第1話 『たどり着いた癒しの場』

 いつの間にか、冬の白月になっていた。

 気がつけば、ミケルが連れ去られてから半月が経っていた。

 あの日以来、ティナは言葉を閉ざしたままである。

 ただ、喋らないだけで、それ以外は今までと全く同じだった。



 不思議とあの後、敵の数が減った。

 二人にしてみれば、さっさと先に進めるので楽だったのだが、突然の敵の沈黙に不安がよぎっていた。

(やはり、何かたくらみがあるんでしょうか)

 つい敵のことを考えると、この結論しか浮かんでこない。

 あれだけの量を送ってきていたのに、それがぱたりとやむなど、おかしいのである。

 ティナの前でこそ言わないが、アレスはここ半月考え通しだった。

「そろそろオアシスですね」

 アレスの呼びかけに、ティナは明るい顔をして頷く。

 言葉を閉ざした問いえど、喜怒哀楽を欠いたわけではなかった。

「やはり、少し暑いですね。さてどうしま……ティナ?」

 おろしたままの後ろ髪を邪魔そうにかき上げていると、ティナが袖口を引っ張った。

 そして左手首に結んである、風鳥の羽根のお守りを指す。

「え、これで結ぶんですか? 確かに丁度いいかもしれませんが」

 そう、髪を結ぶ紐としては十分な長さがある。

 だが、強度に少々不安があり、アレスはあえてそうしなかったのだ。

 文句を言うアレスに、ティナは頬をふくらますと剣に手をかけた。

「わ。ちょっと待ってください。いくら何でも切るのは……ちょっと細いですけど、まぁいいでしょう」

 強度だけではなく、このお守りの飾りも悩みの一部ではあったのだが、この先に誰かと出会うこともないだろう。

 アレスは風鳥の羽根のお守りをはずすと、一月半ぶりに髪を結んだ。

 ティナはそれを満足そうに見ると、また歩き始めた。

"アレス殿はよく分かりますな。ティナ殿の言いたいことが。小生には、あまり……"

 ラグが横で苦笑いを浮かべている。

 アレスは僅かに目を細めた。

「経験があるから、だと思いますよ。昔僕も、ほんの一時話さなくなったことがあるので。
 でも、治すには、本人の意思がなくてはダメです。あれは、人には治せない病なのだから」

"……ですな"

 先に走っていったティナが、息を切らせながら戻ってきた。

 その顔は、喜びに満ちている。

「どうしましたか? ティナ」

 問いかけるアレスの腕を、ティナはぐいぐいと引っ張った。

「え、急ぐんですか? 何か、見つけたんですね?」

 ティナは首を大きく縦に振った。

「行きましょう、ラグ。どうやら」

"承知。しかし、一体何が?"

「多分……いえ、絶対ですね。オアシスですよ」

 案の定、ティナが見つけてきたのはオアシスだった。

 ケトラ砂漠 中央に位置するたった一つの水辺である。

 オアシスからは細い流れが続き、それはフリエラ川に通じる。

 ウェクトまでは後半月が目安であろう。

"不思議な場ですな。まるで、生けるもの、全ての源のような"

 荷を下ろしてもらい、身一つになったラグは、寝そべりながらつぶやいた。

「おそらくこの世界の中で、かなりの神聖さを誇る泉でしょうね。神龍山(しんろんざん)から湧く、聖水にどこか近いようですし」

 アレスは右手の手袋を外し、泉につけた。

 埋まった水晶が、微かに水と反応し光っている。

(やはり、聖なる珠(ホルオーブ)が反応を)

 聖なる珠(ホルオーブ)は普通の水晶とは異なる。

 カロン 島で、神官殿がそう言っていた。この水晶は、ウェクトで一般的に使用されていた水晶の中でも、貴重な部類に入るらしい。

 効果を考えれば当然だった。

 アレスが泉に手をつけ、考え事をしているとき、ティナは靴を脱ぎ足を水につけていた。

 バシャバシャ と水しぶきを上げ、楽しんでいる。

 そんな時、ティナの耳に微かな声が聞こえた。

 ティナは誰かいるのかと、辺りを見渡すが、そんな影は一つもない。

 首を傾げて、再び泉の方を向くと、また聞こえてきた。

"――――き……ぇ……かっ"

 どこかで聞いた声だ……と、ティナは思った。

 しかし、はっきりとは分からない。

"……ィナっ……スッ! 聞こ……か?"

 辺りを見ているうちに、胸の前に下げている水龍の鱗の守りが光っていることに気がついた。

 ティナは慌ててそれをはずすと、泉につけてみた。

 少しの間、声は聞こえなかったが、次に聞いたときはハッキリしていた。

"ティナ! アレス! 儂や、聞こえるかっ?"

 それは紛れもない、水虎の声だった。

 ティナは慌てて水龍の鱗の守りを持つと、アレスの元に走った。

 鱗を泉から離すと、また声が途切れてしまいそうで、泉に手を沈めたまま浅瀬を移動する。

 水音に気づいてか、アレスは顔を上げた。

「どうかしましたか? ティナ」

 今までと、少し違う様子のティナにアレスは驚いているようである。

 ティナはどう答えようか――どう、表そうか迷っていた。

 すると、タイミングよく水虎の声が再びしてきた。

"お、その声はアレスか? こっちの声、聞こえてへんのかと思ったで。ティナはいないんか?"

「え、水虎ですか?!」

 アレスは一瞬我が耳を疑い、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 久しぶりに聞いた、特徴的な喋り。彼以外にあり得ないのだが、やはりどこか信じがたい所があった。

"そうや。よーやっと、オアシスについたんやな。喋れんことがここまで辛いとは思わへんかったで、ホンマに"

「生きていたんですね……心配したんですよ」

"アホ。人を勝手に殺すんやない。んで、ティナはどうかしたんか?"

 声だけだからか、水虎が珍しくアレスに突っ込んだ。

「いるにはいるんですが……水虎、百聞は一見に如かずと言いますし、姿を現せませんか?」

"できへんコトはないかもしれんが"

 しばらくの間、水虎は黙ってしまった。

 その間にアレスは、少し座っている位置を右にずらし、空いたスペースにティナを座らせた。

"……水龍の鱗の守り、泉からださんでくれるんやったらできるわ"

「わかりました。ティナ」

 こくりとティナは頷き、握りしめたままだった水龍の鱗の守りを水につける。

 すると鱗が光り、以前見た人型の水虎が水面に立つ形で現れた。

"ふ〜時間かかってしもうたけど……久々やな二人とも。元気にしとったか?"

「ええ」

 コクコクと、ティナも頷く。

"成る程、そう言う訳か。ま、なんでもええわ"

 ティナの様子を見ただけで、一人納得すると水虎は尻尾を振った。

"二人に言っときたいコトがあったんや。まぁ、余談に近いんやけどな。儂が此処にいることができる理由とか……な"

 言われるまで気づかなかった二人だが、確かに水虎が此処にいるのはあり得ないことなのだ。

"ま、順々に話すとして……ティナ、泉の水飲んでみぃ"

 ティナはどうして? と言いたげに、目を瞬かせた。

"声、元に戻ると思うで。ま、完全にとまではいかへんかもしれんけどな"

 首を傾げつつ、水虎に言われるまま、ティナは泉の水をすくって飲んでみた。

"どや? 声、出せそうか?"

「……ん……だい、じょうぶ……そう」

 途切れ途切れではあるが、ティナは声を出すことができるようだ。

 水虎とアレスは、満足そうに微笑んだ。

「水虎、これで準備は整ったんですよね?」

"おう、そうやな。んじゃ、始めるか"

 そして水虎は、このオアシスの存在する意味から、静かに語り始めた。



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