よく晴れた大空。吸い込まれそうな、青、蒼、碧。 しかし、いかに天気が良くとも、心の中が晴れなければスッキリしないものである。 「なぁ、琥珀。最近こういう退治の仕事ばっかりじゃないか?」 横を飛ぶ琥珀に、サイナはぶつぶつと文句を言い始めた。 ――――南の大陸 陸杜(ロクト)の東側 少し高い小山に登れば、東の大陸 空泝(クウス)の見えるような場所だ。 文句を言っている青年の名はサイナ=ローゲン。 長い銀髪に琥珀色の瞳。目の両端に紅い二本の線。琥珀色のカフスに炎を思わせる、オレンジのバンダナを首に巻いている。 歳は18。召喚術士であり、万屋として仕事をこなしている。 横を飛ぶ琥珀は竜に似た生き物。額に琥珀の丸水晶を持つ、全身が茶色の手のない竜である。 サイナが文句を言っているのは今終えた仕事についてだった。 ここのところ、凶暴化した獣を鎮める仕事が多かったのである。 なので、大陸に"何か"が起きている予想はしていたのだ。 勿論、退治ではなくとも、自然の変異を元に戻す仕事もあった。 どちらとも、かならずその場から琥珀のカケラか、時折翡翠・藍玉のカケラを見つけていた。 このカケラが起きている"何か"を示すのではないか? という疑問が、サイナの胸をよぎっていたのである。 が、しかし…… (なんで僕がこんな心配しなきゃいけないんだよ!) こんなのが、サイナの本心だったりする。 大体、普段から楽なことしか考えないサイナが、他のことを考える事態珍しいことなのだ。 『そうっスね……今まで少なかったほうが、不思議っス』 ばっさりと、サイナは切り落とされた気がした。 琥珀にしてみれば、当然といった感じで、一人頷き自己完結している。 「え〜……僕的には、何もない方が平和でいいんだけど」 『またそう言って……ご主人は、呑気すぎるんス』 琥珀はわざわざサイナの目の前にまで来て、呑気だけを強調していった。 口をとがらせて少し拗ねた風を装っていたサイナは、一度後ろを振り返ると、笑顔を呼び戻した。 「にしても……さっき、久々に聞いたね〜」 『あれっスか? 自分には、ほめすぎに聞こえるんスけど』 「いいじゃないか。銀狼……大地の化身 ログノと同じ異名が入ってるんだよ?」 正しく言えば、サイナはそう言ったのを聞いただけである。 仕事の報告を終え、報酬を受け取ったあと、庭で偶然聞いたのだ。 『流石は銀狼の召喚術士様だ』と。 『ほら、すぐそうやって、調子にのるんスから』 「あら、いいじゃない。それくらいの実力がなきゃ、私だって困るわ」 「『うわ?!』」 明るい女性の声が後ろから突然かかった。 二人……一人と一匹は、毎度の事ながらこれには驚いた。 「あら、そんなに驚かせたかしら?」 「驚きますよ。いきなり、後ろから出てくるんですから……」 一応サイナの言い分のほうが正しい。 仲介屋、リオ=カイテルは、そうかしら? と、首を傾げた。 移転動力―テレポート―の利点を生かし、二人を驚かすのは、ほぼ毎度。 いい加減慣れて欲しいものだと、リオは思っているのだが、その気持ちがサイナに伝わるにはまだまだだろう。 「それより、仕事の依頼ですか? 仲介屋さん」 「フフッビンゴ。さすがは、サイナ君」 リオは右肩にかけているカバンの中から一枚の紙をとりだした。 白紙ではない、焼けた茶色い紙――いつもの依頼書である。 サイナは渡された紙に目を通すと、顔をゆがめた。 「……リオさんこれ、本気ですか?」 「当たり前よ。でも……どうする?」 いつものことならば、こういう仕事はサイナは断るはず……とリオは思っていた。 だから、いつも通りすぐ頼むわけでなく、サイナの意見を聞こうと思ったのだ。 「そうだな〜」 サイナもいつもならば、すぐに断っていた。だが、今回は何故か引き受けてみようと思ったのだ。 「やります。どうせ、暇だし……」 「ホント? よかった。サイナ君が引き受けてくれないなら、どうしようかと思ってたの」 手を叩いてから微笑むと、リオはさらに紙を取り出しサイナに渡した。 「これが、依頼主の住んでいるとこ。空泝の一番南の町だけど……」 「大丈夫ですよ。空風(くうふう)がいます」 「わかったわ。それじゃぁ、よろしくね〜」 リオはペンダントに手を当てると、その場から姿を消した。 「さて、行こうか琥珀。内容、見てただろ?」 『了解っス』 「じゃぁ……」 サイナは左手の手袋を外すと、宙に魔法陣を描き手を置いた。 「我と契約を結びし風の獣 二対の翼をもちし者 空風 出でよ我が召喚獣 フリューゲル!!」 魔法陣が開き、小さな旋風がその場に沢山わき起こり、やがて1羽の鳥となった。 背にある翼は四枚、二対。全身若葉色で、首にはダイヤ形の首飾りを下げている。 サイナの持つ召喚獣 空風の名はフリューゲル。属性は風。 事のあらましを話すと、フリューゲルの背に乗り、空泝に向かった。 + + + 人気の少ない海辺に降り立つと、フリューゲルは一陣の風となり消えた。 紋に移っていた魔法陣が消え、確かに空風が還ったことを示している。 それを確認すると、サイナは左手に手袋をはめた。 「さて……琥珀?」 『ん? なんスか?』 「いや、黙ってるからどうしたのかと」 サイナの右肩を離れ、翼をのばしていた琥珀はボソッと呟いた。 『ただ、落ちないように風圧にたえていただけっス』 「ん? 何か、言った?」 『な、なんでもないっス』 本当は聞こえていたのだが、琥珀に可哀相だということでサイナは黙っていた。 照れ隠しなのか、慌てた様子で琥珀は再びサイナの右肩に止まった。 「えっと、地図によると……この辺のハズなんだけど」 地図を見ながら歩いている道の右側には、先程からずっと同じ高い塀が続いている。 唸るサイナを横目に、前後を確認すると、琥珀が口を開いた。 『この塀の中……じゃないっスか?』 「あ、そっか。琥珀、見てきてくれよ」 表情を変えずに、サイナはさらりと言ってのけた。 しばしの間、二人の会話は止まる。 『な、ななななんで、自分っスかぁ!』 「だって、飛べるだろ?」 正当な理由に聞こえるが、所詮自分で確かめるのがめんどくさいだけのサイナである。 良いように使われるのは嫌なのだが、断った所で強硬手段にでられるだろう。 過去の経験上、琥珀に拒否の選択肢は用意されていなかった。 『……わかったっスよ。見るだけっスからね』 ぶつくさいいながら、琥珀は塀の向こう側をのぞいた。 大きなお屋敷のようで、塀の中には広大な土地が広がっていた。 庭師によって整えられた庭園があり、その向こうに二階建ての大きな建物。 観察をしていると、琥珀に向かって矢が飛んできた。 『わ?!』 見とれていた所為もあってか、反応に遅れた。 バランスを崩し落ちてきた琥珀をサイナは受け止めた。 「琥珀、何が見えた!」 『庭と、中に大きなお屋敷が……って、そう言う場合じゃないっス』 飛んできた矢に気づいていないサイナに、琥珀は怒鳴った。 「え……?」 何を言っているのだろうと、思ったその時、サイナの横を矢がかすめた。 「わ?!」 『早く逃げるっス、ご主人! ……って、もう逃げてるし!』 琥珀が気づいた時には、数メートル離れた場所にサイナはいた。 そして、手を拱いている。 「琥珀〜! 門が、こっちにあったよぉ!」 『人のこと置いていって、それはないっスよぉ』 心の中で泣きながら、琥珀はサイナの元まで急いだ。 大きな表門に掛かるひもを引くと、大きなベルが鳴った。どうやら、来訪者を告げるモノのようだ。 数分後、門を開け、中から出てきたのは屋敷の執事だった。 サイナは簡単に理由を述べ、依頼書を見せることで部屋に案内されたのである。 back top next |
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