第3話 『名をもつ守護の伝えたこと』

 レノイメルはこの山で、代々人形作りをしている一族の者である。

 神龍山(しんろんざん)には丈夫な木が多くあり、それを材料として人形を作るのだ。

 透明な箱にしまい飾っておくような物から、糸で操る操り人形まで……扱うものは幅広い。

 時折やってくる商人に、売ることで作品を世界に広めていた。

 一つの人形にかかる制作時間はそれぞれなので、こもってしまうと時間が経つのを忘れるらしい。

 なので、歳は20を過ぎてからは分からないそうだ。

「で、カーテが入ってたこの人形はね、お祖父様が唯一手元に残しておいた最高傑作なの。遠くから見れば本物の人間に見えるほどのね……これが最終目標。というより、これを越せたら一人前の人形師になれると思っているわ、今でも」

 人形のことを語るレノイメルは、それはそれは楽しそうだった。

 人と話すのは数年ぶりらしい。独り身になってから、どれほどここで過ごしていたのだろうか。

「そういえば……レノさんは、火馬のことを名前? で呼んでいますよね?」

「敬語じゃなくてもいいのに。ええ、そうよ。火馬と呼ぶより、こっちの方が楽だし」

「守護に、名前が付いてるんですか?!」

 ティナの驚きようはもっともなことである。

 守護は基本的に人の中と守護の世界にしか存在しない。

 人の中には絶対に一人しかいないため、他と区別する名前などいらないのだ。

 守護の世界の中ではもしかすると、名前を付けあっているのかもしれないが。

 ともかく、守護が人に自分の名をかたるということは基本的にないであろう。

 名乗っているとすれば、四大守護くらいなのかもしれない。

「ええ。カーテが言うには風鳥がフートで、土狼がツアタで……水龍が何だったかしら?」

 首を傾げると、レノイメルは髪に指を絡ませ思い出そうとし出した。

 しかし、興味のないことは忘れてしまうのが基本なので、どうしても思い出せない。

 火馬に聞こうにも火龍とまだ話していることだし。

「カーテ……何だったっけ?」

"だからっ……へ? 何、レノレノ?"

 未だ続けていた言い合いのさなかに、別の場所から声をかけられ火馬は困った風である。

 火龍の方も横入りがあった為冷静さを取り戻したようで、咳払いをすると黙ってしまった。

「だから、四大守護の名前よ。フート、ツアタとカーテで、水龍は何だっけ?」

"水? スシェル"

「そうそう、それよ。スシェル」

"レノレノ〜物忘れは年寄りの始まりよ?"

 茶化すように火馬の笑い声が聞こえる。

「あら、どっちが年寄りなのかしら? カーテ。子供に返りたいのは、そういうのの現れって聞いたことがあるわ」

"う゛"

 火馬からの返事が消えた。相当ショックだったらしい。

 ティナは堪えていたのだが、我慢が聞かず吹き出してしまった。

 その様子にレノイメルは目をまん丸にさせている。

 だが、笑いは伝染するようで、彼女もいつしか笑い出していた。









「ティナちゃんは、どうするの?」

「ほへ?」

「あ、いえね……そろそろ暗くなってきたし。どこか泊まるあてでもあるならいいけど、どうするのかなぁって」

「あ。そういえば」

 このところ普通に野宿しかしていなかったので、あまりそこまで考えが及ばなかった。

 頭を掻くと、どうするかなぁとティナは考えはじめた。

 レノイメルはやっぱり、と言いたげに苦笑する。

「その様子じゃ考えてなかったのね。ん〜……うちの小屋は結構狭いんだけど、それでよければ招待するわよ?」

「ホントですかっ!」

 真っ先にティナの頭に浮かんだのは、食事のことだったとか。

 厚意は受けるのが当然と思っているのもあって、ティナはレノイメルの小屋に泊まることとなった。







 + + +







 人一人住むくらいで丁度いい大きさの小屋は、泉のすぐ側にあった。

 外見は普通の山小屋に、ちょっぴり増殖したツルが巻き付いている感じだ。

 小屋の横には小さな物置もあって、おそらくそこに人形を保管しておくのだろう。

 扉には"人形師の住処"と飾り文字で書いてあった。

「おかしい?」

「へ?」

 ティナは知らず知らずのうちに、その文字をまじまじと見ていたらしい。

 別段おかしいとも思わなかったため、返事がまぬけになってしまった。

「そのまんまの名前だからよ。確かお祖父様が言うには、それが一番いい名ってことで書いたらしいのだけど」

「へぇ〜」

 扉の奥は何ら普通の家と変わらない感じだ。

 すぐに出たのは客間。その隣に台所。そして、少し頑丈そうな扉があった。

「ここは?」

「ああ、この先? 自室と、作業部屋への階段と半物置状態の部屋とがあるの」

「階段? でも、2階建てではないですよね?」

「ええ、地下があるのよ。お祖父様特製のね。人形作りにはもってこいの部屋よ」

 居間の椅子にティナを座らすと、レノイメルは台所に行ってしまった。

 残ったのは火馬のはいっている人形と、沈黙のみ。

 しかし、その沈黙もすぐに破られた。

"ティナは……どうするつもりだい?"

「どうするって、何が?」

 見透かされたような声に、少々驚いた。

 先ほどまでの子供の声ではなかったからだ。

 おそらくこれが本来の火馬の声なのだろう。

 次に言われた言葉にはさらに驚くこととなった。

"風のあねぇ……フートに全ては聞いた。終わってしまったことに何を言う気もないがな。全てを任せてしまったようですまない"

 火馬の言葉には後悔の意が含められていた。

"時の都……ウェクトはしばし大きくなりすぎた。大きすぎる力はいつか破滅を招く。水……スシェルはあれ以来表に出てこぬ。
 いい加減、過去ではなく未来(さき)を見ればいいものを……四大守護とはまさに名だけだ。守護は現世に力を発揮することはできぬ"

「スシェルって水龍のことだよね。ミケルのことも知っているかな? ミケルのお母さんの守護だったって聞いたけど」

"知っておるさ。あいつが心を痛めているのはミーファのことだけではないからな。しっかし、今のお前を見せてやりたい。スシェルにはな……"

 火馬は今のティナを見れば水龍がまた戻ってくると思っていた。

 一番辛い思いをしていたのは、ティナだ。

 それを乗り切って先に進もうとしている、この子は。

 その勇気を心の強さを分けてやりたいという思いが、会ってからはさらに強まった。

(しかし、あの堅物が動くかどうか)

 思い浮かぶ姿と言えば、眉間に若干しわを寄せた威厳のあるあの姿。

 笑っている所など見たことがないのではないだろうか?

「そうだ。前に神龍山(しんろんざん)は聖なる山って聞きました。ここにも、水龍(すいろん)の泉みたいな場所ってあるんですか?」

 唐突に質問を受け、火馬は思考を停止せざるを得なかった。

 しかも改まって敬語。これには少し参ってしまう。

"ああ。大陸の中で一番神聖な地だからな。それが、どうかしたか?"

「もしかしたら、もう一度水虎と話せるかな、と」

 ティナが胸のあたりで握ったのは水龍の鱗の飾り。

 何があったかは知っている。しかしそれは結果だけだ。

 その途中にあった過程など予測できるはずがない。

"それは…"

 応えてあげたいと思ったが、できないことはできない。

 残酷ではあるが、現実は現実だ。

"……おそらく出来ないと思う。もう、そこに気配が殆ど残っていないのだ。かわりに、宿っている物はあるようだがな"

 火馬が見つけた微かな輝き。それは、人の魂だった。

 一瞬、まだ守護の力が残っているのかと思ったが、そうではない。

 守護とは違う、生きる希望を――この世界に存在しようとする可能性を……それら全てを秘めた輝き。

「かわりに、宿っている物?」

 首を傾げたティナの前に、紅い光がふくれあがった。

 カシャンという、人形の崩れた音が聞こえる。

 現れた小さな少女は、実体ではなく透き通っていた。

 額には白いツノ。明るい炎の色をした髪はふわふわの猫っ毛のようだ。それが背の中程まで漂っている。

 ピョコンとはえるクリーム色の長い耳は、まさに馬の耳。右目の下に紅いリボンのような二つの三角の痣。

 ペンダントにも、細い腕のリングにも、全て紅い三角がついている。

 にっこり笑うと、火馬――カーテは威厳のある口調ではなく、初めに会った時の幼い口調に戻った。

"うん。かわりにね。二人の願いから生まれた一人分の新しい魂(こころ)"

「二人の……願い?」

 ぱたり ぱたり と、雫の落ちる音が静かに響いた。

 覗き込むような体勢でいたカーテは目を細める。

"もし、望むなら明日連れて行ってあげる。レノレノも知らない、この山の泉へ……遙か過去に人を創った時の力が、残っているかもしれない"



 何か希望が欲しかった。

 別に生きることを諦めた訳じゃない。アレスとの約束だし、ミケルの最後の言葉だから。

 それでも、何をすればいいのか分からなくなっていたから。



「……行く」

 決意をあらわにしたティナの横顔。

 カーテはそれならばと、ある考えを浮かべた。

"それなら、一つだけ、手伝ってくれる?"

 小首を傾げるティナに、いたずらっぽい笑みを浮かべ、カーテはこそこそと耳打ちしたのだった。


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