第3話 『遠くの思い、近くの願い』

 地震はウェクト周辺だけでなく、大陸の全土で起こっていた。

 ウェクトから離れれば、さほど大きく感じられなかったが、気づく者は気づいていた。

 ケティアにいたアバルも例外ではなかった。

「ちっ……結局、あいつは」

 家にいたアバルはテーブルに拳をたたきつけた。

 動き出そうとした彼に、いつものように声がかかる。

"何を考えておるアバル。何もできんのじゃぞ、ワシらは。見ることすら叶わぬ……全て知っていようどもじゃ"

「わかってる、分かっているさ、ツアタ。でもなぁ」

 アバルは何か言いたかったが、言葉が出てこない。

 彼の中での葛藤は解っているつもりだ、しかしそれでも止めるのは自分の役目。

 落ち着いた土狼――ツアタの声が、静かに響く。

"全ては、彼らに託すしかないんじゃ。フートが――風鳥が言っておった、全てを見届ける仕事は私達に任せろと"

「風鳥が、か?」

 土狼の意外な言葉に、アバルは驚いた。

 どういうことだ? 彼女は役目を終えたと言っていたはずだった。

"そうじゃ。何があったかは知らぬが、ティナの母の願いもあり、全てを見届けると言っておった"

「そうか」

 聞きたいことも、言いたいことも、全てが終わるまでは何も言うまいと、アバルはこの時決めたのだった。







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 泉にいるティナとアレスは、水虎の"ウェクトが浮上した証拠"と言われ、気を落としていた。

 浮上したということは、着々と復活計画は進んでいるということになる。

「ウェクトが……浮上」

「間に合わな……かったの?」

"あ゛―……んな、ガックリするんやない、二人とも。まだ、諦めるのは早いでぇ"

 そして水面では、言ってからかなり後悔する、水虎がいた。

"それに諦めてる場合か? むしろ、先を急がなあかん! 今度こそ、本当に後悔する羽目になってしまうで!"

 この言葉に、流石の二人もハッとなった。

「そうだよね……諦めたら、おしまいだね。まだ、間に合うんだよね?」

「後悔は、一度だけで十分です」

"せや、その息や"

「水虎…私、大事なこと忘れるとこだったよ」

 大事なこと――それは、シェキとの約束。

 かならずあいつを倒す。

 カシレン村でそう誓ったのだ。

「ここまで来たんです。諦めてたら、ダメですよね」

 アレスは苦笑いを浮かべてから、ティナをのぞき込んだ。

「行きますか? ティナ」

「うん。今度こそ、完全に時間がないもんね。水虎、色々ありがとう」

"かまへんて"

 水面の水虎は、尾を振り微笑んだ。

「でも、水虎はどうするんですか? ここを離れたら」

"儂は一度守護界に戻るつもりや。これ以上現実界にとどまれへんからな。
 それに、ミケルを止められんかった、責任を負わなあかん。水龍様に全てを伝えるためにもな"

「じゃぁ、水虎は」

"ここで、お別れや。最後まで、手伝えへんで、すまんな。せやけど二人とも、儂が言うのもなんやけど、ミケルのこと、頼んだで"

 水虎の身体が少しずつ光り出した。

「水虎……ありがとう。それから……ごめんね」

"なんで、ティナが謝るんや? 儂は大丈夫、気にすんなや。……元気だしぃ"

 徐々にその声も聞き取りづらくなってきた。

"そ……じゃ……な……希望……最後……で……てた……あか……で〜"

 泉から水しぶきが起こり、水龍の鱗の守りから、光が消えた。

「消え……ちゃった」

 ティナは確かめるように、静かに守りを泉から持ち上げた。

 先程の光は消えているが、鱗の中心に淡く小さい光があった。

 ティナにはそれが、水虎の残した小さな願いに思えた。

「……ティナ?」

「ううん。なんでもない。行こう、ウェクトへ」

「そうですね」

 二人は水浴びをし、武器に泉の水の加護を宿した。

 かつてのウェクトにチカラをあたえた泉。

 そのチカラを借りることに、ためらいはなかった。

 ずっと眠っていたラグも、いつの間にか目を覚ましていた。







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 二人から少し離れた木の上に、様子をのぞく人物がいた。

「とうとう、こうなってしまった」

 残ったウェクトの者として、シェイナに頼まれた願いとして、ティナを……全てを見届けているルナシュアである。

 近くには、風兎の気配もある。

「ミスカルはウェクトを浮上させた。でも、計画はここまでじゃない。そして、これからがティナの最後の戦い……でも、私は見届けるだけ」

"ルーナ"

「いいの。これが、ミーファを未来へいざない、カシレン村に着いたところで無くなってしまった、私のこの時代にいて良い理由。
 シェイナさんが与えてくれた、私の存在理由なんだから」

"でも、それで貴方は……"

「だって、私のことを信じてくれた唯一の人の願いだもの」

 カシレン村へ赴いたとき、誰一人として、話を聞く者はいなかった。

 過去の人間が本当に来る、とは信じていなかったのだろう。

 しかし、計画は確実に進めると言っていた。

 そんな中でシェイナだけはきちんと話を聞き、理解をしてくれた。

 この計画を悔いていることも、友を失うことになったことも。

『あなたは、自分の過ちとしっかり認めているんだもの、許されない罪を背負う者なんかじゃないわ』

 母のように、優しく包んでくれた。

 そして、信頼の証として、自分の娘 ティナの事まで頼んだのである。

「それに、あなたもいるでしょう、風兎……いえ、風鳥――フート」

 ルナシュアが微笑むと、その目の前に2対 4枚翼の翠に光る鳥がうっすらと姿を現した。

 額にダイヤ型の翡翠を宿し、左頬にルナシュアと同じ形の痣を持っている。

"そう言ってもらえるのは嬉しいが……存在理由か。いい加減、そんなモノに縛られるのはやめたらどうだ?"

 風兎の時と違い、言葉一つ一つに威厳が現れている。

 ルナシュアはその言葉に苦笑いを浮かべた。

「縛られでもしなければ、生きていくのは無理よ。まして、時越えという禁忌を犯したのだから……
 本当はここにいてはいけない存在。死ぬことも叶わない、ね」

"ルーナ"

 風鳥は言葉に詰まった。ある意味では、ルナシュアの意見も正当なのだ。

 時空越えはその者の命を削るか、逆に未来永劫死ぬことのできない身体にするかといわれていた。

 実際、ミルファーレは命を縮めてしまったし、ルナシュアはその逆だったのだ。

「だから、見届けなくちゃいけない。天運がミスカルの成功を示していても、ティナが変える可能性が無くなったわけではない。
 この出来事は、誰かが後世まで語り継がなくちゃいけないのよ、どんな最後でも。この大陸でずっとね」

"……そうだな。
 ルーナがそう言うのならば、私は四大守護の一人として……いや、それ以前にいち守護として、ついていく。
 ルーナが生きている間、私はいつも側にいるのだからな"

 風鳥は光を放ち、ルナシュアの前から姿を消した。

 おそらく、外で姿を現しているのが限界だったようだ。

「ありがとう、フート……じゃぁ、行きましょうか」

 ティナ達が先を歩き始めたので、ルナシュアは静かに木を降りると、後を追った。



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