村を出てからフリエラ川を渡り、一行は数日間森の中を迷い続けていた。 「暑い……あっつ〜い。あ・つ・いぃ!」 「ティナ、それ言うな! こっちまでよけいに暑くなってきやがる」 南に向かっているためかもしれないが、今は夏の赤月の終わり頃、一番暑い時期に当たる。 ティナの言い分はもっともだが、それ以上にミケルの言い分が最もだった。 「二人ともそんな格好をしてるからですよ」 暑いと呟く二人の間にアレスがわって入った。 こんな暑さの中、彼だけは涼しい顔をしている。 「ええ〜? でも、アレスの方が暑そうに見えるよ?」 そう……ティナは白い半袖。 ミケルはマントを外しているにもかかわらず、アレスはマントをとっていない。 しかも、下に来ているのは長袖だ。 「そうですね。でも、長袖って、意外に涼しいんですよ」 微笑むアレスをミケルは半ば疑う。 いくらなんでも、その理屈が通るのだろうか? 「魔法をかけて……るわけじゃねぇよな?」 「勿論ですよ。日ざしだけが強い時は日陰に入れば涼しいでしょう? その原理ですよ」 「ふ〜ん」 少し先の木影に入ると、ティナは座り込んでしまった。 「も〜疲れた。喉乾いたぁ……あづいぃぃっ」 「……ったく」 そのティナの様子を見て、ミケルは呆れた。 そして、荷物から小さなコップを出すとティナに持たせた。 「大気中に住みし水精よ、我が力となりこの器に冷水をあらわせ、極小降水!」 コップに現れた水は、ヒンヤリとしてとてもおいしい。 その二人を見て、アレスも魔法を使った。 当然自分の得意な風系だ。 「空に住みし風精よ、我が助けとなり風を吹かせて下さい、弱吹風!」 暑い……とはいえ、別にジメジメしているわけではない。 空気は乾燥する一歩手前位なので、風が吹くととても気持ちが良いのである。 ミケルの呼んだ水を飲み少し休憩すると、再び相談が始まった。 「地図によると、もうすぐ着いてもおかしくないんだけど……」 広げた地図を見てティナが呟いた。 「……どこかで方向を違えてしまった、とか?」 考えたくはないが、アレスの言う通りその可能性が高い。 「十分ありうるな。ティナはクーシアのカルタから、スシャラのケティアまで一週間かかって来てたし」 「って、それは関係ない!」 「どうだか? これは事実だぞ」 からかい半分で笑うミケルに、ティナは言い返すことが出来なかった。 「む〜……二人とも、あれを持ってないの?」 「「あれ(ですか)?」」 ミケルとアレスは同時にティナを見た。 「名前はわかんないだけど、昔見たことがあるんだ。自分の場所が分かる地図」 ミケルとアレスはしばしの間考え込んだ。 しかし、すぐに明るい顔になる。 どうやら、二人とも分かったようだ。 「あれのことか。やっぱ、じじいのとこから貰ってくるべきだったな……」 「あれですね。凄く便利なんですけど」 「やっぱり二人とも知ってるの?」 ティナはものすごい尊敬の眼差しで見てきた。 「知ってるもなにも、僕はあれを……魔法方位(マジックコンパス)を使ったことがありますよ。魔法道具(マジックアイテム)の授業で……」 アレスが先に説明しだした。 「まぁ、あれは普通の店では売ってませんから、持っていないんです」 「ふぅ〜ん」 で、ミケルは? とティナは振り向いた。 「オレかぁ? お前に会った日、じじいに唐サんなお前に、絶対にやらん!狽チて言われたぜ。実際使ったことはねぇが、何回か見たことはあったんだよ」 ティナは納得したようだが、アレスは一瞬の間をおいて尋ねてきた。 魔法道具のことではない。ただ、疑問が出てきたからである。 「じじい……って、お爺様か何か?」 「いや、長老だ」 ケロリと答えるミケルにアレスは驚いた。 村出身ではないとすれば、長老が指し示すのは魔法術塔の長老ということだけである。 危うく、アレスは言葉を詰まらせるところだった。 「ミ、ミケルは、町の……魔法術塔の長老様の言うことを、無視してきたんですかぁ?!」 「あ―……正確に言うと、スシャラで一番偉いじじいだっけか」 片目を瞑り、頭を掻くとミケルは言葉をはき出した。 二人はその答えに固まった。 だが、今更どうこう聞いても仕方がない。 アレスが話をまとめにかかった。 「とりあえず、そういうことなので、残念ながら今は持ってないんです」 「そっかぁ」 「でもミケル、この辺に住んでいる、精霊に聞くのはどうでしょう?」 ティナがあまりにもガックリしているので、アレスはミケルに提案した。 この辺りに住んでいる者達ならば、土地に関しても詳しいはず……と。 「良いんじゃねぇのか」 ぶっきらぼうに言い切るミケルは、お前がやれよ、という目線を向けている。 アレスは小さくしていた杖を一振りで大きくすると、地面に突き立てた。 「わかりました。この辺りに住む土精よ、我が助けとなり姿を現して下さい、召喚!」 目の前の地面が揺れ、砂が舞い上がる。 砂は三人の目線の辺りで、球体に変わった。 中から姿を現したのは、焦げ茶の長い髪と目、尖った耳をした土精。 "何の用だい?" 水精や風精と違い、土精は気軽に話しかけてきた。 例えるならば、頼れる姉御……という感じである。 「ここからシグス国に行くには、どの方向へ行けばいいんですか?」 "シグス? ここじゃないのか?" 土精の意外な答えに、問いかけたアレスは目を瞬かせた。 後ろにいる二人も目を合わせている。 「どういう……ことですか?」 "ここは、シグス国の森だ。このままこっちの方向に少し行けば、町にでる" 「そうですか、わざわざありがとうございます」 精霊に対してもアレスは丁寧である。 土精の指した方向を確認すると、アレスは頭を下げた。 "別に構わないさ。力を持つ者の願いだからな!" 土精はにっと笑うと、去っていった。 ティナは土精の示した方向と地図とを交互に見比べて、どうにか現在位置を割り出した。 一度ミケルに地図の上下を注意されはしたのだが、まぁいいだろう。 「なあんだ。こんな所だったんだね」 「日が暮れねぇうちに、町に行くぞ」 「そうですね、たまにはベッドで寝たいですし」 「よお〜し。そうと決まれば、頑張るぞ!」 それからまもなくして、シグスで初めての町に着いた。 宿が込んでいたため、一部屋しか取れなかったが、三人ともベッドでゆっくり休んだのだった。 back top next |
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