第7話 『転じの光』

 (痛みが、遠のいていく……?)

 アレスは、実感の感じられないその場所で、目を開けた。

 暗闇のようでそうではない、ふわふわとした感覚。

 夢の中に似ていた。

"ここは……というか、僕死んだのでは?"

"あほゥ! まだ、死んではないぞォ"

 小さな竜巻が、アレスの目の前で起こり、風蛇が姿を現した。

 とたんに自分の輪郭もはっきりと見える。

"え……?"

"んまァ、それは、おいといてェ……気にかかることが、あるんだろォ?"

 風蛇にそう言われ、アレスは今までぼやけていた頭が、さえた気がした。

 自分のことはどうでもいい。今重要なことは、他にある。

"もしできるのならば、ミケルの心の底へ行けないでしょうか?"

 生きているならば無理だろうが、もしかしたらとアレスは考えたのだ。

 風蛇はその言葉を聞き、驚くかと思われたが、どうやら初めから解っていたようだった。

"それはァ、できないこともォないぞォ というかァ、お前がそう言うと思ってェ、ここに来たんだがァ"

"本当ですか! それならば、今すぐ連れて行ってください! 風蛇!"

"それはいいがァ、もう自分の体にはァ戻れないぞォ……それでもォいいのかァ?"

"いいですよ。聖なる珠(ホルオーブ)が壊れた以上、僕が生きている必要はなくなったということ。

 もし、まだできることがあるならば、それを優先するだけです"

 アレスの微笑みには、やっぱり勝てないなと、つくづく思う風蛇であった。





 + + +





 闇の中で、うずくまる影を見つけた。

 風蛇に連れてきてもらってから、随分と歩き回った気がする。

 見つけたはいいのだが、どういう訳か声をかけるのに戸惑ってしまった。

(う〜ん……このままだと、僕がここに来た意味がないですよねぇ。ティナも大変だろうし)

"ミケル"

 返事はなかった。アレスは苦笑すると、そばにしゃがみ込んだ。

"ミケル。ここには何もない、それだけですよ? 顔、上げてください"

 それでも、ミケルは動こうとしない。

 アレスはしばらく待ってみたが、それでもミケルは動かなかった。

"ミケル、ティナも僕も怒ってませんから、いい加減目を覚ましてください。ミスカルの力も少し弱まったでしょう?"

 その時、ミケルがようやく顔を上げた。

 久々に見たミケルの顔は、少し青白く見えた。

"オレ、は……"

"というか、戻ってもらわないと、僕が困るんですよ。もう、体には戻れませんから"

"……は? え゛?!"

 今まで表情のなかったミケルの顔に、色が戻った。

 何かとんでもないことを、アレスはいわなかっただろうか?

 あまりにも自然に、いつもの通りに微笑むので、理解に時間がかかってしまった。

"あれ? 見てなかったんですか。僕、もう虫の息ですよ"

"お前……それ、笑顔で言うことか?"

"だって、聖なる珠(ホルオーブ)壊れちゃったんですよ。ティナは無事ですけどね"

 ほら、と言って、アレスは右手をミケルに差し出した。

 ティナと違いミケルならばその意味を解るだろうと思ったから、それ以上は何もいわなかった。

 ウェクトの鍵として、役目を果たしたミケルには、少なからずかつての都の知識が入っているだろうから。

"だから、ティナを助けてあげてください。ミスカルを倒せるのは、ティナだけなんですから"

"ったく。オレがいないと、ダメってやつか。仕方ねぇなぁ"

 苦笑してミケルはようやく立ち上がった。

 ようやく、らしさが戻ってきたようだ。

"その息です、ミケルはそうでなくては。もう、大丈夫ですね"

 ポンポンと、ミケルの背を叩くと、アレスはその場に浮き上がった。

 何かをしたわけではない。おそらく、役目が終わったからなのだろう。

"もう、行くのか?"

"どうやらそうらしいですね。お迎えのようです"

 確かに、アレスの姿が徐々に消え始めていた。

 魂だけが存在することも、困難になってきたようである。

"色々悪かったな。オレの所為で"

"ミケルの所為じゃないですよ。まぁ、言ってしまえば天運の通りに進んだってところでしょうか?
 けれども、それを覆せるのは、ティナなんだと思います"

"そうだな"

"早く、行ってあげてください。と、最後にここの闇を祓ってしまいましょうか"

 どこから出したのか、アレスの右手には大きな水晶が握られていた。

 杖についていたものとは違う、不思議な輝きをもった水晶である。

"て、アレス。お前、夢の底で魔法使えるのか?"

"そんなモノ、やってみなくては分からないじゃないですか。それに、僕もう死んでるんですよ?"

 それは、へりくつだろ……と、ミケルがぼやくのも無視して、アレスは水晶を宙に放った。

 自然と浮かび上がってきた呪文。

 それは、いつも使っているものではなかった。

"我願うはどんな闇にも負けぬ光 正しき者を導く聖なる光 光の解罪!"

 水晶が光を解き放つ。暖かい風が辺りを吹き抜け、闇が音もなく崩れ去っていった。

 ミケルにとって、久々に見た光ある世界だった。

"サンキュ、アレス。……アレス?"

 もうその場に、アレスはいなかった。

 暖かい光の世界に、もう彼はいない。

 ミケルが見上げると、光の軌跡が僅かに残っていた。



――――頑張ってくださいね…



"ばーか。言われなくとも、分かってるぜ"

 ミケルはそのまま、夢の底から姿を消したのだった。







 + + +







『……だなぁ。自分を盾にしてまで、守るようなもん?』

 ケラケラとミスカルは笑っていた。己の怪我も忘れて。

 ミケルが完全に意識を取り戻した時、そんなミスカルの声が聞こえた。

 音の後は感覚だった。

 宙に浮いたまま拘束されている、少し不可思議な窮屈な感覚。

「なんだこれ?」

 だがその炎はミケルが動き出したとたん、一瞬にしてかき消えた。

 そしてそのまま浮力がなくなり、地面に落とされたのである。

 ミケルは何とか着地すると、今どういう状況か見定めようと辺りを見渡した。

『そんなんじゃ、やられても文句は言えないよ? 炎刃朱撃(えんはしゅげき)!』

 朱色の刃がティナに向けて、放たれた。

 それに、ティナは避ける気配を見せない……いや、全く気づかない。

 ミケルは舌打ちすると、杖を横向きに持ち替えた。

「海に住し水精よ、かの者を守れ! 青海壁(せいかいへき)!」

 瞬時に形成された、水の膜でできた壁は、朱色の炎の刃を受け止めると、すべてを無に帰した。

 追撃の心配もあるため、急いでティナのそばに駆け寄る。

 見上げると、驚いた顔のミスカルがそこにいた。

『なっ、なんでっ?!』

 尋ねるミスカルにミケルは鼻で笑い、答えようとはしなかった。

 相手が混乱している間に、放心状態のティナへと向きをかえる。

 ミケルは、その頭をとりあえず小突いた。

「ティナ! いつまでそうしてる。アレスが言ってたぞ"頑張ってくださいね"って。
 お前は、守ってもらった命を無駄にする気か?」

「ミ、ミケル?」

 それは信じられない光景だった。

 かつてのミケルがそこにいて、前のように悪態をついている。

「なんだよ、オレ様の顔に何かついてるか?」

「……っミケル〜!!」

 気づけばティナは、目に涙を浮かべミケルに抱きついていたのだった。

「は? ちょっ、いきな、おま……この状況で、何考えて」

「って、ミケル。アレスが言ってたって?」

「あいつのおかげで、戻って来れた。……オレは、もう大丈夫だ」

「うん」

 ティナにもどうやらいつもの気力が戻ってきたようだ。

 剣を拾い上げると、ミケルはティナに手渡した。

「てことだ、ミスカル。お前もいい加減諦めたらどうだ?」

『やだね。君達が、諦めてボクの方につくなら考えてもいいけど?』

「そいつはゴメンだな。てことで……」

 ミケルは杖を小さくし右手に握り胸の前にそえると、左手をミスカルに向けた。

 今までにない構え。けれども、自信たっぷりの表情である。

「 全てを揺るがす風の力 地を走り天を貫け! 真風槍爪撃(しんふうそうそうげき)! 」

 今の魔法とはどこか違う呪文だったが、真空の獣爪の形をした槍が、ミスカルの方に飛んだ。

『なっ……盾炎防風(じゅんえんぼうほう)! なんで、それが使えるんだよ!』

 ミケルの攻撃を炎の盾で全て受け流したミスカルだが、驚きの表情のままだ。

 この呪文はウェクトにだけあった魔法。

 今の時代には失われてしまった、古代呪文である。

「ウェクトの知識なら、ウェクト浮上の時に流れ込んできた。大方、昔の奴らの仕掛けだろ?」

『……誤算は聖なる珠(ホルオーブ)の少年ってことか。紫闇斬刀(しおんざんとう)! 水龍爪破(すいりゅうそうは)!』

 ミスカルの声に呼応して、上空からは紫色の刃が、斜めからは水でできた龍が爪を光らせて飛んでくる。

 ティナは横に、ミケルは後ろにそれぞれ跳んで避ける。

 二人のいた地面にはえぐられたような跡ができた。

「あんなのあたったら、ただじゃすまない」

「多分、怒りにまかせて力の制御ができなくなってるはずだ。翼も片方なくなったしな」

「あの翼、やっぱり意味があったの?」

「ああ。力の象徴で、しかもミスカルの魔力の源。体の中に含みきれない物は全てあれに込めてあったんだよ」

 翼が力の象徴。

 ということはつまり……

「てことは、もう一方の翼を落としたら、かなり有利ってこと?」

「だろうな、落とせるか? ティナ」

「分かんない。でも、やってみるっきゃないでしょ?」

 放たれる魔法をよけながら、ティナは消えかかった闘志をよみがえらせていた。

 剣を握り直し、戦闘態勢が整ったことをミケルに伝える。

「ああ。 空駆ける天馬の力 かの者にその自由を与えん! 浮翔翼羽(ふしょうよくう)! 」

 ミケルの創った翼は、翠色ではなかった。

 呪文が違うからなのか、それとも鍵としての役目のために何らかの力が蘇ったのか。

 以前よりも力強く透き通った空色の翼、キラキラ光る宝石のような色だった。

『蒼天斬撃(そうてんざんげき)! 炎爆鈴傷(えんばくりんしょう)!』

 ミスカルの放つ攻撃には、時折血が混じっているかに見えた。

 攻撃の度に確実に二人をねらって腕を振り下ろすため、腕に伝った血が舞うのだろう。

 それを全てかわすと、剣に白い炎を纏わせてティナは再び地面を蹴った。

『くっ……雷破散撃(らいはさんげき)!!』

 痛みで反応が遅れたミスカルは、どうにか雷撃の網を放つ。

 しかし、今のティナにはその早さは遅すぎた。

「せぇぇぇぇいっ!」

 振り下ろされた剣は、ミスカルがよけたこともあり、右翼をはずれ右腕を斬りつけた。

『っ痛ぅ……砕破雹蓮(さいはひょうれん)!』

 氷の蓮がティナの側で砕け散った。だがそれは、判断のミス。

 剣に炎を纏うティナに、氷の攻撃は届かない。

「残念でした! てやぁぁぁっ!」

 二太刀目がはずれることはなかった。

 隙をついて背をとったティナが、攻撃をはずすことはなかったからである。

 今度こそティナは、ミスカルの右翼を切り落としたのだった。

『――――――!』

 白い炎は右翼を蝕み、燃え尽きる前に四散すると風に戻った。

 血飛沫が舞い、翼をなくしたミスカルは地面に叩きつけられたのである。

『っ……』

 翼のあった場所からの出血は、止まっていなかった。

 ティナには見えなかったが、血と共に、わずかだが魔力もこぼれだしていたのである。

 それでも、ふらふらと立ち上がると、ミスカルは二人を睨みつけた。

「まだやる気かよ、お前は」

『こんな傷、あとで治せる。一番の問題は、お前達なんだ。だから……強華炎舞(ごうかえんぶ)!』

 その炎の華は、二人を狙った物ではなく、周辺の建物を狙っていた。

 花びらが火種となり、燃えやすいものに移る。

 辺りは一瞬にして火の海となったのである。

『さぁ……自分の命をかけてまで、まだ戦うかい?』

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて、二人から距離をとった。

 ミスカルを相手にこのまま戦えば、己の命を落とすぞ、という脅しだ。

 だが、とどめを刺さねばまたウェクト復活のためにミスカルは動くだろう。

 ミケルは小さく舌を打った。

「……最終手段しか、ねぇってか」

 半分諦めたような口調で、ミケルは手の中の小さい杖を見てから握りしめた。

 ティナには、その最終手段がわからない。

 首を傾げると、ミケルの顔をのぞき込んだ。

「どうするの?」

「時間はかけられねぇ。となれば、ミスカルをオレの中に封印する」

「……でも、ミケル」

「大丈夫だよ。封印するからって、何か変わるわけでもねぇって」

 土地に封印するという手もあるはずだ。

 だが、ウェクトの地では逆にミスカルに力を与えることも考えられる。

 この場にいるのは二人。どちらかの体に封じるしかない。

 封印の術(すべ)を知るのはミケルだけ。だから、その決定権もミケルにしかない。

「白い炎、すぐ出せるか?」

「うん。でもどうするの?」

「水晶に炎を入れるんだよ。それ以上はオレに任せとけって」

 僅かな不安を覚えながらも、ティナはまた剣に白い炎を纏わせたのである。

(できる、多分じゃない。絶対だ……)

 心の中の邪念を払うと、ミケルは水晶をティナの剣に近づけた。

「御身全てを焼き焦がす、聖なる炎よ 今我が水晶に宿り、その力を貸したもう」

 剣の周りにあった炎は、意志を持ったかのように揺らめき、ミケルの手の中にある水晶に吸い込まれていった。

 ミスカルと決着をつける時は、すぐそこだった。



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