第9話 『相談』

 それから少しして部屋に戻ると、既に風声と水精は消えていた。

 ティナはずいぶん落ち着いたようで、いつものように寝ている。

 その幸せそうな寝顔を見ると、ミケルは何故か怒りがこみ上げてきた。

「オレ様が働いている時に、グースカ寝やがって……」

 ミケルはなんとなくティナの頬を抓ってみたが反応はない。

 見ていても仕方がないと思ったのか、部屋を後にし下に降りた。

 下の階には、村長とシアの母親が戻っていた。

「……村長、包帯借りたぜ」

 悪かったな、勝手にいじって、と付け加えると、村長はかまわんよと苦笑を浮かべた。

「どうかしたか?」

「いや、何でもないですよ……」

 少しおかしな村長の様子にとまどいを覚えつつ、ミケルは続いてシアの母親に声を掛けた。

「上でティナが寝てんだ。起きたらなんか食わせてやってくれねぇか?」

「わかりました」

 ミケルは返事を確認すると、外に出た。

「確か……ガキどもが魔法見せろって言ってたな」

 子供達の声は村の広場の辺りから聞こえる。

 なんだかんだ文句を言いつつも、約束を覚えている辺り、やっぱり面倒見のいいミケルだった。


 + + +


 広場の騒ぎは夕方まで続いた。

「つ、つかれた」

 夜、村長の家に戻ったミケルの第一声がこれだった。

 子供の相手というのは何故か後から疲れがやってくる。

 分かってはいたはずなのだが、回避はできなかったようだった。

 シアの母親から、料理の乗ったお盆を受け取ると、ティナの部屋に向かった。


 + + +


 ティナはベッドの上でボーっと窓の外を見ていた。

「よぉ、死に損ない」

 ミケルはからかいの声を掛ける。

 いつもなら、すぐに返答とぐーが飛んでくるが今日はさすがにそれどころではないようだ。

「悪かったわね、死に損ないで」

 ティナはブスッ とした顔をこちらに向ける。

 テーブルに食器を置き、杖を壁に立てかけるとミケルはベッドの横の椅子に座った。

「一応いっとくが、包帯巻いたのは水精と風精だからな」

「それぐらいわかるよ。ミケルの巻き方と違うもん」

 以前森でティナが腕を負傷した時、ミケルが包帯を巻いたことがあった。

 その時は右巻き、だが今は左巻きだ。

「じゃいいけどよ」

 暗がりを気にしてか、ミケルは明かりを作る魔法を口ずさんだ。

「地水火風全てを司り、その力を持つ光の精霊と人の力より生まれし火精よ我が力となり明かりを作れ、赤照灯(せきしょうひ)!」

 ホワッ と赤い火の球が2・3個二人を囲むように現れる。

「……傷、ありがとう。治してくれて」

「そりゃぁな。だが……まだ動くんじゃねぇぞ。明日も1日休めよ」

「えぇぇぇぇ! もう動けるよぉ!」

 ティナは動きたくてしょうがない。ベッドから降り、平気な様子を見せようとする。

 だがミケルは…

「……霧に住みし水精よ我が力となり、かの者を押さえろ、みずあ……」

「わ〜! ストップ!!」

 ティナは慌ててミケルの口を塞ぐ。完成しなかった魔法は消えた。

 病人に対してもあんまり容赦は無かった。

「わかったな」

 今の行動からして、逆らうとどんな目に遭うか、一目瞭然だった。

「はぁ〜い」

 ティナは渋々布団に潜り込む。

「じゃぁ、それ食っとけよ。後で取りにくっから」

 ミケルは自分の分をのせたお盆を持つと、部屋を出ていった。



 ミケルは自分の部屋に戻るとお盆を机の上に置いた。

 杖を置いてきたことに気がついたが、取りに行くのもめんどくさいので魔法で呼び寄せた。

 それから食事をすますと、ベランダに出る。

「問題は、あのピアスだな。色的には、赤が火、青が水、ってとこか。壊すにも接近するよりは、矢で射抜く方が楽……か?」

 考えこんでいると、青い鳥――先ほど炎を追わせた鳥が戻ってきた。

 手を伸ばすとそこにとまり、すぐに消える。

 それだけで、その鳥の見てきた情報は、全てミケルに行き渡った。

「……チッ、やっぱ途中で誤魔化されたか。この方向は イロリア?」

 イロリア国。大陸の一番西に位置する、リョーンの次に大きな国。

 南のシグス国とは、イロス川を境としている。

 しかし、イロリアと断定するにはまだ甘い。この方角には国に属していない村もかなり多いハズだ。

 そうなるとかなり選択肢は広まってしまう。

「わけわかんねぇ。まあ、これは後でもいいか」

(とにかく今は、あのガキだな)

 ミケルは食事の片付けをすると、水虎に尋ねるため、すぐ眠りについた。


 * * *


 いつもの夢の中に辿り着くと、ミケルは魔法で水虎を捜そうとした

 だが、何故か使えない

 舌打ちをすると、中途半端になった腕を降ろした

 ティナとは違い、実年齢の姿のままなのだが、やはり無理なことは無理のようだ

 仕方なくミケルは歩き出した

"ったく、必要な時に出てこいっつぅの"

 ブチブチと文句を言いながらあてもなく歩き続ける

 だが、ミケルにそれほど忍耐力は備わっていない

 とうとう、大声を出すことにした

"おい、水虎っ! 何処にいんだよ!"

"ここにおるで"

 ミケルの側で返事がある

 ギョッとして後ろを振り向くと、いつの間に来たのか真後ろに座っていた

 なんだか少し遊ばれた様な気もしたが、ミケルはきりがないので口にはしなかった

"なぁ、あのピアス、壊さねぇで取れっかな?"

"無理やな"

 水虎は息をつく間もなく返す

 言い返すにも少しくらい、間が欲しかった

"何の方法もないのかよ!"

"今のお前には、無理やってコトや どうせ、本体傷つけへんようにするつもりやろ?"

"……"

 返す言葉がない

 ミケルは黙り込んでしまった

 意地っ張りで、自分中心の思考が目立つように見えて、案外人のことを考えている……水虎はそんなことを考えつつ、ため息をついた

"図星かいな せめて、夢ん中で魔法使えるようになってから言うんやな、そないな事は"

(まぁ、お前のことや コツさえ掴めばできへんことはないんやけどなぁ)

 水虎がそんなことを思っているとは、つゆ知らず

 苦笑を浮かべた水虎は、話題を変えることにした

 これが彼なりの優しさなのである

"それより、村人操っとった主、わかったんやろ?"

"ああ、大体な 誰かまではわかんねぇし イロリアの方角だ"

"ほーか"

(イロリアの方角やと? まさか……な)

 嫌な予感がよぎった

 顔には出さなかったが、水虎の目に不安の色がよぎる

 気づかないミケルは、側に座った

 何か言いたい事があるのだろうが、それを言えない顔をしている

 水虎は苦笑うと、顔を猫のように洗う動作をする

"ま、お前次第やな、全ては"

"……分かった 適当にやってみらぁ"

"せやな。とにかく、明日があるんや、さっさと寝ぇ"

"夢ん中でどうやって寝るんだよ"

 聞き返すと、水虎は笑った

 ミケルの言い分は尤もだ

 だがそれを上回る事をやってのけるのが、夢の中の水虎なのである

"ははっ、確かにそうやな せやけど……"

"けど、なんだよ"

 嫌な予感がミケルの頭をよぎる

"ほら、寝かせてやるで! 水泡眠(すいほうみん)!"

 水虎が言うと、大きな水の泡がミケルを包み込む

 いきなりのことで、ミケルは逃れる術を持たなかった

"ちょっと待て! いきなり何しやがる、水虎ぉぉ!"

"はは、その元気も今のうちやで"

 声が少しずつ遠のいていく

"ヘマなんか、するんやないで ましてや死ぬなんぞ……"

(まだ何も、始まっとらん いや、もしかすると……)

"ん……な……こ……と、わかっ……"

 ミケルは抵抗するのを止め、意識を手放した

 水虎は、その水の滴る長い尾を振りながら、呟く

"……ほな、おやすみ〜"

 水虎はミケルが寝息を立てるのを確認すると、水泡眠を解き暗闇に消えた


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