第参拾参話 『迫るのは、刻』

 その日の放課後、開かずの間に訪れた無月は、また床板の下にあるモノをとりだしていた。

 50年ほど前の刻ノ宮創立に至るまでの経緯は理解できた。

 この場所を選んだのが月人達の魂が居たからと言うことも。

 おそらく、ここがかつての刻ノ宮が最後にあった場所。

 だから、放たれた力がこの土地から出ることはなかったのだ。

「多分、伝説は有月ちゃんが作ったもの。それぞれの力が好んだ場所になぞらえて。でも……」

 月人でなかった彼の力が、同様にこの地に執着するとは思えない。

 けれども、今の師走の中には確かにその力がなかった。

「小さい頃はあったのに……多分、私が思い出さないように隠したんだろうけど」

 それが無駄だということを、彼女は知らなかったのだろう。

 しかし、これ以上師走に心配をかけさせないためにも、その記憶を探さなくてはいけない。

 彼の記憶はどうしても持って行きたかった。



「10個目の伝説は、どこにあるの?」







 + + +







 生徒会室を訪れたのは、初音と葉月だった。

 二人とも示し合わせてきたわけではなく、ただ偶然にこの場で鉢合わせただけである。

 睦月の前に座ると、ほぼ同時に口を開いたのだった。

「「10個目の伝説がどこにあるか、しってる(か)?」」

 驚いたのは、睦月、雪影、それに発言した二人である。

 まさか同じことを言うとは思っていなかった。

 しかし、睦月の答えは望んだモノではなかった。

「二人とも、用件は同じか。しかし、我はその問いに答えられぬ」

「……睦月ちゃん?」

「そして、聞きたい、何故、10個目のことが聞きたいのだ?」

 黙り込んだのは初音も葉月も同じだった。

 本当の理由を今ここで明かすわけにはいかない。

 自分のために聞きに来たわけではないのだから。

「それは…」

「月人は全部で12人。伝説になぞらえて11人がそろった。となれば、最後を疑うのは定石ではないか?」

 一番もっともらしいことを淡々と言ってのけたのは、初音の方だった。

 実際嘘ではないのだから、構わないだろう。

 真実を知った今、12人いないのは分かっているが、事実を知らぬ彼らに話すのだ、これも仕方がない。

 お茶を出した雪影が、じっと二人を見ていた。

「そうだな。だが……」

「10個目の伝説は記録上存在しない」

「何?!」 「え?!」

 睦月の言葉を継いで、雪影がきっぱりと言い切った。

 驚いたのは、聞きに来た二人の方である。

 てっきり、いい答えを期待していたのだから。

 唖然とする二人に、雪影は続ける。

「そのままの意味だよ。そもそも、伝説は口伝だしね……残念ながら生徒会に資料はない」

「調べてみてはいるのだがな、皆目見当がつかん」

「つまりは、当てにするなと?」

「そういうことになる。まぁ、師走が最後の一人ろいう確率は高いのだし……」

 そう、名の法則に気づいた者は師走であろうと見当をつけ始めている。

 だからこそ、初音は誰よりも先に伝説を見つけたいと思っていた。

 それが、先日語った無月の本心を助けることになるのだから。

 膝の上で、初音は手を握りしめた。

 一方の葉月も苦い顔をしていた。

 ここ数日、師走は夢見が悪いと言っていた。

 だから、何か助けとなればと思っていたのである。

 だが、これで手がかりが消えてしまった。

「そうだなぁ、今まで関わらなかった場所が怪しいとか?」

 ふと、雪影がそんなことをもらした。

 刻ノ宮学園の伝説は、校庭、時計塔、部活棟内、裏庭、図書館、弓道場、そして校舎と敷地内に散らばっていた。

 可能性があるとすれば、校舎内だろうか。

「それは難しいな。教室数も多い上、不確定要素が多すぎる」

「じゃぁ、話は振り出しに戻るさ。結局僕らは待つしかない」

 その言葉に、誰もが頷くほかなかった。







 + + +







「姫様、いったい何を探してるんですか?」

 無月が部屋中のものを出し終えた頃、来訪者があった。

 ちょうど上の階では、初音と葉月が話を始めた頃である。

 黒いうさぎのぬいぐるみを抱えた十六夜が、静かに扉を閉めた。

「十六夜君……うーんと、ちょっとね」

「12人目の月人、正しくは神乃師走の記憶を探しているってところかな?」

 ごまかしたつもりが、的確に言い当てられて、無月は少々驚いていた。

 一方で十六夜は表情を変えていない。

 無月は、苦笑を浮かべた。

「初音ちゃんはごまかせたのに」

「初音のねーちゃんは姫様に甘いんですよ。僕は……というより『長月』の目はごまかせないってだけですよ」

「……そっか。あ、十六夜君は何か知ってる?」

「残念ながら何も。ただ、今まであった場所と校舎は除外して考えるべきだと思いますよ」

 片付けようと動き始めた無月は、ふと手を止めた。

 今、十六夜はなんと言った?

「十六夜君。今まであった場所は良いとして、どうして校舎も除外なの?」

「なんとなく……というわけではないんですが、難しいなぁ。えーっと」

 根拠のないことを言っているわけではないらしい。

 しかし、明確な理由を指し示すことも難しいらしい。

「月人の力、記憶と違って、彼の物だから……」

 共にあるはずがない、そう十六夜は言いたいらしい。

 確かに月人でない彼の物が、一緒ではないという仮定は当たっているかもしれない。

 学園の伝説は、月人になぞらえて有月が作った物だ。よく考えれば、師走の魂がその時にあったとも思えない。

「そ…っか。でも……」

「もう時間がない、違いますか?」

 再び無月は目を瞬かせた。

 どうしてこう『長月』という人は、勘が良いのだろうか。

「ホント十六夜君は勘が良いね……うん。もうすぐ『刻』が来ちゃう……だから、これは私の最後のわがまま」

「見つかると、いいですね」

「そうだね……でも多分……」

 無月の瞳には、先が見えているのかもしれない。

 一瞬だけ悲しげな光をともしたが、すぐにいつもの瞳に戻っていた。

 十六夜がそれ以上何かを言うことはなく、ただ静かに時間だけが過ぎていった。









 + + +









――――誰かが、呼んでいた



 学園内で何かを探しているのは、無月だけではなかった。

 何かがないという空白感と、誰かに呼ばれているような感覚の原因を求めて、師走が動いていたのである。

 当然、無月はこのことを知らない。

 そしてこのことが、後の出来事を動かすことになろうとは、誰も気づいていなかった。

「んー…?」

 自分の勘だけを頼りに、たどり着いたのは図書館の周囲だった。

 実は、師走は普段この場所に近づくことはない。

 本は嫌いではないが、図書館という空間が苦手だった。

「この辺に……けど、何もねぇしな」

 考え違いか、と頭をかいてふと空を見上げた。

 その視線の先に、何も映るわけではなく……いや、ふと一瞬だけ何かが動いた。

 それは何もない場所から現れ、図書館の屋上へと消える。

(屋上……? けど、あの場所はどうやっても行けねぇし)

 図書館棟には、存在理由の不明な場所が多い。

 それと同時に、生徒が立ち入り禁止の場所も多かった。

 屋上もそんな場所だ。そして、誰も『屋上に入る方法』を知らなかった。

「どうにもお手上げじゃねぇか」

「何がお手上げなのー?」

「むーか。いや、何でもないさ」

 振り向くと、小首をかしげた無月がたっていた。

 うっかり聞かれてしまったつぶやきに、苦笑が漏れる。

 しかし、まだ話すようなレベルの話ではないと、師走が屋上のことを言わなかった。



 ざわざわと、刻ノ宮を風が駆け抜ける。

 これが最後のチャンスだったのに、と誰かがささやいた。



やがて訪れる暗闇の 世界にともる月一つ

それは寂しげな孤高の光を放ち 誰も触れられぬ場所へと遠ざかる



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動き出す手前、という感じの33話。
姫が大分妖しいです……そして近づく刻。
ばらしてしまうと(笑)新月が近づいております。
しー兄が、もうすぐ手に入れそうなモノ……そして見つからない師走の記憶。
ナゾだらけの図書館棟……ふふふ。
でも、大分終わりが見えてきてるんだよなぁ。

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