第5話『一回戦にして、我慢の限界』

 翌々日、サイナとナトレは一回戦を迎えた。

 レーサとテトアにはあの後毎日会っている。

 そして、応援に来るというのでなおさら負けられなくなった二人だった。





 一回戦の戦い形式は、一対一の二回バトル。

 一勝一敗の場合は勝った方同士が戦うという物だ。

 二対二ではないので、琥珀と翡翠は留守番ではなく二人の肩の上にいた。





『こう見ると、広いっスねぇ……』

『確かに。それにしてもこの雰囲気……疲れますね』

『そうっスかぁ? どっちかというと、ワクワクするっス』

『……君は、いつもそうですよね』

『?』

『はぁ……』

 翡翠的には嫌味を言ったつもりだったが、琥珀には通じていなかったらしい。

「頭の上で、言い合いしないでよぉ」

「っちゅーか、おりてやらんかい!」

 どうやら二匹ともいつのまにか、肩から移動し頭上まで来ていたらしい。

『『いや(っス・ですね)』』

「「おいっ!」」

 バトルフィールドの中央に審判が現れると、観客のざわめきは徐々に収まった。

 静まったところで審判は手を挙げる。

「あ〜っそれでは、試合を開始したいと思います。先鋒前へ!」

 琥珀をナトレに預け、左手の手袋を外すとサイナはバトルフィールドに立った。





 向こう側からあがってきたのは、緑色の四角い帽子を被ったオレンジ髪に蒼目の青年。

 紺の半袖に藤色の細長いスカーフのような物を首の回りに巻き、前で一つに結んでいる。

 肩に小さな召喚獣が乗っているので召喚術士であろう。

(あれは鼠庵(そあん)土系か……)

 魔法と違い土系に勝つ召喚獣の属性は草系。

 しかし、サイナはあえて火属性の幽炉弖(かすかるて)……ポッテアを繰り出した。

 そして、雷糸妖(らいしよう)……ラムペも喚ぶ。

「やっぱり、バッカじゃない?」

 対戦相手の青年―審判がセオラ=ユアンと呼んでいた―はぼそりと呟いた。

「セシウ! それから、闇にみそめられし青の龍 牙と爪をもち 全てを切り裂け! 我が召喚獣 暗水龍(あんすいりゅう) ミータ!!」

 黒い闇の玉がセオラの上に現れ、そこから青い龍が顔を出した。

 足はなく両手には黒く鋭い三本の爪。頭上には少し目立つ白いツノ。黒いコウモリのような翼。身体からは雫が絶えず垂れている。

 召喚獣 暗水龍 属性は水。

(鼠庵は下級、暗水龍は中級だったっけ……)

 下級の火属性であるポッテアにとっては、少し警戒すべき相手であった。

「ま、それ以外はどうにでもなるし」

 でもやっぱり、お気楽な考えのサイナであった。





 + + +





 今、バトルフィールド上には小形の召喚獣が三匹。

 そうしてみると、フィールドはとても大きく見える。

「ちゃっちゃと、あんなやつ倒す。セシウ、大地の楔(だいちのくさび)! ミータ、裂海の刃(れっかいのやいば)!」

 ポッテアの足を土が捕らえ、暗い青の刃がそこを襲う。

「ラムペ、雷壁(らいへき)!」

 その事態を想定し、ポッテアの上に乗せたラムペに指示をだした。

 ラムペの持っている雷型の武器を中心に円形の盾が作られ、刃を砕く。

「やなやつ……ポッテア、火道の舞(ひみちのまい)! ラムペ、飛ばすよ!」

"うっきゃぁ!"

 火柱があがり、一直線にフィールドを駆け抜ける。

 それを避けるために、セオラは横に飛んだ。

 ラムペを掴むと、サイナはその方向に投げるモーションをとる。

「紫電爆雷(しでんばくらい)! いけっ!!」

 飛行しながら、ラムペは自らの武器――雷の形をした棒を取りだした。

 そこに、紫電が宿る。

「やっぱり、ワンパターン。所詮は……セシウ、迎え撃て! 天地防(てんちぼう)!!」

 セシウは長い二本の尾を鞭のように、地面に振り下ろした。

 小石の飛礫(つぶて)が飛び上がり、その周りを分厚い膜が被う。

 ラムペの武器は、それに突き刺さり紫電を発した。

 しかし、土に雷では全く効かず地面に電気が逃げるだけである。

「それなりに、早い」

 あまり敵をほめる気はないが、こうでなくてはおもしろくないと思う。

 だが、対戦相手の方は対照的なことを思っているようだった。

「むかつく。この程度で勝つ気だ……田舎者のくせに」

 セオラにしてみれば陸杜(ロクト)に住んでいると言うだけでサイナは田舎者である。

 自分は空泝(クウス)の中でも都会の部類に住んでいるので、物の流通は多いはず。

 そんな奴が自分より優れているはずはない、という典型的な思いこみがセオラにはあった。

「ミータ、セシウ、濁流の渦!」

 濁流の渦…水系の水流の渦と土系の岩落砕を混ぜた合体技である。

 魔法と同じで組み合わせの技は多く存在する。

 術士の力があれば新たな技を作り出すことも可能なのだ。

 ともかく、水技だけならばラムペで防ぎようはある。しかし、土技が加わるとなると別だった。

(手の内見せるには、早すぎるよなぁ)

 一回戦から本気には慣れないが、あまり手加減しすぎるのもよくないようだった。

(さて、どうするか)

 ポッテアを抱えると、濁流の渦をよけながらサイナは考え始めた。





 + + +





 その動きに、琥珀が目を細めた。

『あ゛……ご主人の我慢の限界がきそうっス』

「へ?」

『なんか、そんな予感がするんスよ』

「ははは〜……」

 目で追いつつ乾いた笑みを浮かべるナトレも、どうやら同じ事を考えているようだった。





 + + +





「……っ! 濁流の渦!」

 セオラは先程の技を、連続で繰り出させていた。

「くそっこのっ、ちょこまかと!」

 サイナ自身の運動神経も以外とよく、全て楽々によけられている。

「ホント……どうする? ポッテア、ラムペ」

"うきゃ!"

「君はいつもそうだね、ポッテア」

 "楽しむ"と答えたポッテアにサイナは苦笑いを向ける。

「確かに、それもいいけど……いい加減どうにかしないと」

 いつの間にかセオラに近づきすぎていたようで、相手のつぶやきが聞こえる距離にいた。

「……大体、田舎の召喚術士のくせに!」

「へぇ〜……」

 ピクリ とサイナのこめかみ当たりに青筋が走る。

「田舎……ねぇ。そっちだって、たいした場所に住んでいるわけでもないだろう?」

「そんなことはない。空泝の中では結構有名な町だ!」

「だからって、会って間もない人間にそれはないだろ?」

 口調は穏やかに聞こえるが、サイナはかなり怒っていた。

「いいや」

 セオラはそれをキッパリと言い切った。

「しょせんは、田舎の召喚術士だろう?
下級しか繰り出さないくせに、大技で見栄を張ったってバレバレなんだよ。
お前みたいのを、見え張りって言うんだ。
上級なんかとうていて手を出せないくせに。さっさとしっぽ巻いて、逃げ帰ればいいさ!」

 人間の堪忍袋の緒という物は、場合や人の言動によって簡単に千切れる物である。

 サイナの中で、何かが切れる音がした。

「へぇ〜下級だけ……ねぇ。見え張り……ねぇ〜」

"うきゃぁ?"

「ふ……ふふふふふふふふふ」

 上を見上げたポッテアを気にせず、突如サイナは不気味な笑みを発したのだった。





 + + +





『うあ〜ご主人が、壊れたっス』

「あはは〜力温存の意味、なくなりそうやなぁ」

『というか、力温存の使い方が間違っているでしょう。力を見せない=温存とは限らない……いえ、全く違いますよ?』

 翡翠が翼でナトレの頭をこれでもかと叩いた。

「……翡翠。ええやんか、細かいことは」

『よくありません。ほら、見ていないとおもしろい物を見逃しますよ』

 なんだかんだ良いながら、見物を楽しむ一人と2匹だった。


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