第2話 『終わりの始まり、希望の終わり』

 ウェクト自体に、力はあった。

 それを守るため、国は閉ざされていたという。

 しかし、完全に閉じきってしまっていたわけではなかった。

 外にもその力の源があったのである。

 一つ目が最南端の島 カロン島にある神殿。

 二つ目はウェクトから北にある神龍山(しんろんざん)。

 そして、このオアシスだった。



"特にオアシスは重要やった。ウェクトにしかない、呼び方とかもあったしな"

「呼び方……ですか?」

"せや。全ての生命の生まれし源、水龍の息吹のかかった泉、その名も水龍の泉(すいろんのいずみ)や"

 二人は少し安直だなと思ったが、口には出さなかった。

 だが、ただ一つ、気になったのは同じ言葉。

「……あれ? そう……なると……カロン島……って」

"お、ええとこに気ぃついたな、ティナ。そうや、太陽に一番近い島。火龍の降り立つ島、火龍島(かろんとう)っちゅーことや"

 ふ〜ん、とティナは感心している。

「では水虎、二匹の龍がその二つとすると、残る神龍山の意は……」

"予想、言ってみぃ"

 水虎はにやりと、アレスを見上げて笑った。

 アレスは少し目を見開いてから、咳払いをすると、答えた。

「神龍すなわち神の龍のことですよね? 神話によると、この大陸は神と、それに仕える二匹の龍が創ったと言われています。
 その二龍は、天を舞う天龍、地を這う地龍と呼ばれていたと」

 水虎はアレスが言葉を句切るたびに、合っていると言いたげに頷いている。

「そこから推測するに、天とはすなわち風、地とはすなわち土。つまり、天龍は風龍、地龍は土龍になります」

"ま、80%くらい正解やな。神龍山は別の意味で二龍を表すこともできるんや。
 大陸で一番天に近き山と、大陸で一番神聖な地の意。つまりは、天龍、地龍の住まう地……とな"

「「成る程」」



 実際の由来は分からない。

 だが、ウェクトの者はそこまでして、神聖な生き物の力をあやかろうとしていた。

 だが、神龍山と火龍島は少しばかり遠い。

 なので、人々が一番頼ったのは水龍の泉だった。

 今とは違い、流れがフリエラ川と合流していなかったため、ウェクトの人々は使い分けをしていた。

 フリエラ川は、生活用水に、そして、神聖な泉の水は、主に飲料として利用されていたのである。

 常に神聖な水を口にすることで、その身に力をためていたと思われる。



 そうなると、泉の水はの源に力の秘密があるようだ。

 しかし、先程ティナが歩いた限りでは、この泉はかなり浅い。

"泉の底が二重になっとるんや。人の入れる位置と、それより下ってなぐあいにな。
 そこに、ホンマの泉の底があって、それこそがこの泉の力の源、でっかい魔法水晶(マジッククリスタル)が埋まっとる"

 魔法水晶は神聖なる宝石。

 魔法の源ともされ、現在は神龍山からしかとれていない。

 もしかすると、その神龍山から切り出した巨大な魔法水晶を人工的にうめこんだのかもしれない。

 水面を滑るように歩き、水虎は泉の中心に立った。

"大体この辺や。その水晶があるんわ"

「でも、水晶があることを知っていると言うことは、誰かが底を見た……ということですよね?」

 再び元の位置に戻ってくると、水虎は水龍の鱗の守りを指した。

"当たり前や。ここの水晶は、神龍山からとるのと別扱いに、ウェクトで色々と加工されて使われとる。
 この、水龍の鱗の守りとかもな。ま、ともかくその水晶の力のおかげで、儂はここにいるっちゅーことや"

 泉の力の源と、ウェクトが力を持続しえた理由……これで全てが、二人の中で繋がった。

 と、その時、水面が微かに揺れた。

「……え?」

 ティナは、足を揺らした覚えはない。一体何故? と思っていると、ドンという響きが起こる。

 地面が揺れていた。

「一体……何が」

「わかりません。でも、今は伏せてください、ティナ!」

 アレスは右手で自分の頭を、左手でティナの頭を庇うと、地面に伏せた。



 地響きはすぐ収まり、恐る恐る二人は頭を上げた。

「何が起きたの?」

「さぁ?」

"あかん。きっと今の地震は……"

 二人が目を合わせていると、水面の水虎がポツリと漏らした。

 慌ててそちらを向くと、顔面が蒼白である。

「「すい……こ?」」

 そして、水虎の口から思わぬ言葉が発せられた。

"奴が……ミスカルが完全に目覚めてしもた。今の地震は沈んどったウェクトが浮上した証拠や!"

 それは、あっては欲しくなかったこと。

 あれが目覚めたということは、つまりは……。

 二人の思いがまた一つ裏切られた。







 + + +







 時は少し前にさかのぼる

 丁度ティナとアレスがオアシスに着いたくらいだろう。

 人形同然に見えるミケルを担いだミスカルは、現在のフリエラ川河口にいた。

 昔ウェクトを囲っていた壁の一部が、まだ低く残り波に打たれている。

『かつての都も、海の藻屑……か。ね、どう思う? ミケル』

「………」

『でも、これが起こらなきゃ、ボクは生まれなかったし、君と会うこともなかったんだけどね』

 何も答えないことを知っていて、ミスカルはミケルに話し続ける。

『まぁ、それは君も同じか。これがなければ、未来に来ることもなかったもんね。さてと』

 ミケルをその場におろし、ミスカルは骨だけの翼を大きく広げた。

 そして、地面を蹴ると、かつてウェクトの中心だったと思われる場所まで飛んだ。

 そこには、海から細い塔の先端が顔をのぞかせている。

 その上に、目的の物があった。

『よく、取られなかったよなぁ。ま、どうせ結界が張ってあるんだろうけど』

 先端にある、珊瑚入りの血水晶をとるとミケルのいる場所に戻る。

『珊瑚の血水晶。これが、赤きチカラの固まり…

 暖かい母の胸に抱かれし海の申し子 今、時は来たり その身に宿す力 解放せん! 』

 光を放ち、水晶は氷のように溶け出した。

 まるで幻想的な光景を生み出し、全てがミスカルの中へと吸い込まれていく。

 頭の中に、一つの呪文が浮かび上がった。

『次は、青きチカラへか……。確かにチカラとボクを分けたのは正解かもね……。
 おかげで、まだ全部のチカラが使えない。けれど、チカラの固まりは全てここにある……』

 そう言って、ミスカルは水晶や結晶をいくつか取り出した。

 それぞれが違う色を持ち、別種のチカラを保持していることを示している。

 これはある意味での増幅剤。今でもミスカルは強い力を持っているが、さらにそれを高めるものである。

 いくら巨大な力を持っているとはいえ、確実に浮上させられるかは分からない。

 そこで、計画をした者達は、あとからチカラの固まりを創っていたのである。

『全部、別々の場所にあるんだもん。探すの大変だったよ。
 でも、これを吸収すれば、ウェクトを元に戻せる……ボクは完全になれるんだ』

 ミケルは相変わらず何も言わない。

 しかし、ミスカルの言っていることは聞こえているし、理解もしているハズだ。

 ミスカルは微笑むと、一つずつ封印を解いていった。



『ねぇ、どんな気分? ボクはこの時を100年も待ったんだ。今、この時のために眠っていた……それだけのために。
 もしかすると、目覚めることはできなかったんだ。君がいなくなったら。でも』

「でも、生きていた」

 うつろな目でミケルが一言呟いた。

『わかってるじゃないか。そう、もしかすると全て元から星の決めていたことかもしれない。全ては天運のまま……ってね』

「天運……は自ら……きりひら……」

 ミケルの目に光が…意志が戻ろうとしていた。

 しかし、ミスカルは慌てずにミケルの言葉を遮る。

『どうやら、おしゃべりが過ぎたようだね』

「……」

『そ、君はそうしていればいいんだ。何も考えずに、鍵としての役目を務める。さ、そろそろ始めよう』

 閉じていた翼を広げ、ミスカルは浮き上がった。

 左手でミケルの腕をつかみ、軽々と持ち上げると、先程描いた魔法陣の中心に立たせ、背の真ん中に右手を当てる。

 そして、静かに目を閉じると一息ついた。



『 遙か昔、神に近き力を持った者達よ

 天の怒りを浴び 海の藻屑と散り 今は形無く しかし、未だ生きる術(すべ)をもつ

 力を求め、彷徨える魂 その身を滅ぼし血を捧げし者

 我が言霊を聞き、今ここに集まらん
 』



  突如、風が辺りの木を揺すり、かつての壁によせる波が激しくなった。

  だが、魔法陣の中には、その両方ともが届かない。

  全ての音が遮断されたその場所で、ミスカルは言葉を紡ぐ。



『 さぁ、集まりし者達よ その力解き放て!

 我らに与えられし時は満ちた

 今ここに、ウェクト復活の儀をとりおこなう!
 』



 魔法陣からわき上がった光は、一本の柱となった。

 そして、それに共鳴するかのように、ウェクトの四方に柱が立つ。

 ミスカルはそれを確認すると右手に力を加えた。

 するとミケルの背に当てられていたその手は、体内に入り込んでいく。

 僅かだが、ミケルは顔をしかめた。

『痛い? ま、いいや続けるよ。

 右手に聖なる炎 左手に天の風 その身に水を持ち 大地を駆ける

 天地を知り 人の上となる 神に近き王

 我が神託は 神の言葉  我が命令は 神の命

 生ける者は 全て従い  亡き者もまた 全て従う

 消え去りし記憶なれば 呼び起こせ

 知らぬならば とくと刻め

 我が力解放す 今 よみがえれ

 太古の都 ウェクトよ!!
 』



 ミスカルが言い終えた時、大地は大きく揺れた。

 潮が彼方へと引いていく。

 海の色に染まっていた、かつての都が、ゆっくりと浮上したのだった。



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