第4話 『その名は』

 木陰にたどり着いたアレスは、寝こける相手を前に、拳をつくっていた。

「人を呼んでおきながら、自分は昼寝ですか」

 風精が突然現れ、仲間が呼んでいると告げた。

 昼飯の準備をしようと立ち上がったときのことである。

 アレスは慌てて荷物をラグにのせ、風精の後を追ってきたのだ。

 風精の慌て方もあって、何か起こったのかとも思ったのだが、杞憂だったらしい。

 だが、その寝顔はあまりやすらかとは言い難かった。

"しかし……あまり心地よさげでもなさそうですな"

「ラグもそう思います? やはり、起こしてみましょうか」

 ラグから荷物を下ろすと、アレスはミケルの側でかがんだ。

「ミケル、起きてください。すぐ起きないなら、はたきますよ?」

 返答はなし。だが、顔色は先程より良くなってきている。

 さてどうしたものか……とアレスが考え出した時、ミケルがピクリと動いた。

「あ、ミケル。起きまし」

「ぅ……っぁぁ……」

 腕を掴むミケル自身の指に力がかかっている。

 明らかにおかしい。まるで、何かにおびえているようだ。

 アレスは顔の血の気が引く気がした。

「っミケル、起きてください! ミケル!」

 アレスは慌ててミケルの両肩を揺さぶった。

 早く、とにかく早くミケルを覚醒させなければならない。

 そして、その理由をきちんと聞いてやる必要があると思った。

「ミケルっ!」

 アレスの必死な声に、ミケルはようやく目を開けた。

 勢いそのままに体を起こし、ぜいぜいと荒い息をつく。

 左手で胸の前を掴み、肩は震えていた。

「……っはぁはぁっ……助かった、アレス」

「いいえ。一体、どうしたんですか?」

「それは」

「ティナには言いません。僕でよければ話してくれませんか?」

 目を伏せるミケルにそう言っても、首を縦に振ろうとはしなかった。

 しばしの間、両者の目線が宙を泳ぐ。

 これ以上無理と判断を下すと、アレスはため息をつきミケルから離れた。

「悪い……」

「別にいいですよ、無理強いはしません。それに……」

 石で簡単な釜戸を組み、魔法で出した水の入った小鍋を置く。

 そして、魔法で薪に火をつけるとアレスは振り返った。

「僕もまだ、二人に話していないコトがありますから」

 目を見開いたミケルだが、それ以上言及することはなかった。

「どちらにしろ、ティナにだけは口外できねぇな。今んとこ、絶対に」

「そうですね」

 ティナを心配する気持ちは全く同じらしい。

 ミケルとアレスの秘密――それが語られるのは、しばらく後のこととなる。

 お湯が沸くと、アレスは蜂蜜を入れたコップに注ぎ、雪藍花の花びらを数枚散らした。

「はい、どうぞ。これでかなり落ち着くと思いますよ」

「お、サンキュ」

 普段なら甘くて飲めないこの飲み物も、この時はミケルの心を落ち着かせるには十分だった。





 それから、しばらくして。

 アレスが昼食を用意し終える頃、ティナがわずかに動いた。

「ん―…ご飯のにおいぃ」

 寝ぼけ眼をゴシゴシとこすり、ティナは体を起こした。

「うはおう……二人とも」

「朝じゃねぇぞ。ったく、飯となると起きるんだな、お前」

「ん゛―食べるぅ」

「ほら、ティナ。きちんと起きてから食べなきゃダメですよ」

 アレスは冷水をティナの顔に吹きかけた。

 かけられたティナは目をパチクリしている。どうやら一気に目が覚めたようだ。

 しばらくして、アレスをにらみつける。

「冷たいよ、アレス」

「あはは。でも、目は覚めたでしょう? さ、どうぞ」

「うん。いただきま〜す」

 両手を胸の前であわせてから、ティナは食べ始めた。









「なんだかんだいいながら、進んでますよね。オアシスに着くのは、冬の白月半ばくらいですね」

 ティナが食べ終わる頃アレスは地図を広げた。

 今までにたどった経路を、指で示す。旅も慣れてくると、地図を見てその距離だけで、おおよそどれだけかかるかを、推測できるようになっていた。

「てことは、奴の居るウェクトまでは、あと二ヶ月か?」

「大体そうです」

「あれ? ミケルどうかした?」

 奴の居る…と言った時、わずかに曇ったミケルの表情が気になった。

 ほんの一瞬だけで、すぐいつもの顔に戻ってしまったので、アレスは気づいていない。

「別に何ともねぇぞ?」

「そう? だといいけど」

 その表情の理由をティナが知るのは、もう少し先のことである。









 + + +









 一月ほどが経ち、冬の明月半ばの頃である。

 本来ならば一年の中で一番寒い月だが、砂漠の側ということもあり、さほど寒くはない。

 そして、敵――ミスカルは三人の知らぬ間に近づいてきていた。

「よぉ〜し、あとちょっと」

 ティナはわずかに微笑むと、剣を構えなおした。

 この一月で、大分余裕がでてきたのである。慣れとは恐ろしい。

「ティナは元気ですね……燃岩弾(ねんがんだん)!」

 年寄りくさいことをぼやきながら、アレスは燃えさかる岩を獣に次々と当てていく。

 焼け石に近い其れは、獣の肌に当たると、ジュウと肉を焼くような音が聞こえた。

 口では緩いことを言ってはいるものの、攻撃に手を抜くことはいっさいしていない。

「その元気、分けてほしいぜ……まったく」

 結局一月の間ずっと、嫌がらせのようにあの夢は続いた。

 水虎が助けてくれたため、まだあれ以上ひどくはなっていなかった。

 しかし、流石のミケルもここ最近では疲れを隠しきれず、どこかつらそうな顔でいた。

「それもいいですね」

「だろ? ……と、水風裂(すいふうれつ)!」

 獣の爪を避けると、杖を構え直し呪文を唱えた。

 風と水の混じった刃が飛んでいく。

「これでラスト――緋焔斬(ひえんざん)!」

 緋色の炎と共に、最後の一匹をティナが斬り倒した。

「ふ〜……ひとだんら……っ?!」

 ティナは何かの気配に気づき、顔を上げる。

 それにつられ、ミケルとアレスも顔を上げた。

 視線の先――木の上には子供がいた。

 僅かに見えたのは背から生える、紺色の骨組みだけの翼。

 それが、ただの子供とも、この世界の生き物とも少し違うことを示していた。

 耳は獣のごとく尖り、左頬には紅い菱形の紋がある。

 灰色の長袖を着、その上に白い布を纏っている。袖が長すぎるのか、左手は見えない。

 しかし、右手は黒い手袋をしているのがハッキリと確認できた。下は黒の半ズボンに、うす青色の靴である。

 そして最大の特徴は、血を思わせる紅い瞳と、ミケルと同じ色の髪だった。

 後ろ髪は長く、どこか尻尾を思わせる。

『クススッ……つくづくお疲れさまって感じだね』

 ひどく楽しそうに、子供は笑う。

 それは曲芸のように枝を掴むと、一回転し枝の上に座った。

 空気が否応なしに張りつめる。

『睨むなよぉ、こわいなぁ』

「この気配……やっぱり」

 剣を持つティナの手に力が入る。

 この気配。カシレン村で感じたものと、全く同じだった。

『クスクス……そうだよ、ボクだよティナ。今日はね、名前を教えに来たんだ。今ボクの本体が動ける範囲に君達が入った、てのもあるんだけどね』

 やはり、楽しげな態度は幼い子供でしかない。しかし相手は人間ではないのだ。

 こちらが怯んではならないと、さらに三人の緊張が高ぶる。

 アレスが真っ先に口を開いた。

「そういうことなら、早く言ったらどうです?」

『ホント短気だなぁ、これだから困るんだよね。ま、いっか。ボクはミスカル。
 神話の能力を持つ者って意味さ。君達を……いや、邪魔者を消してウェクトを復活させる者だよ』

 神話の能力と言うことは、神に等しき力を持つ者という意味合いを込めているのだろう。

 実際、神のような行いをするのだ、これから。あながち間違っているとはいえない。

 しかし、何を思ってウェクトの者達は、子供の姿にしたのだろうか?

『さてと、今日の用事はもう一つあるんだよ』

 ミスカルが今までになく楽しげに微笑んだのは、その時だった。



back top next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送