第4話『夜の街』

 解禁令の出されたナトレは、決勝戦の前日、それも夜。遊び歩いていた。

 勿論、素敵な美人のお姉さまを捜してである。

 珍しいことに、今日はサイナも同伴だった。

 琥珀と翡翠は相変わらず留守番である。

 二人とも上着もマントもつけておらず、サイナは襟首の広い灰色の五分袖。

 ナトレは首のしまった紺の右は半袖、左は肘の辺りに切れ目のはいる長袖だけだった。

「っはぁ〜この空気。久々やぁ……」

 久々とは言っているが、禁止されてから五日ほどしか経ってはいない。

 しかし、ナトレにしてみれば地獄だったに違いない。

「……昼間とあんまりかわらないよね?」

「いんや、全然ちゃう!」

 思いっきり肩を掴まれ、つばが飛ぶほど至近距離まで顔を近づけられる。

 かなり嫌そうに、サイナは頭を後ろに引いた。

「そ、そう?」

「せや。ええかぁ、サイナ。そろそろこういうんには慣れといたほうがええ。18やで? わいら」

「う、う〜ん」

「したら、ええ事の一つや二つ覚えな。いつ何があってもええようにな♪」

「そ、そうかなぁ?」

 なんだかんだ理由をつけて引っ張り出したいのは何故か。

 自覚症状はないようだが、ハッキリ言ってサイナはもてる。

 会って数十日の仲ではあるが、ナトレはそういうことは見逃していない。

 サイナで女性の目を引かせ、自分の好みの者を落とそうというわけだ。

 実にぬかりない、良い作戦だと思っているらしい。

 果たしてサイナはこの思惑に気付いているのかいないのか。

 余談だが、気付いているだろう翡翠は止めなかったようである。





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「ちゅーわけで、まずは酒場や!」

「え゛……他も回る気?」

「当然」

「じゃ、僕帰る」

 回れ右をし、歩こうとしたサイナの髪の毛をナトレは思いっきり引っ張った。

「いでっ!!」

 どうも強く引っ張りすぎたらしく、サイナの目に涙が見えた。

「あ、すまん」

「すまんじゃないって。もー何するんだよ。僕は帰って寝たいの」

「ここまで、ついて来たんや、最後までつきおうてぇな〜」

 肩に腕をかけ、猫なで声まで行使しだす。

 それをうっとうしげにはらうと、サイナはため息をついた。

「大体。明日決勝だよ? 遊んでる場合じゃ」

「あほう。前日やから、遊ぶんや。第一、決勝は昼過ぎやん」

 男のウインク程気持ち悪い物はない。

 サイナは気持ち悪そうに見せ――いや、本当に気持ち悪がっている。

「よっしゃ、じゃ行くで〜どうせ、わいのおごりや」

 何故そうなるかは分からないが、"おごり"の言葉に揺らいだところを、再びズルズルと引きずられていくサイナだった。





 + + +





「さぁ、飲め飲め〜」

「どんどんいってくださいね〜」 「いっき、いっき」 「きゃぁ〜っ」

 どうやら酔いつぶれさせたいらしく、ナトレはドンドン酒を勧めてきた。

 果実酒からかなり度の高い物まで……だが、サイナはこれっぽっちも酔っていなかった。

(う〜ん。僕、ザルなんだよね。じさまに昔から飲まされていたし)

 介抱する側は嫌だなぁと、顔を赤くするナトレを横目で見ながら思っていたのだった。

「美人さん、お名前は〜」

「いや〜ん。秘密」 「きゃ〜っ」

 それにしても、この周りは何だろうか?

 実は、酒場に入ってからナトレが声をかけた結果がこれである。

 よくもまぁこれだけいて、あきれられないモノだ。

「となり、いいかしら?」

 そんな光景を見ていると、隣から声をかけられた。

 確か空席だったはずだし、別段支障もなさそうなので「どうぞ」と適当にサイナは答えた。

 視界に見えたのはつややかな金髪。

 一瞬昨日会った不気味なキーカという少女を思いだしたが、背の高い女性だった。

「何か、顔についてます?」

「い、いえ」

 不覚にも、一瞬気をとられてしまった。

 それだけきれいな人だったのである。

 腰まで届く金髪に朱目。黒い皮の袖無しと太股丈のズボン。

 胸の下から腰までは何も被われておらず、いわゆるへそだしの格好だ。

 右手には長いリストバンド、左手には金属製のブレスレットをはめている。

 声もかけられて事だし、ナトレにつき合うことにも飽きてきたので、サイナはその女性と語り合うことにしたのだった。





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 今日は欠月日。二つの満月と一つの半月が空にある。

 犬の遠吠えが聞こえ、その月達が天頂を過ぎた頃、酒場から閉め出された。

 ナトレはサイナが気付いた時にはもういなかった。

 店の人に聞いたところ、一緒にいた女性とどこかに行ったそうだ。

 いつものことだし、明日の決勝前には帰ってきてくれるだろう。





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 そうして、サイナが宿に戻ろうとしたとたん……からまれた。

 相手は中年男性三名。

 ベロンベロンに酔っているのか、足下はおぼつかず、顔は真っ赤。

 どうもサイナを女と思ったらしく、無視すると壁に叩きつけられた。

「っつ――……」

 これだけの至近距離だと召喚獣を喚ぶ間に襲われるのは確実。

 足場を探し、上を見た時だった。

「みぃ〜つけた」

 うめき声と、血の吹き出す音がした。そして後に広がる静寂と独特のにおい。

 鉄さびに酷似した、鼻につくあのにおいだ。

 サイナの目が険しい物になった。

 恐る恐る顔を向けた、男性のいた場所には……月明かりにてらされた金髪。

「あらら、普通は消すんだけど……」

 手に付いた返り血をなめると、その人物は一歩二歩とサイナに近づいてきた。

 当たって欲しくはなかった気もする。しかし、最初から気付いていた気もする。

 やはり……先程の女性だった。

「驚いたって顔ね。でも、これが仕事だから、半分は昨日の恨みだけど」

「昨日?」

「あら、まだわからない? キーカ。キーカ=フエト」

 人差し指を口にあて、口端を上げた。

 キーカ=フエト――テトア、レーサと闘ったあの少女。

 しかし、明らかに姿が違うのではないか?

「だって、あの子は……」

「小さいわよ。あの方が、都合がいいから。でも、あの薬昼間しか使えないから。こっちがホントの姿。歳は一応……24よ」

「……」

「そんな目、しないでよ。慣れてるけど……。うん、ゴメン……ね? でも、君もそうなんでしょ」

 そう言い残すと、キーカは夜の闇に溶けていった。

 後に残されたサイナは、しばらくの間その場から動くことができなかったのである。



――――業火の赤 なま暖かい紅 代わる代わる目の前を通り過ぎては消えてゆく



"かかさまぁぁぁぁっ! ととさまぁぁぁぁっ!"




―――――残されたのは罪人という証と もうおぼろげになってしまった両親の顔



――――――忘れたいのに覚えている記憶  何度も繰り返されるあの場面



 あの少女にあった所為で、嫌なこと全てが夢に出てくる。

 寝付いては飛び起き、寝付いては飛び起きを繰り返すうち、朝日は昇ってきていた。

 翌日……決勝の朝がやってきたのである。


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