。が、時として虎呪に利用されるのだ。最後の仕上げとして。

 虎に猫鬼が飲み込まれれば、それは呪いの完成を示す。そうなれば、斑鳩を救う手だても無に等しくなってしまう。

 目の前に突き出されたリミットは、残る猫鬼の体、足先と頭と尾が消えてしまうまで。

 森はいつしか竹林に変わっており、あたりの静寂がただの森よりも余計に怪しく虎を見せる。

「北方位の神より大地に命ず、突き立てよ牙を悪しき者へ!」

「西方位の神より風に命ず、追撃せよ、切り払え悪しき者を!」

 全く別の方向から、二人は一瞬の間をおいて攻撃を開始した。

 亀礁の起こす土柱の槍が虎を狙い、ある場所へ追いつめると、そこに白穂の放った風の刃が舞う。

 狂いのないコンビネーションだったが、いつもと違うのは二人が焦っているこの状況。タイミングは合っていたが、命中率はよくなかった。


 それに気づいてか、虎はゆらりと揺れる。

【 忍び 進め 破滅の道へ  絶えよ 絶えよ 許されぬ血  

  我らの呪により 永遠の眠りへ  欲してもとれぬ 滅せ 滅せ
 】

 虎が、口を少しずつ開き始める。あたりにはそれに伴い嫌な空気が漂い始めた。

「白穂君!」

 どちらかというと、防御の力が強い亀礁は、せっぱ詰まった声を上げた。このままではまずいと、目線が訴える。

「……防御は任せた。うなれ風よ、聴けその声を……」

 ため息を一つつくと、白穂は両腕を頭上に上げると、手のひらを向かい合わせる。

 その手前にしゃがみこむと、亀礁は大地に手をつける。

「北方位の神より命ず、阻め大地、草木と共に!」

 亀礁の指の間から土煙がわき起こり、それと共に植物の蔓が現れ、二人の前に盾を作った。

 土壁に蔓の埋まった形の盾に片足を乗せると、体重をかけ、そのまま白穂は詠唱を続ける。

「刻め千に、砕け万に、浄化をもって空に散れ! 風の息吹、我の声 応えてつづれ、その鎖。捕らえよここに、呪いを破れ 我 西方位の神 白虎の白穂!」

 虎が動こうとする手前に、白穂は両手の間に溜め込んだ、凝縮した風を投げつけた。

 盾に置いた片足に、大分体重をかけたつもりだったが、暴れる風の勢いで、白穂は後ろに飛ばされた。

「うおぁっ?!」

 覚悟していたとはいえ、バランスを崩し、白穂は後転を二度繰り返した。

「白穂君? だいじょう……ぶっ」

 説明すると、近寄ろうとした亀礁の顔面を、勢いのついた白穂の長い後ろ髪が攻撃したことになる。髪の毛の束がどれくらい痛いかは、実証していただければよくわかる。勢いがついている場合ものすごく痛い上、やった本人に悪いという意識はない。まぁ、それはわざとでない場合に限ることなのだが。

「んあ? きぃきぃ?」

「白穂君。あんたって人は……」

「? 大丈夫じゃよ。虎は消したし、猫鬼は捕らえたぞい?」

 きょとんと顔を上げる白穂に、何を言っても通じないだろう。こみ上げる怒りを、後で飼っている絶滅種も含まれる動物たちに向けることを決め、亀礁は頭を振った。どうしてこう、周りの人間が迷惑を被るのか……などと考えてはいけない。

 ひとまずこの盾の向こうがどうなっているのか、確かめる必要があった。

 安全性が確認できたわけではないので、まだ盾を消さず、少しだけ頭を上げて向こう側を覗いてみた。

 そこには……

「……檻?」

 緑色の透き通った蔓のようなモノでできた、鳥かごのような形の少し大きめの檻。扉が何処にもなく、外からも、ましてや中からも開けられない形。とにかく不安要素である猫鬼が中にいることから、盾はもう必要ないだろう。

「我、大地と草木に感謝する……解」

 予告もなく、亀礁は盾の上で腕を横に振ると、小さく呪文を唱えた。

 それが、魔法を解く引き金となって、土は砂となり埃となって風に舞い、蔓は大地に吸い込まれていった。

「さって。それでは、これを持って帰りましょうか」

「んなぁ、きぃきぃ」

「なんですか?」

 亀礁がその呼び方に若干引きつっているのは、気のせいとしておこう。中で猫鬼が暴れる檻を抱え上げた亀礁の袖を白穂は2・3度引っ張った。

「それを、どーするんだ?」

「さぁ? 俺の範疇外ですからね。おおかた……セイラントは呪術の得意なあの方に依頼するんじゃありませんか。自分でもできる癖に」

「え〜……わし、あの鳥嫌いじゃ」

「まぁ、俺としても、あの鳥のお喋り度は……ね」


 亀礁の言うあの方が誰なのか、白穂の嫌う鳥がなんなのか……それはまた別のお話。

 無事に? 猫鬼を連れ帰った二人のおかげで、斑鳩が目覚めるのは翌日のこと。

 そしてまた、おかしな日常は始まる。



 非常識が、常識のようにおこる日常……

 四人の神様と高校生 東雲 斑鳩(しののめいかる)の……

"オイラのことも忘れるなよ?"

 一人増えた神様の宝、シャッツの一つ冴奉も含めた彼らの日常は、まだまだ続く。


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おまけ的お題理由。

6:水晶
初めは75:獣の予定でした。
今回の主体は退治すべき『獣達』と斑鳩の中にいる『神様の宝物』。
このどちらかを選択しようと思ってたのですが…迷った結果こちらに。
冴奉はこの先ちょくちょくでてきます。
彼は斑鳩ちゃん側についているので(笑)
水晶の導きを得て、真実へ一歩近づく…

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