第壱話 『それは突然に』

空に月がなくとも そこには常に月がある

月人と呼ばれし月 刻ノ宮に在りし特別な者達

長につかえ 巫女を守る それが使命と心に刻む

刻ノ宮に十二の月が揃いし時

それは何かの予兆であり 月人にとっての脅威

刻を滅ぼし 巫女を失い 均衡の崩れる破滅の刻

刻ノ宮の伝説の元に集いし子らよ 次こそは間違わぬよう

平和な刻を 生きてくれ



 寒さの厳しい二月の初め…

 息は当然白く、木々の芽は春を待ち望んでいる。

 住宅街ではなく少しはずれた自然の中に、巨大な校舎はあった。

 この一帯では有名な、小・中・高、それに大学まである私立の学園。

 その中でも一番人気の高等部である。

――――私立 刻ノ宮学園(ときのみやがくえん)高等部

 学園校舎の二階 2年のクラスのエリア。朝の登校時間でも、まだかなり早いほうであり、登校している生徒は数えるほど。

 しかし、朝一番を競うために意気揚々と登校してくる人物が一人いた。

 焦げ茶の髪を首の後ろでひとまとめにし、背中に遊ばせている。覗く双眸は黒茶の混じる黒。制服のセーラーの上に、コートを着込み、白いマフラーを首に巻いている。

 白城 無月(はくじょうむつき) 2年3組に在籍の生徒である。

 廊下の向こう側にある人物を見つけると、元気よく、駆け寄っていった。

「おはよう、睦月ちゃん」

「ああ。無月…もう、体はよいのか?」

 声をかけられたのは腰より長い黒髪をポニーテールにし、紺の目をした、長いハチマキをしている人物。着ているの 勿論同じ女子生徒の制服。

 彼女の名は明神 睦月(みょうじんむつき)。この学園の現生徒会長である。

「うん。もう、バッチリ。二月だしあんまり学校を休むわけにもね」

「あまり、無理はするな」

「睦月ちゃんこそ。生徒会長の仕事大変でしょう?」

 心配したのはこちらだったのに、そのまま返され睦月は苦笑いを浮かべた。

「さして問題はない。雪影がよくしてくれるのでな…無月、師走はどうした?」

 ちなみに師走は無月の双子の兄である。

 簡単にいってしまえば無月とは全く逆の性格の人物だ。

「ん…しー兄なら、寝ていたからほってきた。まぁ、自力で起きてくるでしょう」

「……」

 無邪気に笑う無月を見て、睦月はため息をついた。

 この時睦月には、師走は自力で起きてこないであろうと言う確信があったのは、言うまでもない。



 + + +



 そうこうしているうちに、二人のクラス2−3の前にたどり着いた。

 扉を開けると教室の中は空ではなく、先客が一名。

「あ〜…また初音ちゃんの勝ちだ。おはよう」

「……(頷)」

 黒のショートカットに耳の前部分だけは肩につくほど長い髪、両耳に石榴石の小さなピアス。微笑んで細められた目は茶色。

 彼女は霜月 初音(しもつきはつね)。

 無月だけが言葉を理解できる、ある意味不思議少女である。


 いつもと変わらぬ始まり。だがしかし、これが一変しようとは誰も思いつきもしなかった。



 + + +



 授業後、特に何の部活にも所属していない無月は初音と共に校内を散策していた。

 一年の時に大分案内されたのだが、とにかくこの学園は広い。全てを把握するには短い案内だった。なにも、二年の終わりのこんな時期に…という考えもあるが、一年の時はそう大して時間がとれなかったのだ。


「今日は、開かずの間だよ」

「……(驚)」

「何もないのに、何で行くのか? ん〜…おもしろそうだから」

 るんるんの無月を見て、初音は僅かだが微笑んだ。

「ありがと〜初音ちゃん」

「……(照)」

 二人の向かう先は中庭を挟んだ先にある部活棟の建物。

 ここの2階東奥には生徒会室が存在する。その丁度真下が開かずの間である。



学園にまつわる10伝説の一つ目 開かずの間

一体いつ頃からあったのかは分からないが 鍵のついていないはずの教室である

その間をあけた者に何かが起きる、と言われている




「この扉はね、偽物。こっちが本物だよ」

「……?」

「なんでか? だってほら、ここに扉の取っ手があるでしょ」

 無月の指した場所は、本来ある扉の鏡あわせの場所。

 しかし、初音にはただの壁にしかみえない。

「………(首横振り)」

「あるんだよ、初音ちゃん。そして……」

「……(困)」

「大丈夫だよ。いい? いくよ…」

 自分の指した場所に無月は静かに手をかけた。

 その瞬間、あたりには…否、二人の耳には獣の咆吼が聞こえた。

 そして、風と共に何か光がその壁から飛び出してきたのである。

「っつ…わぁっ!!」

 無月はその風をまともに浴び、後ろに吹き飛ばされたのである。

「……!!」

 初音は慌てて飛んできた無月を受け止めた。しかし、風の影響は強く、初音はその場に座り込んでしまう。

 そこへ、二つの足音が近づいてきた。

「一体何があった!」 「何事ですの?!」

 息せき切らせた、生徒会長ともう一人。

 ふし色のショートカットに紅梅色のつり目の少女である。

「………(慌)」

「卯月! どうにか押しとどめてくれ」

「了解ですわ」

 卯月と呼ばれた少女は制服のポケットから何枚かの符を取り出し、光の前に立ちはだかった。

 右手で符を持ち、その手首に左手を添えると十字を切る。

 視界の片隅でそれを見届けると、睦月は二人の所にしゃがみ込んだ。

「初音…まさか、お前か? あれを開けたのは」

「……(首横振り)」

 初音は抱きかかえている無月を首で指し示した。

「やはりっ! 大丈夫か、無月!」

「………っぁ…だい…じょー…ぶ」

 所々からだが痛むが、何とか無月は目を開けた。

 ひとまずの心配はなくなったので、睦月は胸をなで下ろす。

 こちらはもう、大丈夫だろう。だが、問題は…

「睦月、お姉さまは無事ですのね?」

「ああ」

「それでしたら、こちらを手伝ってくださいまし! 押さえているのもそろそろ限界ですわ!」

 無月には声しか聞こえないので、何が起こっているのか理解できなかった。

 ただ、そこに初音以外に睦月と卯月がいる…ということしか確認できなかったのである。

「分かっておる。しかし…一体どのくらい残っているのだ? 卯月」

「分かりませんわ。でも、せめてここに残るこれだけでも、留めておきませんと!」

「ああ…初音?」

 立ち上がろうとした睦月の腕を、初音がしっかり掴んでいた。

「………」

「初音、ふざけている場合ではない。卯月がこのままでは…もたん」

「は…つねちゃん?」

 驚きを隠せない二人に、初音は微笑みかけた。

 そして、無月を睦月に預けると、立ち上がり卯月の側に立ったのである。

「っくぅ…睦月! って、危ないですわ!」

 卯月の忠告をものともせず、光のギリギリまで近づく。

 何をするのか理解していない睦月と卯月はかなり戸惑っていた。

 ただひとり、無月だけが初音のすることを理解していたのである。

"無月…何か出来そうな気がする。扉が開いた時、そんな気がした…"

 今一度初音の言葉を心の中で繰り返すと、無月は卯月に声をかけた。

「卯月ちゃん、大丈夫だよ…初音ちゃんを信じて」

「ですが、お姉さま!」

「大丈夫」

 卯月の心配はもっともなことだ、別に睦月や卯月が信用できないと言うわけではない。だが、今は…初音を信じるというのが無月の選択だった。

 卯月はまだ心配そうな目で、前に立つ初音の背を見た。初音は一瞬振り返り、にっこりと微笑んだのだった。

 そして、大きく深呼吸すると…光に向かい口を開いた。

「動くな、その場から一歩たりとも」

 それはただの命令ではなく、心に深く響く言葉だった。

 普段は何も言わぬ初音の言葉だからこそ…だろうか。

 光の暴走は収まった。卯月の呪符を押し返す力が、パタリとやんだのだ。

「…汝ら、あるべき所に帰れ。その身の思うところへ……散れ!!」

 言葉に従うかのように。光玉がばらばらの方向へ飛んでいった。

 その場に残ったのは光玉一つだけ。

 それも、ふわふわと初音に近づき、顔の前ではじけた。

――――汝 我の持ち主なり その御名 拾壱ノ月 霜月

 そして、初音の両頬に雫に似た形の赤いダイヤの痣が浮かび上がったのだった。

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(2004/3/29訂正)

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