第2話 『想いの中で』

 気がつけば、二人はティナとはぐれていた。

 探そうにも、周囲の魔物は絶えず、とにかく切り崩していくしかない。

 問答無用の短縮魔法が、次々と放たれていった。

「刺岩礁(しがんしょう)!」 「火照刃(かしょうじん)!」

 地面からせり上がった、黒い石の塊が向かい、炎の刃が空を走る。

 先ほど、ラグの方へと向かわせたカイの咆吼が、僅かに届いた。

「カイが加わったとはいえ……なかなか減りませんね」

「まあな。が、こうやってはなす余裕ができただろ? ……アレス、後ろ!」

「えっ」

 ざっと青くなったミケルの顔を見る前に、瞳に映ったのは獣の爪だった。

 反射的に目をつぶり、体をそらす。

「……っ」

 顔の真横を風が通り抜け、どっと冷や汗が吹いた。

 ミケルのおかげで体に傷ができなかったが、額のバンダナと後ろ髪を結んでいる赤い紐が引きちぎられた。

「氷冷刃(ひょうれいじん)! 大丈夫か、アレス」

 凍えるような冷気が漏れだし、白い刃が周囲一体を覆い尽くした。

 熱を奪われた獣はぴたりと動きを止め、そのまま崩れ落ちる。

 慌てて、アレスの方に体を向けた。

「大丈夫です。助かりました」

 アレスが無事なので、ミケルは胸をなで下ろした。

「ならいいけどよ。切れちまったな……バンダナ」

「ええ。ついでに紐も切れちゃいました」

 普段結んでいるため気づかなかったのだが、アレスの黒髪は見た目以上にさらさららしい。

 肩から流れ落ちる髪を、アレスは後ろへどけた。

「……邪魔そうだな」

「あはは……慣れれば、そうでもないですよ。さてと、こちらは片づいたことですし、ティナの手伝いにでも行きますか?」

「めんどい。それに、手伝ってなんになる?」

「お昼ご飯が、早く食べられます」

 先に歩き出したミケルが、立ち止まり振り返った。

「それで喜ぶのはティナだけだろ」

「そうですか?」

 疑わしげな目線をアレスは送る。

 言葉に詰まったミケルは、ごまかすように、さっさと歩き始めた。







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(敵が……1、2、3……あと5匹か)

 茂みの真ん中、少し開けた場所にティナはいた。

 あたりを囲う獣の数は、初めの頃の10分の1まで減っていた。

(ここで、そろそろ終わらせないとね)

 これ以上時間はつぶせない。そろそろお腹が鳴りそうなのだ。

 魔物の所為で昼ご飯を抜きになるなど、ごめんだった。

 ティナは剣を横に向け、ちょうど胸の前に持っていき、構える。

 一呼吸で、それは炎をまとう火炎の剣へと変わった。

「……必殺、爆炎の散華(ばくえんのさんか)!」

 ティナは言葉と共に、剣を振り上げ、思いっきり地面に向け振り下ろした。

 剣より先に地面に接した炎はティナの言葉通り、周囲に散り、ものを巻き込み爆発する炎の華となる。

 あたりの獣は散華に巻き込まれ、倒れていった。

 それを見届けたティナは、剣を地面に突き立て、その場にしゃがみ込んだ。

「あ゛――疲れた」

 汗ビッショリになった、白い長袖の胸の前をつかみ、パタパタと動かす。

「二人のとこに、戻らないと……でも」

 そのままティナは地面に転がった。

「もうしばらく、休憩」

 静かな木陰は、優しい風が吹くと人を眠りに誘う。

 ティナも初めのうちは目を開けていたが、少し閉じてしまった間に、深い眠りへといざなわれていった。







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「ラグ、カイ、無事でしたね」

 初めいた場所にミケルとアレスが戻ると、ラグとカイがそこにいた。

"小生の処までは、敵があまり来なかったゆえ"

"ヌシは我が負けるとでも思っていたのか?"

 ミケルは、こいつらが自分の召喚獣だったら、つきあいづらいな……などと考える。

 堅苦しい言葉遣いは、どうしても好きになれなかった。

 近づいてきたカイにあわせ、アレスはしゃがむとカイの体にそっと触れた。

 先ほど言いそびれたことがあったのである。

「これから、今日みたいに何度か喚ぶことになりそうですが、いいですか?」

"構わぬ。我はそのためにいるのだからな"

「……すみません」

 アレスは少々申し訳なさそうにしている。

 カイはふっ と、優しく鼻で笑った。

"そこまで、ヌシが気に病む必要はない。全ては天が決めることであり、我の意志だ。それに……"

 カイはミケルに聞こえないよう、アレスの耳に顔を近づけた。

"我にはヌシに、それぐらいしかしてやれぬ。ヌシの全てを知っておるからな。いや、全てを知るのは我とヌシ自身と風蛇くらいのものか。11年前のことも含め、な"

 カイをなでるアレスの手がピクリと止まった。

"ラグには話してはおらぬ。いつ話すかは、ヌシが決めればいい。話さぬもまた、ヌシの選択だ。難儀な天運を持ったものだな。それでも……それでも我は、最後までヌシを支える身でいたいのだ"

 アレスは久々に自分の目尻が熱くなるのを感じた。

 自分は何もできないのに、こうやって想ってくれる人がいる。

 それがとてもありがたかった。

"では、我は喚ばれるまで休むとしよう"

 それに気づいてか気づかないでか、カイはゆっくりとアレスから離れる。

 輪郭は徐々に薄れ、しまいには泡となって消えた。

「アレス」

「……っはい、なんですか?」

 なんとなく、声をかけずらそうにミケルが名前を呼ぶ。

 アレスは慌てて右手で目尻をぬぐうと、立ち上がった。

「ティナを探してくる。お前はここにいろよ」

 一瞬アレスはミケルの言ったことが理解できなかった。

 が、すぐに我に返ると、あたりを見渡し、未だにティナが戻っていないことに気づく。

「え、あ、はい」

「ついでに、昼飯も作っててくれよ」

 気を遣ってくれたのだろうか、ミケルは杖を持たない腕を交互に回しながら、茂みの中へ消えていった。









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"ティナ……どうかしたの?"

 夢の底――いつもの闇の中に、ティナはいた

 心配し、のぞき込む火龍にも気づいていない様子である

 恥の方に座り込み、両手で足を抱える……いわゆる、体育座りの格好をしているのだが、目は、何もない宙の一点を見続けていた

"ティナ"

 火龍は人型に変化すると、ティナの額に手を当てた

 人型にならないと、ティナに触れることができないからであろうか

"……少し、ここにいて……いい?"

 普段のティナではあり得ない、どこか寂しげな声だった

"それは、かまわないけど"

"じゃぁ、横にいてほしいの"

"わかったわ"

 火龍は何も聞かずに、ティナのそばに座った

 しばらくの間は、互いに何も言うことはなかった

"あのね、私……どうすればいいと思う? 何かすごく嫌な予感がするの"

"嫌な……予感?"

 火龍はついこの間、水虎と風蛇に会ったときのことを思い出した

 今、三人の未来は見えない

 いや、正しく言うのであれば、世界の全ての人の未来が見えなくなっている

 そこに、守護達は当然不安を覚えていた

 何か、よくないことが起こるのではないか、と

 杞憂に終わればいいが、互いに気をつけていようと、最後に言い合った

"ティナ……それは、ただ予感がするだけなのね"

"うん でも"

"何か、具体的に感じるの?"

 人間には第六感というモノが存在する

 それは時として、守護の見ることができない未来が見えたりするのだ

"ウェクトが……完全ではないけれど、復活する気がするの でもそれは……"

(それは、ミケルが敵側に力を貸すことを意味しているから)

 ティナは口を閉ざしてしまった

 言ってしまえば、言葉は真実になりそうだから

 火龍はティナの言葉を聞き、己の予感の内容を知った気がした

(どうしてこういう時に限り、人の第六感は働いてしまうのだろうか 下手をすれば、その悩みに精神はまいってしまうというのに)

"ティナ、今は休みなさい…てを忘れて"

 戸惑うティナの目の上に、火龍は手をのせた

"火抱流眠(かほうりゅうみん)"

 暖かな光がティナを包み、ティナをさらに深い眠りへと連れて行った

 火龍は寝息を立てるティナの頭を自分の膝の上にのせ、静かになでた

(それにしても、ティナの力……まだ完全にはなっていない反逆者の血とは、おそらく神炎 闇を祓うには最適の力だけど)

 火龍は何かふに落ちないという顔をしていた

 どうして神の炎であるはずの力が、人に使えるのか

 ウェクトの民は何故、光ではなく闇の力を選んだのか

 永遠に解けないであろう謎が、渦巻いていた



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