解禁令の出されたナトレは、決勝戦の前日、それも夜。遊び歩いていた。 勿論、素敵な美人のお姉さまを捜してである。 珍しいことに、今日はサイナも同伴だった。 琥珀と翡翠は相変わらず留守番である。 二人とも上着もマントもつけておらず、サイナは襟首の広い灰色の五分袖。 ナトレは首のしまった紺の右は半袖、左は肘の辺りに切れ目のはいる長袖だけだった。 「っはぁ〜この空気。久々やぁ……」 久々とは言っているが、禁止されてから五日ほどしか経ってはいない。 しかし、ナトレにしてみれば地獄だったに違いない。 「……昼間とあんまりかわらないよね?」 「いんや、全然ちゃう!」 思いっきり肩を掴まれ、つばが飛ぶほど至近距離まで顔を近づけられる。 かなり嫌そうに、サイナは頭を後ろに引いた。 「そ、そう?」 「せや。ええかぁ、サイナ。そろそろこういうんには慣れといたほうがええ。18やで? わいら」 「う、う〜ん」 「したら、ええ事の一つや二つ覚えな。いつ何があってもええようにな♪」 「そ、そうかなぁ?」 なんだかんだ理由をつけて引っ張り出したいのは何故か。 自覚症状はないようだが、ハッキリ言ってサイナはもてる。 会って数十日の仲ではあるが、ナトレはそういうことは見逃していない。 サイナで女性の目を引かせ、自分の好みの者を落とそうというわけだ。 実にぬかりない、良い作戦だと思っているらしい。 果たしてサイナはこの思惑に気付いているのかいないのか。 余談だが、気付いているだろう翡翠は止めなかったようである。 + + + 「ちゅーわけで、まずは酒場や!」 「え゛……他も回る気?」 「当然」 「じゃ、僕帰る」 回れ右をし、歩こうとしたサイナの髪の毛をナトレは思いっきり引っ張った。 「いでっ!!」 どうも強く引っ張りすぎたらしく、サイナの目に涙が見えた。 「あ、すまん」 「すまんじゃないって。もー何するんだよ。僕は帰って寝たいの」 「ここまで、ついて来たんや、最後までつきおうてぇな〜」 肩に腕をかけ、猫なで声まで行使しだす。 それをうっとうしげにはらうと、サイナはため息をついた。 「大体。明日決勝だよ? 遊んでる場合じゃ」 「あほう。前日やから、遊ぶんや。第一、決勝は昼過ぎやん」 男のウインク程気持ち悪い物はない。 サイナは気持ち悪そうに見せ――いや、本当に気持ち悪がっている。 「よっしゃ、じゃ行くで〜どうせ、わいのおごりや」 何故そうなるかは分からないが、"おごり"の言葉に揺らいだところを、再びズルズルと引きずられていくサイナだった。 + + + 「さぁ、飲め飲め〜」 「どんどんいってくださいね〜」 「いっき、いっき」 「きゃぁ〜っ」 どうやら酔いつぶれさせたいらしく、ナトレはドンドン酒を勧めてきた。 果実酒からかなり度の高い物まで……だが、サイナはこれっぽっちも酔っていなかった。 (う〜ん。僕、ザルなんだよね。じさまに昔から飲まされていたし) 介抱する側は嫌だなぁと、顔を赤くするナトレを横目で見ながら思っていたのだった。 「美人さん、お名前は〜」 「いや〜ん。秘密」 「きゃ〜っ」 それにしても、この周りは何だろうか? 実は、酒場に入ってからナトレが声をかけた結果がこれである。 よくもまぁこれだけいて、あきれられないモノだ。 「となり、いいかしら?」 そんな光景を見ていると、隣から声をかけられた。 確か空席だったはずだし、別段支障もなさそうなので「どうぞ」と適当にサイナは答えた。 視界に見えたのはつややかな金髪。 一瞬昨日会った不気味なキーカという少女を思いだしたが、背の高い女性だった。 「何か、顔についてます?」 「い、いえ」 不覚にも、一瞬気をとられてしまった。 それだけきれいな人だったのである。 腰まで届く金髪に朱目。黒い皮の袖無しと太股丈のズボン。 胸の下から腰までは何も被われておらず、いわゆるへそだしの格好だ。 右手には長いリストバンド、左手には金属製のブレスレットをはめている。 声もかけられて事だし、ナトレにつき合うことにも飽きてきたので、サイナはその女性と語り合うことにしたのだった。 + + + 今日は欠月日。二つの満月と一つの半月が空にある。 犬の遠吠えが聞こえ、その月達が天頂を過ぎた頃、酒場から閉め出された。 ナトレはサイナが気付いた時にはもういなかった。 店の人に聞いたところ、一緒にいた女性とどこかに行ったそうだ。 いつものことだし、明日の決勝前には帰ってきてくれるだろう。 + + + そうして、サイナが宿に戻ろうとしたとたん……からまれた。 相手は中年男性三名。 ベロンベロンに酔っているのか、足下はおぼつかず、顔は真っ赤。 どうもサイナを女と思ったらしく、無視すると壁に叩きつけられた。 「っつ――……」 これだけの至近距離だと召喚獣を喚ぶ間に襲われるのは確実。 足場を探し、上を見た時だった。 「みぃ〜つけた」 うめき声と、血の吹き出す音がした。そして後に広がる静寂と独特のにおい。 鉄さびに酷似した、鼻につくあのにおいだ。 サイナの目が険しい物になった。 恐る恐る顔を向けた、男性のいた場所には……月明かりにてらされた金髪。 「あらら、普通は消すんだけど……」 手に付いた返り血をなめると、その人物は一歩二歩とサイナに近づいてきた。 当たって欲しくはなかった気もする。しかし、最初から気付いていた気もする。 やはり……先程の女性だった。 「驚いたって顔ね。でも、これが仕事だから、半分は昨日の恨みだけど」 「昨日?」 「あら、まだわからない? キーカ。キーカ=フエト」 人差し指を口にあて、口端を上げた。 キーカ=フエト――テトア、レーサと闘ったあの少女。 しかし、明らかに姿が違うのではないか? 「だって、あの子は……」 「小さいわよ。あの方が、都合がいいから。でも、あの薬昼間しか使えないから。こっちがホントの姿。歳は一応……24よ」 「……」 「そんな目、しないでよ。慣れてるけど……。うん、ゴメン……ね? でも、君もそうなんでしょ」 そう言い残すと、キーカは夜の闇に溶けていった。 後に残されたサイナは、しばらくの間その場から動くことができなかったのである。 ――――業火の赤 なま暖かい紅 代わる代わる目の前を通り過ぎては消えてゆく "かかさまぁぁぁぁっ! ととさまぁぁぁぁっ!" ―――――残されたのは罪人という証と もうおぼろげになってしまった両親の顔 ――――――忘れたいのに覚えている記憶 何度も繰り返されるあの場面 あの少女にあった所為で、嫌なこと全てが夢に出てくる。 寝付いては飛び起き、寝付いては飛び起きを繰り返すうち、朝日は昇ってきていた。 翌日……決勝の朝がやってきたのである。 back top next |
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