第6話『空泝(クウス)の風』

 大気が大きく揺らいでいた。

だが、その変化に…気付く者はこの場にはいなかった。






『闇魔法は風と地をあわせた魔法。光魔法は水と火をあわせた魔法。安定させるのが難しい……らしいですが、あの二人を見ているとそうは思えませんね』

「やすやすと、やっているからね。まぁ、そうでなくちゃ、面白くないでしょ?」

『そうですが……サイナ殿もかなりの楽天家ですね』

 近頃ため息の数が増えたなぁと考えつつ、翡翠はまた一つため息をついた。



 召喚獣に光と闇の属性はない。ついでに言えば、氷の属性もない。

 かわりに無と草の属性があるのだ。

 自分に使えぬ領域の戦い。これを楽しみといわず、何と言おうか?



 ナトレは右肩上あたりで風の棒―ウインドロッド―を回していた。

 左手の上には闇の珠―ダークオーブ―が浮いている。

 少し前に光の鎌―レイサイス―を崩し、キーカは水の斧―ウォーターアクス―を創りだしていた。

 先日の魔法(氷属性)と先程の魔法(光属性)から考えるに、キーカの得意属性は水。

 対するナトレは対極に位置し、強さとしては干渉しない風。

 どうやらこの魔法対決……属性の強弱ではなく、力押しの展開が見えてきた。

「流撃回(リクシスル)!!」

 大きく振りかぶると、キーカは水の斧―ウォーターアクス―投げつけた。

 斧は横回転しながら弧を描き、ナトレに向かう。

「風幻の盾(ウィーシールド)!!」

 斧の飛んでくる道に止めようと盾を複数創るが、薄い風幻の盾(ウィーシールド)では魔法攻撃の元である水の斧―ウォーターアクス―の進行を止められるはずはなかった。

「くっ……こいつで、どや〜っ!!」

 ナトレは風の棒―ウインドロッド―を強引にも、回転刃となった水の斧―ウォーターアクス―にぶつけたのだった。

 水の斧―ウォーターアクス―は風の棒―ウインドロッド―を砕くと、同時に耐えきれなくなってか、まっぷたつに割れた。

 風と水の対決は水が勝ったかに見えた。

 しかし、ナトレの顔は諦める様子もなく、この状況を楽しんでいるようだった。

「む、むかつきましゅね、その表情」

「これは元々やって……どうでもええけどお嬢はん、動くと攻撃するでぇ」

 割れてしまった水の斧―ウォーターアクス―をとろうと、構えていたキーカの肩がビクリと震えた。

「闇魔法は発動まで少しかかりましゅよ?」

「半分正解やな。わいが使うん風魔法や」

「……媒介は壊したハズでしゅ」

「残念」

 歯が見えるようにニッと笑うと、ナトレは空いている右手で宙を指した。

「空泝の風はそこまで甘くない。この大陸の風は特別やって、言うたやろ。まだ、消滅したわけではないで」

 言われてみれば、頭上の風はおかしかった。

 目を凝らしてよく見ると、小さな細い板きれのようなカケラがキーカを取り囲んでいる。

「これが……風の化身の守る大陸の……風?」

「当たり……や。クストの守るこの国の風はしぶといでぇ。ここの人間にしか完全に扱えへん代物や。そんじゃ、行くで! 風の千十字(ウィザンドクロス)!!」

 手に持った闇の珠―ダークオーブ―で十字を切ると、周囲の空気が震え、見えなかった細い板きれのようなカケラが誰にでも見えるようになる。

 それぞれが独立して動き、キーカに向かって飛び始めた。

 空気が虫の羽音のような物を発ててうねっている。

「う、うごけない?!」

 気がつけばキーカの体は宙に浮いていた。

 風の千十字(ウィザンドクロス)と同時に、何か捕縛系の魔法も使っていたに違いない。

「しょれなら」

 背負ったリュックの中から、緋色の長いリボンを取り出すと、右の人差し指に少し巻き付け、中指でしっかり挟んだ。

 そのまま円を素早く描き、呪文を唱える。

「風を切って燃え出ずる 鳥の力火の力 緋陽の盾(フレアシールド)!!」

 リボンの面積が広がり球となって、キーカの周りを全て囲った。

 細い板きれのようなカケラは、その盾にあたり消えていく。

 一つ残らず消えた後に、キーカを囲っていた盾――リボンも、砂になって消えていった。

 魔法道具(マジックアイテム)は使い切りである。

「おっしいなぁ……そいつがなかったら、わいの勝ちやったのに」

「残念でしぃた」

 そうは言いつつも、キーカの顔は笑っていなかった。

 あくまで風魔法の媒介を壊しただけ、まだナトレは闇魔法の媒介を持ったままでいるのだ。

 このままどのくらい魔法道具(マジックアイテム)だけで耐えられるかが、問題だった。







 + + +







「その余裕……消してみせたるで! 底下崩(アンクラット)!!」

 黒紺の闇が円を作りキーカに迫れば……

「天より墜ちし純白の 羽根満ち足らず 微光なれ 白兎光(ホラビット)!!」

 箱に入った大量の白い羽根で、その闇を消し去る。





 大地が波打って迫れば、水の小瓶がそれを鎮める。



 そのような魔法と魔法道具(マジックアイテム)の攻防戦は、いつしかキーカの道具が切れることでとぎれることとなった。



「さぁって……王手飛車取りってとこやな」

「な……なんでしゅか? しょれは」

「ようは、大ピンチっちゅーこっちゃ。そやろ?」

「う゛……」

 確かにナトレの言うとおりである。

 返答できず、キーカが詰まったのがその良い証拠だ。

「くっ……しょぉっ!」

 やけを起こしたのか、キーカはナトレに突っこんでいった。

 突然のことにナトレはただただ驚くだけで、動くことすらできなかった。

 キーカはと言うと、飛び込んだ拍子にナトレの左手にあった闇の珠―ダークオーブ―に触れ、呪文を唱えた。

「風の間地の間にせせり立つ 鴉剛の嵐(あごうのあらし)!!」

「なっ?!」

 そのまま無理に立とうとはせず、空中で前転をすると、キーカはナトレの背後に回った。

 闇の珠―ダークオーブ―は耐えるように震えていたが、やがて黒紺の光を放つとナトレの手から存在が消えた。

 ……いや、闇の珠―ダークオーブ―はなくなったが、かわりに風の棒―ウインドロッド―が現れた。

 闇魔法の媒介は壊されたが、闇魔法系を構成する二種類の属性のうち、自分の得意な風だけを集め、再び即席で風の棒―ウインドロッド―を創り出したのである。

 ナトレはこの時何も考えず、がむしゃらに攻撃を仕掛けたのだった。

「こんのっ……風刃裂砕の巻葉(ふうはれっさいのまきば)!!」

 見た目では透明な三日月型に空気が揺らいだ。

 刃は集合し渦巻く竜巻となり、何もないだろうと油断しきっているキーカに襲いかかった。

「え……っあああぁぁっ?!!」

 防ぐ手だてがあるはずもなく、腕を交差させて顔だけを守るしかなかった。

 両腕、両足、スカートは切り刻まれ、髪もいくらか舞った。表情が辛そうに揺れる。

 それもそのハズ。切り傷はかなり深く、足はそれほどでもないが半袖を着ていた生身の腕の出血は止まりそうにない。

 その姿にナトレは冷静に戻り、やりすぎたことにようやく気付いたのだった。

「っ……つうぅぅ」

「いけません、キーカっ!」

 それでもなお動こうとするキーカに、制止の声が掛けられた。

「……Dr?」

「それ以上動いてはいけません! 出血多量で死にたいですか?」

「で、でもっ」

 口答えするキーカを無視すると、クェルタは審判に歩み寄った。

「審判……この試合、先が見えたでしょう。止めて下さいますよね?」

 クェルタは審判に微笑みかけたように見えたが、目は決して笑ってなどいなかった。

 そのまま立ち去るわけでもなく、審判が動き出すまで威圧をかけていたのである。

 ビクビクと怯えながらも、審判はフィールド中央に立った。

「この試合、ここまで!! 勝者、ナトレ=クオート!」

 宣言がなされると、両者はその場に崩れ落ちた。

 ナトレは緊張が解けただけのようだが、キーカの方は限界だったらしい。

「キーカっ!」

 試合の終わった今ならば、部外者でもフィールドにあがれる。

 クェルタは慌ててキーカの元に駆け寄ったのである。

 横抱きに抱え上げられたキーカは、力無くクェルタを見上げた。

「どくたぁ……しゅみましぇん」

「黙って下さい。いくら腕とはいえ出血が酷すぎます。急いで治療を」

 救護班が駆けつける前に、クェルタは一通りの処置をすませていた。

 顔が青白くぐったりとしたキーカは、本部 奥へ運ばれていったのであった。


back top next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送