第8話『ようやく……』

 攻防戦は長く続き、両者には若干疲れが見え始めていた。

「疲れてきとるようやな」

「そっちこそ……」

「まぁ、でもわいはまだ……」

「そのようだな。大したものだ、まったく」

 ヒイアにしてみれば随分力をだしきった。

 それでも及ばないのは認めたくはあまり無いが、やはり体力面・技術面においての力の差だった。

 そして何より、元々存在する魔力の差である。

 ヒイアはこれ以上の戦いは無意味であることを悟り始めていた。

「流刃翔(りゅうはしょう)!!」 「渦廉鋲(かれんびょう!!)」

 前者がヒイア、後者がナトレの攻撃だ。

 地面からせり上がるように上へ向かう水色の刃と、それを縫い止めるような蒼い楔がぶつかり合った。

 一回一回に繰り出される技の力は互角のハズ。

 その証拠に必ず技同士は相殺する。

「潔く諦めるも、自分の為か……」

 これ以上ぶつかり合い、下手に怪我でもすれば後々仕事に支障が出る。

 遊びと仕事は混同してはいけない。その辺をキッチリとわきまえているつもりだ。

 ナトレの技が切れるのを待つと、ヒイアは剣を元に戻し収めた。

「審判、負けを宣告する」

「は……はぁぁ?!!」

 構えをとっていたナトレは思わぬ発言に危うく武器を落としかけた。

 会場にもざわめきが走る。

 振り向いたヒイアの顔はあまりにあっさりしたものだったが、目は真剣そのものだった。

「これ以上は無意味だ。私にもこれ以上に優先したいことがある」

「……なんや、拍子抜けやな」

 後ろ頭を掻くとナトレは武器――水槍を消した。

「しかしま、そちらさんがそういう気ぃなら、ええわ。仕事のこときちんと考えとんのやろ?」

「ああ、当然だ」

 審判がサイナとナトレのチームの勝利を宣言している傍らで、二人はそのような会話をしていたのだった。





「ねえさん! 何故あそこで諦めたのさ! まだ勝機はあったはず!」

「あんた、だから一族に出来損ないといわれるのよ。この意味も分からないようでは、やはり半人前のまま」

 ため息混じりに煙を吐くと、ヒイアはセオラのおでこを叩いた。

「私は仕事に戻るわ。父様に報告してきなさい、あんたは。それと……修行に専念すること。無謀にも仕事なんて引き受けなさんな。いい!」

 姉であるヒイアの命令は絶対。一族の中で下に位置するセオラは反論の余地はなかったのだった。





「サイナ〜。終わったでぇ?」

『ナトレさん、お帰りなさいっス』

『お疲れさま……と、一応言っておきますよ、旦那』

 二匹の言葉を聞き流しながら、ナトレはもの珍しげにサイナを見ていた。

 左手を顎にあて、頭のてっぺんから下まで食い入るようにだ。

「……サイナ〜?」

『あ、ナトレさん止めた方がいいっスよ』 『旦那、触らぬ神に祟りなしという言葉が……』

「サイナ! 試合終わったで、わいらの勝ちや。もうやることもないし、さっさと宿にかえらへんか? ほら、寝てへんで……」

 がくがくと揺さぶったナトレの腕を、いつもではあり得ない力でサイナは握り返してきたのだった。

 そして、ドスの利いた声で一発……

人の眠りを妨げるなら、凄い目にあわす……一番苦しむ方法がいいか?

 こう言ってのけ、すぐにまた目を閉じてすやすやと眠りだした。

 ちなみにナトレはこの瞬間、ものすごい勢いで後ろに下がった。

 全身からは冷や汗、顔は真っ青である。

 そこに飛んできた琥珀と翡翠は、やれやれと言った表情であった。

『だから、言ったじゃないっスか。寝たばかりのご主人を起こすことは、天地をひっくり返すくらい怖いって』

「は……ははははは」

『さぁ旦那。責任をとってしっかりサイナ殿を宿まで運びましょうね。極力起こさないように』

 乾いた笑いを浮かべながら、延々続く翡翠の小言は右耳から左耳。

 どうやらナトレの戦いは、まだ終わっていなかったようであった。





 + + +





 宿に着いたナトレを襲ったのは、やはり彼であった。

「小鳥ちゃ〜んっ!」

 茶色い犬のしっぽをパタパタと振ったテトアである。

 彼がいると言うことは、当然飼い主であるレーサもいた。

「お疲れさま……と言った方がいいか? ナトレ」

「もう、どっちでもええわ……戦いよりも、サイナを運ぶんに疲れた」

「え〜っ。そんなに大変だったのっ? サイナさんを運ぶのっ」

「ははは、まぁな……」

 くしゃりとテトアの頭を撫でると、ナトレは突っ伏していた顔をようやく上げた。

 ちなみに、騒ぎ(?)の主 サイナは隣の部屋で熟睡中である。

「そっちの、試合はいつなんや?」

「ああ……明日だ。相手を見てみたが、あれなら勝てるだろう」

「そか。起きとったら、見に行ったるわ」

「え〜小鳥ちゃん、見に来てくれないのっ?」

 腰から今度は背中にまわったテトアが、つまらなそうに頬をふくらませていた。

「わいかて、休息は欲しいで?」

「果たしてそれが、凡人の休息といえるのか? ナンパにでも行くならば、紐つけて連れ出すぞ」

「……」

 図星だったらしい。ナトレの動きは見事に一瞬止まった。

 その瞬間を見逃すレーサではない。

「やはり……な。お前の行動はお見通しだ。テトア、今からナトレを縛っておけ。そうすれば、明日の試合……見に来てくれるぞ」

「わかったっ!」

 すでにテトアの両手には、鎖に見える縄が幾本も握られていた。





 ナトレはその日、一晩中椅子にくくりつけられたままだったとか。





 翌日の一回戦最後の試合で、テトアとレーサは無事勝利を収めた。

 これにより十六組がそろい、試合は二回戦へと進むこととなる。







 二回戦はさして問題もなくサイナ達は三回戦……準々決勝に駒を進め、テトア達も同様に進んだ。

第三章 終


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