刻ノ宮がいままでに一番騒がしいと思ったのは、確か彼が五つになった時の事だった。

 彼の記憶は三歳の頃から明確なので、間違ってはいないだろう。

 全てはその時が始まりで、刻ノ宮の亡びる前兆だったのかもしれない。



     外伝 第2話 『舞い降りた精霊』



 幼い頃は、体に痣があるというだけで、外に出る機会はほとんど無かった。

 痣は月人の証。

 月人は――刻ノ宮に伝わる、特殊な力を与えられる者達のこと。

 稀に元々力をもって生まれる者もいるらしいが、彼が生まれた頃にはそんな人物はいなかった。

 ただそれだけの理由――月人だというだけで、両親から押しつけられた物は、大きな期待。

 いつか、刻ノ宮のために役に立てと、ありとあらゆる書物を押しつけられ、暗唱させられた。





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 七歳になって、初めて弟に出会った。

 そのころには書物が底をつき、弟の世話を任されるようになった。

 幼い命を預けられ、とまどいも多かったが知識でそれを乗り越えた。

 悲しいことに、六つ離れた弟にも、月人の証がしっかりと刻まれていた。

 彼は、せめて親の大きな期待が自分にだけ向いていればいい……と思っていた。



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 弟のために外に出ることは増えた。

 そうすることで入ってきたのは、家の中では知り得ない周囲の噂。

 今、刻ノ宮には弟の他に自分を含め四人。それと、この年もう一人生まれたとか。

 確か歴史書には刻ノ宮の歴史上、六人もの月人が同時代にいたことはない。

 口には出さなかったが、彼は大きな不安を覚えた。


 そこから数年はあまり覚えていない。

 弟が立って歩くようになり、よく自分のあとをついて回ったことは確かだった。





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 気が付くと、彼は十歳になっていた。

 月人は九人にふくれあがっていた。

 この年、誕生の時ほどではないが、巫女様が五歳になったという大きな祭りが行われた。

(増えていく月人と、刻ノ宮の巫女……か。でも、僕には関係ない)

「にーやぁ?」

「なんでもないよ、なづき。さ、帰ろう……少し冷えてきただろう」

「うん!」

 祭りから帰り着いた家に、両親の姿はなかった。

 代わりに、錆び付いた鉄のようなにおいと、赤黒いシミが家中に広がっていた。





 彼にのしかかる重圧は、消え去った。





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 それからまた、しばらくの月日が経った。

 彼は、十五歳になっていた。

 夜の帳が降りてきて、家々の明かりを避け、お社の近くまで足を伸ばした。

 濃紺の舞台に映える、淡白き光が彼を呼んでいたのかもしれない。

 なんとなしに、水面が揺れる池を覗く。

 そこに映る光につられて、彼はゆっくりと空を見上げた。

 淡白く光る、何よりも美しい円。

 吸い込まれそうな輝きが、そこにはあった。


――――ああ


「ああ、なんて――」


――――なんて、美しき月だろう


 その時から、彼の心は月の虜となったのである。





 一月ごとの満月には、お社近くの池まで足をのばした。

 弟が寝入ってから、朝の光に闇がかき消されるまで、飽きることなくただただ月を見上げていた。

 その時だけ、彼は幸せを感じていた。





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「うーさぎ うさぎ 何見て跳ねる 十五夜 お月様 見てはーねる」

 月を見上げるようになってから半年を過ぎた頃、彼だけしかいなかった空間に、侵入者が現れた。

 大人の気配であれば、もっと早くに気が付いたはずである。

 だが、その歌声は……少女の物だった。

 この時間に少女がいる、ということはあまりに不自然で……

 彼の目に映ったその姿は、月から舞い降りた精霊に近かった。

「月の……精霊?」

 声に気づいたその少女は、ゆっくりとこちらを向いた。

「――いいえ。ただの子供ですよ」

 振り向いた少女の両頬には、紅い痣があった。

 あれは、月人の証。

 間違いはない。だが、他の月人達とは少々違う印象を受けた。

「どうして、こんな時間にこんな所に?」

 一瞬だけ、驚いたような表情を見せた。

 その時、彼は違和感の正体に気が付いた。

 目だ。

 少女には、あるはずの光を見る場所が存在しなかった。

「――近頃、一月に一度この辺りで気配がすると、巫女様がおっしゃって。代わりに様子見に」

「では、君は何故、あの歌を?」

「月を見上げているのならば、兎と同じ――と。勝手な解釈で申し訳ありません。ただ……」

 少女はにわかに微笑んだ。

「見えぬ私には、月がどんな物か想像するしかありませんから」

 そう言って、再び少女は社の奥へと消えていった。

 巫女と顔合わせする月人は、聞いた覚えがある。

 同じ頃に生まれた、初神(しょしん)の者のはずだ。

 名乗ることを忘れていたのだが、彼はそれでもいいと思った。


 どうもあの少女とは、また会えるような気がしたのだから。


「兎と同じ……か。そうだな、僕はうさぎになりたいのかもしれない」

 あの月に住む兎に焦がれて、地上の兎たちは跳ねるのだから。

 いつしか与えられる力が、月に近づく物であればいいと、初めて月人として生まれたことを良く思った。





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 彼はその後、兎の人形を作り出すことになる。

 また、初神の者との繋がりで、刻ノ宮の裏も知る。

 全てを承知の上で、彼は答えをだしたのだ。

 崩壊を止める事はせず、流れゆくままに行こう……と。


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おまけ的、外伝解説。

外伝 第2弾でございます。
今回は、時神 長月(ときかみながつき)青年の物語。
一応彼が、前世編での最年長者です。
彼の弟が誰かは……後々のお楽しみ。
まぁ、「なづき」と呼んでいる時点で、候補は減ると思いますが。
前世では性別が反転する人が数名おりますので、あしからず。

『長月』が、月にこだわり、兎にこだわっている理由、みたいなお話です。
何もなかった彼に、世界が増えたのは、お月様のおかげ。
ちなみに、この話を思いついた日、満月が綺麗でした♪
あれならば、惹かれていつまでも眺めているだろうなぁ、と。

初神の少女は……あえて触れません。第19話にて分かります。
それでは、また次に。

(2004/03/29訂正)

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