キリの生誕祭も無事終わり、季節は秋、冬、春、と早く過ぎていった。 そして、夏の雨月。 「あ゛―……うぜぇ」 この言葉に廊下を歩いていた何人かが振り返った。 だが、怒り顔のミケルに、声をかけようとする者はいない。 「別に良いじゃねぇか、人の勝手なんだし」 ミケルが怒っている原因の半分は降り続く雨。 そして、残りの半分は今出てきた部屋にいる人物の所為だった。 その部屋とは、魔法術塔最上階にある、長老 リトスの部屋。 冬頃から、ミケルの中でくすぶっていた考えを告げてみたが「ダメじゃ! それは許さん!」の一点張り。 「ったく、前から頑固じじいだとは思ってたけど……」 ミケルの考え、それは旅に出たいと言うことだ。 確かにこの魔法術塔に力が必要なことも分かる。 だが、そんなことはミケルの知ったことではなかった。 「人の事なんざ、ほっとけってぇの」 ミケルは、仕方なく自分の仕事に戻った。 その日の夜。雨が降っているのにも関わらず、クラフが窓から入ってきた。 「お邪魔します」 「お前……いい加減、その癖やめたらどうだ?」 「へ?」 何がです? と首を傾げるクラフを椅子に座らせると、ミケルは言った。 「夜、オレの部屋に来ることだよ」 「別に良いじゃないですか」 「……まぁ、そうか」 あやふやな返事を返しつつ、ガラスのコップにアイスティを入れた。 「クスッ……何かあったんですか?」 ミケルに関しては勘の良いクラフは、何かを感じ取ったらしい。 「あ? 今日じじいに例の事言ってみたんだよ」 「成る程。ダメだったんですね」 どうやら予想はしていたらしい。 「ああ」 「ってことは、実行するんですか? あの計画」 あの計画とは勿論、この町を出ること。 許可が出なければ、勝手にしてやる! と言うことだったらしい。 「勿論。次の赤月までには出る」 「そうですか。やっぱり行っちゃうんですね」 クラフとしては分かっていたことだが、改めて言われると淋しい気持ちでいっぱいになる。 声のトーンがかなり下がっている。 「んな、ガックリすんなよ。別に今すぐってワケじゃねぇだろ?」 「確かにそうですけど、行くには変わりないでしょ?」 問いかけたハズなのに、逆に聞き返されてしまった。 しかも、怒り口調で。 「まあ、そうだけど」 クラフはアイスティを一口飲むと、ミケルの顔を見た。 「キリには言ったんですか?」 「言うハズねぇだろ。止められるに決まってる」 「確かにそうですね」 ここでいったん会話がとぎれてしまった。重い雰囲気の沈黙が続く。 それを破ったのは、二人が同時に口を開いたときだった。 「あの…」 「なぁ」 「なんだ?」 ミケルが間髪入れず尋ねる。 「ミケルからで良いです」 「オレのはいつでもいいから、お前が言え」 クラフは戸惑ったが、口を開いた。 「……絶対一度戻ってくるって約束して下さい」 ミケルは危うくアイスティを吹きそうになった。 「わ、わかった」 その後は、いつも通り他愛のない話が続いた。 + + + 夏の雨月、終わりの日。 「結局、今年は雨やまねぇしっ!」 夜に窓の外を眺めながらミケルは怒鳴った。 計画を実行するには、晴れた日が良い……という考えがあったため、晴れの日を待ってみたものの、今年は昼間ほとんど雨が降っていた。 「ミケル、あんまり大声で言わない方が……」 クラフは少し慌てる。 「別に良いんだよ。親父はもう説得済みだ」 どうやら、許しは一応出たらしい。 だが、その時、父の様子が変だった。 いつもから、変わっている父親だとは思っていたのだが、今日ばかりは真剣におかしかった。 「その親父が変な事言ってたっけか」 「……変なこと、ですか?」 「ああ。確か、ウェクトの者に気をつけろ! ってな。変だと思わねぇ?」 ウェクトといえば、今から百年ほど前に沈んでしまった国だ。 位置はスシャラ国の南にあるケトラ砂漠の南。 フリエラ川河口にあったとされている。 伝説の国に、どうやって気を付けろというのだろうか? 「おかしいですね。生きている人がいるはずないのに」 「だろ? どう考えたって、おかしいよな」 二人とも考え込んでしまった。 「あ、それよりミケル。明日はもう、夏の赤月ですよ? いいんですか?」 「良くねぇ。明日実行する!」 ミケルは右手を高くあげた。 一瞬、何を言われたか分からなかったクラフは言葉がでなかった。 「ってワケでクラフ。よろしくな!」 「え? 何をですか?」 話についていけず困っているのに、さらにわけの分からないことを言われ、クラフは混乱するばかり。 「後をよろしくってことだよ。それから、約束。覚えとくからな」 「はい」 もう覚悟をとっくに決めていたクラフは、ミケルの最後の言葉が嬉しかった。 「気をつけて下さいね」 「おう」 こうして、ミケルの家で過ごす最後の日は幕を閉じた。 + + + 翌日の朝、一度魔法術塔に顔を出したミケルは、長老にわざわざ旅に出ることを言った。 勿論、長老が怒ったのは言うまでもない。 そして……追っ手が向けられたのだった。 「ふざけんなっ! オレ様に追ってだぁ? 良い度胸じゃねぇか」 魔法術塔の裏庭にある木の上で、長老の動きを見ていたミケルは笑みを浮かべた。 「相手をしてやっても良いが、面倒事は嫌いなんでな」 木を降りると、その音に気づいてか、狼に似た獣がよってきた。 「げっ……あいつは確か」 後ろから召喚獣の主である、魔法使いが出てきた。 狼を召喚獣として使うのは、この塔に数名しかいない。 面倒な奴が相手だ……と、ミケルはため息をついた。 「見つけたぞ! 貴様を町から出すわけには行かないんだ!」 「何処へ行こうがオレの勝手だろ!」 「ならば、仕方がない。行けっ召喚獣! 空に住みし風精よ、力を貸せ! やつを切り裂くんだ、風切刃(ふうせつじん)!」 赤と緑の獣が地を蹴り、緑色の刃がミケルに襲いかかる。 召喚獣は大抵、体の色と同じ属性を持っているはずだ。赤は炎、緑は風。 風切刃を優先させるならば、土系の結界が必要だ。 だが、余裕のあったミケルは、当然の如く土系と水系の両方の結界を張った。 「まずは、大地に住みし土精よ、我が力となり壁を作れ、地壁(ちへき)!」 風切刃は結界に当たり砕けた。 属性的に有利の上、ミケルの方が魔力は強いようである。 緑色の獣は、破ろうと必死になっている。 「それから、大気に住みし水精よ、我が力となり壁を作れ、青海壁(せいかいへき)!」 僅かに茶色い結界の上に、青色の結界が現れた。 後ろから迫っていた赤い獣を、青の結界がはじき飛ばす。 「くっ……大人しくしろっ! 大地に住みし土精よ力を貸せ、やつの足を押さえつけろ、土網(つちあみ)!」 「とろいぜっ! 追いつけるかな?」 不適な笑みを浮かべ、ミケルは言い放った。 「大気に住みし水精よ、我が力となり我を運べ、移海波(いかいは)!」 ミケルの周りに水の玉が現れだし、最終的にミケルを包んだ。 「待て! きさ……ま……ぁ……」 次第に相手の声は聞こえなくなった。 水に包まれたまま、ミケルはふと考えた。 (待てよ? オレ行き先言わなかったよな) 嫌な予感がよぎる。 (やべぇっ、どっかで魔法切れて、落ち……) 気づいたときには落下し始めていた。 (オレとしたことがぁぁ! 今日に限って……) 移動空間から、水の落ちる音が聞こえた。 地面からそう遠くないことをミケルは願う。 だが、人がいることはどうやら考えなかったらしい。 「っててて……ちっ、今日に限って失敗かよ」 地面がやわらかい……ハズはない。 自分の下に何かいる。ミケルはそう確信した。 (まさか、人の上に落ちた?) 「お願い下りて……」 声からして、女の子のようだ。ミケルは、内心慌てた。 「おわっ?! 悪りぃ。まさか人がいるとは……」 ミケルは立ち上がり、その少女の方を見た。 黒く長い三つ編み。肩から掛けている剣の鞘を止めているベルト。 おそらく、剣士だろう。そして……気になったのは胸元にある水色の小さな袋。 ミケルはなんだか、かわいそうな事をした気がした。 おそらくあれは、水難よけの守り袋だろう。 + + + ここまで思い出せば十分だった。後は、今でも鮮明に覚えている。 「あの失敗がなきゃぁ、こいつらに会ってなかったんだな」 静かに眠る二人を再び見た。 食いしん坊のティナ。初めは敵だったアレス。 縁とは不思議なものなのかもしれない。 (ティナに会った日、森の中で流れ星を見た。あれは、オレの事を指してたのか? 親父) 「運命――天運か。その者の星の導きが全てを決める……か。オレは」 ちっぽけな星に例えられるのは、昔はイヤだった。 だが、今こうしていることを考えると、これで良いのではないかと思う。 昔も今も、変わらず自分のやりたい事をやっている自分がいるから……。 「オレがいなきゃ、こいつらを誰が守るんだ? ってな」 二人が聞いていないので、ミケルは笑いながら堂々と言った。 人に話せぬ過去はつきものである しかし、それはあまり気にするところではない 今、自分がここにいて、仲間がいて、助け合っているだけで十分なのだ そして人は、知らないうちに運命の星に動かされるのである 青髪の少年にこの先どんな運命が待ち受けているかは、誰にも分からない 外伝 ミケルの章 終 back top next |
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