第2話『不戦勝。少女の本性』

 準決勝の試合は、何故か不戦勝となった。

 相手が逃亡したからである。

 レーサに夜這い……もとい、ナンパを禁止されていたナトレは、ますます鬱憤がたまった様子だ。

 あれからすぐにサイナは元気になったので、こちらは大丈夫そうである。

 もとより、面倒ごとが大嫌いなサイナだ。やることがなくなって嬉しそうであった。

「あ゛〜!!! なんで、戦えへんのやぁぁっ! 暇じゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 グシャッ と音を立てて、そこだけ何故か木でできた壁がひしゃげた。

 ナトレの拳と足が、見事手形足形をそこに残している。

「ナトレ……」

『サイナ殿。放っておいて結構ですよ。関わるだけで疲れますから』

 お茶を飲むサイナの横で翡翠が翼を休めていた。

 ナトレは窓の方に向かい叫んでいるのだ。扉側のこちらは安全だった。

「でもさ、とりあえずそろそろ行かないと、テトア君とレーサさんの試合、始まるよ?」

『そうっスね。確か相手はあの廊下であった二人組』

「嫌なこと、思い出させないでよ」

 勘弁してくれ、とサイナは苦笑った。

『とりあえず、行きましょうかサイナ殿。旦那は放って』

「あはは〜」

 ということで、約一名をおいて一人と二匹は観客席へ向かった。



 ナトレが気付いたのは、試合がとうに開始されていた頃だとか。





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 フィールドに現れた二人は、一昨日と同じ格好だった。

 しかし、少女――キーカは猫ではなく兎のぬいぐるみを抱えていたのである。

 意外なことに、彼女は魔法術士であった。

 それも、王法士(マスター)。大概の魔法は扱えるレベルである。

 この前はぬいぐるみに隠れて見えなかったが、襟の合間にある、白い布を止めている深い海色の水晶飾りがその証であった。





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 戦いの方法は勝ち抜きをクェルタが提案してきた。

 レーサとテトアは難なくそれを呑み、先鋒戦が開始されたのである。

 先に出てきたのはテトアとキーカ。

 審判は開始の合図を出したのだが、観客からヤジが飛んだ。

 いくら小さく見えるとはいえ、テトア一人ならば一応は年相応(160前半くらい)の身長だ。

 問題はキーカだった。どうみても、十歳前後の少女。

 初めは黙殺していたキーカだったが、ある言葉を聞いたとたん動いた。

「ガキはさっさと引っ込めやぁ!!」

 犬耳に手を当て、うるさいなぁ……と思っていたテトアの横を、風が吹いた。

 先程のヤジを飛ばした人物の頬にナイフをなぞらせるキーカがそこにいた。

「今、ガキなんて言ったのは貴様かしら?」

 表情から幼さは消え、目が冷ややかになっている。口調も変わっていた。

 突き立てられた方は、生唾を飲み込む。

「よかったわね……ここがルールのある競技の場で。でも、夜道を歩く時は後ろに気をつけなさい。何が起こるか分からないから」

 そこに、キーカの本性を見た気がした。

 刃をつつーっとなめると風を使い、再びフィールド上に戻る。

「手加減しようかと思ったけど、気がそれたわ。犬の坊や、かわいそうだけど、しゃっしゃとかかってらっしゃい」

「むぅっ……坊やと言われると複雑な気分っ」

 ちなみに、テトアは前にも言ったが17歳。

 それに対しキーカはというと……

「キーカから見れば、十代の子はみんな坊やでしゅから。よしょみしぃてる暇はなくってよ!」

 背のぬいぐるみリュックから小さな球をいくつか取り出すと、空に放り投げた。

 それぞれ白、紫、赤、青、緑、黄色のどれかである。

「まばゆき神の力とともに……虹色降下の竜巻(レインボーサイクロン)!!」

 球からはその色の光が放たれ、テトアに向かい降下していった。

 虹色降下の竜巻(レインボーサイクロン)……数少ない六魔法を合わせた魔法である。

 本来六種とも魔法を唱え、準備をする物なので時間がかかるのだが、キーカはそれを、魔法道具を使用することで省略していた。

「わっ! とっ! へっ?!」

 その光全てを、バク転や横飛びよけるとテトアは構えをとった。

 魔法には魔法でしか対抗できない。

 キーカはつまらなそうにしていたが、突如何かを思いつき、顔を明るくしたのだった。





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 閃光がフィールド上を突如包んだ。

 キーカが光魔法を使ったのだ。

 テトアは常人よりも目がいいため、かなりのダメージとなる。

 その隙に近づくと、キーカは何か薬のような物をかけたのだった。

 すると、シュウシュウと、テトアの体から煙が上がり出す。

「えっ何これっ?!!」

 すっかり煙に被われてしまったテトアは、しばらくして黙り込んでしまった。

「もういい……かな? 空駆ける天馬のもと いななきは風となる! 吹風(ウインド)!」

 風魔法を使い、キーカが煙を払うとそこにテトアの姿はない。

 かわりにうごめく茶色い物体。子犬がそこにいた。

「ワフッ(何っ)?!」

「よしぃよ〜しぃ。キーカに傷でも付けたなら、裏道でピーしぃて、ピーしぃましゅからね」

 首根っこを捕まれ時、反射的に子犬は噛みつこうとしたのだ。

 キーカの笑みと隠された発言にゾッとすると、子犬はうなだれた。

 どんな発言だったかは、テトア以外は想像するしかないが、とりあえず恐ろしいことだということは確かである。

 しかし、一応鼻で鳴き何かを訴えてみた。

「しぃんぱん。相手はこれ以上戦えましぇん。キーカの勝ちでしゅよね?」

「は、はぁ。勝者 キーカ=フエト!」

 少々の疑惑が残りつつも、審判はキーカの勝利を宣言した。







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「はい。多分、薬の降下は夜までには消えましゅ。Drの作った半獣人を獣化する薬でしゅから」

「……別にこのままでも構わない。静かで」

「ウ〜ッワンッ(レーサっ酷いっ)!」

「夜だったな。テトア、少し大人しくしていろ」

 犬の鳴き声の方が頭に響くコトに気付いたレーサは、考えをあらためたようだ。

 差し出された犬(テトア)をその場におくといつものように頭を撫でる。

 完全な毛の手触り。本当に犬になれるものなのか、とレーサは感心している。

 まぁ、テトアの場合は半分以上が獣の血なわけで、なりやすいのかもしれない。

 狼になられるよりは、犬の方が断然ましだった。

「クゥーン(わかったよぉっ)!」

 マントから深い海色の水晶をいったんはずし、そのマントをテトアの横に置くと水晶を胸に留める。

 茶色い手首の部分が広がった長袖に、薄青のズボンといった、なんとも楽そうな格好が現れる。

 レーサを知る者も知らぬ者も、やる気になったのか? と感じただろう。

 あの全てを覆い尽くすマントはレーサ的にお気に入りなのだが、相手が相手。動きやすい方がいいだろう。

 仕事の時も邪魔になれば時折はずすのだ。

 まさに、時と場合によって使い分けをしているわけである。

 どこからか出した紐で後ろ髪をくくると、ため息を一つついた。

 そして、両頬を一回叩くと、バトルフィールドに上がったのだった。


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