第5話 『最終戦の始まり』

 そして、決戦の朝は静かに訪れた。

「おはよう、アレス」

「おはようございます、ティナ。今日は随分早起きですね」

 掛けていたマントを叩きながら、アレスは笑いかけた……のだが、その時思いも寄らぬモノを見つけ、目を丸くして固まった。

「ティ、ティナ、どうしたんですか? それ」

 ティナの腰より長かった三つ編みが、背中の中程までしかなかった。

 しかも、三つ編みではなく首の後ろでリボンを結んでいる。

「ああ、これ? 切ったの。さっきね」

「あんなに長かったのに……いいんですか?」

「うん。決意みたいなものだから」

 もしかすると、心の整理がついたという証が欲しかったのかもしれない。

 目の前にせまる決戦に向けて。



「さてと、そろそろ行きましょうか、ティナ」

 荷物を纏め、茂みの側に置くとアレスは立ち上がった。

 その上に右手の手袋を外し、そっと置く。

「うん」

 そばで、素振りをしていたティナも、剣を背中の鞘に収めた。

 準備運動は完了。いつだって、向かっていける。

「ラグは、ここにいてください。何かあったら、大変ですから」

"しかし、アレス殿。小生は"

 ついていきたい、と言いたかったのだが、その言葉は音になることはなかった。

「大丈夫だよラグ。ミケルを取り戻して、ちゃんと帰ってくるから」

"ティナ殿まで。……そう言うのならば、仕方ないですな"

 前足を再び曲げると、ラグはその場に座り込んだ。

「行って来るね、ラグ」 「よろしくお願いします、ラグ」

"承知" どこかへ出かける者を見送る、そんな自然な挨拶である。

 そして、これがラグの二人と交わした最後の言葉となった。

 しかし、そのことに二人は……いや、ティナだけは気づいていなかったのである。





 + + +





 壊れた壁を乗り越え、二人はウェクトに入った。

 街はやはりシンと静まりかえっている。なので、音が嫌と言うほど辺りに響き渡った。

「なんかこう……死んでしまった街という感じですね」

「そう? 確かに人の気配はしないけど」

 街を探索しつつ奥に進む、ティナの足が止まった。

 その顔は少しだけ、どこか楽しそうである。

「殺気はバッチリ感じるよ? それもかなりの数」

「魔物に好かれるのは、嫌ですねぇ」

「しょうがないよ、向こうからよってくるんだから」

 二人は互いの背を合わせると、武器を構えた。

 いつでもかかってこい、といいたげにティナは微笑む。

 二人の瞳に好戦的な光が宿った。

「先手必勝! 爆炎の散華(ばくえんのさんか)!」

 瞬時に炎をまとわせた剣を、ティナは大地に向かって振り下ろした。

 以前よりも格段に、強さとコントロールを得た炎は、花のように舞う。

 手前にいた魔物達と辺りの建物を巻き込み、炎の華は爆発した。

「先手……にしては、派手すぎませんか? 風切刃(ふうせつじん)! 真空刃(しんくうじん)!」

 そんなティナの様子を横目で見ていたアレスは、少しだけ苦笑った。

 杖を縦に構え、略呪文を唱える。

 緑と透明な風の刃が、手前の魔物を切り裂いていった。

「いいの、派手で。その方が盛り上がるでしょ? せぇぇぇぇいっ!」

「ま、少しくらいはいいでしょう。にしても……質より量という感じですね。土狼刃(ちろうじん)! 水槍撃(すいそうげき)!」

 魔物達は、軽い一撃でバタバタと倒れていく。しかし、後から後から出てくるのだ。

 簡単な呪文で倒せるのはいいが、それにしたって数撃てばある程度の力は削がれてしまうだろう。

「今まで、出し惜しみしていた分、全部出てくるんでしょうか」

「え〜それは、勘弁!」

 文句は言っているが、おそらく準備運動くらいにしかティナは感じていない。

 しかし、いくらか倒すと魔物達もバカではないのか、闇雲に襲おうとせず、こちらの出方を見るようになっていた。

「多分、体力を削ぐのが目的と言ったところですかね」

「やなやつ」

「でも、このままじゃキリないですね。仕方ありません」

 アレスは杖の水晶に手を当てると、辺りを見渡した。

「何するの?」

 不思議に思い、攻撃の手を休めティナは初めの位置に戻っていた。

「普通の攻撃魔法は一度当たると消えてしまうので、光系の魔法を使うんですよ」

 土、水、火、風、氷、雷系の攻撃魔法は、敵に当たると消えるという、やっかいな性質がある。

 そこでアレスは、当たっただけでは消えず、なおかつ攻撃範囲の広い光系魔法を使おうと決めたのだ。

 あくまで略呪文だが。

「地水火風を司る光精……光裂刃(こうれつじん)! 閃光槍(せんこうそう)!」

 巨大な光の刃が左右に走り、無数の光の槍が空から降り注いだ。

 魔物達は声を上げる間もなく、次々と光の刃と槍の前に倒れていったのである。

「よ〜し、行こう! アレス」

 魔物達が一匹残らず動かなくなると、ティナはそれらを乗り越え走り出した。

「……っ痛」

 その時、アレスは右手にまた微かな痛みを覚えた。

 以前は透き通っていた珠が、この頃白くモヤがかかっていたので、少し気にしていたのだ。

 そして、聖なる珠(ホルオーブ)に僅かだが亀裂が入るのが見えた。

(やっぱり、無茶はいけませんね。光系の略呪文なんて……気をつけないと)

 苦笑いを浮かべると、アレスはティナの後を追った。







 + + +







『第一戦は、向こうの勝ちか。ま、元々あんな奴らなんか、捨てゴマだしね』

 街の中心にある塔の最上階で、ミスカルは二人の様子をのぞいていた。

 その傍らには、ミケルが杖を持ち立っている。

 いや、立っていると言っては語弊がある。何か不可視の力に支えられて、その場所に立たされているのである。

『どうやら、聖なる珠(ホルオーブ)も、限界がきているようだし、楽しみだなぁ戦うの。ミケルは、ここで待っててね』

 ミスカルは窓から外に飛び出した。







 + + +







 入り組んだ道を急ぎながら、ティナは辺りをキョロキョロ見渡していた。

「やっぱり、ウェクトって変な街だよね」

「と、いいますと?」

「ん〜雰囲気っていうのかな、人がいないからかもしれないけど」

 ティナ自身、よくは分からないらしい。その様子を見てアレスは微笑した。

「そうですね。と、ティナ。どうやら中心はあそこのようですよ」

「え?」

「敵さんの……いえ、大ボスのお出ましです」

 建物の合間から、一番大きい塔の近くに浮くミスカルが見えた。

「よし。行くよ!」

「はい」

 ティナは剣を取り、アレスはカイを召喚すると、広場に駆け込んだ。





「ミスカル、ミケルを返してもらうからね!」

 宣言は、ここに来た証。

 絶対に迷わない、決意の印。

『あはは〜久しぶりだね、ティナ。でも、そう言われて返すと思う?』

「それなら、倒して返してもらうまでですよ」

『そっか。じゃぁ、仕方ないな』

 ミスカルは目を閉じると両手を広げた。

『 魂だけとなった死霊達よ 我が言葉聞こえたならば目を覚ませ


 肉体なき者には土塊の体を 魂の欠けし者には炎を補おう


 その代償として 我が命を聞きとどけん


 目の前の生きる者から その魂を奪い去れ!



 どんな方法をとってもいいさ、行け! 亡者達よ!』


 かつて広場であったその場所の、石畳の途切れた、土肌が動いた。

 泥の塊のようになると、二人の周囲を取り囲む。

 そして、徐々に人の形を成していった。

 ただし目と鼻のあるべき場所には、三つの穴しかなかった。

「一体どういうつもり? さっきの、魔物達とどう違うっていうの!」

『どう違う? 戦ってみれば分かるよ。ボクはもうちょっと、見てるだけにしてあげるからさ』

 じわり、じわりと、土人形達は二人に迫ってきていた。

「氷冷刃(ひょうれいじん)!」

 アレスが氷の刃を土人形に放った。が、その刃は横から現れた雷の壁に阻まれる。

「なっ?!」 「えっ?!」

 二人は一瞬我が目を疑ってしまった。

 ミスカルは動いていない。

 土人形達の方から、魔法が放たれたのだ。

「……成る程。そういうことですか」

「やっかいだね。これを、倒せってこと?」

「ええ。魔法返しをされるなら、その上を行くまでです。水槍撃! 風巻竜(かざまきりゅう)!」

 水の槍と竜巻が土人形を襲った。それと同時にティナが突っ込む。

 水の槍を防ぐには、土系の防御呪文が、竜巻を防ぐには炎系の防御呪文が有効である。

 しかし、土系の防御呪文を唱えれば、竜巻で壊されてしまい、炎系の防御呪文を唱えれば水の槍で壊されてしまうのだ。

 確かに一部の土人形は壊された。しかし、散った土はまた人形と化したのである。

「嘘、無限地獄?」

『せいか〜い! その魂の消えぬ限り動き続けるよ。おもしろいでしょ?』

 ミスカルは楽しそうに宙を舞っている。

「こいつらを倒さないと、ミスカルに手を出せない。でも、こいつらは……」

「無限の命を持っている、と」

 ティナとアレスは目を合わせて、息をのんだ。

 無限地獄の鎖を立つには、ミスカルを攻撃するほかない。

「地水火風を持たぬ闇精……闇壊刃(おんかいは)!」

 アレスは一か八かの覚悟で、ミスカルに攻撃魔法を放った。

『ふ〜ん。考えたねぇ…でも』

 黒紫の刃が、ミスカルに向かい飛んだが、それは当たらずに四散した。

『ボクに魔法攻撃は滅多なことがなきゃ、当たらないよ。残念だけど……さぁ、何をしてるんだ亡者達。どんどん、攻撃していいんだぞ』

 ミスカルのその言葉が、亡者達をまた奮い立たせた。

 攻撃されるのを待つのではなく、自ら進んで攻撃するようになったのである。

 死人の塊である土人形は、死を恐れたりなどしない。

 絶え間ない攻撃に、ティナとアレスは、ミスカルにどうやって攻撃するかを考える間がまったくなくなってしまったのだった。



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