第4話 『罠とワナ』

 翌朝

 ミケルは、いきなりティナの部屋のドアを開けた。

「っててて……ティナ〜朝だぞっ! 起きろ! って何笑ってんだよ!」

 痛い首をさすりつつ、ミケルはティナのベッドの側に立った。

 シアのおじいさんに当たる村長の家には、空き部屋はたくさんあった。

 だが、ベッドがある部屋は1つしかなく、二人は昨夜部屋の取り合いをした。

 結局口喧嘩での決着はつかず、カードゲームの勝負で圧勝したティナが、ベッドのある部屋で寝ていた。

「あ〜畜生! 首イテェ。もうぜってぇ椅子なんかで寝てたまるかっ! 起きろよっ!オレ様が起こしに来てやってんだぞ!」

 ミケルがいくら騒いでも怒鳴っても、ティナはぐっすり寝ている。

「こいつ……しまいにゃ、水ぶっかけっぞ!」

 ミケルは今までの経験上、もう少しだけ待つことにした。

 待ってもどうしようもなかったことが頭をかすめたのだが、人の家でやることではない。

 やる事がないので、窓を開けテラスに出る。

 暑いはずなのに霧が出ているためか、ミケルの横を涼しい風が通りすぎる。

 心地よい風と言うよりも、どちらかというと悪寒を感じさせる風だ。

「ここの風精、霧のせいか少し力が弱いな。どうにかしてやんねぇと」

 ミケルは風精のことを口にしながら、夢の中での水虎の言葉を思い出していた。

 旅に出てから夢で会ってくれる水虎は、ミケルに色々なことを教えてくれていた。

"この問題は厄介やで……"と言ったときの水虎の表情が、いつもとは違った。

「ちっ。もう少し詳しく教えてくれりゃぁ良いものを。何が―人間っちゅうもんはな、先の事を知らんほうがええんや―だぁぁ!」

 自然と声が大きくなってしまうミケル。

 庭でハーブを摘んでいたシアの母親が、驚いた顔をしてこちらを見ている。

 ミケルは、その視線に気がついた。

「あ゛……わりぃ。つい大声で……」

「いいえ。それより、ティナさん起きてますか? もうすぐ朝ご飯の時間なんですが」

 もし起きていないなら、起こしましょうか? と付け加えられ、ミケルは自分が起こしに来ていたことを思い出した。

「あ〜今起こすわ」

 テラスから部屋に移り、窓を静かに閉めると、再びベッドの側に立った。

 穏やかな寝息は変わらずそこにある。

「ティナ! いい加減起きやがれっ!」

 最後の呼びかけにも反応しない。

 ミケルは、最後の手段をとることに決めた。

「霧に住みし水精よ、我が力となりかの者に冷水を掛けろ、極少降水」

 最終手段。要は魔法による強制的な起こし方である。

 パシャ とコップ一杯位の冷水がティナの顔に掛かる。

「うっっきゃぁぁぁ!」

 ティナの声が部屋中に響き渡る。

 ああ、鼻にでも入ったか。と、耳をふさぐミケルは一人納得していた。

「……うるせぇよ、ティナ」

 うんざりとした顔でミケルは注意した。

 自分にではない。周辺の人、及びこの家の人に対しての『五月蠅い』である。

「五月蠅いも何も、水掛けて起こすからでしょ!」

 頬を膨らせながら、掛けていた布団で顔を拭くティナ。

 人の家のもので行うのもどうかと思う。しかし、怒るティナの頭の中で、そんなことがかすめるわけは無かった。

「……さっき。シアの母さんがもうすぐ朝食にするってさ。さっさと下りて来いよ!」

 扉を閉めるミケルの背を見て、逃げるのかっ! とティナは思った。

 しかし、そんな場合ではない。朝食ということは、遅れれば自分の分は確実になくなる。

 とりあえず慌てて服を着替え、いつものように三つ編みを結うと部屋を出た。

 階段を下りていくと、焼きたてのパンの香りがしてくる。

「あ! おはよう、ティナお姉ちゃん」

「おはよう、シア。……これからだよね、朝食」

「うん。早く座って」

 食事の始まりは、村で幸福を呼ぶと言われる水狼への祈りからだった。

 食後シアは友達の所へ、村長は集会へ、シアの母親は近くの広場へと出掛けていった。

 そこで二人は、昨日と同じ庭のテーブルの所へ場所を移し、相談を始めた。

「ミケル、夢で水虎になんか聞いた?」

「いいや。あいつ、今日に限って何も喋らなかったぜ」

 夢での事を思い出し、少し不機嫌になる。

 むすっとふくれるミケルに、ティナは苦笑いを向けた。

「そっか。なんかね火龍が、霧に住んでる青い獣は人の思念が作り出した物だって……」

「そうか。え?!」

 ミケルは聞き違いかと思った。

 そして、言いようのない感情の矛先をティナに向ける。

「ちょっ……ちょっと待て、じゃぁオレが感じた魔法の気配は何だ?」

 いきなり立ち上がられて、ティナは慌てる。

「それは……形を作っているのは、何らかの魔法だって言ってたから」

 魔法のことは知らないよ。と言いたげに、ティナは頬をふくらせる。

「……つまりだ、思念を実体化させるために、魔法使ってやがるどっかの暇人がいるな」

 暇人と言いきるミケルの態度にティナは驚いた。

 しかし、この場合はそう言っても仕方ないとも思う。

「それで、どうするの?」

「どうするって……仕方ねぇ、罠でも張るか」

「罠? どうやって?」

 何も考えていないティナは、すぐに返す。

「霧の手前に、村を覆うよう結界を張る。そぉすりゃぁ、人の思念を断ち切れるはずだ。そうすると、青い獣……おそらく水狼の力が弱まる。で、それに気づいた魔法使いが様子を見に来る、そこを捕まえるってのでどうだ?」

「いいね、それ。やってみよう!」

 ティナは、どう考えても一番いい方法はこれしかないな、と思った。

 それこそが、相手の罠だとも知らずに。

 決まれば、行動の方は早かった。

 村の中心と思われる場所へ移動すると、早速ミケルは杖を横向きに構え呪文を唱えだした。

「大地に住みし土精よ、我が力となり村を包むように壁を作れ、特大地壁(とくだいちへき)!」

 初めは地面がわずかにせり上がったが、それ以上土が盛り上がることはなかった。

 だが、確実に半透明な茶色の壁は村を覆ったようで、一瞬空の色が茶色く変わったように見えた。

「これで、後は待つだけだぜ!」

「そうだね。……大丈夫かなぁ?」

 元の色に戻った空を見上げながら、ティナは呟いた。

「信用しろよ、オレ様の作った結界だぜ?」

 自信満々に言うミケルを見ると、ティナは大丈夫な気がした。


 + + +


 村の向かいにある山の中腹(昔霧があったと思われる場所)に一つの小屋があった。

 誰も訪れることのないハズのこの場所に、一人の人物がいた。

「ふぅ〜ん、やっぱりそういう事をするんだ……思ってた通り」

 目の前にある鏡に向けている杖から、魔法使いであることがわかる。

 歳はだいたい10歳ほど。右耳に不思議な形のピアスをしている。

 鏡から見えるのは、村の様子だ。

「まあ、今は喜んでればいいさ。罠だって? 僕の思ってた事をしてるだけじゃないか」

 少年が独り言を呟いていると、ドアの外から声がしてきた。

 少年は鏡に向けている杖をドアに向ける。すると、ドアが自然に開いた。

 中に入ってきたのは、青い色の獣……水狼だ。

 水狼が入ると、ドアはまた、自然に閉まった。

 水狼は少年の元に駆け寄る。

"何者かが結界を張りました。放っておいてよろしいのですか?"

「くすっ。お前はそんな心配しないでいいのさ。僕だってそれに気づかない訳じゃないし。それにしても、ずいぶん実体になったね、尻尾だけじゃない? まだ透けてるの。人の思念って不思議だね」

 水狼は床に伏せ、耳だけを立てている。話だけを聞くつもりで。

 少年は少し笑うと、続ける。

「そうそう、あいつらだけど。明日村に下りて、おびき出してくれ」

 水狼は驚いて、体を振るわす。

"そんなっ無理です。あの結界は、土系。私なんかはじき飛ばされます!"

「大丈夫だよ。僕が手伝うから。正確に言うと、手伝うからやれ!」

 少年の顔つきが変わる。それは、その少年とは違うモノの顔に見えた。

 まるで、全てを圧倒する者のよう……

"……おびき出す、と言ってもついてきますか?"

 水狼は主人である少年の命には逆らえない。

 心の底では自分が消されるという恐怖に怯えながら、答えを返した。

「大丈夫さ、気にしてついてくるから。じゃぁ僕は寝るからな」

 杖を壁に立てかけ、ベッドに潜り込んでしまう。

 水狼はそんな少年の様子をじっと横目で見ていたが、少年が寝てしまうと伏せたまま動かなくなった。


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