第2話『空の国 空泝(クウス)の紫髪の魔法術士』

「……以上が、依頼内容だ。何か質問は?」

「いえ。分かりました、五日間ですね?」

「ああ」

 依頼主はこの家の息子だった。

 内容は護衛。ただし、守るのはこの息子ではなく家主の方だ。

 この時サイナはどことなく、息子の表情に違和感を覚えたのだった。


「ああ、そうそう。その……鳥?」

 依頼主は突然サイナの肩にいる琥珀を指して、ほくそ笑んだ。

 鳥と言われて琥珀は文句を言ったのだが、家主には聞こえるはずもない。

 耳元だと五月蠅いことこの上ない。

 暴れ出す琥珀を押さえつけると、顔に笑顔を貼り付けてサイナは返事をした。

「預かっていてもいいかな? 信頼がないわけではないのだが、念には念をね……」

 相手の情報が少ないため、何を考えているのか分からない。

「……琥珀、いいかい?」

『この場合、しかたないっスよ。自分は平気っスから』

 そう言うと、琥珀は書斎の机に乗った。

 勿論、依頼主に声は聞こえていない。

「それじゃぁ、父の所に案内しよう」

 依頼主の父は初老の老人だった。

 金持ちの老人といった感じで、何に関しても豪快だった。

 家の規模から言って、命を狙われたりすると言うことには納得がいく。

 だが、この依頼。他に裏がありそうな予感がした。


 一日目、二日目と順調に過ぎていくはずだった。

 敵……仕事を邪魔する者の出現をのぞいてはである。



 それは、二日目の夜のこと

 サイナは前日と同じように老人が眠ってから大きな窓を開け、テラスに立った。

 そして、後ろ手で静かに窓を閉める。

(琥珀がいないと、変な感じだな……)

"サイナ、屋根づたいに誰か来ます" "一人だけみたいよ!"

 空をぼんやり見上げていると、付近に隠れている召喚獣から呼ばれた。

 来てからでは遅いと、前もって喚んでいたのだ。

 敵の強さも正体も分からないので、下級は喚んでいない。

「わかった、上に行くよ。そしたら、指示をする」

"承知" "おっけ"

「さてと……屋根づたいって、どんな物好きだろう?」

 あらかじめ用意してあったはしごを使い、見た目より緩やかな屋根の上に腰掛けた。

 今宵は満月と半月が一つづつの半月日。満月が全て―三つ―そろう満月日にくらべれば、明るさは半分。

 それでも、屋根の上を人が通ればその影はよく見える。

 しばらくして、サイナはこちらに向かってくる影を見つけた。

「クイナは万が一の時のために待機。ザニアは呼んだら出てきてくれ。さぁて、一体どういう奴だか……」

 返事は聞こえなかったが、二匹の動く音が微かに聞こえた。

 月明かりをバックにして、マントをはためかせながらやってきた人物。

 マントの色が薄緑なのはかろうじて分かるが、それ以外は見えない。

(随分身軽だけど……それ以外にも何か力を持っているよな)

 "敵"のほうも、この屋敷の屋根にたどり着くと、サイナの姿を見つけたようだった。

 そいつは軽く屋根を蹴ると、サイナのすぐ側に降り立った。

「ふ〜ん。遠目からやと分からへんかったが……月明かりにてらされて、えらいべっぴんさんやなぁ。やっぱ、相手がいるんでも、こうやと仕事も楽しいなぁ」

 どこか、妙な喋り方をする、少し濃い藤色っぽい紫髪の青年だった。

 歳は恐らくサイナとほぼ同じ。

 サイナが様子をうかがっていると、青年は突如サイナのあごを掴んだ。

 おそらく普通の女性ならば、この後に続く言葉で少し迷うはずである。

 しかし、サイナは男だ。故に……

「なぁ、お嬢はん。この仕事、手ぇ引いてくれへんか? わいも、無理してそのきれいな顔に傷つけたない……」

「……っ放せ!」

 呆気にとられていたサイナは、慌ててその青年を突き飛ばした。

 バランスを少し崩したが、彼は二・三歩で立ち直った。

「なんや、えらい男らしい声やな。でもま、美人さんやし許したるわ」

(こいつ……なんで僕が女に見えるんだよ)

 サイナはなんとなく、うんざりしていた。

 だが、ここは我慢してにっこりと上辺だけの笑みを浮かべる。

「だったら、そっちが手を引いてくださいな。……ザニア!!」

"は〜い!"

 屋敷の影からザニアは飛び出してきた。

 長い耳に首の周りには長いクリーム色の毛、全身は珊瑚色の獣だ。首に下げているのは三角形の赤いペンダント。四肢にはダイヤ型の赤いの印があり、それぞれの足が炎に包まれている。

 尾も炎のごとくふわふわの固まりとなっている。

 サイナの持つ彼女は召喚獣 焔茄(えんか) 名はザニア。属性は炎。

 炎属性の中では、かなりの高位の召喚獣である。

「火球獅子弾(かきゅうししだん)!!」

 ザニアは口から火の球を連続してはき出した。

 紅蓮の炎の周りを橙色の炎が包んだ球形は、高速で飛び、確実に敵に当たるハズだった。

「わわっ?! 何すんねん!」

 そういいつつも、青年は全ての球をよけきっている。

 ザニアのコントロールが悪いわけはない。

 となれば、相手が相当の実力を持っている事になる。

「去るまで、攻撃するよ!」

 とは言ったものの、他の攻撃を繰り出すわけにはいかない。

 相手を倒す前に、この屋敷が壊れる可能性が高いからである。

「綺麗な薔薇にはトゲがあるって……しゃーないなぁ。美人さん相手やし、いっちょ張り切ったろか」

 青年は胸の前で手を組むと、何かブツブツと唱えだした。

 それが、攻撃魔法を放つための武器を呼ぶ魔法だと気づいた時は、すでに遅かった。

「………………の、導きとなれ! 水の槍―ウォータースピア―!!」

 青い光が青年の手に集まり、槍の形を成していった。

(魔法術士っ!)

 やっかいな相手に当たった……と、サイナは思った。

「火に水ってのは、少し安直すぎない?」

「基本が大事なんや……青き刃、蒼槍の舞(そうそうのまい)!!」

「来るよザニア。爆嘩硝乱尾(ばっかしょうらんび)!!」

 青年の放った青い水の刃と、ザニアが尾を振り下ろし放った火炎のカケラが二人の間でぶつかり合い、小爆発が起こった。


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