嫌な予感は、未だ拭いきれず残っていた。 この子供の……いや、ミスカルの言葉がいかにも不安をあおるのだ。 「用事? 名乗る以外……ってことなら、戦うって言うの?」 いぶかしげにティナは訪ね返した。 いつでも踏み込めるよう、右足をじりじりと前に差し出す。 ミスカルの目が怪しく光った。 『残念だけど、それはないよ。……ねぇ、ミケル』 ティナとアレスによって偶然にも影にいたミケルの肩が、びくりと動いた。 本能的に、恐怖を感じるのだ、何故かは分からないが。 ミスカルからは未だよく見えないのか、ほおをふくらませていた。 『むー。二人して視界を遮るのは、わざと? ……無駄だよ、そんなことしても』 ミスカルの口調が唐突に変わった。 ただそれだけなのに、この威圧感は何だろうか? ティナとアレスは思わずひるみそうになる。 『深層世界じゃ、水虎が邪魔するし? ここなら入らないと思ったのに……』 ミスカルは枝の上に立つと、右手を天に掲げた。 辺り一帯の不可視の力がそこに集う。 『集風雷落(しゅうふうらいらく)! 凍氷炎破(とうひょうえんは)! 抱土水結(ほうどすいけつ)! 閃光闇幻(せんこうおんげん)!』 息つぐ間もなく次々と魔法は放たれた。 今の呪文とは少し違う形態だったため、どうしても反応に遅れてしまう。 自分の身を守るだけで、精一杯だった。 旋風と雷が上空から降り注ぎ、炎に包まれた氷の刃が横から飛んでくる。足には土の鎖がからみつき、水の歯止めが加わる。そして目の前を、光と闇が代わる代わる走る。 その光景に思わずティナとアレスは見入ってしまった。 『……さてと』 ティナとアレスが呆然と立ちすくむのを確認すると、ミスカルは枝から下りた。 そして楽しげに、二人をのぞく。 『こんなに簡単にかかるもんかなぁ……ま、楽でいいんだけどね』 そう、魔法の全てが実体だったわけではなかった。 ミスカルは全ての魔法を操ることができる。 しかし、行動範囲ギリギリのこの場では、あまり威力を持たないのだ。 封印が解けても、完全体ではないため、幻を見せる魔法に頼ることになるのである。 とはいえ、幻の中で傷を負えば、体はなんともなくても、精神的には傷ついたと思いこむ。 巧妙な心理をついた攻撃だった。 『ねぇ、もう疲れただろう?』 しゃがみ込むミケルは、声につられ顔を上げた。 あたりを見渡すが、そこは漆黒の闇でしかない。 先ほどまでいた場所こそが幻想で、今のここが現実なのか、それとも逆なのか……今のミケルに、それを判断する術も気力もなかった。 自分を見失うなと水虎は言っていた。 見失ってはいない。だが、この自分が真実の自分なのかが分からない。 ミスカルと対峙するのが正しいのか、近頃はそんなことまで思うようになっていた。 (もう、考えるのは嫌だ……) 誰でもいいから、助けてくれ……そう心は叫んでいた。 『ボクなら助けてあげるよ。君は、何も考えないでいいんだ……ね』 甘く響く誘いの言葉。 その言葉をはねのけることは、できなかった。 『おやすみミケル。幸せな夢を見ながら、いつまでも……ね』 誘われるようにミケルの瞼が閉じ、体はゆっくりと傾ぐ。 ミケルの体を軽々と持ち上げ、ミスカルは勝ち誇った笑みを浮かべた。 その刹那。 "何勝手ぬかしとんのやぁ! ミケル! 目ぇ覚まさんかい!" 水虎の声が響いた。 闇はすでにミケルの周りから消えている。 現実世界であるこの場に、守護は出てこれるはずもない。 『ボクの邪魔する気? でもね、もう遅い』 水龍の鱗のお守りがついていた風難よけの腕輪を、不可視の力でミスカルは砕いた。 "あほぬかせ! そないな……っうわぁぁぁっ" 『ただの守護に用はないんだよ。これで邪魔は入らないね。よいしょっと』 ミケルを肩に担ぐと、ミスカルは枝の上に戻った。 そして再び右手を掲げる。 『風散吸雷(ふうさんきゅうらい)! 氷溶消炎(ひょうようしょうえん)! 光沈解闇(こうちんかいおん)!』 辺り一帯の力という力が、ミスカルに戻っていった。 それと共にティナとアレスは、幻から解放される。 二人とも、息があがっていた。 『楽しかった? 闇から攻撃される幻』 「「幻?!」」 確かにかなり当たったハズの攻撃の後は、少ししかない。 そして、ミスカルの元にあってはならないはずの人物を見つける。 「「ミケルっ!」」 助けようと動こうとする二人だったが、足は地面に縫いつけられたままだった。 「え、なんで」 『全部が全部、幻だったんじゃないもん。ボクはまだ一つだけ、魔法を解いてないんだよ』 捕縛の魔法である、抱土水結だけを、ミスカルはわざと解いていなかった。 「ミケルを放しなさい!」 『素直に言うことを聞くと思うの? ティナ』 「そうはさせません! ラグ!」 アレスは動けない自分の代わりに、控えていたラグを呼んだ。 少し離れた場所で待機していたラグは、すぐさまミスカルの方へ駆けていく。 "承知……大地の束縛(アースバインド)!" 『どうやっても、邪魔するんだね。でも、ボクには勝てないよ。……樹林の柱!』 ラグの放った大地の束縛を砕き、木々が地面から現れる。 土系に風系の魔法は有効……ラグは少しつらそうな表情になる。 「火炎壁(かえんへき)! 火紅炎(かこうえん)! 氷冷刃(ひょうれいじん)!」 アレスは足こそ動けないものの、ラグを援護するための魔法を次々と放つ。 風系の魔法を防ぐ炎系の結界、裁ききれなかった木々を燃やしきる炎の刃そして攻撃だけを目的にした氷の刃。 どれも今までにないくらい、力を込めて放った。 『仕方ない。……天空を統べる者にかわり、真なる主(ぬし)ミスカルが命ず 我が行く先をさえぎりし土馬を捕らえ 魔法を消去せよ 風峰(かざみね)のしらべ!』 空気の渦がラグを取り巻き、そのまま地面に押しつぶした。 ミスカルに向かっていた魔法も空気の渦に全てかき消される。 "……っ不覚、これでは動くに動けぬ" 「ラグ!」 「っ足の戒めさえ、解ければ!」 見えるはずのない魔法の鎖。いや、本来なら見えていいはずの鎖を探し、ティナは先ほどから剣先を足下へ向けていた。 辺りの地面がむなしく掘れるだけなのだが。 「ティナ、それ以上やると、足を傷つけますっ」 「でも……いま、今動かなきゃ、ミケルがっ!」 半分泣き出しそうな必死の表情でティナはまた剣を持ち上げた。 アレスはどうにかティナを止めようと、考えを巡らす。 (もし本当にティナの力がミスカルの力を破れるのならば) 「ティナ、炎を使ってください。それが多分一番の方法です」 「……え?」 「思い出してください! ティナの力は、ミスカルの力を破ることができるはずです!」 「わかった。やってみる!」 ティナの顔には少し希望の色が見えた。 だが、攻撃のとぎれた今、ミスカルを邪魔する者はいない。 『バカだねホント。ボクは帰るよ。ミケルを返してほしければ、ウェクトまでおいで、二人とも』 ミスカルは勝ち誇った笑みを浮かべる。 『ただ……ミケルは帰りたがるかなぁ。クスッ、じゃぁね。移流消破(いりゅうしょうは)!』 ミケルを抱いたミスカルの姿は、徐々に薄れていった。 「ミケル―――――っ!!」 ミスカルが去り、魔法の効果が消え解放されたティナは、剣を地面に突き立てた。 ラグの戒めを解くと、アレスはその体に魔力を与えながらなでる。 言葉がでてこなかった。 「どうっ……」 何かを言いかけて、ティナは言葉を全て飲み込む。 そして、落ちていた水龍の鱗のお守りを握りしめると、そのまま握った手を地面にたたきつけた。 「……っ」 血がにじみ出てきたが、それ以上に心が痛かった。 悔やんでも悔やみきれないこの気持ちはなんだろうか。 炎に……自分の力に最初に気づいていれば、助けることができたはずなのに。 涙は、一滴たりともでてこなかった。 「ティナ」 アレスも、後悔をしていた。 自分はミケルが変わり始めた頃に気づいていたのに、何もできなかったコト。 しかし、ミケルは助けを必要とはしていなかった。 ミケルが決めたのならそれでいいと思ってしまった。 だが、本当は体を張ってでも、止めるべきではなかったのか……と。 しかし、いつまでも迷っているわけにもいかない。 「……行きましょう。ウェクトに」 「……」 ティナはこくりと頷くだけだった。 そして、水龍の鱗の守りを胸の水晶袋に結びつけると、立ち上がった。 空が、代わりに泣いていた。 青髪の少年の星は、その明るい光を闇の色に変えてしまった そして巨大な闇は、それをすぐさま利用しようと動き始める 光を闇に変えてしまった星の小さな別の光は、隔離されてしまう 少女の星は果たしてそれを救うことができるのだろうか 希望が消え去ったわけではない 二つの星は、その希望を信じ、流れていくのである 第9章 終 back top next |
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