緋翔高校。


 緋色が翔るそのことから、いつしか緋翔の名がついた。


 校則に縛られる日々ではあるが、それは授業中だけのこと。


 他とは違う休み時間。二時限ごとの授業枠のように、30分間という長い間が取られる。


 強者達が上を目指す、弱肉強食の世界。


 その時学校は戦場となる。



「God Ability(ゴッド フェアメーゲン)」 〜Ausnahme 2 駆空戦記(くくうせんき)〜



 高らかに鳴り響く授業終了のチャイム。

 それは、教師生徒に関係なく訪れる、戦いの始まりを告げる鐘である。

 よほど図太い神経をもつか、闘争心がまだ残る者以外は、負けるとこの学校を去っていった。

 相手のいない生徒や教師は、いつも通り始まる戦いを、和やかに見守るだけである。

 この学校の教室に、邪魔な扉は存在しない。

 かわりに人が扉を通過すると、鳴子が音を立てる仕組みになっている。

 しかし、休み時間だけは役に立たない。

 人の来訪を告げる頃には、すでに一撃が済んでいる場合が多いからである。


 教室の片隅で、手を頭の後ろで組み、右足を上にして足も組んで目を閉じている生徒がいた。

 前髪の真ん中一房だけがオレンジに染まり、あとは薄緑という目立つ風貌である。結んだ後ろは、風に遊ぶくらいで、赤いシャツが大きく開いた黒い学ランの中から覗いている。

 廊下を駆ける音が聞こえたかと思うと、一つ手前の教室当たりでフッと消えた。

 そのとたんに、この教室2年2組からざわめきが無くなる。

 彼の目がゆっくりと開かれた。

 頭の中に駆けめぐるのは、今朝机に置かれていた果たし状の内容文。
 繰り返し読むほどの物ではない。彼にとっては相手の名前さえ分かれば、それ以外はどうでも良い物なのだから。

 音もなく椅子から立ち上がると、彼は横にずれた。

 教科書や鞄は、すでに横の席の幼なじみに預けてあるため、被害を被ることはない。

「我が名は日朝 小豆(ひあさあずき)! 茅吹 水面(かやぶきみなも)!! かぁくぅごぉぉっ!」

 声の次の瞬間には、跡形もなく机が破壊されていた。

 粉塵が撒き上がり、視界が奪われたその隙に茅吹 水面と呼ばれた彼は、窓から外に飛び降りた。

「おのれ、逃げ足の早いっ!」

 もうもうとあがる粉塵の中心に立つのは、薄紫の着物に紺の袴をはいた人物。焦げ茶の長い髪を後ろで輪を作り上向きに止め、そのまま流している。

 光を反射する刃(やいば)は薙刀の刃(は)であった。
 鳴子がようやく鳴り響く頃、彼女は外へ飛び出していった。

 騒ぎの元がいなくなったことで、クラスの人間は動き出す。散らばった机を片付け、新しい机を補充する。そしてそれが終わると、窓から外を眺め始めるのだった。



 校庭の片隅まで、息を切らせることなく走ると、水面は立ち止まった。

 毎度毎度あの執着心には恐れ入る。いい加減諦めても良いだろうと思うのだが…

 とりあえず、そのうちここに来るだろう。

 ふと下を見てみれば、にぱっと見上げる幼なじみの姿があった。

「……飛白いつからそこにいた?」

 ちょこんとその場にいた少女の名は村雨 飛白(むらさめかすり)。

 高校生にしてみれば、かなり低い。それこそ小学生と間違われるくらいの身長の持ち主である。

 お尻の下まである黒髪を三つ編みにし、背丈と同じくらいの日本刀を背負っている。

 セーラー服に刀とは随分不似合いではあるのだが。

「んとね、みなちゃんが楽しそうにでてったから、ついてきたの!」

「答えになってない。第一、本音は違うだろ」

「ぶー」

 仕草も何もかも小学生に見えてしまうが、彼女もこう見えてかなりの手練れである。

 乗り越えた場は数知れず。ということは、飛白に挑む者も多いと言うことである。

 それが意味するところと言えば…

「飛白、今朝貰った果たし状の数と声かけの数はどれだけだ?」

 周囲に左だけオレンジの双眸を向けつつ訊ねると、飛白は指折り数え始めた。

 まだ襲ってくる感じではないが、飢えた獣のような気配が絶えず漏れている。水面に向けられた殺気もいくらか混じっていた。

 慣れ親しんだこの空気、何度味わっても口元がゆるむ。

「みなちゃん、とにかくいっぱい!」

 緊張感を破ったのは、幼なじみの楽しそうな声。

 そしてその声が、戦いの火蓋を切って落とす、合図となった。


 四方八方から襲いくる黒い人影。大半が学ランを着たままの男子なのだから仕方ないだろう。

 先に動いたのは飛白だった。襲いくる集団の中心で刀の柄に手をかける。

「みなちゃん、みなちゃん。楽しそーだから…」

 初めはゆっくりと、最後は勢いのまま、背の日本刀を引き抜いた。

「いーっぱい、遊んであげるわ! ホーッホホホホ」

 小さい背丈であの長刀を振り回すことも信じがたいが、何よりこの言動の編かが一番信じられないことである。

 流石に、幼い頃から見てきた水面は、いつものことと平然としていたが、何も知らない一部の集団は後退りしていた。大人しい上に体格的にも有利と考え、挑んできた者だろう。

 あまりに甘すぎる考え方である。

「……飛白」

「なぁに? みなちゃん」

 少々ためらいがちに声をかけると、いかにも楽しそうに、妖艶な笑みを浮かべて、飛白は振り返った。

 一瞬言葉に詰まった水面だったが、すぐに息を吐き出す。

「半殺し程度でやめとけ?」

「できる範囲で努めてみるわ、フフフ」

 数名確実に病院送りになる確信が、この時水面にはあった。
 舞うように動く飛白の刀の先が、狙いを定めると、左から右に大きく払われた。切っ先を追って、光の軌跡が走る。弧を描くそれは風を起こし、数人を吹き飛ばした。

 右腕を回し調子を確かめると、背丈を利用して向かってきた者達の間を抜ける。

 抜かれた者達は勢いを止めることができず、元々飛白のいたその場所で、二人ほどが頭をぶつけ、相打ちになった。

「うわ…アホくさ」

 水面が呆れていると、斜め後ろから腕が伸びてくる。

 相手は隙をついたつもりだったようだが、水面は屈んで避けると、両手をポケットにいれたまま膝蹴りをお見舞いした。

 体が反転したことで、今まで正面にいた輩が動こうとするので、流石に足では対処しきれないとふんで両手を取り出した。

 にんまりと笑うと、手のひらを広げる。その動作に、一部から息をのむ音が聞こえた。

「我が御手に宿るのは 風の衣 緑のきらめき 淡き光の姿と共に 力を集めよ 集えここに」

 見える者にはハッキリと、見えない者にはボンヤリとだけ、水面の両手に風が集まって行く様子が見えた。空気を周りに集め、手袋のように手に纏う。

 手を保護する意味もあるが、使い道はもう一つあった。

 指を鳴らし軽く体をふると、準備は完了。

「さぁ、かかってきやがれ」

 不敵に笑う水面に、飛びかかってくる者はなかなか現れなかった。

 何せ、いきなり魔法を使われたからである。

 成績は下の下だが、学業の中で水面が誇れる唯一の物が魔法である。両親や祖父母、親戚に至ってもこれだけ魔法に好かれている人物はいない。いわゆる突然変異のたまもので、それ故に左目がオレンジ色なのである。基本元素は勿論、特殊元素も彼にとってはお手の物である。

「……かかってこねぇんなら、こっちから行くぞ?」

 地面を蹴ると、右側にいた一人の腹に手を当てた。

 風魔法の力が関与し、少し押しただけで後ろの集団を巻き込み吹き飛ぶ。

 水面への反動は、作用反作用の法則を無視しているため皆無に等しく、いつも通り絶好調な感覚を味わっている。

 片方に意識が寄れば、もう片方がおろそかになるのは普通であり、その普通が水面には通用しない。

 一対多数の対決のハズが、圧倒的に不利なのは、この時一ではなく多数の方であった。



 あらかたを片づけ、黒い人の山を作っていくと、ようやく小さな幼なじみの姿を目で捉えることができた。

 その向こうに、制服を切り刻まれた者達が転がっている。

 あの様子だと重傷の者は珍しく少なそうだ。

 最後の一人を跳び蹴りで倒すと、飛白は顔についた土埃を拭った。

「飛白、おま…」

「かぁやぁぶぅきぃみぃなぁもぉっ!!」

 無表情のまま、近づいてくる幼なじみにおっかなびっくり水面は声をかけた。

 そこに振りかざされたのは、小豆の薙刀。今更だがここにたどり着いたらしい。

 まだ少し効力の残っていた右手で、それを弾くと、距離をとった。その所為で僅かに残っていた風の保護が、完全になくなってしまう。

 間近であったにもかかわらず、飛白は微動だにしなかった。

 どうやら自分に向けられた物ではないことを分かっているらしく、つまらなそうに舌打ちをしている。

「せぃ! せぃっ!」

 見えている刃よりも伸びてくる切っ先を避けながら、反撃の余地を探る。

 日本刀や飛び道具などとは違い、基本的には上下左右の単純な動きしかしないはずである。その人の癖さえ見抜いてしまえば、あとはどうにでもなるのだ。


 水面の様子をうかがっている飛白は、一度刀を構え直したが、加わる余地がないことを悟ると大人しく鞘に刃を収めた。

 校舎の方から、組み合う者達の合間を縫って、救護班が到着する。

 保健委員を中心とした、暇を持てあました生徒で構成される救護班は、怪我人に応急処置を施し、必要とあらば病院へ連れて行く役目を担っている。

 散らばった武器を集め、一部拝借すると、飛白はそそくさと校舎へ戻っていった。

 水面を待とうという気は、カケラも見られなかった。


「母なる大地をしるべとし…」

 風の保護が切れた今、素手で刃物を扱うことは難しい。

 できなくはないが、怪我と隣り合わせの動作を水面はやろうとはしなかった。

 刃を避けて体勢を崩したように見せかけて、校庭の土に触れると続きの言葉を放った。

 先程よりも時間のかからない、簡単な魔法である。

「舞え、木の葉と共に」

 バク転の要領で体制を整え、顔を上げると、巻き揚がった砂が目つぶしのように小豆に当たるところだった。人一人分の空間に、砂嵐が巻き起こっている。

 この隙に再び両手に何か施そうと、水面は胸の前で手を打ち合わせた。

 氷の刃を創り出そうと口を開いたが、言葉は紡がれることはなかった。

 校庭中…いや、学校の敷地中に鳴り響く、高らかな鐘。

 戦う者達の動きが、一瞬に止まる。

 それは、休み時間の終わりを告げると共に、授業開始を告げる鐘である。

 この鐘が鳴り終わるまでの3分間に、生徒、教師共々が教室に戻らなくてはいけないのだ。

 構えをとっていた小豆の方も、薙刀を左手に持ち替えた。

 そして、人差し指を水面に向けると、睨んでくる。

「茅吹水面!」

「…いい加減、フルネームで呼ぶの止めろって」

「この勝負、あずけておく。放課後は…覚悟しておけっ!」

 言いたいことだけを一方的に叫びながら、小豆は校舎へ戻る生徒の中に消えていった。水面が文句を言う間などあったものじゃない。

 我に返り幼なじみの姿を探せば、いつも通り教室の窓から乗り出し、こちらに向かって手を振っていた。
 横のクラスメイトから渡されたメガホンを手に取ると、飛白は大声を張り上げてくる。

「みなちゃ〜ん、はやくもどっておいで〜っ!!」

 どうせいつものことなので、卑怯だなどとは思っていない。

 そんなことよりも、教室に戻ることが先決だ。

 駆けだした水面を、彼方から見ている者がいるとは、まだ誰も知らない。


"ほぅ…娘っ子は、あやつと知り合いか。良きコトじゃ、良きコトじゃ"

"あ―…そろそろいいか?"

"ああ、すまなかったな。楽しき時間じゃった。早う妾の番が来ないかの?"


 見ていたのが誰なのか、それはまた少し先のお話。


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おまけ的お題理由。

21:宣言
これも、迷った物の一つ。
文中、色々な宣言の様なものが交差したところから。
小豆ちゃんの戦闘開始の宣言とか、飛白の変貌後の最初の台詞とか。
外伝二つ目で、主人公が変わってます。(笑)
初めはGod Abilityではない、ただの読み切りだったのです。
つながっているとすれば、最後の会話。
片方は冴奉です。なので、水面はそのうち本編登場予定。
言葉にして、宣言して、切って落とされる戦いの火蓋…

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