第1話 『決して迷子ではありません』

 村を出てからフリエラ川を渡り、一行は数日間森の中を迷い続けていた。

「暑い……あっつ〜い。あ・つ・いぃ!」

「ティナ、それ言うな! こっちまでよけいに暑くなってきやがる」

 南に向かっているためかもしれないが、今は夏の赤月の終わり頃、一番暑い時期に当たる。

 ティナの言い分はもっともだが、それ以上にミケルの言い分が最もだった。

「二人ともそんな格好をしてるからですよ」

 暑いと呟く二人の間にアレスがわって入った。

 こんな暑さの中、彼だけは涼しい顔をしている。

「ええ〜? でも、アレスの方が暑そうに見えるよ?」

 そう……ティナは白い半袖。

 ミケルはマントを外しているにもかかわらず、アレスはマントをとっていない。

 しかも、下に来ているのは長袖だ。

「そうですね。でも、長袖って、意外に涼しいんですよ」

 微笑むアレスをミケルは半ば疑う。

 いくらなんでも、その理屈が通るのだろうか?

「魔法をかけて……るわけじゃねぇよな?」

「勿論ですよ。日ざしだけが強い時は日陰に入れば涼しいでしょう? その原理ですよ」

「ふ〜ん」

 少し先の木影に入ると、ティナは座り込んでしまった。

「も〜疲れた。喉乾いたぁ……あづいぃぃっ」

「……ったく」

 そのティナの様子を見て、ミケルは呆れた。

 そして、荷物から小さなコップを出すとティナに持たせた。

「大気中に住みし水精よ、我が力となりこの器に冷水をあらわせ、極小降水!」

 コップに現れた水は、ヒンヤリとしてとてもおいしい。

 その二人を見て、アレスも魔法を使った。

 当然自分の得意な風系だ。

「空に住みし風精よ、我が助けとなり風を吹かせて下さい、弱吹風!」

 暑い……とはいえ、別にジメジメしているわけではない。

 空気は乾燥する一歩手前位なので、風が吹くととても気持ちが良いのである。

 ミケルの呼んだ水を飲み少し休憩すると、再び相談が始まった。

「地図によると、もうすぐ着いてもおかしくないんだけど……」

 広げた地図を見てティナが呟いた。

「……どこかで方向を違えてしまった、とか?」

 考えたくはないが、アレスの言う通りその可能性が高い。

「十分ありうるな。ティナはクーシアのカルタから、スシャラのケティアまで一週間かかって来てたし」

「って、それは関係ない!」

「どうだか? これは事実だぞ」

 からかい半分で笑うミケルに、ティナは言い返すことが出来なかった。

「む〜……二人とも、あれを持ってないの?」

「「あれ(ですか)?」」

 ミケルとアレスは同時にティナを見た。

「名前はわかんないだけど、昔見たことがあるんだ。自分の場所が分かる地図」

 ミケルとアレスはしばしの間考え込んだ。

 しかし、すぐに明るい顔になる。

 どうやら、二人とも分かったようだ。

「あれのことか。やっぱ、じじいのとこから貰ってくるべきだったな……」

「あれですね。凄く便利なんですけど」

「やっぱり二人とも知ってるの?」

 ティナはものすごい尊敬の眼差しで見てきた。

「知ってるもなにも、僕はあれを……魔法方位(マジックコンパス)を使ったことがありますよ。魔法道具(マジックアイテム)の授業で……」

 アレスが先に説明しだした。

「まぁ、あれは普通の店では売ってませんから、持っていないんです」

「ふぅ〜ん」

 で、ミケルは? とティナは振り向いた。

「オレかぁ? お前に会った日、じじいに唐サんなお前に、絶対にやらん!狽チて言われたぜ。実際使ったことはねぇが、何回か見たことはあったんだよ」

 ティナは納得したようだが、アレスは一瞬の間をおいて尋ねてきた。

 魔法道具のことではない。ただ、疑問が出てきたからである。

「じじい……って、お爺様か何か?」

「いや、長老だ」

 ケロリと答えるミケルにアレスは驚いた。

 村出身ではないとすれば、長老が指し示すのは魔法術塔の長老ということだけである。

 危うく、アレスは言葉を詰まらせるところだった。

「ミ、ミケルは、町の……魔法術塔の長老様の言うことを、無視してきたんですかぁ?!」

「あ―……正確に言うと、スシャラで一番偉いじじいだっけか」

 片目を瞑り、頭を掻くとミケルは言葉をはき出した。

 二人はその答えに固まった。

 だが、今更どうこう聞いても仕方がない。

 アレスが話をまとめにかかった。

「とりあえず、そういうことなので、残念ながら今は持ってないんです」

「そっかぁ」

「でもミケル、この辺に住んでいる、精霊に聞くのはどうでしょう?」

 ティナがあまりにもガックリしているので、アレスはミケルに提案した。

 この辺りに住んでいる者達ならば、土地に関しても詳しいはず……と。

「良いんじゃねぇのか」

 ぶっきらぼうに言い切るミケルは、お前がやれよ、という目線を向けている。

 アレスは小さくしていた杖を一振りで大きくすると、地面に突き立てた。

「わかりました。この辺りに住む土精よ、我が助けとなり姿を現して下さい、召喚!」

 目の前の地面が揺れ、砂が舞い上がる。

 砂は三人の目線の辺りで、球体に変わった。

 中から姿を現したのは、焦げ茶の長い髪と目、尖った耳をした土精。

"何の用だい?"

 水精や風精と違い、土精は気軽に話しかけてきた。

 例えるならば、頼れる姉御……という感じである。

「ここからシグス国に行くには、どの方向へ行けばいいんですか?」

"シグス? ここじゃないのか?"

 土精の意外な答えに、問いかけたアレスは目を瞬かせた。

 後ろにいる二人も目を合わせている。

「どういう……ことですか?」

"ここは、シグス国の森だ。このままこっちの方向に少し行けば、町にでる"

「そうですか、わざわざありがとうございます」

 精霊に対してもアレスは丁寧である。

 土精の指した方向を確認すると、アレスは頭を下げた。

"別に構わないさ。力を持つ者の願いだからな!"

 土精はにっと笑うと、去っていった。

 ティナは土精の示した方向と地図とを交互に見比べて、どうにか現在位置を割り出した。

 一度ミケルに地図の上下を注意されはしたのだが、まぁいいだろう。

「なあんだ。こんな所だったんだね」

「日が暮れねぇうちに、町に行くぞ」

「そうですね、たまにはベッドで寝たいですし」

「よお〜し。そうと決まれば、頑張るぞ!」

 それからまもなくして、シグスで初めての町に着いた。

 宿が込んでいたため、一部屋しか取れなかったが、三人ともベッドでゆっくり休んだのだった。


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