地震はウェクト周辺だけでなく、大陸の全土で起こっていた。 ウェクトから離れれば、さほど大きく感じられなかったが、気づく者は気づいていた。 ケティアにいたアバルも例外ではなかった。 「ちっ……結局、あいつは」 家にいたアバルはテーブルに拳をたたきつけた。 動き出そうとした彼に、いつものように声がかかる。 "何を考えておるアバル。何もできんのじゃぞ、ワシらは。見ることすら叶わぬ……全て知っていようどもじゃ" 「わかってる、分かっているさ、ツアタ。でもなぁ」 アバルは何か言いたかったが、言葉が出てこない。 彼の中での葛藤は解っているつもりだ、しかしそれでも止めるのは自分の役目。 落ち着いた土狼――ツアタの声が、静かに響く。 "全ては、彼らに託すしかないんじゃ。フートが――風鳥が言っておった、全てを見届ける仕事は私達に任せろと" 「風鳥が、か?」 土狼の意外な言葉に、アバルは驚いた。 どういうことだ? 彼女は役目を終えたと言っていたはずだった。 "そうじゃ。何があったかは知らぬが、ティナの母の願いもあり、全てを見届けると言っておった" 「そうか」 聞きたいことも、言いたいことも、全てが終わるまでは何も言うまいと、アバルはこの時決めたのだった。 + + + 泉にいるティナとアレスは、水虎の"ウェクトが浮上した証拠"と言われ、気を落としていた。 浮上したということは、着々と復活計画は進んでいるということになる。 「ウェクトが……浮上」 「間に合わな……かったの?」 "あ゛―……んな、ガックリするんやない、二人とも。まだ、諦めるのは早いでぇ" そして水面では、言ってからかなり後悔する、水虎がいた。 "それに諦めてる場合か? むしろ、先を急がなあかん! 今度こそ、本当に後悔する羽目になってしまうで!" この言葉に、流石の二人もハッとなった。 「そうだよね……諦めたら、おしまいだね。まだ、間に合うんだよね?」 「後悔は、一度だけで十分です」 "せや、その息や" 「水虎…私、大事なこと忘れるとこだったよ」 大事なこと――それは、シェキとの約束。 かならずあいつを倒す。 カシレン村でそう誓ったのだ。 「ここまで来たんです。諦めてたら、ダメですよね」 アレスは苦笑いを浮かべてから、ティナをのぞき込んだ。 「行きますか? ティナ」 「うん。今度こそ、完全に時間がないもんね。水虎、色々ありがとう」 "かまへんて" 水面の水虎は、尾を振り微笑んだ。 「でも、水虎はどうするんですか? ここを離れたら」 "儂は一度守護界に戻るつもりや。これ以上現実界にとどまれへんからな。 それに、ミケルを止められんかった、責任を負わなあかん。水龍様に全てを伝えるためにもな" 「じゃぁ、水虎は」 "ここで、お別れや。最後まで、手伝えへんで、すまんな。せやけど二人とも、儂が言うのもなんやけど、ミケルのこと、頼んだで" 水虎の身体が少しずつ光り出した。 「水虎……ありがとう。それから……ごめんね」 "なんで、ティナが謝るんや? 儂は大丈夫、気にすんなや。……元気だしぃ" 徐々にその声も聞き取りづらくなってきた。 "そ……じゃ……な……希望……最後……で……てた……あか……で〜" 泉から水しぶきが起こり、水龍の鱗の守りから、光が消えた。 「消え……ちゃった」 ティナは確かめるように、静かに守りを泉から持ち上げた。 先程の光は消えているが、鱗の中心に淡く小さい光があった。 ティナにはそれが、水虎の残した小さな願いに思えた。 「……ティナ?」 「ううん。なんでもない。行こう、ウェクトへ」 「そうですね」 二人は水浴びをし、武器に泉の水の加護を宿した。 かつてのウェクトにチカラをあたえた泉。 そのチカラを借りることに、ためらいはなかった。 ずっと眠っていたラグも、いつの間にか目を覚ましていた。 + + + 二人から少し離れた木の上に、様子をのぞく人物がいた。 「とうとう、こうなってしまった」 残ったウェクトの者として、シェイナに頼まれた願いとして、ティナを……全てを見届けているルナシュアである。 近くには、風兎の気配もある。 「ミスカルはウェクトを浮上させた。でも、計画はここまでじゃない。そして、これからがティナの最後の戦い……でも、私は見届けるだけ」 "ルーナ" 「いいの。これが、ミーファを未来へいざない、カシレン村に着いたところで無くなってしまった、私のこの時代にいて良い理由。 シェイナさんが与えてくれた、私の存在理由なんだから」 "でも、それで貴方は……" 「だって、私のことを信じてくれた唯一の人の願いだもの」 カシレン村へ赴いたとき、誰一人として、話を聞く者はいなかった。 過去の人間が本当に来る、とは信じていなかったのだろう。 しかし、計画は確実に進めると言っていた。 そんな中でシェイナだけはきちんと話を聞き、理解をしてくれた。 この計画を悔いていることも、友を失うことになったことも。 『あなたは、自分の過ちとしっかり認めているんだもの、許されない罪を背負う者なんかじゃないわ』 母のように、優しく包んでくれた。 そして、信頼の証として、自分の娘 ティナの事まで頼んだのである。 「それに、あなたもいるでしょう、風兎……いえ、風鳥――フート」 ルナシュアが微笑むと、その目の前に2対 4枚翼の翠に光る鳥がうっすらと姿を現した。 額にダイヤ型の翡翠を宿し、左頬にルナシュアと同じ形の痣を持っている。 "そう言ってもらえるのは嬉しいが……存在理由か。いい加減、そんなモノに縛られるのはやめたらどうだ?" 風兎の時と違い、言葉一つ一つに威厳が現れている。 ルナシュアはその言葉に苦笑いを浮かべた。 「縛られでもしなければ、生きていくのは無理よ。まして、時越えという禁忌を犯したのだから…… 本当はここにいてはいけない存在。死ぬことも叶わない、ね」 "ルーナ" 風鳥は言葉に詰まった。ある意味では、ルナシュアの意見も正当なのだ。 時空越えはその者の命を削るか、逆に未来永劫死ぬことのできない身体にするかといわれていた。 実際、ミルファーレは命を縮めてしまったし、ルナシュアはその逆だったのだ。 「だから、見届けなくちゃいけない。天運がミスカルの成功を示していても、ティナが変える可能性が無くなったわけではない。 この出来事は、誰かが後世まで語り継がなくちゃいけないのよ、どんな最後でも。この大陸でずっとね」 "……そうだな。 ルーナがそう言うのならば、私は四大守護の一人として……いや、それ以前にいち守護として、ついていく。 ルーナが生きている間、私はいつも側にいるのだからな" 風鳥は光を放ち、ルナシュアの前から姿を消した。 おそらく、外で姿を現しているのが限界だったようだ。 「ありがとう、フート……じゃぁ、行きましょうか」 ティナ達が先を歩き始めたので、ルナシュアは静かに木を降りると、後を追った。 back top next |
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