第5話『お仕置きと書いて、当然の報いと読め』

 翌日、町はミルク色の濃い霧に包まれた。

 右を見ても白。左を見ても白。当然、前も後ろも真っ白というわけである。

「……見えない」

 屋敷に向かう道を歩いていたが、サイナは立ち止まった。

 道の先が全く見えない。まさかここまで濃い霧になるとは思ってもいなかった。

 すぐ傍らには召喚獣 無古龍(むこりゅう)のクイナが飛んでいるはずなのだが、その背にある黒い蝙蝠のような翼までもが見えないのだ。

「クイナ……好都合かもしれないけどさ、大丈夫?」

"さして問題はありません。それにしても珍しいですね、サイナがここまで本気になるとは"

「それは、ある意味酷いよクイナ。確かに僕はめんどくさがりだけど」

 相変わらずゆったりとした口調で語りかけるクイナは、おそらく笑っているのだろう。

 サイナは再び足を進め始めたが、速度は断然遅い。

 むくれている辺りを見ると、どうやらめんどくさがりの自覚はあるらしい。

"あの魔法術士の青年は……貴方と同じかもしれませんよ"

「え?」

"あの目はクストと同じ色と力。目の脇にあった円の痣。貴方にあるログノと同じ痣と似て……"

 意外な言動に、クスリと、サイナは微笑んだ。

「さぁ、どうだろうね。でも、そうだとすればおもしろいに越したことはない。何か起きそうだろ?」

"まったく……初めは信じないといっていたのは、どこのどなたですか?"

 そのとたん、サイナの顔は豹変した。

「初めは……ね。人の命を大事にしない奴は大嫌いさ。それと同じ、いやそれ以上に僕は僕自身が嫌いだ。でも、あいつは……ナトレは違ったから」

"それはよいことですよ。貴方に同年齢の友達など久々ですし……"

「……っともかく、行くよクイナ!」

"……承知"

 少々赤くなった顔を見て、クイナが微笑んだことなどサイナは気づかなかった。


 + + +


 書斎にいた依頼主は、無表情のまま迎えてくれた。

 怒っているのか、それともこちらのことを全く気にしていないのか……計り知れない。

「随分と遅かったね。後一日待ってこなければ、渡すつもりはなくなっていたのだが」

「こちらにも少々事情がありまして……それで、受け取るのが遅くなってしまったのです」

「まぁ、いいだろう。これが約束の報酬だ」

 顔に笑顔を貼り付けるのが精一杯で、投げつけられた物を受け取る時によろけてしまった。

 しかし、理由はそれだけではない。渡された茶色い古びた袋は妙に重かったのだ。

「……こんなに?」

「まぁ、色々と、な。さてと、こっちの鳥君もかえさなくては」

 ひときわ大きな鳥かごの扉を開けると、依頼主は琥珀をつまみ出した。

 琥珀は大人しくしているように見えるが、サイナには文句がブツブツと聞こえてきた。

 それを黙殺して、サイナはかごの中に、琥珀とは別の生き物を見つけた。

 翠色の琥珀と同じくらいの大きさの鳥が一匹。首の長い鳥で、同じくらい尾の長さもある。

 とさかのように、一枚だけ長い孔雀のような羽根が頭の頂点についていた。

(あれが、翡翠か)

「失礼ですが、そちらの鳥は?」

 あくまで何も知らぬそぶりで、サイナは依頼主に尋ねた。

「ああ、あれは預かりものだ」

 琥珀をサイナに渡しながら、彼は表情を変えない。

 一か八か、持ちかけてみるしかない。

「僕の知り合いのモノにそっくりなのですが、近くで見てもよろしいですか?」

『ご主人! それは……』

「……傷を付けないのならば、構わない」

「それでは、失礼して」

 サイナは鳥かごの中に手を入れた。

 そして、依頼主に聞こえないように言葉を発する。

「翡翠君だよね? ナトレから話は聞いてるんだ。僕と一緒に来てくれないか?」

 初め翡翠はサイナを警戒していたが、ナトレの名に反応し入り口まで近づいてきた。

 話の分かる相手でよかった、と思う。

『旦那の? いいでしょう、ついていきますよ』

「それはよかった」

 自ら鳥かごの扉をくぐると、手の上に乗った。

 琥珀と大差ない体躯だが、僅かに軽い。

 翼を伸ばす二匹を片目に、そのままサイナは扉に向かうが、その肩を掴む手が一つ。

「どこへつれていく」

「ああ、そうだ」

 予想通りの展開だ。

 ここまでは勿論予定通り。

 後は、最後の合図だけである。

 聞かれた質問には答えず、サイナは微笑んだ。

「やってはいけないことをやると、どうなるか知っていますか?」

 窓が音を立てて、開いた。

 サイナは一歩後ろへ下がる。

 依頼主はその音に驚き後ろを振り向いたため、気づいていない。

 その耳に、ささやくような子供の声が聞こえた。

「知ってる? ……当然の報いを受けるって」

 なま暖かい風が部屋に流れ込み、窓の外には漆黒の闇が見えた。

 悪寒が走り、慌ててサイナの方を向くと、そこにいたのは一人の老人。

 白目をむき、頭からは血を流している。

 のばしてくる指は、血の気のまったくない土色。

'何故……このようなことを……'

 依頼主の顔から、血の気が失せた。

「な、なんでここに。昨日死んだはずでは?!」

 逃げようにも、足はその場に張り付き動くことができない。

'なぁぁぜえぇぇぇ'

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 そんな依頼主の叫び声を、サイナは中庭で聞いていた。

「……ちょっと、やりすぎたかなぁ」

 窓の外で、闇の幻を創っていたクイナを帰すと、サイナは呟いた。

『あれぐらい、当然の報いっス』

「琥珀……」

 どうやらずっとかごにいたので、気が立っているらしい。

 肩の上で暴れないで欲しいなぁ と、サイナはつくづく思ったのだった。


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