第7話『魔法剣の使い手』

 審判が高らかと手を挙げ、振り下ろすと、次鋒戦は開始された。

 ナトレの相手は先程のセオラの姉、ヒイア。

 黒のシルクハットをかぶり、黄緑色の長い前髪が顔のこちらから見て左半分を隠している。目はセオラと同じ蒼目。後ろ髪は首の後ろ辺りで上を向けて纏めてあるので、先が垂れ草のように見える。

 白の長袖に紺のベスト、何より口にくわえた黒く普通より断然長いキセルが特徴的である。

 細身の剣は随分使い込まれているようだった。

「美人さんがキセルを吸うっちゅーのも、嫌いやないんやけど……」

「ふん。無駄口叩いていると、舌かむよ?」

「つれないなぁ……ま、勝負は勝負や、ちーと、本気で行くで。我願うは大いなる源 流るる魚(うお)の、導きとなれ! 水の槍―ウォータースピア―」

 何かを握るように差し出されたナトレの手の内に、青い光が集う。

 それは、飾りはないが、きれいな青い槍となった。

「剣士相手やし、剣といきたいところなんやけど……わいの攻撃魔法の為の武器に剣はないんや」

 攻撃魔法の為の魔法の武器は、魔法術士によって形は異なる。

 剣、槍、弓、等人それぞれだし、魔法の属性によっても違う物を使う。

 ナトレの中で剣士相手に通用する武器は、水の槍―ウォータースピア―が最適だった。

「別にかまわん。勝つのは……私だ」

 宣戦布告をどうやら先に言われてしまったようである。

 ナトレは面白そうに口の端を上げると、槍の先を少し上向きにした中段の構えをとった。

「気高き眼(まなこ)その中に……正を見抜く 魔法剣(ウィズスレイヤー)抜刀!!」

 光を纏った剣をヒイアが一振りすると、形が変わる。

 刃の峰から刃までの長さは三〜四倍に、少々長くなり、持っている部分の飾りも少し豪華になった。





『剣の形が変わった?!』

「あれ〜琥珀知らないっけ〜? ふぁぁ……魔法剣(ウィズスレイヤー)〜」

 何とも眠たそうな声で――いや、あくびもしているのでおそらく眠いであろうサイナが言った。

『知らな……』

『嘘ですね、過去に何度も見ています。それとも、また忘れたんですか? 君は』

『う゛〜っ』

 右肩の琥珀と腕の中の翡翠とのあいだに火花が散った。

「喧嘩するなら……寝てもいい?」

『『何考えているん(ス・です)か!!』』

 その火花はサイナの爆弾発言によって別の場所に散ったのである。





 意外にもナトレは剣の変わった時も動じず、余裕綽々の顔だった。

 魔法剣(ウィズスレイヤー)は通常の剣とは当然異なる。

 普段は短剣や細身の剣の形をとり、それじたいも武器となる。

 だが、本来の力は封印を解いてからである。

 剣士は修行などで剣技を会得するが、魔法剣の場合はそれを必要としない。

 元々剣が力を持ちいくつかの技を覚えているので、すぐに剣技が使えるのだ。

 勿論、修行や何なりをして技を増やすことも可能である。

 どちらにしろ、その剣技は魔法の技に近い。

 剣の持つ力は魔力、魔法と同じだけ種類はある。

 それは剣の属性に関係しており、よって魔法剣(ウィズスレイヤー)と呼ばれるのだ。

「きれいな薔薇には刺があるっちゅーこっちゃな。魔法剣士か……」

「そう言われて悪い気はしない。が、無駄なことだ」

 両者は間合いをとり、互いの様子をうかがっている。

 おそらく、攻撃のタイミングを計っているのだろう。





 鳥の影が二人の間を駆け抜けた時、両者が動いた。





「霧の刃―ミストカット―!」 「氷暗貫(ひおんかん)!」

 透明に近い青の刃と、下からせり上がる氷の棘(とげ)が中央でぶつかり合った。

 氷が砕け、水滴が散り、フィールド上はキラキラと光っている。

 その中で、両者は武器を交えぶつかり合っていた。



(氷の属性やとぉ?! こいつ、まさか……)

 次々と押してくるヒイアの剣を槍で受け流し、どうにか反撃の切り口を掴もうと思っていたところである。

「お前……どこの魔法術士だ?」

「?」

「どこのだと、聞いている! はっ!」

 女の割には重い太刀筋である。

「……空泝(クウス)」

「大陸の名ではない。町だ!」

 ナトレの手から槍を吹っ飛ばすと、首の側に刃を突きつけた。

「ホンマにトゲトゲやなぁ。んなもん聞いて、どないすんのや?」

「自己満足だけだ」

「せやったらそっちから言うんが礼儀やないんか?」

 ヒイアは何かに気付き慌ててナトレから離れ、距離をとった。

 そのナトレの手元がなにやら光っている。

「食えない奴だな……ヒイア=ユアン。空泝のカイカルトの出だ」

「ナトレ=クォート。空泝のクライマヘルン」

 答えを聞いたとたんヒイアはクツクツと喉で笑い出した。

 一方のナトレも、ようやく合点の言ったような顔をしている。

「そうか……あの、有名な魔法術士か」

「そっちかて有名やん。魔法剣(ウィズスレイヤー)の使い手……"白煙氷剣士(はくえんひけんし)のヒイア"ゆーたらな。
 せやけど、まさか美人さんの女やとは思わへんかったで。もっとゴッつい男を想像しとったわ」

 魔法剣を使う者は……いや、使える者は近頃少ない。

 特に四大属性(火、水、土、風)ではない四属性(光、闇、雷、氷)の属性を持つ魔法剣はである。

 そんな中で、氷の魔法剣を使う守り屋がカイカルトにいるという噂を聞いたことがあった。

 年若い剣士ではあるが、その腕は確か。

 いつもキセルをふかしている為"白煙"の名が付いたとか。

「お褒めにあずかり光栄至極。"紫髪賢者(しはつけんじゃ)の魔法術士"殿」

「あはは〜まだ、賢者の称号持ってへんのに、なんでそう呼ぶんやろうな」

 マントに付いた土埃を払うと、ナトレはにやりと笑った。

 まんざら、その呼び名が嫌ではないようである。

「それは、私の知るところではない。まぁ、良いだろう」

 指で剣をなぞると、ヒイアは目を細めた。





『へぇ〜ナトレさんって有名なんスか……』

『まぁ、それなりに。サイナ殿はどうなんです……か?』

「ぐぅ」

 返事は、正しい形ではなかった。

 まるでいびき、いや……まるでではなく、正しくいびきだ。器用なことにサイナは立ったまま寝ていた。

《《いつの間に?!》》

 眠ったばかりのサイナを起こすことは、天地がひっくり返るくらい恐ろしいことを琥珀は知っている。

『こうなったら、てこでも起きないっスよ……ご主人なら確か、銀狼の召喚術士だったと思うっス』

『そうですか。ログノの異名でしたか……』

 それは、ただの偶然かもしれない。

 けれども翡翠には、思うところがあった。

「ん……重い……」

 寝言にしては随分ハッキリしたもので、真に受けた翡翠はサイナの腕から降りたのだった。





「さって、どっちかが倒れるまでの勝負や。さっさと続きをやるで!」

「望むところ」

 静まりかえっていた闘技場に、熱気が戻ってきたのだった。


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