それは――どこにでもあるような世界……

 ただ違うとすれば、住む人々の持つ特殊な力。

 "魔法"と呼ばれる物を使うための、少しばかりの魔力。

 火を起こしたり、傷を治したり、いたずらに風を起こしたり……

 生活の一部に溶け込んだ、大きすぎない…頼りすぎない程度のちょっとした魔力。


 これは、そんな世界に住むある少女の物語……



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Case5 白と青の捻くれ者〜



 フードがとれそうになると、再び深くかぶり、斑鳩(いかる)は駆けていた。

 息は変わらず白い。

 初めは文句が出る元気もあったのだが、体力が持たないと、今は口をつぐんでいた。

 一方の藍霞(らんか)は、少々面白くないようで、口をへの字に曲げている。

 雪もやむことなく、それどころか徐々に強さを増している。

 まぁ、吹雪の酷くなる方へ向かっているのだ、当然だろう。


 西巻市、中央にある市役所を左手に、北に延びる木枯らし通りと東に延びる紅葉通りのちょうど真ん中を抜けた。

 町の北東は、空き地や跡地ばかり故、人は寄りつかない。

 そのことだけが、今回は救いだった。



 闇の中で、全て見の珠の化身――冴奉(ごほう)は、何かを探していた。

 それは、本来ならば今回の元凶の持っているはずの物。

 もし、ここにあるとすれば、それはおそらく予想的中の意を示す。

 他の者達の姿はない。

 未だ、明るい場所は冴奉のいる一人分の空間のみだからである。

 だが、その『声』は風に乗って、確かに届いていた。

"ごほー。『捜し物』なら、ここにあったよぅ"

 突如暗闇から投げられた『それ』は、弧を描いて冴奉の手の中に収まった。

 首の通せるくらい黒く長いわっかになった紐。その先端には小さな鏡のカケラがついていた。

 やはり――と、冴奉は思う。

 これで状況が好転する訳でもないが、とりあえず全ては把握できた。

"憐稀(れんき)、いつ見つけた?"

"お、怒らないでよ。今さっきなんだもん"

"分かってる。泣くなよ?"

"泣いてないもん"

 嘘付け、と冴奉は思ったが、口にはしなかった。

 声が明らかに涙ぐんでいるのだ。

 本格的に泣かれても、面倒なことになるだけというのは、経験上知っていた。

"にしても……よく、持てたな。憐稀"

"なんで? わたわたで持ったもん。溶けてないでしょ?"

"ああ。サンキュ"

 それっきり、声は聞こえなくなった。

 別に気配が消えたわけではない。ただ、また気づかれないような奥に消えただけのハズだ。

 暗闇の中で唯一明るいその場所で、冴奉は再び目を閉じた。


――――外の世界をのぞき見るために





「藍姉、氷結の鏡は氷の力を司るって言ったよね?」

 おそらく元々は原っぱであろう、だだっ広い場所に、斑鳩と藍霞はたどり着いた。

 真っ白な世界に、淡い水色の足跡が残り、歩くたびに、霜を踏みつけるような音が聞こえる。

「ええ、そうだけど?」

「なんで、緋(あけ)君じゃないの? だって、藍姉の力は……」

「言わないで頂戴」

 斑鳩の言いたいことに気づいた藍霞は、強制的に言葉を遮った。

 この世界で魔法の力は自然現象に通じている。

 それ故に、炎は水に弱い、光は闇に弱く、闇は光に弱い、などの一部しか、力関係が存在しない。

 そして、藍霞の司る力は水と雷。

 水は氷になる。つまり、利用されるため、まったく役立たずなのだ。

 それに対し炎は、氷を溶かすため有効なのである。

「だって、仕方ないじゃない。緋は別件で留守中。白(はく)は役立たずで、礁(しょう)は嫌って言うし、他の人じゃ貴女、まだ会ってないでしょ?」

「……確かに」

「だから……」

 風が、二人の会話を奪っていった。

 雪――というよりも、氷のつぶてという方が正しい物が、二人に吹き付ける。

 いい加減邪魔になったのか、藍霞は頬に張り付く髪を五月蠅げに取り払った。

「ああ、もうっ! 東方の神より大気中の水に命ず、我がための気高き青の盾となれ!」

 藍霞が向けた人差し指の先に、空気中の水分が凝縮していく。

 水滴は薄く広がっていき、ゼリー状の盾となった。

 だが、氷のつぶてが青い盾に突き刺さると、たちまち白に変わっていく。

 青い水は白い氷に浸食され、重みに耐えきれず盾は地面に落下して砕けた。

「……役立たず」

 横目で見ていた斑鳩は、ボソリと呟いた。

「うっるさい! 分かってるわよ、そんなこと。ワタクシはもう手をだしませんからね!」

 完全に気を損ねたらしい藍霞は、頬をふくらませると横を向いた。

 しばらくの間、斑鳩の足音だけが響く。

 随分と積もっているのか、草の先も、石にも足先が当たることはなかった。

「ちょっと、藍姉。本気?」

「ええ、本気よ。一人で行ってらっしゃい。どうせワタクシは役立たずよ」

 自分で言っておきながらなんだが、斑鳩は後悔していた。

 藍霞の性格からして、こうなる事態を予測できたのではないか、と。

 だが所詮今更のこと。

 投げやりにため息をつくと、再び歩き始めた。

「あ、斑鳩。忘れていたわ」

 振り向くと、赤い布にくるまれた何かを、藍霞は差し出していた。

 何? と目線で問えば、さらにそれを突き出す。

 仕方なく後戻りすると、それを受け取った。

 赤い布をめくると、木の箱が姿を現した。

 朱色に塗られた箱は、蓋だけに斜め格子の模様が彫られている。

「セイからの言づて。その中に、今回の事件を助ける物が入っているそうよ。ただし、開けるのは本当にまずいと思った時。ワタクシにそれだけ厳重にして渡すのだから、きっと炎属性の何かね。さ、行ってらっしゃい」

 早口でそういいきると、藍霞はあしらうように手を振った。

 セイと彼女が呼ぶのは、あの落とし物をしてくれた最高神のことだ。

 ということは、神の宝―シャッツ―の一つでもよこしたのだろうか?

 何はともあれ、あとは自力でやるしかない。

 だが、一応藍霞にもそれなりの報復が必要だ。

 斑鳩は離れてから、そこら辺の雪を固く握りしめると(本当ならば石を入れてもいいと思った)藍霞の頭めがけて投げつけた。

 ……のだが、その雪玉はあらぬ方向へ軌跡を描いた。

 斑鳩の運動神経はそこそこあったはずなのだが、今日は運が無かったようである。

 いや、運があったからこそなのか、雪玉は何かにぶつかった。

"あでっ"

「……あで?」

 藍霞の声ではない。

 そして、こんな声の聞こえ方に……斑鳩は一つだけ思い当たる節がある。

 ――嫌な予感が、頭をよぎった。

"いったいのねっ! まったく、突然なんなのねっ!"

 真っ白な雪原と真っ白な空の真ん中に、小さな人とサファイアブルーの鏡が姿を現した。

 わずかに青がかった白の膝裏まである後ろ髪は、先がくるくるになっている。

 真ん中で分けられ、顎の下まである前髪は先の方がサファイアブルーになる白からのグラデーション。瞳も同じグラデーション。

 両手は二の腕あたりまでサファイアブルーの手袋で覆われている。

 白い着物のような袖無しの前を大きく開け、下は黒の半ズボン。

 靴も黒で、後ろには氷のカケラが飾りのようについていた。

"――凍芭(とうば)"

 斑鳩の中で、冴奉がため息のように呟く声が聞こえた。

(これが、氷結の鏡の化身 凍芭)

 改めて見てみれば、相手がどれほどの力の固まりか分かる。

 こんな物が、本当に自分の中にいたのだろうか?

"っあー!"

 突然の声に、斑鳩はビクリと肩を振るわせた。

"なーんで、お前がここにいるのね。僕ちんはようやく自由になったのね。放っておいて欲しいのね"

 なんだか、怒らそうとしているようにしか見えない。

 ひくっと、斑鳩の口端が動いた。

「残念ながらそうもいかないのよ。今回の元凶の一部が私の所為である限り」

 一呼吸おいて、左手を凍芭に向ける。

「我が指先に宿るのは 赤き炎 鋭き牙 飛び行くその身は全てを焦がせ!」

 呪文は間違っていないはずだ。

 バラバラに飛んでいく炎が、相手に牙をむけるような魔法である。

 珍しくうまくいく……と斑鳩は思った。

 炎は指先に集まった。少しずつ離れていく炎の玉は、一直線に凍芭へ向かう。

 だが、小さすぎる炎は、大きな氷の力に勝てるほど強くは無かった。

"やれるもんなら、やってみろなのねっ! 歌え 白き風よ。あんなやつ追い返すのね!"

 先程よりも冷たく激しい風が、斑鳩に襲いかかった。

 前が見えない。

 いや、それ以前に息ができなくなりそうだ。

 手の感覚が追いつかなくなり、先程渡された『箱』を斑鳩はとり落とした。

 箱の中から、赤い布にくるまれたものが転がる。

 ルビーの大きな玉に何かの牙のような物が、くすんだ桜色のリボンで結ばれている、不可思議な物。

"斑鳩、急いでそれを拾え! それは――"

 言われるまでもなく、斑鳩はそれに手を触れる。

 青い電流が走ったかに見えた。

 それと同時に、冴奉のいる斑鳩の中の空間が、一人分だけ余計に明るくなった。

"かの人を守る盾故に 走れ赤き火柱!"

 雪混じりの風が、斑鳩のいる場所だけ弱まった。

"とーば。いい加減にしないと、れんはいかるちゃんの方につくよ!"

 新たに増えた、第三者の声。

 赤い光の玉の中に、もう一人の小人が浮いていた。

 赤い前髪に赤い瞳。白いアラビアンナイト風の帽子(薄い赤の羽根と、ルビーがはめてある)をかぶり、体よりも大きな、白い綿のようなもこもこを右肩にかけて握りしめている。

 上は何も着ておらず、両腕は黒い長手袋にすっぽり覆われている。

 黒の半ズボンの下から、先が曲がり上を向いた、桃色のブーツが見えた。

「なっ」

 いまいち状況が飲み込めない。

 確か、自分は落としてしまった物を拾い上げただけである。

 現にその牙のようなものは右手に収まっている。

 となると、このもう一人の小人はいったい……

"知らないのね。僕ちんはそいつが、『あれ』だなんてずぇーったい認めないのね!"

"言い訳は聞かないもん。れんは決めたんだもん。いかるちゃん!"

「は、はい?」

 とりあえず、反射的に返事をしてしまった。

 決意を固めた、赤い小人は勢いよく顔を上げる。

"れんは……れんは、火豹の牙(かひょうのきば)の化身 憐稀。その力は、全ての炎を司る者。とーばを捕まえるの、手伝う! 今のとーばに力の制御力はないの"

 ふわふわと近づく赤い小人――憐稀は、斑鳩の目の前で止まった。

"それは、一番最初に力が宿っていた物。今、制御する物はいかるちゃんの中にあるんだもん、れん達が外にいれば、いかるちゃんはその属性の魔法を使えるはず"

「……よく分からないけど。今、憐稀が外にいる限り、私は炎の魔法の制御ができるということね?」

"うん!"

 どうやら、形勢は逆転のようだ。

 今回の問題でネックであった、魔法の制御。

 これさえクリアできればあとはどうでもいい。

「ふふふふふ。覚悟なさい、氷結の鏡の化身 凍芭。我が御手より放たれるは 赤き光 縛る物 触れる全てを捕まえろ!」

 赤い直線が、斑鳩の指先から素早く伸びた。

 未だ続く雪混じりの風をものともせず、対象に向かって突き進む。

 明らかな嫌悪の表情を浮かべた凍芭だったが、今度は避けることさえしなかった。

 驚く斑鳩に、吐き捨てるように言葉を言った。

"お前のためでもなんでもないのね。憐稀の炎じゃ僕ちんは生き残れる可能性が低いだけなのね。ささと触れればいいのね!"

 よく見ると、彼に従って元凶である鏡までもが近づいてきた。

 斑鳩は手を伸ばすと、その鏡面に触れる。

 ひんやりとした感覚と、光が溢れ出すのとはほぼ同時だった。

"僕ちんは、ずぇーったいに、お前なんか認めないのね!"

 その捨てぜりふは、当然斑鳩を怒らせるのに有効である。

 よくもまぁ、これだけ突っつく事を言ってくれたもんだ、とは冴奉あたりの心境だったりもする。

「ふふふ……いつか。いつか絶対に認めさせてやるわ! あんなのになめられたんじゃ、たまったもんじゃない。みてなさーい。氷結の鏡の化身 凍芭〜っ!」

 ようやっと雲の切れ始めた空に、斑鳩の声は吸い込まれていった。


 その決意が叶うのは、いつのことになるだろうか?


"多分、結構かかると思う"

"とーばのことだもん"

 いつかを知るのは、二人の神の宝―シャッツ―達。

 斑鳩の受難はおそらく……まだまだ続く。

"いつかなんて、こさせないのね!"

 続くったら続く。


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おまけ的お題理由。

56:いつか
今回のお題は、最後がこうなることを決めてから選びました。
純白でもよかったんですが、捻くれ者は最後まで捻くれ者ということで。
凍芭は、冴奉の次の次くらいにできた化身の一人です。
くるくるの髪の毛とかをやってみたいなぁと思ってできた子。
どうせならば、一人称や口癖をおかしくしてみようというわけで、こんなしゃべり方です。
属性の子達は、この子以外はおそらく斑鳩側になります。(笑)
ひとまずは、泣き虫の炎の子。憐稀を仲間入り。
いつか この決意を叶えようぞ

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