第1話『大地の国 陸杜(ロクト)に住まう銀髪の召喚術士』

――――南に位置する島 陸杜(ロクト)


 空はどこまでも青く、太陽は地上に光を送り続ける。

 青々と茂る草原の真ん中に、人影があった。


 銀の狼が大地を駆ける。背にはゆるたてがみの色は茶。

 その後ろには、動物や精霊がついていく


 銀狼がふと、こちらを向いた。しきりに口を動かし何か発している

 でも、遠すぎて何を言っているかわからない


 すると、ふいに風が吹き抜けた。


 古の血を引くモノよ


 我が言霊を聞きしならば、集え


 その力を持ってして、我を目覚めさせん




「ん〜……よく寝た」

 青年は久々に聞いた夢の声で目が覚めた。

 その顔立ちは、後ろで結んだ長い銀髪に琥珀色の目。目の端に、赤い筋が二本ずつはしっている。

 耳には目と同じ色のカフスを付け、灰色の肘まである上着の上に、茶色い布を纏っている。

 目が覚めたとはいえ、起きあがるのは辛い。

 そんなことをぼんやり考えていると、青年の顔に少し小さな影が落ちた。

『ご主人! またそうやってサボって……』

「いいじゃないか、たまに休憩しても」

 文句を言いつつ体に付いた草を払うと、青年はゆっくり体を起こした。

『その休憩が、長すぎるんス』

「あ〜……はいはい」

 これ以上五月蠅く言われるのもゴメンなので、青年は横にいる生き物を肩に乗せると森に向かった。


 青年の名はサイナ=ローゲン、18歳。仕事は万屋(よろずや)をやっており、召喚術士である。

 三大陸の一つ、南の陸杜に住んでいる。

 肩に乗せた生き物の名は琥珀。

 一見竜にも見えるが、手はない。額に大きな琥珀の丸水晶を持っている。

 言葉を喋ってはいるが、これはサイナにしか聞こえていない。

 この琥珀との出会いは、8年前にさかのぼる。


 道路で蹲っていた琥珀を、興味を持ったサイナが拾ったのが始まりだった。


 ふと琥珀の顔を見ると、今でも何故拾ったのか疑問に思うサイナである。

 あれから8年。よく考えると、それだけ長いつきあいだなぁ……と、サイナはしみじみ思った。

『ご〜しゅ〜じ〜ん〜』

 しびれをきらした琥珀が、バタバタと肩で暴れ始めた。

「はいはい。危ないから、肩を行き来しないでくれ」

『大丈夫っス。翼も一応あるんスから!』

(なら飛んでくれよ)

 そんな、サイナの表情を知ってか知らずか、琥珀はおとなしく右肩に収まった。



 風が草原を駆け、サイナの頬をなでていく。

 今の季節は暖かな春。

 どの大陸にも花が咲き乱れている。

 だが、サイナの向かったその場所には、一つも花が咲いていなかった。

「うわ……予想以上の被害」

 広場一つ分の広さだろうか。

 花どころか、草一本生えてなく、木々は枯れている。

 そして何より……生きるという気配が全くと言っていいほどなかった。

 琥珀はサイナの肩から降りると、辺りを見渡した。

『ここだけっスかねぇ……それにしても酷いありさまっス』

「だな……かわいそうに。今回の依頼、退治よりも見るのは痛いな……」

『ご主人…早く戻して上げてくださいっス。自分には大地の悲鳴が聞こえるんスよ』

 不思議と琥珀には大地に関して鋭いところがあった。

 生き物と会話するように、故意にではなく勝手に流れ込んでくると言う。

「そうだった、ゴメン。琥珀」

 サイナは琥珀を地面から遠い場所……自分の肩に乗せると、左手の手袋を外した。

 炎を思わせる首に巻いたバンダナとおそろいのオレンジの手袋は、サイナの左手を封じている。

 呪い(や魔術など)のたぐいではなく、左手に刻まれている印を押さえるモノだ。

 これは、サイナが召喚術士である証拠である。

 召喚術士は大抵魔法陣を宙に描き、そこから召喚する。そして、召喚獣が外の世界にいるには、魔法陣を保ち続けなければならないため、体の一部に魔法陣を移すための印があるのだ。

 サイナは一呼吸おくと、宙に五芒星のはいる魔法陣を描き、そこに手を当てた。

「我と契約を結びし草の獣 葉を纏い(まとい)森林を守る者 鈴樹(りんき) 出でよ我が召喚獣 ブラット!!」

 魔法陣の中心が開き、緑色の光が零れ出す。

 光はやがて大量の葉の形を成し、その中から獣が顔を出した。

 狼のような耳、額の中心には菱形の緑水晶がうまり、その周りには長い草のようなものがのびている。全身は葉に覆われ、長い尾は幾重にも別れどこか蔓のような感じだ。

 サイナの持つ鈴樹の名はブラット、属性は草。

 草属性の召喚獣では、一番高いランクのものである。


 そして、名の通り、歩くと微かに鈴の音が辺りに響き渡った。


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