翌日 二つ目の町を抜け、昼の鐘が鳴る頃に、シグス国中心の町(といっても王都ではない) アシュレに着いた。 ここは、アレスの住んでいた町だ。 丁度、港町でもあるため、漁業なども盛んである。 大陸では最南の地だが、船を使えば最南の島 カロン島に行くことも可能である。 町の中心に向かいつつ、アレスはミケルにこの先のことを話し出した。 「僕、魔法術塔に行って来ます」 「長老に、会いに行くのか?」 「ええ、僕のことを心配していらっしゃると思うので」 例の村でアレスのことを聞いたときの話から、ここ一ヶ月ほど顔を出していないはずだ。 いくら何でも、連絡もないならばかなり心配しているだろう。 ミケルは、自分の性格だと心配されないだろうけどな、と心の中で毒づいた。 「その方が、良いだろうな」 何気なく後ろを向いたミケルは、いきなり立ち止まった。 「どうかしましたか? ミケル」 その様子を不審に思ったのか、アレスも振り向いた。 「ティナがいねぇ」 「え゛」 「何処行ったかわかるか?」 「えっ? そんな、僕に聞かれても…」 二人で話し込んでいたので、後ろの気配に気づくはずがない。なので、アレスはオロオロしている。 「あいつが一人行動すると、なんか起こるんだよなぁ」 ミケルは大げさにため息をついた。 + + + 自分達の歩いていた通りの店にはいない。仕方なくアレスの案内で、広場に向かった。 今までの経験上、お祭り騒ぎなどがあればティナは必ずそちらに行く。 そう踏んで来てみたのだが……広場は人で溢れていたため、店の中を探すよりも大変だった。 「あ……」 「いたか?」 「多分。えっと、噴水の方に」 「よし、行くぞ!」 + + + 『すごーい! 大きな噴水だね、かあさま!』 太陽を背にして微笑む顔が見えた。 ティナは――確かにその笑顔を知っていた。 + + + たびたび形を変える噴水は、町のシンボルでもある。 そこに、一人でボーっと立ち尽くすティナがいた。 「ティナ! お前何度言ったらわかるんだ?」 ミケルは、後ろからティナの頭をつかんだ。 この時アレスが、人違いだったらどうするんですか と思ったのは言うまでもない。 「え? ああ、ミケル。なんかここ、見覚えが…」 「見覚えが? ティナここに来たことがあるんですか?」 ティナはまだ遠くを見ているようだが、首は横に振った。 どうしてそう言ったのか、ティナ自身にも分からないようである。 「じゃぁ、もういいだろ! 行くぞ、さっさと」 このまま放っておくと、いつまでいるかわからないと思ったのか、ミケルは踵を返し歩き出した。 アレスが声をかけると、ティナもようやく歩き出した。 + + + 広場から離れた海沿いの通りの端に、魔法術塔はあった。 この魔法術塔は古くからあるようで、塔の周りには蔓が張っていた。 (ケティアのより、ちいせぇ) ミケルがこう思うのも無理はないだろう。 中心地とはいえ、アシュレの隣には王都があるのだ。 もう少し立派な物と期待したのが大きな勘違いの元である。 塔の前まで来ると、ミケルは暑いと文句を言いつつ慌ててマントを羽織った。 魔法使いである以上、塔に入る時はマントを羽織らなければならないきまりだ。 「……二人とも、許可が出たので一緒に来て良いそうです!」 一足先に許可を取りに行っていたアレスが、二人を呼んだ。 「本当? やったぁ!」 初めて入れると、ティナは大喜び。そんなティナに、ミケルは釘を差した。 「あんま、はしゃぐんじゃねぇぞ!」 「わかってるよ」 「信用できねぇな」 なかなか来ないので、様子を見に来たアレスは、黙っているとまだ続きそうなので、口を開いた。 「行きますよ。長老様の部屋は、一番上ですから」 塔の中は外見より少し広く、魔法がかけてあるのか、涼しく過ごしやすい。 階段を昇ってみると、意外に塔は低かった。 長老の部屋の前に着くと、アレスがドアを叩いた。 「長老様。アレスです、失礼します」 ドアを開けると、中央のソファーでくつろいでいる、灰色の髪をした老人がいた。 アレスの入室に気づいてか、杖をつきつつよってきた。 「アレスや一体今までどうしておったんじゃ? 突然消えてしまって」 「その節はすみません。色々とありまして」 アレスは、あまり長老に心配をかけたくないのか、誤魔化している。 まぁ、本当の事を言ったところで、信じてもらえる可能性も低いのだ。 正しい判断と言えよう。 「まあ、良いから座りなさい。……おや? そちらの方は?」 どうやら、今まで後ろのティナとミケルの存在に気づいていなかったらしい。 「長老様。僕を助けてくれた、二人です。こちらがティナで、そっちがミケル」 「そうじゃったのか。お二人もこちらにどうぞ」 話は長老の自己紹介から始まり、トントン拍子に進んだ。 アシュレの長老――ライゼはシグス国では五本指に入るらしい。 アレスが旅に出ることは意外とあっさり許された。だが、ライゼは条件を付けてきた。 「一つ、頼みがある」 「頼み……ですか?」 「おお。ちょっと待っておれ」 長老は奥の部屋から地図を持ってきた。 客相手の机には収まりきらない、少し大きめの大陸地図である。 ここ、シグスを中心に描かれているため、ティナの住んでいたカルタは描かれていなかった。 「ここが、今ワシらのいる、魔法術塔。で、ここが最南の島 カロン島じゃ」 ライゼが杖で指し示したのは、少し大陸から離れた小さな島。 諸島を経て、たどり着く最南の島である。 三人は地図を見つつ頷く。 「でじゃ。ここにある物を届けて欲しい」 「ある物……ですか?」 オウム返しに尋ねたアレスに、そうじゃ、とライゼは微笑んだ。 その目が真剣になったので、アレスは唾を飲んだ。 「お主だから頼むんじゃ。実はな……」 長老は机の側にあった包みを上にのせて、ゆっくりとほどいた。 何かしらの呪文が描かれた包みの中からは、淡い光を放つ、大きな水晶だった。 「この、魔法水晶(マジッククリスタル)を届けて欲しい」 「魔法水晶(マジッククリスタル)って、これまだ結晶じゃないですか!」 アレスが驚くのは無理もない。 目の前に置かれたのは、魔法水晶。しかも、かなり大きい珍しい物だ。 「これ、何に使うの?」 ティナが、これが何かわからず尋ねた。 「何に、っていってもなぁ。主に魔法使いの杖につける水晶に加工するんだよ」 ミケルが珍しく、答える方にまわった。 魔法使いの杖には必ず、色々な形の水晶が付けられている。 これは魔法使いの魔力を引き出す効果が、水晶にあるからである。 これだけの大きさなら、軽く十数個作れるな、とミケルは付け加えた。 この魔法水晶、たいてい国に属さない山奥や、スシャラ国とクーシア国の北、ハルアン国の向こう側にある神龍山(シンロンザン)などで発掘される。 魔法使いの水晶に加工される以外の、小さなカケラは占いやお守り用に加工されるのである。 「ふ〜ん」 どうやら、一応はわかったらしい。 「で、長老様。これを、ど・う・し・て・僕が届けるんですか?」 にっこりという音が合いそうな微笑みを、アレスが顔に貼り付けた。 聞いてはいけない所にふれたのか、ライゼの動きがとまった。 必死で言い訳を考えているようにも見える。 「そ、それはじゃな、アレス」 「勿論、言ってくれますよね」 笑顔でライゼを責め立てるアレスの後ろから、殺気が出ていた。 「ワ、ワシの縮小魔法を解ける者は……この塔にお前しか……おらん……じゃろ?」 即興で考えたはずの言い訳にしては、しっかりしている物だった。 「まあ、そういう事にしておきましょうか。わかりました」 ライゼは安堵のため息をついた。 アレスの後ろで、ティナはミケルのマントを引っ張った。 「ミケル」 「なんだ?」 「私……初めてアレスが怖いと思った」 「同感」 そこに何かを感じたのか、はたまた会話が聞こえたのか、アレスが突然振り向いた。 「何か、言いました? 二人とも」 「「何でも(ない・ねぇよ)」」 同時に言い放つと、二人は黙った。 ライゼは三人の目の前で、魔法水晶を小さくすると、ティナの守り水晶を入れている袋に似たものに入れた。 「では、頼んだぞ」 「確かに、預かりました。では、失礼します」 アレスが袋を受け取ると、入った逆の順番で部屋を後にした。 back top next |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||