第3話 『忍び寄る闇』

 ティナが火龍と話をしていた頃、そのティナを捜しにきていたミケルはというと……。

「お―い、ティナ――っ!」

 呼んでも返事がないため、少し不安になってきていた。

 さほど離れてはいないと思ったのだが……それとも、ティナのことだ、戦いに夢中になるうちに、どんどん離れていったのかもしれない。

「ったく、どこまで行ったんだ? あいつ」

 敵は当分現れないと考え、ミケルは杖を小さくし風難よけの腕輪につけていた。

"なんや……心配やな"

「ああ……って、水虎、いきなりふつうに話しかけてくるなよ!」

 声はすれども姿は見えず。当然である。

 水虎はミケルのしている水龍の鱗をかたどったお守りの力を使い、話しかけているのだ。

 四大守護ならば別なのだが、本来守護は夢でしか話せない。

 お守りの力があることを知っているとはいえ、唐突に話しかけられれば誰だって驚くだろう。

"ええやないか、最近出番きいへんかったし"

「何のことだよ。でてきたんなら丁度いい。水虎、どう思う?」

"せやなぁ……色々考えたいことも、あるんとちゃうん? と、いうか、そういうお前はどうなんや?"

 考えたくない訳ではない。

 カシレン村で現れた『敵』は奇妙なことを言って消えた。

 父、アバルに真実を聞くまで信じるつもりはなかったハズだが、心のどこかではずっとそれを認めていたと思う。

『ねぇ、君は何をしているの? 何も知らないから戻ってこないの? どうせ君は……』

 あの声が、耳について離れない。

『どうあがこうが、ボク達と同じなんだよ。さぁ、早く帰っておいでよ』

 言葉を思い出すたびに心が揺れた。心が痛み、また恐怖も同時に感じた。

 自分がその言葉に飲み込まれそうなのだ。

 気を許せば簡単に虜になってしまいそうで……ミケルはうち消すかのように首を横に振った。

「オレはいいんだよ」

"まぁ、それならええんやけど。アレスを一人にしてきてよかったんか?"

「……あんな様子じゃ、一人にしておいた方がいいだろ」

"ふぅむ。……お前、四大守護は知っとるか?"

 ミケルはそれくらい知っているぞと言いたげな表情になった。

 同時に、唐突に何を言い出すんだ? という疑問も生まれる。

「ああ。水龍、火馬、風鳥、土狼だろ。それがどうかしたか?」

"その次……2番目にあたる族も知っとるか?"

「いや。守護については資料がなかったからな。やっぱり守護の中にもランクはあるのか?」

"一応ある。基本的に龍族が高いと言われとるが、現在は火龍と風蛇、地土竜それから……儂ら水虎なんや"

 茂みをかき分ける、ミケルの手が止まった。

「……本当か?」

"嘘言ってどないするんや。まぁ……四大守護とは違って、唯一無二の存在とちゃうけどな。ま、力が強い分、数が少ないことには変わりあらへん"

 三人の守護は、これに当てはまる。

 四大守護の次に強い守護を持つ……それが何を意味するのか。

 何らかの意図を、ミケルは感じた。

「なーんか、あいつの掌の上で転がされてるようで、むかつくな」

"……せやな。けど、特にミケル、お前は気をつけとき。なんせ……"

「言われなくともわかってる。仲間を裏切るような真似はしねぇさ」

 自信満々のミケルの返事に満足したのか、水虎はその後黙り込んだ。

「さてと……お、ティナ発見」

 茂みの開けたところに転がっているティナを、ミケルはようやく見つけた。

 丁度木陰の位置だったため、今まで気づかなかったのだ。

 幸せそうな寝顔とは言い難いが、とても気持ちよさそうに寝息をたてていた。

 人が心配してみれば、これだ。

「ったく……」

 広い木陰だったので、ミケルもその場に腰を下ろした。

 ついついこういう場所があると、自分達の進んでいる場所がよく分からなくなる。

 オアシスに続く道は、この存在自体がオアシスのようなものだった。

「起こすわけにいかねぇから……アレスを呼ぶか」

 ミケルは杖を持たずに、両手を宙に向けた。

「空に住みし風精よ、我が力となり姿を現せ、召喚!」

 風が、ミケルの前に集まり、球体になると弾けた。

 現れたのは、腰まで届く澄んだ緑の長い髪と目、右耳にオレンジ色の輪のピアス。左耳には同じ色のリボンのピアス。
 両腕には翠色の腕輪をし、白い半袖に白いロングスカート。スカートの上には、透き通った緑色のスカートを着ている。

 一礼をして、風精はミケルのそばに寄った。

"お呼びでしょうか"

「よぉ、風精。人を呼んできてほしいんだ」

"どのような者を?"

「黒髪の魔法使いだ。マントは灰色、そばには土馬がいるから、わかりやすいと思うぜ」

"わかりました。しばし、お待ち下さいませ"

 風精は茂みの向こうに消えた。

「さてと、んっ……」

 ミケルは大きく伸びをすると、腕組みをし、目を閉じた。

 ミイラ取りがミイラになる危険性もあったが、連絡もしたことだし、まぁいいだろう。

 何よりこの場所の誘惑は、とても振り払えそうにない。

「気持ちいい場所だな」

 自分の知らぬ間に眠りの世界へ落ちていった。





 + + +





"ここは……どこだ?"

 ミケルは見知らぬ空間にいた

 仮に夢の中だとしても、ここはいつも行く水虎のいる空間ではない

 暗く、そして妙に寒い

"なんか、薄気味悪ぃとこだな"

 洞窟の中にいるように、声が不安定に響いた

 とにかく不愉快な場所だ 言葉を発しないと、自らも闇の一部にされそうなのである

 そして、何者かがすぐ隣にいるような気配がする

『お前、ムカつくんだよ!』

 不意に子供の声が聞こえた

 その声と言葉には、微かだが聞き覚えがある

『新しく入ってきたくせに、でしゃばりやがって!』

――それはただ、お前らが弱いからだろう?

 そこに重なるのは、幼い頃の自分の声

"――違う"

 だが、身に覚えのない言葉だった

『母親がいないってのが、怪しいよなぁ』

――うるせぇな……少しは黙れよ

"違う、オレはそんなこと"

 確かに、鬱陶しいくらいには思ったかもしれない

 だが、この響いてくる声はなんだ? まるで、相手のことを憎んでいるような、私怨の詰まった声は

『なぁ知ってるか? あいつ、実はさ』

 ミケルの耳には、空を切り裂く音が聞こえた

 まるですぐそばで聞いているような、そんな錯覚が生まれる

 そして、子供の悲鳴と、崩れ落ちる骸の生々しい音が続く

―……ザマァみろ

 音の世界の自分は……微かに笑っていた

『ほら、簡単だろ?』

 また声が聞こえる

 楽しんでいるような子供の声

 だが、これは聞いたことがない

 しかし……何故だろう遙か昔に一度だけ聞いたような

『今みたいに、壊したければ壊せばいい 消したければ消せばいい
 咎める者や邪魔する者、五月蠅い者なんて……殺しちゃえ ミケルの好きな世界を創っていいんだよ?』

"やめろぉぉぉっ!"

 耳を手で覆い、目も固く閉じ、ミケルはしゃがみ込んだ

 悲痛な叫びが空間をこだまする

 そのそばで、影がゆらめいた

『クスッ……楽になりたいだろ? それなら、おいでよ……ボクのところへ』

 これ以上、抗い続けても無駄なのか、そういう考えが頭をよぎる

 ミケルが立ち上がり、一歩踏み出そうとした

 その刹那

"幻水(げんすい)、切(せつ) 流々槍撃(りゅうりゅうそうげき)!"

 水の幕がミケルの行く手を遮り、その一端が声のしていた方へ向かった

 半瞬を置き、水虎が空間に現れる

 焦ったような荒い息づかいが、こだました

『ちぇ……後少しだったのに 今日は、かえろっと』

 至極残念そうな言葉を残すと、影は徐々に遠のいていった

"大丈夫やったか? ミケル"

 突如現れミケルを助けたのは、他でもない水虎だった

 いつもの獣姿ではなく、以前みたことのある長身の人型である

"…ぁ…あぁ"

 あまり大丈夫そうではない 未だ、腕を押さえる両手が震え、目が少しうつろだ

 水虎は水に濡れた尾を振り、考えながらしばしの間待つことにした

(あれが、ここまで来とった ミケルの心の半分は闇に染まりだしとる証拠や
 浸食が思っとったより早い……あっちに引きずり込もうっちゅう力は徐々に大きくなってきとる……あかんなぁ)

 自体はマズイどころか、最悪――最低最悪かもしれない……と水虎は思う

(行くところまでいってしまうと、儂にも止めることはできへん くっこういう時に限って、儂らは無力や)

"……水虎 ここは、どこなんだ?"

 落ち着きだしたミケルが口を開いた。

"ここか? ここは、心の闇の住みかやな。人にとって、一番つらいと言われとる心の領域や"

"と、言うと?"

"本来自分はもっとらんと思うとる、負の感情……人によっては正の感情の住みかちゅうわけや"

 ミケルの背を叩き、歩くよう促してから水虎は続ける

"口で強がることは、いくらでもできるんや けど、お前がここにいたっちゅーのは、心の中で嘘はつけへん証拠や"

"そう、か"

"少し、元気は出たか? 何度も言うようやけど、自分を見失うんやないで そうなってもうたら、儂にも助けることはできへん"

"ああ"

 水虎は何気なくミケルの頭を2・3回軽く叩いた

"よし、これで大丈夫や"

"ガキ扱いするなって"

 ミケルが嫌がるので、面白がって水虎はさらに叩く

"はは、まじないや……ちょっとしたな"

"なんだそりゃ"

"さぁ、なんやろうな"

 パタパタと尻尾を振り、水虎は笑った

 それにつられてミケルも久々に声を出して笑った





"にしても、どこまで行くんだ? 水虎"

"さぁ"

 この言葉に、ミケルは一気に脱力を感じた。

"っはぁ?! 当てもなく歩いてたのか?"

"いや、言いたくはなかったんやけど……儂もここの出口をしらんのや"

 惚けるのを誤魔化すためか、水虎は獣に姿を変えていた

 ミケルの頬が若干引きつる

"なにか、手はないのか?"

"ないことはあらへん しかし……"

"しかし?"

"ホンマにそれでええのかわからへん"

 考えながらミケルはその場に腰を下ろした 水虎も横にちょこんと座る

"とりあえず、その方法ってのは?"

"寝る!"

 間をおかず、ミケルの右ストレートが水虎の顔の左側にはまった

 随分と、いい音が聞こえた気がする

 水虎の体毛の感触に気づき、ミケルが慌てて腕をどけた

"あ、悪い……つい"

"お前、儂の左目も潰す気なんかぁっ!"

 水虎の右目は見えていない

 大きな傷跡が、その目を閉じているのである

 以前、その経緯を尋ねたことがあり、どうやら生まれつきの物らしい

"いや、そういうつもりじゃなかったんだが"

"まぁええわい……儂の右目は今に始まったことやない とりあえず、寝れば現実世界で目覚めるやろ? それが唯一のここからの脱出手段や"

 信じがたい話だが、確かに一理はあった。

 寝ることでこの世界で起きるのだから、逆もありえるのである

"成る程 んじゃ、さっさと寝るとするか"

"せやな"

 ミケルは頭の後ろに腕を組むと、その場にごろりと転がった

 その側で、水虎は体を丸め、うずくまる

 数分後、一人と一匹からは穏やかな寝息が聞こえ始めた

 それと共に、この空間での姿も薄れていった



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