それは――どこにでもあるような世界……

 ただ違うとすれば、住む人々の持つ特殊な力。

 "魔法"と呼ばれる物を使うための、少しばかりの魔力。

 火を起こしたり、傷を治したり、いたずらに風を起こしたり……

 生活の一部に溶け込んだ、大きすぎない…頼りすぎない程度のちょっとした魔力。


 これは、そんな世界に住むある少女の物語……



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Case4 騒がしいの、騒がしくないの?



 朝起きてみると、そこは一面の銀世界だった。

 ……なんてことはない。布団を抜け、部屋のカーテンをめくれば彼女の目の前に広がったのが白銀の世界だっただけなのだ。

 すっぽりと真っ白な雪に覆われた町並。

 積もり具合からして、おそらく降り始めたのは夜中頃。

 今もやむわけではなく、静かに降り続いていた。

 一瞬、これは夢かと思い頬をつねってみれば、確かに痛い。

"そんなに心配ってなら一応言っておくけど、幻じゃないぞ。ついでに夢でもない"

 心境を察してか……いや、中にいるのだから筒抜けか? 全て見の珠の化身、冴奉が声を出してくれた。

 全て見の珠の力は、勿論その名の通り見通すこと。そんな彼が言うのだ。

 これはもう、真実の現実として認めるしかない。

 あれは雪なのだ。紛れもない、真っ白い冬の空が生み出す物なのだ。

 しかし……

「なんで今頃降るわけ? 何を勘違いしてるのよ。今何月だと思ってるの〜っ!!」

 彼女の言い分はもっともなこと。

 部屋に飾られたカレンダーの絵柄は、紫陽花が鮮やかな雨の風景。

 そう、明らかに6月を指している。

 雪が降るなど時期はずれもいいところである。

 自称普通な高校2年生、東雲 斑鳩(しののめいかる)は、またもや始まった奇妙な一日に、少しげんなりするのだった。


 雪のおかげで学校は休みとなったが、斑鳩に休む暇など訪れことはない。

 朝食を済ませ部屋に戻ってみれば、見知った顔と見知らぬ顔がそこにあった。

 見知った方は深い海色の長い髪を持つ、青龍の藍霞(らんか)。

 そして見知らぬ方…

 灰色の長いローブを着ていて、髪の毛も同じ灰。前髪の真ん中だけが残され、他は全てこちらから見て右……左耳の後ろでポニーテールのようになっている。前髪の下を通り、黒い輪を頭にはめ、そこからベールが下がっているため目の色は分からない。僅かに表情が分かるくらいだ。

 こちらから見て左……右肩には同じ灰色の鳥がとまっており、嘴は薄い茶。掴まっている足の爪も薄茶で、頭上の三つに分かれた太い毛はくすんだ緑である。

「あ、斑鳩。お邪魔してるわよ」

 あまりに突然の光景、にも慣れたため、大して驚かない斑鳩は静かに扉を閉める。

 暖房が利いてきたのか部屋はわりと暖かい。

 何か飲み物を、とも思ったが、どうやらそれどころではないようだ。それに、何かを取りに行ったところで、母親にどう説明すればいいのか分からない。

 布団のそばに投げ出されているクッションをつかむと、扉のそばに陣を取った。

 万が一部屋に誰かが近づいた場合の対処を考えてである。

「藍姉はいいとして……誰?」

 肩に着くくらいの、黒い大きい輪のピアスをしている左耳が、人とは違い四神達のように長いことから、おそらく天界の人なのだろう。

 斑鳩が指を向けたにもかかわらず、その人は僅かに微笑んだ。

「ワタ……」

『こいつぁー官希(かんき)十二神将の太裳ってゆー位を持ってるやつだ。得意なのぁー呪術や占い系。ああ、何だ? その目は。オレぁーこいつの手下じゃない……っつーかオレが上。確実に上。その辺よろしく。オレか? オレは刈魔(かりま)っつーんだ。親しみを込めて刈魔様と呼んでくれ。つーか呼べ。そんでオ』

「五月蠅い」

『あ、何しやガボゴバベ?!』

 止めどなく、それこそ川が氾濫したかの勢いで、自己紹介をしようとした、見知らぬ女性の言葉を遮り、肩の鳥は喋りだした。

 必要なところを引き抜くと、女性は官希といい、十二神将の一人 太裳であること。鳥の名前は刈魔ということ。

 ちなみに、鳥を押さえ込んだのは他でもない藍霞だった。

 押さえ込み方が、水を使ってというあたりは少々酷い気もするのだが。

「どうも官が喋ろうとすると、この鳥が話すのよね。とりあえず要点を話すわ。斑鳩、貴女最近鏡に触れなかった?」

「……鏡?」

 何を唐突に、と視線を投げかければ、官希の方がすっと一枚の紙を差し出した。

 一瞬ローブで覆われている中身が気になったが、それよりも問題は紙の方だった。

 紙には黒鉛のたぐいで描かれたデッサンのような物があった。

 蔓のような物で縁取られた一枚の鏡。鏡面には六芒星が描かれている。

 何処かで見たような気はしたが、それがどこでかは思い出せない。

"……の鏡? そういえばあいつ……"

 頭の中で響く声。

 いつもならば問いかける以外は答えない冴奉なのだが、今日はよく喋る。

 初めの方は意識していなかったので聞こえなかったが、とにかく何か知っているようである。

「……藍姉。ご……全て見の珠が何か知っているみたいなんだけど」

 声は斑鳩にしか聞こえない。そのため、その意志を伝えるには斑鳩が言葉にするしかない。

 名前を言うことをためらったのは、以前"斑鳩だけに教える"と言われたのを思い出したからだ。

「知っている? 全て見の珠が何か言ったのかしら?」

「ま……まぁ」

 そういえば、名前を知らないのだから姿があることも知らないんじゃないだろうか。

 斑鳩は少々口を滑らせたことを後悔していた。

 口ごもっていると藍霞は諦めたのか、話を進めだした。

「まぁ、いいわ。とりあえず、この異常気象の原因が、この行方不明になっている"氷結の鏡(ひょうけつのかがみ)"みたいなの。セイ曰く、これだけじゃ役に立たないらしいけど、貴女が鏡に触れたのならば話は別」

 ずずずいっと藍霞の顔が斑鳩に迫る。

「なんでも、貴女の中にあった力が、本体に戻りたがれば接触した時に戻るらしいの。氷結の鏡の力は氷。四大元素から生まれる特殊元素の一つなのよ。そういうわけで、氷結の鏡を探すのが今回の仕事、いい?」

 仕事って何よとか、質問していいの? 等、色々と文句を言いかけた斑鳩だったが、問答無用という藍霞の視線が突き刺さった。

 文句はどうやら言わせないらしい。

 ため息を一つつくと、ひとまず冴奉に相談をするため、斑鳩は目を閉じたのだった。



 舞い降りた闇の海の底。

 そこは相変わらず何もなく、ただただ広がる漆黒の闇の空間で、全て見の珠の化身 冴奉のいる場所だけが明るかった。

"んで、オイラに聞きたいことって?"

「氷結の鏡にも、化身ってのはいるの? そもそも、私の中にまだなんかいるわけ?」

 斑鳩が問いかければ、冴奉の黒い犬耳がピクリと動く。

"そりゃぁ、あるさ。二つ目についてはなんとも。氷結の鏡はいる。……まぁ、少々問題はあるけど"

「問題?」

"あいつが斑鳩を認めないってコト"

「……」

 認めていないと言われても、会ったことのない人物(といいがたいが)に関して察しが付くわけはない。

 果たしてそのことが、今回の事件と関係しているのだろうか?

"関係はあると思うぞ。実際ここにいたはずのあいつがいない。ま、要はあいつを見つけて認めさせちゃって、取り戻せば一石二鳥ってわけだ"

 あっけらかんと言ってのけた冴奉に、斑鳩は訝しげな視線を送る。

「そう……簡単にいくと思ってるの?」

"…………火の魔法さえコントロールできれば"

 訪れたのは勿論沈黙。両者とも、言ったことに対して意見が述べられなかった。

 魔法だけは何をやってもうまくいった例しがない。

 火の思い出と言えば、火力を押さえられず暴発したか、思ったよりも小さすぎて役に立たない炎を呼びだすくらいしかない。

 果たして、こんなことで大丈夫なのだろうか?

"オイラも手伝うし、さ。なんとかなるんじゃない……かな?"

「ふふふ……なんとかなるんじゃないのよ。なんとかするのよっ! よぉーし、頑張るぞ」

 どうにか自信はないものの、斑鳩のやる気を出させるには成功したようだ。

 何に関しても、自分でやらなきゃ気がすまないところがある斑鳩だ。一度スイッチが入れば大丈夫だろう。

 えいえいおーと、腕を上げる斑鳩を後目に、冴奉は誰もいないはずの空間と話をしていた。

 実際、冴奉には見えていて斑鳩にはまだ見ることのできないモノが、ここにはたくさんあった。

"凍芭(とうば)のコトは任せるって言われてもね。心配なら、自分がくれば? 今回の適任は、君だろ、憐稀(れんき)"

 返事はなかったが、かわりに風が鳴った。

"ハイハイ。なんでみんなオイラに押しつけるかなぁ"

 斑鳩の意識が冴奉の方に向くと、風はすぐにやんだのだった。



 目を開けると、瞑想のようなことをする官希と、お茶をすする藍霞が目に入った。

 少しくらい突然黙ったことだし、心配をしてくれてもいいだろうに。

 お茶と共に、ちゃっかり用意されたあのお茶菓子は一体どこから出てきたのだろうか?

 部屋は汚さないで欲しいなぁと斑鳩は思った。

「あのさぁ、何をしてたの? とか思わないわけ?」

「あら、目が覚めた? 寝不足かしらと思って放っておいたのだけれど」

 真剣なように見えたが、多分嘘だろう。

 明らかに、こちらに一から十まで説明させる気である。

「完結に言うと、一石二鳥だから私が取り戻せば……と。でも、一体どうやって氷結の鏡を見つける気?」

「その心配には及ばないわ。少し黙ってなさい、珍しいモノが見れるわよ」

「珍しいモノ……?」

 首を傾げる斑鳩に、藍霞は笑いかけるだけだった。

 長い袖の下からだされた腕をたどっても、官希のマントの下は相変わらず見えない。

 見えている腕さえも黒いレースのような手袋に覆われ、露出している肌面積は極力少ないことがよく分かる。

 半眼になっている視線の先は、近くにあるようで限りなく遠い。

 斑鳩の目ではよく分からないが、官希の周りにある空気の色が変わっていた。

 刈魔と言ったあの鳥も、じっと黙って手の先を見つめている。

……聞き澄まし 檻の奥に導かれ 無音の影に光りあれ 求めるコトに我応え 人の英知の届かぬ所 剣の対なれ 御光の元に……

 組んでいた手がゆっくりと放れると、そこには黒い風が残った。

空へ大地へ 導くまま 空(むな)しくや 虚無の彼方の その向こう 銀の花 金の風 白き闇 黒の光 赴くカケラ姿無き 惑わすモノを 捕らえたし……

 黒い風が揺らぎ、先程の鏡の形を取った後、小さな影になった。

 斑鳩が見たことのある、冴奉のような小さな人影だ。

 官希が息を吐くと、その影は黒い風ごと消え去った。

「今のは?」

 問いかけたのは斑鳩ではなく、藍霞の方だった。

「今の……」

『今のか? 今のが結果だ。官希の占いのな、藍霞ぁーお前だって何度も見てるじゃねーか。いつも通りだよ、いつも通り。流石だなぁー官希。流石オレ様の弟子だきゃーあんな。そいでだ、こいつの意味っつーのごぁっ?!!』

「少しは黙って下さい、刈魔」

 どこからともなく飛び出した紐が官希の嘴にぐるぐると巻き付き、翼までもを縛った。

 その紐の先が、官希の手に握られていることから彼女が投げたのだろう。

 紐でがんじがらめにされた刈魔は、そのまま官希のマントの下へ誘われていった。

 初めはもがく様子も見られたのだが、マントの下へ潜ったとたん、音もしなくなった。

 ……あのマントの下がどうなっているか、もう聞くのが怖くなっていた。

「お恥ずかしいところをお見せ致しました。先程の結果についてご説明致します。異常気象の元凶、氷結の鏡の行方についてでしたね。それについてですが、どうも鏡だけを目標に探すと、見つからないやもしれません。先程の人影がそれを物語っております」

 先程もそうだったが、他の神様はどうやら化身の姿を知らないらしい。

 別に聞かれるわけでもないため、斑鳩は話そうとはしていない。

 名前を呼べる人物が、自分と最高神だけなのだから、それはそれで優越感に浸りたいのも少々ある。

 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、話はどんどん進んでいた。

 刈魔の声はけたたましく耳に触る上に、あれだけ喋っていたため、聞く気にもなれなかったが、抑揚のない声で、なおかつゆっくりと喋る官希の話は聞こうという気にもなる。

 何故そんな人物が、あのような鳥を飼っているかが一番のナゾなのかもしれない。

「……ということです。よろしいでしょうか?」

「ま、そんなところね」

「それでは私はこれで……」

 深々と頭を下げると、官希はその場から消えた。

 元々何もなかったかのように、きれいさっぱりその場には何も残っていない。

 呪術や占いを得意とする彼女が、猫鬼の時の呪いをといた話が斑鳩にされるのはこの事件の後。

 猫鬼の時のお礼をしなければいけないことに、斑鳩が気づくのはもう少し先のことである。

「さ、斑鳩。準備なさい……さっさと行くわよ」

「でも、一体どこに?」

「聞いてなかったのかしら? 北東……艮(うしとら)の方向よ!」

 そこに何があるかまでは、流石に聞かなかった。

 徐々に吹雪いてくる町へ、防寒具を着込んだ斑鳩と、いつも通りの藍霞は繰り出したのだった。


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おまけ的お題理由。

30:鏡
今回の事件の元凶が、鏡です。そこから。
大本のお題は冬ですが、冬=雪の連想からこんな形に。
時系列をずらしたくはなかったので、梅雨の雪というわけです。
この回で魔法属性の宝物をだしたため、他の物も順にでてきます。
キャラクターが増えた原因(笑)
さり気なく、前回の鳥とあの方の正体が官希さんだったり。
神聖なる鏡は、白い世界のその向こうに…

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