空白の都を知っているか?

 あれを探せ あれを探せ

 あってはならぬ あってはならぬ 

 我らの方が勝っているのだ



     外伝 第1話 『空白の都』



「じいやぁ。変な人が来たよぉ。あのねぇ……くーはくのみやこ……だってぇ」

 一人の幼子が、木陰で休む一人の老人に語りかけた。

 老人はその言葉に少々の戸惑いを覚えてしまう。

 『空白の都』と、確かに幼子は言った。

 もう、この名や、正体を知る者は数人の老人のみのハズ。

 そんなモノに興味を示すのは、一体どんな者だろう……と、老人は重い腰を上げた。





「貴方が所有する、都の鍵をいただけませんか? 私は『あれ』を、求めて旅をしてきました」

 老人を訪ねてきたのは、古びた大布を纏う若い青年だった。

 右の眉上あたりから左目の下にかけて、大きな刀傷がある。

 髪の色は珍しく緑がかった灰色だった。

 声からして、まだ二十歳にみたないだろう。

「鍵とな? そんなモノどこにやったか……」

「……出していただかなければ、私は」

 青年は懐に手を入れると、カチャリと金属音をたてた。それが何の音かなど、老人にはたやすく予想がついた。

 自らの命を脅かす、銀色のきらめき。

 その昔追われた時も、そのきらめきに襲われた。

 老人はため息をつくと、傍らにいた幼子を遊びに行かせた。

 そして、改めて青年をまじまじと見つめる。

「……それ相応の理由なき者に渡すわけにはいかぬ。儂とて、こんな鍵早く手放したいが、一応守り人としての誇りがな」

 半分は嘘だ。

 誇りなどない。

 あの都が自分にしてきたことを思えば、誇りなどとうに捨てた。

「そんなこと、私の知る範囲ではありません。私は『あれ』に飲み込まれた姉を捜しているだけですから」

「飲み込まれた……とな?」

「ええ。姉は私を庇って……もう、10年ほど前のことになります。と、それ以上は貴方に必要ないことですね。渡していただけますよね?」

 老人は返答に詰まってしまった。

 果たして、この青年を信用していいものか。

 老人には情報が少なすぎた。しかし、この青年の言うことを信じるしか道はない。

 信じなければ、恐らく一瞬にして未来は奪われてしまうであろうから。

 老人は決心すると、懐から麻でできた袋を取り出した。

「……手を出しなされ」

 言われるがまま、青年は手を差し出すとその上に老人は袋を乗せた。

「儂の守る鍵は、水晶の結晶。これで、満足じゃろう?」

「ええ。これでようやく、惑わされず空白の都に入れるわけですね。さてと、それでは失礼します」

 去ろうとする青年を老人は何故か呼び止めていた。

 老人は遙か過去に別れた同胞を思いだしていた。

 自分と同じく5つの鍵を任された者達。

 あの都を追放され……しかし離れることを許されなかった自分達。

 不審がる青年に、これだけは伝えなければならないと、今まで守り続けてきた秘密を口に出したのだった。

「空白の都は何もない訳ではない。むしろ、あの都にはありすぎる。
 世界の均衡を任された、刻ノ宮……それが本当の名だ。あれに飲み込まれたといったな? 力を持ちし者以外あの宮は取り込んだりはせぬ」

「―――貴方は、誰にも話さないと誓えますか?」

 唐突に口を開いた青年はまとっている大布をはずしていた。

 先ほどの金属音は刀ではなかった。

 青年の腰に短刀はあったものの、あれではあのような音はしない。

 では、一体何の音だったのだろうか?

 老人は疑問を持ちつつも、それを心の奥に押し込んだ。

「守り人は何も話さぬぞ」

「そうですか、では貴方だけにお話致しましょう。私は……神乃の者です」

「か……みの……だと?」

 老人の顔が驚愕を物語っていた。

 神乃の名は一度聞いたことがあった。

 刻ノ宮の長に匹敵する、太古よりこの国にいる特殊能力の持ち主だ。

 生まれた子は、必ず何らかの力を持つとされる。

 そしてその力は――必ずや、刻ノ宮を滅ぼすであろう……と。

「姉上はその中でもずば抜けていました。人に力を与えることの出来る者など、神乃の歴史の中にも一人としていなかったのですから……
 しかし、8年前。風が消えるかのごとく、一緒にいた私の傍らから消えてしまった。力のある者には見えるとされる、空白の……刻ノ宮が通り過ぎたのはその直ぐ後の事でした」

「それで、刻ノ宮を探している……と」

「運命の鎖は私をここまで導いてくれました。姉上に会えばきっと全て分かるはずです」

 運命の鎖という物がどんな物かなど老人には分からない。

 だが、おそらく……神乃の者には他に分からぬ人との絆がそう見えるのであろう。

 頑張れとは言えない。あの宮に期待を持たせるのはおそらく酷なことだ。

「何も無ければな」

 呟いた言葉に青年は目を細めた。

 その目には何もなく……ただただ笑っていた。





 + + +





 この後、旅立った青年が刻ノ宮にたどり着いたのはすぐのこと。

 変わり果てた姉は、何も覚えてはいなかった。

 そして、青年が来たことで刻ノ宮は崩れていくことになる。

 伝説には拾弐の月人がそろいし時、刻ノ宮は一度壊れるとあった。

 睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月。

 この拾壱の月人はすでに存在していた。

 何の因果か、青年は師走となるべき者だったのである。

 長は青年を除く月人達に力を与えた。

 全てがそろったのだ、と。

 閏月と呼ばれる巫女を守るために、と。





「死ぬ覚悟がお前にあるのか?」

 懐かしいその声は、凍てつく矢のようだった。

 外の者を毛嫌いする、巫女に近づく者をはねとばす……だが巫女の心は青年の元へ届いた。

「全て捨てた……家も一族も姉上でさえ。残されたのはここで無月と生きる道だけだ」

「守るのはお前、だけど守りきれない、どんなことがあっても……それを忘れるな」

「十分、分かっているよ……姉上」

 つぶやきは、嫌な晴れかたをする空へと消えていった。



どうか 神様

無力な神よ

姉上を戻せとは言いません

今しばらくの平穏を 穏やかなこの日々を

もうしばらく続けさせて下さい

ここに私の幸せを見つけてしまったから

だから どうか

この鎖をちぎらないで




 握りしめた青年の手のひらから、透明な鎖がこぼれ落ちた。

 鳴り響く金属音。それは崩れの証。

 彼の願いを、この先の未来を、全て物語っていた。





 全てを捨ててでも守ろうとした者を、守りきれることはなかった。

 それでも、全ては終わったかに見えた。閏月の自害をもって。

 名の力で残された祝月――睦月と卯の花月――卯月。

 二人の子孫が、やがて輪廻の輪を経て閏月――無月と出会うのは後々の話。


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おまけ的、外伝解説。

刻ノ宮の外伝は全て前世編になります。
一応便宜上、第1話としていますが、それぞれにあまり繋がりはない予定。
とうとうやっちゃいました。その第1弾が師走編。
実は大本は、学校提出用の宿題だったというのは過去の話。
設定の変更やらで、大分変わっています。
色々とネタバレかなぁと思いつつも、そんな前世。
青年こと、神乃 師走(かみのしわす)彼は『外』の人間なのです。

初めは祝月、梅見月、花見月、卯の花月、五月雨月、常夏月、七夕月、月見月、菊月、時雨月、霜降月、春待月としたのですが、もういいやと、訂正しました。
この名は別名ということでいいんですけどね。
次が誰になるかはその時に。
前世編はとにかく、ネタバレ的になりそう;;

(2004/03/29訂正)

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