第2話 『彼女とティナを結ぶ線』

「…………」

 彼女は泉の側で気持ちよさそうに眠るティナを見下ろしていた。

 ここまで、気持ちよさそうな寝顔では、起こそうにも起こせない。

 かといって、自分は一つ荷物を抱えている上にそんなに力はない。

 持ち上げて連れ帰るのは困難である。

"レノレノ?"

「もう少し、考えて連れてきなさいよ。ここじゃぁ誰でも眠るわ」

 呆れたような声を彼女はあげた。

 以前、自分もここで昼寝をし、夜まで目覚めなかったことがあった。

 あれは、初夏の頃で風邪は引かなかったのが幸いだったのだが。

 さてどうしたものか……と思案していると腕の中の「それ」が地面に飛び降りた。

"じゃぁね、提案! 今日のお昼はここで食べよう〜!"

 彼女の思考が一時停止をした。

 だが……すぐに持ち直すと、ため息を一つ。

 どうやら用意周到に考えられたことだったようである。

「あなたは、それが目的だったわけね。仕方ない、持ってきますか」

 甘いとは思いつつも、苦笑を浮かべ、バスケットをとりに小屋へいったん戻るのだった。





 + + +





 時は太陽が真上に昇る少し前だ。

 彼女としては、作業を中断されたのもあり、お昼にしようかとは思っていたのだ。

 朝に作ったサンドイッチをいれ、棚からクッキーを一袋取り出すと、それもバスケットに詰める。

 あとは……と棚の上方に目を向けると、ジャムの入った瓶が見えた。

 そろそろ食べ頃になっているはずなので、これもいれる。

 最後にスプーンとナプキンをいれると準備完了。

 小屋に鍵は必要ないことだし、さっさと先程の場所へ戻った。





 泉のそばには多種の動物たちが集まっていた。

「お待たせ……って、みんな早いわね。来るのが」

"だって、さっきこの子を連れながら声かけたんだもん"

「はいはい、準備のいいことで」

 眠るティナの横に腰を下ろすとバスケットからクッキーを取り出す。

 それを半分に割り、少し細かくするとナプキンの上に広げ動物たちの前に置いた。

「ああ、喧嘩はダメよ。まだあるんだから……え? ああ、平気よ。また作ってあげる。
 あら、ホント? じゃぁ、今度さっそく取りに行かないと」

 一匹一匹に挨拶を交わし、彼女は返事をしている。

 普通の人から見れば、動物相手に一人言っている変人だが、彼女は違う。

 ここに住んでいるからか、自然と動物の言葉が分かるのだ。

 おかげで、季節の食べ物のコトや災害のことなどをいち早く知ることができていた。

 いわゆる持ちつ持たれつの関係だ。

 時折こうして、食事を共にしたり、怪我を治療してあげるのが彼女の役目だった。

 動物の相手もしばらくすると終わり、彼女はようやく自分の食事を始めた。

 サンドイッチを口に挟むと、視線を感じる。

「カーテ……あなたは、食べられないでしょ?」

 しかし、返事がない。どうやら、彼女が思っていたのと違うらしい。

 とすると、一体誰が?

 彼女はティナが眠っている方へ首を回した。

 ……視線があった。

「…食べる?」

「うん」

 バスケットを差し出すと、横にいた少女……ティナは喜んで食べ始めた。

 寝起きにも関わらず、ティナの手は進む。

 相変わらず食べ物の匂いとなると敏感なようだ。







 バスケットの中身もからになり、一息ついたところで、ティナはようやく自己紹介を忘れたことに気が付いた。

 本来ならば、名乗るのが先だが差し出されたサンドイッチが美味しそうだった為、誘惑に負けたのだ。

 この癖どうにかしないとな……と、ティナは苦笑いを浮かべた。







「えっと、ごちそうさま。美味しかったです。それで、初めまして、私はティナって言います。お姉さんは?」

 その女性は何故か、肩を振るわせて笑い出した。

 自分は何か変なことを言ったのだろうか?

 そう思いながらティナが見ていると、落ち着いてから女性は口を開いた。

「ごめんなさいね。お姉さんなんて言われたものだから……レノイメルよ、ややこしいから、レノとか呼んでちょうだい」

 その女性――レノイメルはにっこりと微笑んだ。

 お姉さんという歳ではないというのだろうか。

 しかし、どうみても二十代前半で、ティナからすれば少し年上だと思うのだが。

「レノさんですね。……あ、そだ。木にバンダナを結びつけていたの、レノさんですか?」

 木にバンダナ? と聞き返してくるところを見ると、どうやら彼女ではないらしい。

 この泉に向けられていたのだから、きっと何かしらの合図だと思ったのだが。

 一体誰が……と、ティナが思っていると二人の間に上から何か落ちてきた。

"レノレノ〜ただいま!"

「ああ、おかえり……じゃないでしょ。カーテ、あなたそれを壊したら本気で怒るわよ」

"え〜だって、これが一番動きやすいんだもん"

「当たり前でしょ。お祖父様の最高傑作なんだから」

 子供の声に子供の体躯、レノイメルの子供かとティナは疑った。

 だが、よく見るとそれは良くできた人形だった。

 ウェーブがかったうす茶色い長髪に、薄い赤を基調としたワンピースを着た女の子の人形。

 それが二人の目線のあう位置に浮いていた。

 しかし、だとすれば不可思議な点が一つ。

「お人形さんて……喋ったっけ?」

 どうも、考えの点はずれているようだが、とりあえず、ティナは疑問に思ったらしい。

 その言葉にレノイメルはハッとなった。

 今まで自分の側に人間が住んでいたことはない。

 なので、ついいつも通り「人形」と喋っていたのだが……

「しゃ、喋らないと思うわ。ったく、カーテあなたの所為で私が変人扱いされるじゃない」

"ぶ〜……あのね、あたしは、人形じゃないの。どっちかというと"

 人形の中から赤い光が放たれ、少しすると人形が崩れた。

 レノイメルは慌ててそれを受け止める。

 人形のあったあたりに、透き通った炎に包まれた、馬の姿が見えた。

 白いツノにクリームがかった体。たてがみは燃えさかる火の色。

 この世に存在しないはずの生き物。

"お初にお目にかかる。話は皆から聞いているよ……お疲れさまというべきだろうね? ティナ。あたしは火馬。四大守護の一人だ"

 それは火系の最高位の守護。

 赤い光をまとった火馬から発せられた言葉は、先程の子供じみた口調と違い、威厳のこもった物であった。

「……ひ」 "火馬様?!"

 ティナが何かを言おうとした時、それを遮る声があった。

 普段ならばあり得ないような、慌てた声。

 ティナの腕にくくってある、火馬のツノの飾りからである。

「火龍?」

"火馬様! 一体、何をしておいでで……確か先程会議があるなどと言っておりませんでしたか?"

"……火龍。あたしだって、遊びたいのよ?"

 威厳が、少々崩れだしたようである。

 何より、火龍の言動が今までに聞いたことの無いようなものだった。

"いいじゃんかぁ。ここまでティナを連れてきてあげたんだし〜"

"そういう問題でもありません〜っ! 私が何を言われるか分かっていらっしゃいます? 水龍様に一番言われるんですよ?"

"水(すい)の言い分はほっとけばいいの。自分で出てこないんだから。風(ふう)のあねぇは許可してくれたもん。土の爺様も許可してくれたもん"

 彼女の言う水とはどうやら水龍のことだろうか。とすれば、風のあねぇは風鳥、土の爺様は土狼のことだろう。

"あの二方は火馬様に甘すぎるんです!"

"火龍は、世話焼き過ぎなの。大丈夫よ、ちゃんとした時はちゃんとするもん"

"ですから!"

 慌てる火龍の声を初めて聞いたティナは、面白そうに微笑んだ。

 レノイメルの方も、火馬にあれほど怒れる人物(?)を聞いたのは初めてである。

「カーテ……この人形はもうしまうけど、いいわね?」

"あ、レノレノそれ横暴! まだそれで遊ぶの!"

「横暴ってあなたねぇ……倉庫に大事にしまってあったの引っ張り出してきたくせに何言うのよ」

"火馬様。自分の守護する人に迷惑をかけてらしたんですかっ?!"

"違うし〜"

 せっかく消えた喧嘩の種が再び火を噴いたらしい。

 火の守護同士なので、あまりにそれらしいのだが……長続きしそうなのでティナとレノイメルはこちらはこちらで会話を始めた。

 守護の声が時折混じって聞きづらいが、それはしょうがない。



 再び言い合いが収まったのは、丁度おやつの時間になる頃だった。


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