ミスカルは、白い壁に寄りかかり空を見上げていた。 自分の髪と同じ蒼天の空は、かつてもこんな色でウェクトを見守っていたのだろうか。 『……血が止まらない』 握りしめた、傷口を押さえていた黒い手袋が、血でぐっしょり濡れていた。 治癒の魔法でどうにかしようとも思ったが、翼に込められた魔力がすぐ戻るわけではない。 今、優先するべきことは、自分ではない。 『ボクは、負けることは許されない。だからこそ……』 「何一人でぶつぶつ言ってんだよ」 正面を見ればミケルが立っていた。 自分と同じ、本来ならば現在にいるはずのないもの。 けれども、選んだ道は真逆だった。 『結局君は、ウェクトを裏切るんだね。過去の人がどんな思いを持って、計画したかわかってるの? それを無駄にす』 「過去なんざ知るか。沈む運命だったもんを復活させて何になる。オレは……」 ミケルは右手をミスカルにゆっくり向けた。 「誰になんと言われようと、自分の思ったように生きるだけだ! 聖炎よ檻となれ!」 左手に握られた水晶から、白い炎がわき上がる。 それはミケルの腕を伝い、右手から放たれた。 白蛇……いや、白い龍の姿になった炎はミスカルの両手両足を縛る。 『聖炎?! 何をするつもりなんだよ、ミケル!』 「倒したって、お前のことだ、時がたてば復活するだろう? だから、お前をオレの中に封印する」 封印の言葉に、ミスカルは目を見開いた。 ミケルの顔に勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。 「今更気づいても遅いぜ。お前に逃げるすべは……ない!」 『ミケル、それが何を意味するかわかってるの?』 「ああ、十分にな。 蒼天の彼方我らを見つめる星々よ その力しばし妨げること許したもう 大地の運命を動かす悪しき星の定め 我が中に閉じこめることを…… 過去より曲げられし天運の鎖 今聖炎の力を持って解き放とう 天地無限回廊をさまよい賜え! 封倒追吸(ふうとうついきゅう)! 」 ミケルは呪文を唱えながら、五芒星を描いた。 今、すらすらと古代呪文を唱えている自分を、不思議には思わなかった。 植え付けられた記憶といってしまえば、そうなのだが……本来自分が得るべきものだったかもしれないと思うと、ただ自然だと思えるのである。 最後に五芒星の中心から、ミスカルに向けて聖炎のまだ残る水晶を投げつけた。 杖を小さくした形のままだったからか、水晶を支える杖の一端が針のように尖り、ミスカルの胸に突き刺さる。 炎がその姿を包み、光がミケルの胸へとのびる。 『後悔するのは……ミケルだから……ね……ボクは……まだ……諦めた……わけじゃ』 ミスカルのすべてが、五芒星を通り抜け、光に転じた。 声は風に溶け、一瞬ミケルの胸にちりっとした痛みを残していったのである。 「後悔はしない。それが俺の罪滅ぼしだからな」 そのつぶやきは、風が遮ったためティナには届くことはなかった。 ミケルが振り返ると、ティナが少しふらついていた。 「って、オイ! ティナ!」 慌てて駆け寄り支えると、なんとか倒れるのを免れた。 「ゴメン。なんか、眠い」 「……はぁ?!」 「凄い……つかれ……た」 そのままティナは、ミケルに支えられた状態で、静かに寝息を立て始めた。 「ったく、慣れてねぇのに、聖炎ばっか使うからだよ」 ティナの剣を鞘に戻すと、ミケルはティナを抱え上げた。 すると、徐々にだが地面が揺れだした。 「いよいよ……か」 主を失ったウェクトは、もうこの場に留まる力を持ってはいない。 ミスカルが完全にこの地へとどめる魔法を使っていなかったことが、幸いだった。 火の気の少ない、アレスの横たわる場所へ移動すると、ミケルは何故か火の燃え移らない木の上を見やった。 「……で、いつまでそうやって黙って見てるんだよ」 しかし返事はない。 「最初っから、気づいてたんだよ。ティナはともかく、恐らくアレスもな。理由の説明は別にいい。ただ、頼みがあるんだ、出てこいよ」 「まったく、どうして君たちは……」 音もなく木の上から降りてきたのは、ルナシュアだった。 彼女の周りに、不思議な風の気配を感じる。 それが、火から彼女を守っているのである。 「私の役目は全てを見届けること。それだけよ」 「なら、あんたは生き残るつもりだろう? だったら、この火の海からティナを連れだしてくれ。コイツは何があっても生きていて欲しいから……」 「それはかまわないわ。でも、どうするつもり? ミスカルをその身に封印した上で何を……まさか!」 ルナシュアはミケルの隠す"何か"に気づいた。 それを見ると、ミケルは穏やかに微笑んだ。 「これで、終わるならいいんだよ。オレなりの覚悟ってやつだ。それに過去の過ちは過去の人間が消すしかない。 ティナにあやまっといてくれ、勝手で悪いな……と」 ルナシュアにティナを預ける。 ちらりと後ろへ視線を動かし、また正面を向いた。 「ホントなら、アレスもつれだした方がいいんだろうけど、もう無理そうだしな」 無理だというのは運ぶことができない、という意味ではない。 聖なる珠によって生かされた体は、徐々に崩れかけていたのである。 髪からはずれた風鳥の守りを、ティナのする水龍の鱗の守りに結びつけた。 「もうすぐここも火の海になる。そして、またかつてのように沈むんだろうよ」 「ええ。神にも近い力を持った者でさえ、天の定めからは逃れられなかった。そして、復活もまたなされない ……動かないはずの天運が動いたから」 「動かないはずの、か。あんたは知ってたんじゃないのか? ウェクトの復活はなされないことを」 ルナシュアが、その問いに答えることはなかった。 そして、ミケルも問いつめることはない。 「さっさと、行けよ。間に合わなくなる前に」 「ごめんなさい…それから、ありがとう」 ティナを背負うと、急いで火の気の少ない道を走り出した。 ルナシュアを見送ると、ミケルその場を後にしたのである。 火の放たれた中心、国の中心にそびえる高い塔のところへむかったのだ。 その影は、崩れ落ちてきた建物に遮られ、見えなくなった。 ミケルがその後どうなったかは、誰も知るよしもない。 ウェクトは再び海に沈んだ。 100年前と違うところは、燃えさかる火の所為で建物が殆ど壊滅状態になったぐらいだろう。 今度こそ本当に、ウェクトは幻の国とかしたのである。 + + + 「……んっ」 ティナが目を覚ました時、空は朝焼けの色だった。 「私寝ちゃっ…あれ?!」 そこは、ウェクトに入る前、一晩過ごした場所である。 体を起こすと、目の前にいたのは予想外の人物だった。 「どうしてルナシュア姉様が……ミケルは?! あのあとどうなっ」 「落ち着いて、ティナ……ね?」 今まで見たことのない、ルナシュア姉様がそこにいる…とティナは思った。 「ウェクトは沈んだわ。ミスカルが消えたから」 ティナは反射的に立ち上がると、そのままウェクトのあった方に歩き出そうとした。 が、その腕をルナシュアがしっかりと掴む。 「何をするつもり、ティナ」 「だって!」 「いいから、最後まで話を聞きなさい! あなたが選ぶのはそれからよ」 ルナシュアの声に気圧されて、ティナはその場に再び座った。 「ミケル君からの伝言『勝手で悪いな』って。アレス君は残念ながら、外に連れ出すことはできなかったわ」 「じゃぁ、私だけ? 私だけが、ここに無事でいるってこと?」 「……そう、ね。けど……その命は大事になさい。二人が守ってくれたものでしょう」 叫びかけるティナに、落ち着いたルナシュアの声は奥まで響いた。 二人が守ってくれたもの……それは、投げ出してはいけないということ。 (そう、守られたのはただ一つの小さな星) 天運に記された三人の未来は、決して明るいものではなかった。 だが、それを流れるままに受け入れるのではなく、自分たちで選んだからこその結末だ。 ミスカルによって滅ぼされるはずだったティナの星は、二つの星によって守られたのである。 「…………る」 「え?」 「私……また旅にでるよ」 ティナの顔に、もう迷いはひとつもなかった。 そしてその手には、水龍の鱗と風鳥の羽の守りが握られていた。 「でもっ」 「いいの、もう決めた。二人の分頑張って生きる。もしかしたら、巡り会えるかもしれないし ……シェキに頼まれた約束は守ったから。だから、ルナシュア姉様。これを頼んでもいいかな?」 そう言って差し出したのは、守り水晶の入ったティナのいつも首から下げている袋。 反射的に受け取ったルナシュアは、差し出された物を見て驚いている。 「ティナ、これ……」 「カルタを出る時に義兄様が渡してくれた物。もし機会があったら、義兄様に渡してほしいの。私は元気で旅を続けてるからって」 「戻る気は、ないの?」 「うん。あそこに戻ると、また甘えちゃいそうだから。私は、自分で選んだ道を行くよ」 自分の道を見つけて歩み出した小さな星。 向かうのは、未開の地である神龍山(シンロンザン)の方角。 「星の加護が、ありますように」 朝日の向こうへ歩み出す大きな背を、ルナシュアは静かに見送った。 黒髪の少年の星は、ようやく風へと帰っていった。本来の居場所へ、未来への一歩を残して 闇にのまれし少年の星は、帰る星により光を取り戻した。 小さくなった巨大な闇は消え去った、青髪の少年の星の中へ そして、少女の星の前から消えてしまったのである。 少女の星は新たな旅路に向かった。 いなくなった星々を探すため、自分の可能性を試すために 第10章 終 back top next |
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