第3話『なんや、かんやで……?』

 地をつんざくような爆音で、うたた寝をしていた琥珀は目を覚ました。

 何が起きたか確かめようとしたが、自分が鳥かごの中にいる事に気づき、諦める。

 音は大げさだが、あの人のことだ、派手な音がしただけかもしれない。

 首を巡らせて窓の外を見ると、ため息をついた。

『何なんスか、ホント。ご主人……大丈夫っスかね……ん?』

 妙な違和感を覚えた。この大きな鳥かごの中に自分以外の"何か"がいる。

 無機物ならばいい。だが、この気配は息をしている。つまりは生き物だ。

 昼間、来客があったことには気づいたが、その時は眠気の方が勝っていた。

 それが関係しているのだろうか?

『だ、誰なんスか?』

 ビクビクしながら琥珀はその"生き物"に声をかけた。

 この時、琥珀は自分の言葉が一部の生き物にしか通じないことを考えていなかった。

『……まったく、夜中に起こすとはどういうつもりですか?』

 不機嫌そうな声が、しばらくの間をおいて返ってきた。

 のそのそと動き出したのは、琥珀と同じ大きさの鳥。

『おやおや、困りものですね。オイラのことを忘れたのですか? 琥珀』

 名指しで呼ばれた。確かにこの声は聞き覚えがある。

 随分と前に分かれたまま会わなかった、知り合いだ。

『……まさか』


――――翡翠っスか?


 + + +


 爆煙は少しすると薄れていった。

 いくら何でも屋根の上。屋敷を壊すわけにはいかないので、それほど強い術ではない。

 琥珀の推測は、見事に当たっていた。

「けほっ……ザニア、ありがとう。でも、大丈夫?」

 目を凝らし、自分の盾となってくれたザニアにサイナは声をかけた。

 先程の爆発の時、青年の技によって跳ね返された火炎のカケラがこちらに飛んできた。

 それをとっさに体を張って止めたのが、ザニアだった。

"当然。火に負けるわけないじゃない。それよりどうする? あっちも、本気を出しきったわけじゃないみたいよ"

 確かに力押しにしては、術が弱かった。まるで、こちらの実力を量るように……。

 煙が晴れ、視界が開けた先に先程の青年はいなかった。

 今日は諦めたというわけなのだろうか?

 しかし、妙だ。相手……もそうなのだが、何より依頼主への疑問がでてきた。

 『今夜屋根に気を付けるといいよ』と言ったのは、依頼主だった。

「調べた方がいいかな。クイナ!」

"はい"

 隠れていたクイナが、姿を現した。

 月に照らされた白い体が、暗闇に良く栄える。

 サイナの意図をくみ取ってか、顔が真剣そのものである。

「依頼主の書斎……琥珀のいるところを見ていてくれ。何かあったら、教えて欲しい」

"わかりました"

「ザニアはまた待機だよ」

"おっけ!"

 二匹がその場から姿を消すと、サイナは屋根から少し壊れかけたはしごを伝い、下に降りた。



 明くる日の夜、ふたたび紫髪の青年は現れた。

 依頼主の助言も、再び「屋根の上」だった。大まかな時間指定もぴったりだ。

 昨日同様、屋根の上を飛ぶように跳んで現れた青年は苦笑いを浮かべた。

「なんや、諦めてくれへんかったんか……もったいないなぁ、その顔に傷つけるんわ」

「当然。けど、提案が一つ……」

 素直に話を聞いてくれるとは思わないが、言わないわけにはいかなかった。

 クイナが見聞きしてきた事実。本来、依頼主をとやかく言いたくはなかったが、見逃すわけにも行かなかった。

「もし依頼主が、二重の依頼をしているとしたら……?」

 青年の眉がぴくりと動いた。

「二重の依頼……やと? 二種の依頼やのうて?」

「ああ。どうやら、僕の依頼主さん……この家の息子さんは君にも依頼してるんだよね?」

「……もし仮にそうやとしたら、それは違反行為やで?」

 仲介屋を通して依頼をする場合、何でもあり……というわけではない。

 ある程度の規約は勿論存在する。

 その中でも結構重要なタブーは、二重の依頼である。

 具体的には同じ事に対し、相反する依頼をするというもので、普通はあり得ないことなのだが、時折そうやって万屋達の出方を楽しむ者がいるのだ。

「そ、いけないことだよ。どうやら本人ゲーム感覚らしいんだよね。しかも、いくらかの金が動く……どうする? どっちも無事仕事を終える方法を考えたいんだけど……」

 正直、この申し出に乗ってこなければ、本気で迎え撃つ気でいた。

 クイナもザニアもいつでも飛び出せる配置にいる。

 しかし、紫髪の青年は簡単に是を示してきた。

「ふ〜ん……ま、ええやろ。お嬢はんの頼みやし」

「……どうでもいいけど、僕男だよ?」

「なんやて?!」

 どうやらかなりのショックを与えたらしい。

 その場にしゃがみ込み、ブツブツと何かいいながら、『の』の字を書き始めた。

「そんなら、はよう言ってくれぇ……」

 心なしか、涙のきらめきが見える。

 勝手に勘違いされ、勝手に落ち込まれてはどうもいい気分ではない。

 サイナはフォローの言葉をかけることにした。

「だって、言う暇くれなかったじゃないか」

「……それもそうやな」

 すくっと立ち上がると、青年は指先の出ている黒手袋をした右手を差し出した。

 妙に立ち直りが早いなぁと苦笑を浮かべるサイナも、その手を掴む。

「ナトレ=クオートや、よろしゅう」

「よろしく。僕は、サイナ=ローゲン。で、さっそく本題にはいるけど……いいかな?」

 そのまま、二・三会話をかわすと、二人はその場を退散した。


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