第2話 『シアのおうち』

 水精の言葉が引っかかったが、もう一度呼び寄せる理由がないためミケルは諦めた。

 霧が晴れていくと、少女は喜びの声を上げた。

「あっ、おうち……おうちが見えたぁ! お兄ちゃん、下ろしてぇ!」

 ミケルは言われねぇでもわかってるよと思いつつ、少女を下ろした。

「……ほらよ」

 ティナは二人のやりとりを見て、思わず口元がほころんでしまう。

 まるで、ホントの兄妹のやりとりに見えたからだ。

「そうだっ、お兄ちゃん達。私のおうちに来てよ!」

 村に戻ったおかげで、元気の出た少女は再びミケルのマントを引っ張った。

 ミケルが怒ろうとしたのをなだめて、ティナは少女に会わせしゃがんだ。

「あなたの名前、まだ聞いてなかったでしょ? …私はティナ」

 ティナにつつかれ、ミケルもとりあえず答えた。

「オレはミケルだ」

「私はシア! 早く早く〜」

 二人はまだ承知していない。

 だが、シアの中ではもう決まってしまっていたようで、村の真ん中の大きな道を駆けていった。

「……どうする?」

「どうするって……ついて行くしかねぇんじゃねぇの?」

 二人が迷っていると、シアが再び呼んだ。

「早くぅ〜! ティナお姉ちゃん、ミケルお兄ちゃん!」

 二人は顔を合わせると、走り出した。

 シアの後について行きたどり着いたのは、一際大きい家だった。

 二人が躊躇してると、シアが腕を引っ張った。

「ほらぁ…大丈夫だから!」

 二人がついてきてくれたのがうれしいのか、シアは一生懸命だった。

 玄関の前に立つと、シアがドアを開けた。

「お母さん、ただいまぁ〜!」

 すると、中からシアの母親と思われる女性が駆けてきた。「こらっ。どこに行ってたんだいっ! 昼の鐘が鳴ったら帰っておいでと……」

 後ろにいる二人に気がつくと、あら、まぁ と言いながら慌てて口を紡ぐ。

 そして、シアから理由を聞くと二人の方を向いた。

「ありがとうございます。この子を助けて下さって。えっと…」

 母親がうろたえているので、二人は名乗った。

「ティナです」

「ミケルだ」

「ティナさんとミケルさんですね、どうぞ上がって下さい」

 やさしく微笑むシアの母親を見ると、二人は断るわけにもいかず、言葉に従うことにした。

 二人が案内されたのは、庭のテーブルのある所だった。

 椅子に座ったとたん、ミケルが口を開いた。

「この村の事で、聞きてぇ事があるんだが…いいか?」

「ええ、私の答えられる範囲でしたら」

 お茶を運びながら笑うシアの母親の様子を見て、二人は安心した。

「どうして村の周りに霧があるの?」

「それは……残念ながら、私達にもわかりません。ただ、一年前は向かいのあの山にあったものなんです」

 シアの母親が指した先に、山の影だけが見えた。

「あそこにあったんだ」

「ええ。それがつい最近、徐々に下りてきたかと思うと、私達の村の周りを包んだんです。それ以来、ある時刻になると、人の後ろに奇妙な影が現れるようになって……」

 ワナワナと母親がふるえだした。そして、バランスを崩し地面に倒れかける。

 その時、並べていたカップが下に落ち、音を立てて割れた。

 母親の方はティナが支え、何とか倒れるのを免れた。

「ごっごめんなさい。いきなりこんな事聞いて。普通は順序通りにするもんですよね」

 ティナは慌てていた。

 自分が余計なことを聞いたのではないかと、そればかりが心配になる。

「いいえ、いいんです。村の外の人は、よく聞きたがりますから……」

「それにしちゃぁ、驚きすぎじゃねぇのか?」

 ミケルが冷静に言う。

 表にだしてはいないが、おそらくミケルも内心慌ててはいたのだろう。

「すみません。ここ一ヶ月ほど外の人が来てなかったものですから」

 シアの母親はティナにお礼を言うと、スカートの裾を軽くはたく。

 そして、落ちて割れているカップを拾うと、二人に断りを入れて家の中に戻っていった。

「外との時間差、ホントみたいだね」

 母親がいなくなってからティナは言った。

「ああ、一ヶ月ほど来てねぇのは、おかしいだろ」

 ティナの聞いてきた噂はここ一ヶ月以内のこと、しかしシアの母親は"一ヶ月ほど外の人は来ていない"と言っていた。

「ついでに言うと、青い獣もまんざら嘘じゃねぇな。この村に魔法使いの気配がしねぇ」

 ティナはミケルの話を頭の中で整理していく。

「でも、まだ調べることはいっぱいありそうだね」

「だけどよぉ。何処で、どうやって?」

 二人はまた考えが行き詰まってしまった。



 そこへ、再びお茶をもってシアの母親が戻ってきた。

 とりあえず二人はお茶を頂くことにした時、子供の声が聞こえてくる。

「こっちこっち〜!」

 一番元気な声の持ち主は、やはりシアだ。

 後ろから数人の男の子と女の子がついてきている。

「このお兄ちゃんなんだよ! まほ〜使ったの!」

 子供達は目をキラキラ輝かせている。

(まさか)

 ミケルは嫌な予感がよぎった。

「あらあら。シア、迷惑をかけては駄目だとあれほど……」

「珍しいのか? この村で魔法は」

 ミケルは念のため尋ねてみる。

「ええ、このような場所でしょう。なので、外の人しか使いませんから」

(やっぱりそうかよ)

 ミケルはため息をついた。

「ねぇねぇ見せてよ〜!」「どんなのやるの〜?」「見せて見せて〜!」

 口々に子供達は騒ぐ。

 ミケルは半分諦めた顔で、魔法を使いだした。

「……空に住みし風精よ、我が力となり姿を現せ……召喚」

 ミケルの、周りに風が吹き目の前に集まってゆく。

 数秒後、そこに現れたのは、腰まで届く澄んだ緑の長い髪と目、右耳にオレンジ色の輪のピアス、左耳には同じ色のリボンのピアス。両腕には 翠色の腕輪をし、白い半袖に白いロングスカート。スカートの上には、透き通った緑色のスカートを着ている、風精が現れた。

 もちろんサイズは人の手に乗るくらいだ。

「わぁ〜!」「すご〜い」「かわいい!」

 子供達はさらに目を輝かせ、歓声を上げる。

「風精、コイツらが遊び終わるまで、相手をしてやってくんねぇか?」

"いいですわ。それがあなたの望みなら"

 くるりと回って、風精は快く承知してくれた。

「ほら、ガキども。この精霊が相手してくれっから、どっかで遊んできな。また時間あったら、魔法見せてやっから」

 上手い具合に言い逃れることをやってのけたミケルは、ついでにと最後の言葉を付け加えた。

 精霊と遊んでいる間は、こちらに戻ってくる余裕なんてないとふんでである。

「はぁ〜い。行こう精霊さん!」

 バタバタとうれしそうに駆けていく子供達を見送ってから、二人はまた話を聞いた。

 わかったことは、村の人は霧の外に出られないこと。

 影が見えるのは、夕方・日の沈む直前と、朝方・朝日の昇った直後であること。

 この村では青色のたてがみを持つ水狼が幸福を呼ぶ神とされていること等だった。


back top next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送