第7話『真夜中の来訪者』

 結局目当てのモノはえられず、サイナは空泝(クウス)にとどまることとなった。

 ちなみに、ナトレは隣の部屋に泊まっている。

 布団を抱えたまま、サイナは不機嫌そうな顔で呟いた。

「たまにはいいけどさ。もうちょっと、楽に終わるはずだったのに」

 琥珀は翼を伸ばしつつ、横を向いた。

『いい薬っスよ。楽ばっかり考えているからこうなるんス』

「何か言った? 琥珀」

『いえ、なんでもないっス』

「じゃ、おやすみ〜」

 枕元の灯りを消し布団をかぶると、琥珀はその上で丸くなった。


 + + +


 月が静かに宵闇から消えた頃。

 サイナの部屋の窓が、大きく揺れた。

 次いで鳥か何かの翼の音が聞こえる。

 運がいいのか悪いのか、窓の鍵は開いていた。

 そこから侵入した人影は、窓枠に足を取られ豪快に転んだ。

「っつ――……」

 周りを飛ぶ2匹の影が心配そうにのぞき込む。

「大丈夫や。いつものことやし。それよか……」

 音を立てないよう、様子をうかがう。

 窓枠で転んだ時点で起きてしまったかと思われたが、そうでもないようだ。

「よ〜やく、見つけたでぇ」

 抜き足、差し足、忍び足でベッドに近づくと、掛けてあった布団を一気にめくった。

 勿論、上に乗っていた琥珀が投げ出されたのは、当然である。

『?!』

「さ〜さっさと起きんかい! こん……の」

 来訪者はそこに寝ていた人物を見て、固まっていた。

 今更だが、部屋を間違えたことに気づいたらしい。

「あ、あかん。逃げる前に捕まえな……スー行くで! ハーはそこでまっときぃ。後で謝りに来るんやから!」

 人影と小さな影の一つは、再び窓から出ていった。

 人声が無くなると、琥珀は顔を上げた。

 不意打ちのように落とされたのだから、受け身もとらずじまい。

 下がカーペットだった事が唯一の救いだった。

『一体……なんなんスか。……ん?』

 小さな羽音が聞こえた。

 置き去り――もとい、来訪者の置いていった小さな影がそこに一つ。

『どちら様っスか?』

 ちいさな羽ばたきがするだけで返事はない。

 琥珀は目を凝らし、闇に包まれる部屋の中を見渡した。

 翼の生えた蛇の影が一つ宙に見えた。

 気配からしても、どうやら風精霊らしい。言葉が通じないのも当然である。

 精霊は、人型と獣型の2種類に分けられる。

 人型の精霊は主に魔法の手助けをする者達で、その姿を見ることは困難。

 魔法術士が必要に迫られ呼び出すことはあるが、それも稀なことである。

 獣型の精霊は精霊術士に使役される者達のことを言う。

 召喚獣と違い、精霊の声を聞くことができる人など殆どいない。それは、琥珀も同じだった。

 ただし、人ではない半獣人や妖精族の場合は別で、普通に精霊(といっても、獣型に限る)と会話することができるのである。

(困ったっスね)

「……っくし。何で寒いんだ? ん?」

 今更になって、サイナが起きてきた。

 琥珀はあきれ顔でそちらを向くと、声をかけようか迷っている。

 風精霊は謝罪の意を示すべく、サイナの目の前に飛んでいった。

「あれ、こんばんは……だよね。迷子さん?」

 珍しくはっきりと目が覚めたのか、サイナは問いかけた。

 しかし、風精霊は首を横に振った。返事は否。

「んじゃぁ、え〜っと……とりあえず、名前は?」

『ご主人、言葉は通じないっス……よ?』

「ふ〜ん、ハスミっていうんだ」

 琥珀は我が耳を疑っていた。言葉の通じぬ相手の名前が分かるものだろうか?

 なおも事情を聞き続けるサイナは、時々頷いていた。

「あれ? その探してる相手って、もしかして……」

 琥珀が何を話しているのか尋ねようとしたとたん、部屋の扉がおおざっぱに開けられた。

「サイナ〜大変やっ! 奴が来おった! 少しの間かくまってくれへん!」

 うんざりした顔つきで、サイナはずかずか入ってくるナトレを睨みつけた。

「ナトレ、今真夜中だよ?」

「そないなこと言ってる場合やない!」

「なんでさ」

「奴が来おったんや……って、ハスミか?!」

 サイナの正面にいるハスミを見つけると、ナトレはその場に座り込んだ。

「どないしよ」

「……ナトレ、逃げるのは良くないと思うよ。事情はハスミから全部聞いたけど」

「せやかてサイナぁ」

「みーつーけーたーでー!!」

 突如、部屋に明かりがともった。

 サイナもナトレも明かりに目は慣れていないため、眩しそうである。

「ナトレはん! この間の仕事の仲介料……耳そろえて、きっちり払ってもらいまっせ!」

 扉の所にいたのは、眼鏡をかけた前髪の一房が金髪のオレンジ髪の女性だった。


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