第6話 『回想6:魔法使いが降ってきた、ミケルside』

 キリの生誕祭も無事終わり、季節は秋、冬、春、と早く過ぎていった。



 そして、夏の雨月。

「あ゛―……うぜぇ」

 この言葉に廊下を歩いていた何人かが振り返った。

 だが、怒り顔のミケルに、声をかけようとする者はいない。

「別に良いじゃねぇか、人の勝手なんだし」

 ミケルが怒っている原因の半分は降り続く雨。

 そして、残りの半分は今出てきた部屋にいる人物の所為だった。

 その部屋とは、魔法術塔最上階にある、長老 リトスの部屋。

 冬頃から、ミケルの中でくすぶっていた考えを告げてみたが「ダメじゃ! それは許さん!」の一点張り。

「ったく、前から頑固じじいだとは思ってたけど……」

 ミケルの考え、それは旅に出たいと言うことだ。

 確かにこの魔法術塔に力が必要なことも分かる。

 だが、そんなことはミケルの知ったことではなかった。

「人の事なんざ、ほっとけってぇの」

 ミケルは、仕方なく自分の仕事に戻った。

 その日の夜。雨が降っているのにも関わらず、クラフが窓から入ってきた。

「お邪魔します」

「お前……いい加減、その癖やめたらどうだ?」

「へ?」

 何がです? と首を傾げるクラフを椅子に座らせると、ミケルは言った。

「夜、オレの部屋に来ることだよ」

「別に良いじゃないですか」

「……まぁ、そうか」

 あやふやな返事を返しつつ、ガラスのコップにアイスティを入れた。

「クスッ……何かあったんですか?」

 ミケルに関しては勘の良いクラフは、何かを感じ取ったらしい。

「あ? 今日じじいに例の事言ってみたんだよ」

「成る程。ダメだったんですね」

 どうやら予想はしていたらしい。

「ああ」

「ってことは、実行するんですか? あの計画」

 あの計画とは勿論、この町を出ること。

 許可が出なければ、勝手にしてやる! と言うことだったらしい。

「勿論。次の赤月までには出る」

「そうですか。やっぱり行っちゃうんですね」

 クラフとしては分かっていたことだが、改めて言われると淋しい気持ちでいっぱいになる。

 声のトーンがかなり下がっている。

「んな、ガックリすんなよ。別に今すぐってワケじゃねぇだろ?」

「確かにそうですけど、行くには変わりないでしょ?」

 問いかけたハズなのに、逆に聞き返されてしまった。

 しかも、怒り口調で。

「まあ、そうだけど」

 クラフはアイスティを一口飲むと、ミケルの顔を見た。

「キリには言ったんですか?」

「言うハズねぇだろ。止められるに決まってる」

「確かにそうですね」

 ここでいったん会話がとぎれてしまった。重い雰囲気の沈黙が続く。

 それを破ったのは、二人が同時に口を開いたときだった。

「あの…」 「なぁ」

「なんだ?」

 ミケルが間髪入れず尋ねる。

「ミケルからで良いです」

「オレのはいつでもいいから、お前が言え」

 クラフは戸惑ったが、口を開いた。

「……絶対一度戻ってくるって約束して下さい」

 ミケルは危うくアイスティを吹きそうになった。

「わ、わかった」

 その後は、いつも通り他愛のない話が続いた。


 + + +


 夏の雨月、終わりの日。

「結局、今年は雨やまねぇしっ!」

 夜に窓の外を眺めながらミケルは怒鳴った。

 計画を実行するには、晴れた日が良い……という考えがあったため、晴れの日を待ってみたものの、今年は昼間ほとんど雨が降っていた。

「ミケル、あんまり大声で言わない方が……」

 クラフは少し慌てる。

「別に良いんだよ。親父はもう説得済みだ」

 どうやら、許しは一応出たらしい。

 だが、その時、父の様子が変だった。

 いつもから、変わっている父親だとは思っていたのだが、今日ばかりは真剣におかしかった。

「その親父が変な事言ってたっけか」

「……変なこと、ですか?」

「ああ。確か、ウェクトの者に気をつけろ! ってな。変だと思わねぇ?」

 ウェクトといえば、今から百年ほど前に沈んでしまった国だ。

 位置はスシャラ国の南にあるケトラ砂漠の南。

 フリエラ川河口にあったとされている。

 伝説の国に、どうやって気を付けろというのだろうか?

「おかしいですね。生きている人がいるはずないのに」

「だろ? どう考えたって、おかしいよな」

 二人とも考え込んでしまった。

「あ、それよりミケル。明日はもう、夏の赤月ですよ? いいんですか?」

「良くねぇ。明日実行する!」

 ミケルは右手を高くあげた。

 一瞬、何を言われたか分からなかったクラフは言葉がでなかった。

「ってワケでクラフ。よろしくな!」

「え? 何をですか?」

 話についていけず困っているのに、さらにわけの分からないことを言われ、クラフは混乱するばかり。

「後をよろしくってことだよ。それから、約束。覚えとくからな」

「はい」

 もう覚悟をとっくに決めていたクラフは、ミケルの最後の言葉が嬉しかった。

「気をつけて下さいね」

「おう」

 こうして、ミケルの家で過ごす最後の日は幕を閉じた。


 + + +


 翌日の朝、一度魔法術塔に顔を出したミケルは、長老にわざわざ旅に出ることを言った。

 勿論、長老が怒ったのは言うまでもない。

 そして……追っ手が向けられたのだった。

「ふざけんなっ! オレ様に追ってだぁ? 良い度胸じゃねぇか」

 魔法術塔の裏庭にある木の上で、長老の動きを見ていたミケルは笑みを浮かべた。

「相手をしてやっても良いが、面倒事は嫌いなんでな」

 木を降りると、その音に気づいてか、狼に似た獣がよってきた。

「げっ……あいつは確か」

 後ろから召喚獣の主である、魔法使いが出てきた。

 狼を召喚獣として使うのは、この塔に数名しかいない。

 面倒な奴が相手だ……と、ミケルはため息をついた。

「見つけたぞ! 貴様を町から出すわけには行かないんだ!」

「何処へ行こうがオレの勝手だろ!」

「ならば、仕方がない。行けっ召喚獣! 空に住みし風精よ、力を貸せ! やつを切り裂くんだ、風切刃(ふうせつじん)!」

 赤と緑の獣が地を蹴り、緑色の刃がミケルに襲いかかる。

 召喚獣は大抵、体の色と同じ属性を持っているはずだ。赤は炎、緑は風。

 風切刃を優先させるならば、土系の結界が必要だ。

 だが、余裕のあったミケルは、当然の如く土系と水系の両方の結界を張った。

「まずは、大地に住みし土精よ、我が力となり壁を作れ、地壁(ちへき)!」

 風切刃は結界に当たり砕けた。

 属性的に有利の上、ミケルの方が魔力は強いようである。

 緑色の獣は、破ろうと必死になっている。

「それから、大気に住みし水精よ、我が力となり壁を作れ、青海壁(せいかいへき)!」

 僅かに茶色い結界の上に、青色の結界が現れた。

 後ろから迫っていた赤い獣を、青の結界がはじき飛ばす。

「くっ……大人しくしろっ! 大地に住みし土精よ力を貸せ、やつの足を押さえつけろ、土網(つちあみ)!」

「とろいぜっ! 追いつけるかな?」

 不適な笑みを浮かべ、ミケルは言い放った。

「大気に住みし水精よ、我が力となり我を運べ、移海波(いかいは)!」

 ミケルの周りに水の玉が現れだし、最終的にミケルを包んだ。

「待て! きさ……ま……ぁ……」

 次第に相手の声は聞こえなくなった。

 水に包まれたまま、ミケルはふと考えた。

(待てよ? オレ行き先言わなかったよな)

 嫌な予感がよぎる。

(やべぇっ、どっかで魔法切れて、落ち……)

 気づいたときには落下し始めていた。

(オレとしたことがぁぁ! 今日に限って……)

 移動空間から、水の落ちる音が聞こえた。

 地面からそう遠くないことをミケルは願う。

 だが、人がいることはどうやら考えなかったらしい。

「っててて……ちっ、今日に限って失敗かよ」

 地面がやわらかい……ハズはない。

 自分の下に何かいる。ミケルはそう確信した。

(まさか、人の上に落ちた?)

「お願い下りて……」

 声からして、女の子のようだ。ミケルは、内心慌てた。

「おわっ?! 悪りぃ。まさか人がいるとは……」

 ミケルは立ち上がり、その少女の方を見た。

 黒く長い三つ編み。肩から掛けている剣の鞘を止めているベルト。

 おそらく、剣士だろう。そして……気になったのは胸元にある水色の小さな袋。

 ミケルはなんだか、かわいそうな事をした気がした。

 おそらくあれは、水難よけの守り袋だろう。



 + + +



 ここまで思い出せば十分だった。後は、今でも鮮明に覚えている。

「あの失敗がなきゃぁ、こいつらに会ってなかったんだな」

 静かに眠る二人を再び見た。

 食いしん坊のティナ。初めは敵だったアレス。

 縁とは不思議なものなのかもしれない。

(ティナに会った日、森の中で流れ星を見た。あれは、オレの事を指してたのか? 親父)

「運命――天運か。その者の星の導きが全てを決める……か。オレは」

 ちっぽけな星に例えられるのは、昔はイヤだった。

 だが、今こうしていることを考えると、これで良いのではないかと思う。

 昔も今も、変わらず自分のやりたい事をやっている自分がいるから……。

「オレがいなきゃ、こいつらを誰が守るんだ? ってな」

 二人が聞いていないので、ミケルは笑いながら堂々と言った。



 人に話せぬ過去はつきものである しかし、それはあまり気にするところではない

 今、自分がここにいて、仲間がいて、助け合っているだけで十分なのだ

 そして人は、知らないうちに運命の星に動かされるのである

 青髪の少年にこの先どんな運命が待ち受けているかは、誰にも分からない


外伝 ミケルの章 終



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