第8話『借金取りじゃ、ありません』

「さぁ……もう逃がさへんでぇ」

 ナトレはじりじりと迫る女性から逃れようとするが、真夜中にたたき起こされて機嫌の悪いサイナがそれをみすみす逃すはずもなく……

「ナトレ、どういうことだかしっかり説明してよね?」

 にっこりと微笑むサイナに、がっちりと両手両足をとられ、捕まえられてしまうナトレであった。

 ちなみにナトレの方が身長はあるが、怒ったサイナの方が力は勝ったようである。

「サイナァァァ堪忍やぁぁぁっ!」

「ダメ。金銭問題は、きっちりしなきゃ」

「せやせや。ナトレはん、追いかけるうちの身にもなってぇな」

「……追いかけてくるから逃げるんや」

「逃げるから、追いかけるんやで?」

 ハスミともう一匹の鳥形の風精霊がコクコクと頷いていた。


 ナトレを追ってきたオレンジ髪の女性の名はライア=フウマ。

 ここ、空泝(クウス)を中心に仲介の仕事をする仲介屋で、風精霊術士でもある。

 両手首につけた、四つの深緑色の石がはまるブレスレットが風精霊との契約の証である。

 ちなみに、翼をもち、額に緑柱石。首に深緑の石をリボンで止めた、白い身体に葉の模様のある蛇形の風精霊がハスミ(葉澄)。

 額に同じ緑柱石。両足には深緑の石のついたひもを結びつけている、薄緑の鳥形の風精霊がスオウ(珠凰)である。

 サイナがハスミと話したことに関しては、ライアも驚いていた。


「ライアさんは、仲介料後回しなんですね」

「んにゃ……時と場合によるんや。んで、ナトレはん。今回の」

「あ〜それなぁ」

 ナトレはバツの悪そうな顔をしていた。

 それも当然である。

 依頼人を懲らしめた結果、得られるはずの報酬を全く得ることができなかったのである。

 サイナは思ったよりも多くの報酬を受け取っていたので、少々すまなそうな顔である。

 ……いや、唐突にあることを思いだした。

(あれ? 僕もしかして)

「ナトレはん、まさかとは思うが……」

 冷静を装ってはいるが、ライアの頬は引きつっていた。

「せやけどなぁ、ラー姉。今回の場合なぁ」

「言い訳は、聞かへんでぇ〜」

「あの、ライアさん。今回はですね」

「何でもええわい! とにかく、キッチリ払ってもらうでぇぇ!! そうやなかったら、どういう手段にでても、取り立てたるっ!」

 サイナの事情に耳を傾けようともせず、ナトレに詰め寄った。

 どうやら何を言っても引き下がるつもりはないらしい。

《見事なドケチぶりだ(や)》

 一瞬だが、サイナとナトレの考えは一致した。

「サイナ〜……助けてくれ」

「そういわれてもね。これ渡すの忘れていたよ」

 なにやらチャラチャラと音のする袋を、サイナはナトレに投げて渡した。

 なんや? と首を傾げたナトレはその中を覗き込む。

 中を見たナトレの顔が明るくなったのは、言うまでもない。

「ラー姉。これでキッカシやな?」

「……なんや、あるんやったら、はようださんかい!」

 調子のいい、と言う言葉がピッタリ当てはまるであろう。

 ライアは大げさにナトレの背中を叩いた。

 そして、金が手にはいると、ころっと態度を変えたのである。

「ん、ぴったしや。……っと、せやナトレはん。明日の昼、空いてっか?」

「まぁ、多分」

「せやったら、まっといてや。良い情報があんねん。ほんじゃ、ハースー行くで!」

 再び窓から去っていくライアをスオウは慌てて追い、ハスミは一度二人に礼をしてからその後を追った。

「なんか、凄い人だね」

「……あれでわいより4つ上なんや。昔のよしみもあって、仕事の仲介を頼んでいるんやけど、ちいと問題がな」

「お金に関して?」

 ズバリを当てられ、ナトレは乾いた笑みを浮かべるだけだった。


 真夜中にバッチリ目の覚めてしまった二人は、そのまま互いの素性を話しながら朝までの時間を潰した。

 琥珀はサイナの横で再び寝ていたが、ナトレの部屋に置いて行かれていた翡翠は違っていた。


 + + +


『旦那がいませんね。丁度いいですか。さてと』

 部屋の中を見渡し、暗がりの中から荷物を探し出した。

 足と口を器用に使い、袋の口を開く。

『キチンと持っていてくださったようですね。まぁ、落としたとなれば見つかるまで探していただきますが』

 そう言って金縁の小さな鏡をとりだすとベッドの上に置いた。

『真夜中というのは至極承知していますけど、見ているのでしょう? リーテリッド殿!』

 翡翠が呼びかけると、鏡が水面のように揺れた。

 そして、ぼんやりとだが人影が映り込む。

『"あの時"やはり何かしていらしたのですね? 琥珀を見ましたか、リーテリッド殿!』

 急かすように返答を求めると、鏡の人物は苦笑いを浮かべたようであった。

 しかし、かけてきた言葉には反省の色は見られない。

"おや……翡翠クン。勿論見ていましたトモ。ボクの術は完璧だったでショウ?"

『そう言うことは聞いていません。大体ですねぇ』

"では一つ聞きまショウ。琥珀クンが記憶を持っていたトシテ、カケラはあれほど集まったと思いマスカ?"

 鏡の向こうの人物は、にっこりと笑った。

 ぼんやりとしか写らないハズの、鏡の向こうの人物が確かに有無を言わさない笑みを浮かべたのを、翡翠は見たのである。

 当然顔からは血の気が引いていった。

『……確かにそうですね。ともかく、藍玉を見つけカケラがほぼそろった時、そちらへ行けばいいんですね?』

"ええ、楽しみにしてマスヨ"

『それ、毎回言っていませんか?』

"翡翠クンも毎回言っていますカラ"

 翡翠は、少し顔を赤らめた。

『……っそれでは、また連絡します』

"いつでもドウゾ"

 鏡が再び水面のように揺れると、人影は消えた。

 翡翠は慌てて元の場所に鏡をしますと、ベッドの上で丸くなり眠りについたのだった。


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