第2話 『アシュレの魔法術塔』

 翌日

 二つ目の町を抜け、昼の鐘が鳴る頃に、シグス国中心の町(といっても王都ではない) アシュレに着いた。

 ここは、アレスの住んでいた町だ。

 丁度、港町でもあるため、漁業なども盛んである。

 大陸では最南の地だが、船を使えば最南の島 カロン島に行くことも可能である。

 町の中心に向かいつつ、アレスはミケルにこの先のことを話し出した。

「僕、魔法術塔に行って来ます」

「長老に、会いに行くのか?」

「ええ、僕のことを心配していらっしゃると思うので」

 例の村でアレスのことを聞いたときの話から、ここ一ヶ月ほど顔を出していないはずだ。

 いくら何でも、連絡もないならばかなり心配しているだろう。

 ミケルは、自分の性格だと心配されないだろうけどな、と心の中で毒づいた。

「その方が、良いだろうな」

 何気なく後ろを向いたミケルは、いきなり立ち止まった。

「どうかしましたか? ミケル」

 その様子を不審に思ったのか、アレスも振り向いた。

「ティナがいねぇ」

「え゛」

「何処行ったかわかるか?」

「えっ? そんな、僕に聞かれても…」

 二人で話し込んでいたので、後ろの気配に気づくはずがない。なので、アレスはオロオロしている。

「あいつが一人行動すると、なんか起こるんだよなぁ」

 ミケルは大げさにため息をついた。


 + + +


 自分達の歩いていた通りの店にはいない。仕方なくアレスの案内で、広場に向かった。

 今までの経験上、お祭り騒ぎなどがあればティナは必ずそちらに行く。

 そう踏んで来てみたのだが……広場は人で溢れていたため、店の中を探すよりも大変だった。

「あ……」

「いたか?」

「多分。えっと、噴水の方に」

「よし、行くぞ!」




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『すごーい! 大きな噴水だね、かあさま!』

 太陽を背にして微笑む顔が見えた。

 ティナは――確かにその笑顔を知っていた。




 + + +




 たびたび形を変える噴水は、町のシンボルでもある。

 そこに、一人でボーっと立ち尽くすティナがいた。

「ティナ! お前何度言ったらわかるんだ?」

 ミケルは、後ろからティナの頭をつかんだ。

 この時アレスが、人違いだったらどうするんですか と思ったのは言うまでもない。

「え? ああ、ミケル。なんかここ、見覚えが…」

「見覚えが? ティナここに来たことがあるんですか?」

 ティナはまだ遠くを見ているようだが、首は横に振った。

 どうしてそう言ったのか、ティナ自身にも分からないようである。

「じゃぁ、もういいだろ! 行くぞ、さっさと」

 このまま放っておくと、いつまでいるかわからないと思ったのか、ミケルは踵を返し歩き出した。

 アレスが声をかけると、ティナもようやく歩き出した。



 + + +



 広場から離れた海沿いの通りの端に、魔法術塔はあった。

 この魔法術塔は古くからあるようで、塔の周りには蔓が張っていた。

(ケティアのより、ちいせぇ)

 ミケルがこう思うのも無理はないだろう。

 中心地とはいえ、アシュレの隣には王都があるのだ。

 もう少し立派な物と期待したのが大きな勘違いの元である。

 塔の前まで来ると、ミケルは暑いと文句を言いつつ慌ててマントを羽織った。

 魔法使いである以上、塔に入る時はマントを羽織らなければならないきまりだ。

「……二人とも、許可が出たので一緒に来て良いそうです!」

 一足先に許可を取りに行っていたアレスが、二人を呼んだ。

「本当? やったぁ!」

 初めて入れると、ティナは大喜び。そんなティナに、ミケルは釘を差した。

「あんま、はしゃぐんじゃねぇぞ!」

「わかってるよ」

「信用できねぇな」

 なかなか来ないので、様子を見に来たアレスは、黙っているとまだ続きそうなので、口を開いた。

「行きますよ。長老様の部屋は、一番上ですから」

 塔の中は外見より少し広く、魔法がかけてあるのか、涼しく過ごしやすい。

 階段を昇ってみると、意外に塔は低かった。



 長老の部屋の前に着くと、アレスがドアを叩いた。

「長老様。アレスです、失礼します」

 ドアを開けると、中央のソファーでくつろいでいる、灰色の髪をした老人がいた。

 アレスの入室に気づいてか、杖をつきつつよってきた。

「アレスや一体今までどうしておったんじゃ? 突然消えてしまって」

「その節はすみません。色々とありまして」

 アレスは、あまり長老に心配をかけたくないのか、誤魔化している。

 まぁ、本当の事を言ったところで、信じてもらえる可能性も低いのだ。

 正しい判断と言えよう。

「まあ、良いから座りなさい。……おや? そちらの方は?」

 どうやら、今まで後ろのティナとミケルの存在に気づいていなかったらしい。

「長老様。僕を助けてくれた、二人です。こちらがティナで、そっちがミケル」

「そうじゃったのか。お二人もこちらにどうぞ」

 話は長老の自己紹介から始まり、トントン拍子に進んだ。



 アシュレの長老――ライゼはシグス国では五本指に入るらしい。

 アレスが旅に出ることは意外とあっさり許された。だが、ライゼは条件を付けてきた。

「一つ、頼みがある」

「頼み……ですか?」

「おお。ちょっと待っておれ」

 長老は奥の部屋から地図を持ってきた。

 客相手の机には収まりきらない、少し大きめの大陸地図である。

 ここ、シグスを中心に描かれているため、ティナの住んでいたカルタは描かれていなかった。

「ここが、今ワシらのいる、魔法術塔。で、ここが最南の島 カロン島じゃ」

 ライゼが杖で指し示したのは、少し大陸から離れた小さな島。

 諸島を経て、たどり着く最南の島である。

 三人は地図を見つつ頷く。

「でじゃ。ここにある物を届けて欲しい」

「ある物……ですか?」

 オウム返しに尋ねたアレスに、そうじゃ、とライゼは微笑んだ。

 その目が真剣になったので、アレスは唾を飲んだ。

「お主だから頼むんじゃ。実はな……」

 長老は机の側にあった包みを上にのせて、ゆっくりとほどいた。

 何かしらの呪文が描かれた包みの中からは、淡い光を放つ、大きな水晶だった。

「この、魔法水晶(マジッククリスタル)を届けて欲しい」

「魔法水晶(マジッククリスタル)って、これまだ結晶じゃないですか!」

 アレスが驚くのは無理もない。

 目の前に置かれたのは、魔法水晶。しかも、かなり大きい珍しい物だ。

「これ、何に使うの?」

 ティナが、これが何かわからず尋ねた。

「何に、っていってもなぁ。主に魔法使いの杖につける水晶に加工するんだよ」

 ミケルが珍しく、答える方にまわった。

 魔法使いの杖には必ず、色々な形の水晶が付けられている。

 これは魔法使いの魔力を引き出す効果が、水晶にあるからである。

 これだけの大きさなら、軽く十数個作れるな、とミケルは付け加えた。

 この魔法水晶、たいてい国に属さない山奥や、スシャラ国とクーシア国の北、ハルアン国の向こう側にある神龍山(シンロンザン)などで発掘される。

 魔法使いの水晶に加工される以外の、小さなカケラは占いやお守り用に加工されるのである。

「ふ〜ん」

 どうやら、一応はわかったらしい。

「で、長老様。これを、ど・う・し・て・僕が届けるんですか?」

 にっこりという音が合いそうな微笑みを、アレスが顔に貼り付けた。

 聞いてはいけない所にふれたのか、ライゼの動きがとまった。

 必死で言い訳を考えているようにも見える。

「そ、それはじゃな、アレス」

「勿論、言ってくれますよね」

 笑顔でライゼを責め立てるアレスの後ろから、殺気が出ていた。

「ワ、ワシの縮小魔法を解ける者は……この塔にお前しか……おらん……じゃろ?」

 即興で考えたはずの言い訳にしては、しっかりしている物だった。

「まあ、そういう事にしておきましょうか。わかりました」

 ライゼは安堵のため息をついた。

 アレスの後ろで、ティナはミケルのマントを引っ張った。

「ミケル」

「なんだ?」

「私……初めてアレスが怖いと思った」

「同感」

 そこに何かを感じたのか、はたまた会話が聞こえたのか、アレスが突然振り向いた。

「何か、言いました? 二人とも」

「「何でも(ない・ねぇよ)」」

 同時に言い放つと、二人は黙った。

 ライゼは三人の目の前で、魔法水晶を小さくすると、ティナの守り水晶を入れている袋に似たものに入れた。

「では、頼んだぞ」

「確かに、預かりました。では、失礼します」

 アレスが袋を受け取ると、入った逆の順番で部屋を後にした。


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