"お母さん! あそこの霧がかかってるとこに行きたい!" 花の冠をかぶり、家の庭で息を上げて立っている少女は言った。 "コラッ! そんな事言うんもんじゃないよ。あそこはねぇ、誰も帰ってきたことがない場所なんだよ、シア" 普段は怒らない母が声を荒げたため、少女は怯えていた。 "帰って……これないの?" "ああ、そうだよ。さぁ、そんなことはいいから、みんなと遊んでおいで" "は〜い" 少女は元気を取り戻すと、庭の外に駆けていった。 母親は少女が行ったのを確認すると、ポツリと言った。 "それにしてもあの場所、一年前はもっと上にあったのに…" * * * ティナとミケルが一緒に旅を始めてから二週間。 いくつもの町、村、森を越え確実にシグス国に近づいていた。 スシャラ国より南は、シグス国の国境までどの国にも属さない村や町となっている。 なので、それぞれに特徴があった。今、二人は少し大きな町にいる。 この町についてすぐ、ミケルが目を離した隙にティナは姿を消した。 「だぁぁ! またどっか行きやがったな! ったく、オレが目を離すとすぐこれだ」 ブチブチと文句を言いながら、近くの店を覗く。 口は悪いが、ミケルは意外に面倒見が良いのだ。三つ目の店で、やっとティナを見つけた。 「ティナ。お前、いい加減にしろよ。追いてくぞ」 「え? うわっ、待ってよ〜」 さっさと歩き出すミケルを、ティナは少し名残惜しそうな目をすると、慌てて後を追った。 「あっそうだ。ミケル、さっき良いこと聞いたの」 またおいていかれそうになったので、急ぎ足で歩きながら楽しそうにしている。 「ああ? 厄介事はごめんだぜ」 ティナの聞いてくることに、良いことがあったためしがない。 二週間しか一緒にいないとは言え、それを実証するのに十分な事柄はあった。 「むぅ……この先のね、通る所に霧が出てるんだって」 「それがどうかしたか?」 ミケルはまた変な事を聞いてきやがったな、という顔をしながら、手に持っていた麻袋の中の氷を全て口に入れる。南に向かっているため、少しずつだが気温が上がっていた。 ティナはそれを物欲しそうに一瞬見たのだが、それに気づいてか気づかないでか、ミケルは視線を無視していた。 「それがね、一ヶ月前までは向かいの山の中腹にあって、今は麓の村を包んでるらしいの」 沈黙が続く。 ……だが、ミケルは考えると、興味がわいたのか、真剣に話を聞きだした。 「で、その中に入った人の話では、その村では不思議な幻を見るとか、霧の中に青い獣が住んでるとか、外との時間の流れが違うとか……とにかく不思議なんだって!」 ティナは真面目な顔をしている。 あくまで噂と言ってしまえばそうだが、"青い獣"と"時間の流が違う"というコトに、少々惹かれた。 「ま、どうせ日がまだ長いし、少しぐれぇ寄り道しても良いだろ。ティナ行くぞ、その霧の謎オレ様が解いてやる!」 ミケルは杖を持っている右手を、空に高々と上げ張り切っている。 ティナはその返事が聞けて、うれしそうだった。 町外れに来た頃、うっすらと霧がかかり始めた。 どんどん歩くうちに、ミルク色の濃い霧に包まれる。 すると、ミケルが顔をゆがませた。 「ティナ、気をつけろ。やっぱ、ただの霧じゃぁねぇぞ。魔法の気配がしやがる」 「え?! て事は、霧の中の青い獣って…」 「ああ。……多分、ここの監視役だな。誰かが召喚獣を置いてるに違いねぇ」 パキッ と後方から木の枝を踏む音が聞こえた。二人は一瞬体を緊張させ、そちらを振り向いた。 ミルク色の濃い霧から出てきたのは、5〜6歳の小さな女の子だった。 二人は少女の姿を見ると、目を合わせる。 「ど〜してこんなとこに、ちっこいガキがいるんだ?」 「さぁ?」 グイッと少女にマントを引っ張られたミケルは、バランスを崩しそうになる。 「おわっ?! 危ねぇだろっいきなり。なにしやが……」 怒鳴ろうとしたミケルをティナは引っ張った。 「何すんだよ、ティナ!」 勿論、怒りの矛先は少女ではなく、今度はティナの方に向いた。 だが、驚いてるでしょ! というティナの言葉に、ミケルは押し黙った。 「あっ……あのね、おうちに……おうちに帰れないの」 ティナとミケルとを交互に見ていた少女は、自分に何もしてこないことを理解すると、少しずつ喋りだした。 「みんなと隠れんぼしててね、霧の中に入ったらね、ここが何処かわからないの……」 ポロポロと涙をこぼしながら、少女は訴えてくる。 「ちっ、迷子かよ、仕方ねぇな。お前、この霧の中にある村の子か?」 少女は首を縦に盛大に振った。 ティナは、こんなミケルを見て面倒見が良いな、と思ってしまう。 「そうか。……んじゃ、この霧に住みし水精よ我が力となり姿を現せ、召喚!」 辺りの霧が一ヶ所に集まり、人の形を作っていく。 数秒後、額に一本の白い角、えらの耳、綺麗な海の色の短い髪と目をもち、白い着物に青い帯の女の子が現れた。サイズは人の手に乗るくらいだった。 「水精よぉ、この子の住む村まで案内してくれねぇか?」 "本当は、あまり近づいて欲しくないのですが" 水精は困った顔をしている。どうやら何か、わけありらしい。 「そこを何とか出来ねぇか?」 ミケルは念を押して聞いた。 "わかりました。…ついてきて下さい" 水精はあっさり答えると、身体を180°回転させて、霧の奥に進んでいった。 「ティナ、行くぞ」 いつの間にか少女を背負ったミケルは、走り出した。ティナもその後に続く。 ミルク色の濃い霧を進んでいくと、目の前が明るくなってきた。 "私が教えられるのは、ここまでですわ" 霧が薄れだした所で、水精は止まった。 「そっか。サンキュ、水精」 "いいえ。ただ、忠告します。一刻も早くここから…" 最後の方の言葉は、風にかき消されて聞こえなかった。 back top next |
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