第4話『犬と飼い主となつかれ相手』

 さて、予選の終了した翌日。勝ち残った三十二組がバルトルク中央のバトルフィールド(開会式の行われた場所)に集まった。

 本戦トーナメントの抽選をする為だ。

 今日は琥珀と翡翠の二匹もつれてきていた。





 試合は一日二カ所で合計四試合…一回戦は四日かけておこなわれる。

 同様に一日二カ所で合計四試合…二回戦は二日かけておこなわれる。

 その後の三回戦…準々決勝からは中央バトルフィールドで、一日に出来るだけ…

 ともかく、短くて十日はかかるらしい。

 この面倒な説明を自分たちでするのを免れる為に、二匹を連れてきたのだった。

「まぁ……勝てば賞金だし。少し、頑張るか」

『ご主人……それはそうと、本気でいっているんスか?』

「ん〜三割かな。ね、ナトレ」

「せやなぁ……三割っちゅーか、二割なんでない?」

 にやりと笑うナトレを翡翠はあきれ顔で見ていた。

『旦那。そんなのでは、いつか足下救われますよ?』

「あはは〜そないなことあ……」 「小鳥ちゃ〜んっ!!」

 声が上から降ってきた。

 ……いや、正確に言うと声を発した人物がナトレの上に降ってきたのである。

 当然だが……

「ぐえっ……」

 などという、蛙を潰したような声をナトレは上げたのだった。

 肩に乗っていた翡翠は、ちゃっかりサイナの横に避難している。

 自分さえ助かれば、あとは他人事というわけである。

「大丈夫〜? ナトレ」

「大丈……ぶ……なわけあるかい! どかんか〜テトア!」

 冷静さのかける、当然といえば当然の反応である。

 周囲にはナトレの怒号が響き渡った。

 しかし、乗っていたテトアと呼ばれる人物はどくどころか、そのままナトレに抱きついた。

「わ〜いっ久々〜っ」

 みるからに、主人にじゃれつく犬のようである。

 実際、この少年には茶色い犬耳としっぽがあった。

 そして、首には首輪と思えるような黒の皮ベルトをつけ、魔法術士の証明 赤(血の色)の飾り水晶がついており、背には白い短めのマントを羽織っていた。

 じたばたと、もがくナトレをどうしたものかとサイナは眺めていた。

「テ〜ト〜ア〜ッ!」

「テトア、話が進まん。どいてやれ」

 音もなくもう一人が姿を現した。

 薄い桃色で外跳ねの髪。右目にはモノクル。灰色の長いマントに身をくるんだ長身の人物。

 マント止めは同じく魔法術士の証明 青(深い海色)の飾り水晶がついていた。

「え〜っやだっ!」

 すぐさまナトレにくっついたままの犬耳の少年は、反論する。

 ひくり、とモノクルの青年のほおが引きつった。

「ど・け」

「やぁだっ」

 横に立つサイナは、一瞬周囲の気温が下がったように感じた。

 気持ち一歩……実際には二歩ほど後ろに下がる。

「テトア……この前言ったよな。次やったら、空にはりつ……」

「覚えてないっ」

 だだをこねる子どものように、頑固にその場を動こうとしない。

「テトア〜……あんま、レーサ怒らすんやないでぇ」

 巻き添えはゴメンと言いたげに、ナトレは声を上げる。

「ナトレ、お前は黙っていろ。テトア、最後の忠告だ、今すぐそこからどけ」

「やだっ」

 ここまで来ては、引き下がれない……と思ったのであろう。

 その様子を見たレーサと呼ばれた青年の中で、何かが音を立てて切れた。口元には笑みが浮かぶ。

「ええ、度胸や。天より落つる雲の涙 その糸かの者を捕らえ……」

「むっ……地の鎖 時に逆らいて……」

 双方とも呪文を唱え始める。

 その周囲に目に見えて影響し出すのは、時間の問題だった。

「だ〜っ二人して始めるんやない! サイナ、琥珀そっちの口ふさげ!! 翡翠はこっちや!」

「ぇえ?! わ、わかった」 『了解っス』 『仕方ないですね』

 今までのやりとりを呆然と見ていたサイナと琥珀と翡翠は、ナトレの声で我に返り、動き出した。

 ナトレと翡翠がテトアの口を、サイナと琥珀がレーサの口をふさぎその場に取り押さえた。

「「〜っ!!」」

 完成しなかった魔法はすぐに消える。

 動けるなら、最初から動けばいいのに……と、サイナが思ったのは言うまでもない。

「ナトレ! 人の行動に口だすんやない!」

「ほーか。どうでもええが、レーサ。口調もろでてるで」

 土埃を払い立ち上がったナトレは得意げに笑う。

「う゛……」

 ゴホンと、一つ咳払いをするとレーサは真っ赤にした顔で答えた。

 どうやら標準語で喋ることを信念としているらしく、うっかりでた口調を恥じているのだろう。

「とっ……ともかく。久々だな、最近見ないので、くたばったかと思ったぞ」

「そうだよっ。まったく、手紙くらいくれたって良いじゃないかっ!」

 立ち上がったテトアは、レーサと並ぶとかなり小さく見える。

 指された指をじっと見て、あっけらかんとナトレは答えた。

「あ、考えへんかったわ。そないなこと」

「「…………」」

「あの〜さぁ」

 区切れの良いところで、サイナが口を挟んだ。

「そろそろ抽選やるみたいだから、とりあえず、それ終わってからにしない?」

 ここにいるのが誰なのか知りたかったが、この場にいると言うことは本戦に残ったということ。

 なのでさっさと用事を済ませ、宿でゆっくり話したいと言う意味が含められている。

「それもそうやなぁ。レーサ、テトアそれでええか?」

「うんっ」 「ああ」

 結局、バトルフィールド中央の抽選箱には四人で向かうことになった。







 + + +







 宿に戻ってから、両方の知己であるナトレが紹介役を務めることとなった。

 まず先にサイナの紹介をし、その後二人組にうつる……と言った感じだ。

 長身で灰色の……それこそ手を挙げても中が見えないくらい長いマントに身をくるんだ者はレーサ=シンスナ。右目の視力がかなり弱いので、モノクルをしている。

 歳は二人の一つ上で十九。空泝(クウス)の魔法術士である。

 茶色い獣耳としっぽを持った小柄な少年はテトア=イムヌク。

 半獣人であり、獣の血が濃い為、耳としっぽが獣のそれの形をしていた。

 歳は二人の一つ下で十七。こちらも、空泝の魔法術士である。

「レーサが王法士(マスター)で、テトアが一流法士(ファーストレイト)や」

 最後にナトレが聞き慣れぬ言葉を言った。

 当然、何か分からないサイナは聞き返す。

「王法士(マスター)? 一流法士(ファーストレイト)?」

「何や、サイナは知らへんのか? 魔法術士の称号や」

 首を振るサイナにナトレは苦笑いを浮かべ、説明を加えた。



 魔法術士に与えられる称号はそのまま、その魔法術士の実力を示す物である。

 具体的に下位からいくと……

 幻法士(イルジェナス)まだ、何も修得していない見習い。

 →風法士(ウインディア)風基本魔法完全修得。→土法士(アースロア)土基本魔法完全修得。

 →水法士(ウォルイスト)水基本魔法完全修得。→炎法士(フレアスト)火基本魔法完全修得。

 ここまでが、学校で学べる四大魔法修得までである。

 称号を得たといっても、どれも上から見れば大差のないレベル、なのでその称号を示す物はなにもなかったりする。

 称号の証である飾り水晶がもらえるのはこの上からとなる。

 魔法士(ウィズアルト)…風+火の雷 水+土の氷 両基本魔法(四大魔法応用編)完全修得。黄の水晶が、与えられる。世間的にはこの称号と、一つ上の称号を持つ者が多い。

 →一流法士(ファーストレイト)…火+水の光 風+土の闇 両基本魔法(四大魔法続応用編)完全修得。赤(血の色)の水晶が、与えられる。

 →王法士(マスター)…雷・氷・光・闇 それぞれの応用編を含むほぼ全ての魔法を完全修得。青(深い海色)の水晶が与えられる。この称号から上は、持つ者が少ないと言われている。

 →次法士(ツヴァイズ)…王法士(マスター)になれた者のうち、魔力が高く実力の伴った者。また、自分で新たな魔法を作り出せる者。緑(翠色)の水晶が与えられる。

 →賢者(ワイズ)…次法士(ツヴァイズ)になり、功績を挙げたりそれなりの年月を過ごした者に与えられる、最高の称号。紫の水晶を持つ。



「簡単にはこんなもんや。称号を手にするには、テストみたいのをやらなあかん。これが、結構かかるんや……ま、年の一度しか行われへんわけやないから、挑戦はいつでも出来るんやけどな」

「ふ〜ん。魔法術士って大変なんだ。で、ナトレの称号は?」

「「「次法士(ツヴァイズ)( ・っ・や)」」」

 見事、3人の声が重なった。

 ちなみに、説明には水晶の色も入っていたが、サイナはナトレのしているマント止めがそれとは気付いていなかったようである。

 次法士(ツヴァイズ)といえば、これくらいの年齢では最高位の称号にあたる。

「へ〜凄い強いんだ」

「そう言うお前かて、めっさ強いやんか。無古龍(むこりゅう)使える召喚術士に、会えるとは思ってへんかったで」

「あはは〜」

(これじゃぁ、召喚獣達の長 無幻空龍(むげんくうりゅう)から百年に一度しか生まれない無古龍は、ここ五十年前後絶対に生まれるはずのない召喚獣だっていったら、驚くよなぁ)

 などと、サイナが考えていたのはまだ秘密である。

「あのねっあのねっ小鳥ちゃんっ」

「ん〜? なんや、テトア」

 めんどくさそうにテトアの方を見ると、立ち上がり目をキラキラさせしっぽをパタパタと振っていた。

「サイナさんはねっ狼なのっ」

「はぁ?」

 訳が分からないと言う顔をしたナトレに構わず、テトアは楽しそうに言う。

「これで後っ、お魚さんがいたらっ全部だよっ。小鳥ちゃんとっ狼さ……」

 言葉を遮るように、空気を切り裂くようないい音が響き渡った。

「テトア、説明を省くな。わけがわからんだろうが」

 どこから出したか分からないハリセンを抱え、レーサが立っていた。

 音の元はどうやらハリセンらしい。

「む〜っ」

「どうした、返事は?」

「分かったよっ」

 テトアは頬をふくらませて椅子をたぐり寄せるとその上に座った。

「え〜っと、どういうこと?」

 サイナは苦笑いを浮かべテトアをのぞき込んだ。

 先程の"鳥"と"狼"の言葉から連想できるのは今のところ翡翠くらいである。

 しかし、この場には小動物…もとい、琥珀と翡翠はいなかった。

「んとっ小鳥ちゃんからは、匂いで分かるのっ。空泝を守る鳥さんの気配なのっ」

 テトアの魔法術士としての特殊能力は鼻。半獣人故か、元々良い鼻なのだがそれのさらに強化版と言ったところである。

 そんなテトアの匂いや感じる気配はバカに出来ない。

 空泝を守る鳥と言えば、空の化身 クストが浮かび上がる。

「そーゆーわけかいな。わいの事、小鳥ちゃん呼ぶんわ」

「お前……随分前にテトアが説明しただろ」

 感心するナトレに一応レーサがあきれ顔で突っ込みを入れる。

 だが、ナトレはそやったか? ととぼけた顔で返すだけだった。

「サイナさんのはねっ。狼さんなのっ。多分、陸杜(ロクト)を守る銀の狼さんなのっ」

 陸杜を守る銀の狼と言えば、大地の化身 ログノ。

 しかし、突如そんなことを言われてもサイナはいまいち信用できなかった。まぁ、当然ではあるが。

 結局、信じるとも信じないとも返せず、沈黙を持って返したのである。

「レーサっ。ちゃんと、説明したよっ?」

「ああ、そうだったな。だが、最初からそうすれば良かったんだ」

「ぶ〜っ」

 文句は言いつつも、レーサはテトアの頭をくしゃくしゃっと撫でた。



 その様は、仔犬と飼い主に見えないこともなかったとか……


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