準決勝の試合は、何故か不戦勝となった。 相手が逃亡したからである。 レーサに夜這い……もとい、ナンパを禁止されていたナトレは、ますます鬱憤がたまった様子だ。 あれからすぐにサイナは元気になったので、こちらは大丈夫そうである。 もとより、面倒ごとが大嫌いなサイナだ。やることがなくなって嬉しそうであった。 「あ゛〜!!! なんで、戦えへんのやぁぁっ! 暇じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 グシャッ と音を立てて、そこだけ何故か木でできた壁がひしゃげた。 ナトレの拳と足が、見事手形足形をそこに残している。 「ナトレ……」 『サイナ殿。放っておいて結構ですよ。関わるだけで疲れますから』 お茶を飲むサイナの横で翡翠が翼を休めていた。 ナトレは窓の方に向かい叫んでいるのだ。扉側のこちらは安全だった。 「でもさ、とりあえずそろそろ行かないと、テトア君とレーサさんの試合、始まるよ?」 『そうっスね。確か相手はあの廊下であった二人組』 「嫌なこと、思い出させないでよ」 勘弁してくれ、とサイナは苦笑った。 『とりあえず、行きましょうかサイナ殿。旦那は放って』 「あはは〜」 ということで、約一名をおいて一人と二匹は観客席へ向かった。 ナトレが気付いたのは、試合がとうに開始されていた頃だとか。 + + + フィールドに現れた二人は、一昨日と同じ格好だった。 しかし、少女――キーカは猫ではなく兎のぬいぐるみを抱えていたのである。 意外なことに、彼女は魔法術士であった。 それも、王法士(マスター)。大概の魔法は扱えるレベルである。 この前はぬいぐるみに隠れて見えなかったが、襟の合間にある、白い布を止めている深い海色の水晶飾りがその証であった。 + + + 戦いの方法は勝ち抜きをクェルタが提案してきた。 レーサとテトアは難なくそれを呑み、先鋒戦が開始されたのである。 先に出てきたのはテトアとキーカ。 審判は開始の合図を出したのだが、観客からヤジが飛んだ。 いくら小さく見えるとはいえ、テトア一人ならば一応は年相応(160前半くらい)の身長だ。 問題はキーカだった。どうみても、十歳前後の少女。 初めは黙殺していたキーカだったが、ある言葉を聞いたとたん動いた。 「ガキはさっさと引っ込めやぁ!!」 犬耳に手を当て、うるさいなぁ……と思っていたテトアの横を、風が吹いた。 先程のヤジを飛ばした人物の頬にナイフをなぞらせるキーカがそこにいた。 「今、ガキなんて言ったのは貴様かしら?」 表情から幼さは消え、目が冷ややかになっている。口調も変わっていた。 突き立てられた方は、生唾を飲み込む。 「よかったわね……ここがルールのある競技の場で。でも、夜道を歩く時は後ろに気をつけなさい。何が起こるか分からないから」 そこに、キーカの本性を見た気がした。 刃をつつーっとなめると風を使い、再びフィールド上に戻る。 「手加減しようかと思ったけど、気がそれたわ。犬の坊や、かわいそうだけど、しゃっしゃとかかってらっしゃい」 「むぅっ……坊やと言われると複雑な気分っ」 ちなみに、テトアは前にも言ったが17歳。 それに対しキーカはというと…… 「キーカから見れば、十代の子はみんな坊やでしゅから。よしょみしぃてる暇はなくってよ!」 背のぬいぐるみリュックから小さな球をいくつか取り出すと、空に放り投げた。 それぞれ白、紫、赤、青、緑、黄色のどれかである。 「まばゆき神の力とともに……虹色降下の竜巻(レインボーサイクロン)!!」 球からはその色の光が放たれ、テトアに向かい降下していった。 虹色降下の竜巻(レインボーサイクロン)……数少ない六魔法を合わせた魔法である。 本来六種とも魔法を唱え、準備をする物なので時間がかかるのだが、キーカはそれを、魔法道具を使用することで省略していた。 「わっ! とっ! へっ?!」 その光全てを、バク転や横飛びよけるとテトアは構えをとった。 魔法には魔法でしか対抗できない。 キーカはつまらなそうにしていたが、突如何かを思いつき、顔を明るくしたのだった。 + + + 閃光がフィールド上を突如包んだ。 キーカが光魔法を使ったのだ。 テトアは常人よりも目がいいため、かなりのダメージとなる。 その隙に近づくと、キーカは何か薬のような物をかけたのだった。 すると、シュウシュウと、テトアの体から煙が上がり出す。 「えっ何これっ?!!」 すっかり煙に被われてしまったテトアは、しばらくして黙り込んでしまった。 「もういい……かな? 空駆ける天馬のもと いななきは風となる! 吹風(ウインド)!」 風魔法を使い、キーカが煙を払うとそこにテトアの姿はない。 かわりにうごめく茶色い物体。子犬がそこにいた。 「ワフッ(何っ)?!」 「よしぃよ〜しぃ。キーカに傷でも付けたなら、裏道でピーしぃて、ピーしぃましゅからね」 首根っこを捕まれ時、反射的に子犬は噛みつこうとしたのだ。 キーカの笑みと隠された発言にゾッとすると、子犬はうなだれた。 どんな発言だったかは、テトア以外は想像するしかないが、とりあえず恐ろしいことだということは確かである。 しかし、一応鼻で鳴き何かを訴えてみた。 「しぃんぱん。相手はこれ以上戦えましぇん。キーカの勝ちでしゅよね?」 「は、はぁ。勝者 キーカ=フエト!」 少々の疑惑が残りつつも、審判はキーカの勝利を宣言した。 + + + 「はい。多分、薬の降下は夜までには消えましゅ。Drの作った半獣人を獣化する薬でしゅから」 「……別にこのままでも構わない。静かで」 「ウ〜ッワンッ(レーサっ酷いっ)!」 「夜だったな。テトア、少し大人しくしていろ」 犬の鳴き声の方が頭に響くコトに気付いたレーサは、考えをあらためたようだ。 差し出された犬(テトア)をその場におくといつものように頭を撫でる。 完全な毛の手触り。本当に犬になれるものなのか、とレーサは感心している。 まぁ、テトアの場合は半分以上が獣の血なわけで、なりやすいのかもしれない。 狼になられるよりは、犬の方が断然ましだった。 「クゥーン(わかったよぉっ)!」 マントから深い海色の水晶をいったんはずし、そのマントをテトアの横に置くと水晶を胸に留める。 茶色い手首の部分が広がった長袖に、薄青のズボンといった、なんとも楽そうな格好が現れる。 レーサを知る者も知らぬ者も、やる気になったのか? と感じただろう。 あの全てを覆い尽くすマントはレーサ的にお気に入りなのだが、相手が相手。動きやすい方がいいだろう。 仕事の時も邪魔になれば時折はずすのだ。 まさに、時と場合によって使い分けをしているわけである。 どこからか出した紐で後ろ髪をくくると、ため息を一つついた。 そして、両頬を一回叩くと、バトルフィールドに上がったのだった。 back top next |
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