第4話 『最後の奇跡』

 翌日もいい天気だった。

 レノイメルの言葉も聞かず、カーテはあの"最高傑作"の人形の中にいた。

 苦笑いを浮かべるティナの手には、本日のお昼が入ったバスケット。

 わがままを言ってレノイメルに作ってもらったものだ。

 なんとか、ティナが抱いて行くことで妥協してもらうと、一人と一匹は山頂へと向かったのだった。





 大陸を見下ろせる尾根のそば。ほぼ山頂と言っていい場所だろう。

 茂みに隠された、小さな洞窟をくぐったその先に、小さな泉は存在していた。

 そこの空気はまさに神聖そのもの。カロン島の神殿に似た雰囲気をかもし出すその場所は、生命の息吹に溢れていた。

 宿り木としてある何百年……いやそれこそ何千年も生きているだろう大樹。

 そこには小鳥たちがたびたび舞い降りている。

 住み着いた小さな動物たちも駆け回り、草木・花々も生き生きと誇らしげに存在していた。

「ふわぁ……」

 一歩その場所に踏み込んだティナは、動くことが出来なかった。

 人が踏み込んでいいのだろうか?

 そんな疑問さえ浮かんでしまう。

"大丈夫。あたしがいるから。ほら、前に進んで進んで"

「う、うん」

 おずおずと足を進め、泉のほとりに腰を下ろした。

 水龍の泉(すいろんのいずみ)と似ている。

 第一印象はそんな感じだった。

"それ、はずしたらこの泉に入れて欲しいの"

 促されるまま、水龍の鱗と風鳥の羽の飾りを首からはずし、泉に浮かべた。

 不思議と、沈むことなく漂っていき泉の中央で止まった。

"しっかり、レノレノの人形を抱いていてね"

 意志を持った人形が崩れ、カーテが外に出た事が分かった。

 しっかりと落ちないように抱きしめると、泉の上空を見上げる。

 透き通った炎に包まれたクリームがかった体に、燃えさかる火の色をした、たてがみの馬の姿が見えた。

 カーテが何事か呟くと、その場所に亜空間のような物が現れる。

 決して黒い空間ではなく、水晶のような物に囲われた、青でしめられている空間。

"スシェル! いつまでそうしている気だ……お前の役目の時が来たぞ。いつまでも来ないと思っていたこの時がな"

 カーテの言葉の真意。それは……

"ここで生まれようとする命はお前にしか守れない。守護のいない人間が、長く生きられないことも重々承知だ"

"お前に……我の気持ちは分かるまい"

 その空間から、微かな声が聞こえた。

 低音の、しかし響いてくるその声。

"分からぬな。だが、生まれ変わりを守ってやろうとは思わないか? その償いのためにな"

 四大守護の彼女にとって、魂を見分けることは造作もない。

 前世でも知るものならば、分かるのだ。

 願いから生まれた一人分の魂。それは確かに、アレスと……そしてミケルの生まれ変わりだ。

"ミーファの子供の生まれ変わり"

 声音が僅かに変わった。

 そして、空間の向こうに大きな龍の影が見える。

(動いた。あの堅物が)

 一度下を見て、ティナの位置を確認した。

 そして、安心させるようにコクリと頷くと、ティナはにわかに微笑んだ。

(さぁ、後一押しか)

 水面に降り立つと、浮いている水龍の鱗と風鳥の羽に触れた。

 一度触れるだけで後は何もせず、再び空へ舞い戻る。

"ティナ。草むらの上にレノイメルの人形を置いて、泉の中央へいらっしゃい。そして願いなさい。余計なことは考えず、ただ一つのことを思って"

 首を巡らせた火馬が示した場所に、光の道が現れた。



 風が背中を押してくる。



 水が呼ぶようにさざ波をたてる。



 そして心が……信じて進めとせき立てる。



 立ち上がると、そっと人形を置き、ティナは一歩一歩泉を進む。

 光に示されたその道を一歩一歩。

 一瞬だけだったが、ティナの目には泉ではない、別な物が映っていた。

 遙か昔存在したウェクト。

 その国に存在した、偉大なる神々を祀った神殿。

 見たことはない。しかし、確かにそこだと確信できた。

 胸の前に手をしっかりと組み、静かに目を閉じた。



 祈る物はただ一つ。願うことはただ一つ。



" 古に培われし神の泉 その力今再びこの世に姿を表さん

 大地を創りし地の竜 空を創りし天の竜

 生命の営みを司りし水の竜 未来(さき)を司りし火の竜

 神の御息の届くこの場で 今ひとたびの奇跡を願わん



 四竜の力より出ずる 我ら守護の加護と共に

 ここに新たなる生命の誕生を…… 
"



 泉のほとりには多くの動物たちが集まってきていた。

 皆が皆、顔を上げ天の方を見ている。

 火馬が一息で言い終えると、天が大きく光った。

 目をつむっても、手で覆い隠しても、防ぎようのない激しい光。

 しかしどこか暖かな、優しい光だった。



『ティナ』

「……え?」

『バーッカ。ちゃんと目を開けておけよ。一生に一度見れるか見れないかの物だぞ』

「ミケ…ル?」

『そんな顔しないで下さい。いつまでも、心は一緒です。見守っているんですから』

「ア、アレスまで? 何で? どうして」

『姿は変わっても、変わらない物はいつまでもあるって事だ。忘れるなよ』

『願う未来は思うまま。天運の流れはティナの創っていく物です……忘れないでくださいね』

 浮かぶのは最後まで心配してくれた優しさ。

 偉そうなあの微笑みと、穏やかに微笑むあの顔。

「ありがとう……ありが、とう……」

 最後まで言えなかった感謝の言葉。

 やっと、やっと言えた。そう思うティナの頬には、一筋の涙が伝っていた。



 光がやがて収まっていき、ティナの腕の中には布にくるまれた赤子の姿があった。

 一生懸命ティナの方に腕を伸ばしてくる。

 また泣きそうになった顔を腕でこすると、しっかりとその子を抱きしめたのだった。







 + + +







 水龍を守護に持つその少女。

 黒髪と左右色の違う目を持った二人の生まれ変わり。

 ティナは少女に"ティミア"という名をつけ、大事に育てていった。



「ティナかあさま〜レノかあさま〜! お客さんが来たよ〜!」

 春先の穏やかな午後。健やかに育った少女の声が山小屋に響いた。

外伝 ティナの章 終



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