魔法術塔から離れしばらく歩いてから、ミケルはキリの方に顔を向けた。 町を歩いていても、キリが国王と気づく者はいない。 やはり見た目の幼さがきくのだろう。こうしてみると、本当に普通の子供だ。 まぁ、洋服や容姿から少し良いところのぼっちゃま程度に見られているのかもしれない。 「キリ、クラフには会ったのか?」 キリは首を横にふるふると振る。 ということは、一番はじめに自分に会いに来てくれたらしい。 ……つまり教育係の彼の雷は、矛先を変え自分に降る可能性もあるということか。 ため息を一つつくと、ミケルは言葉をはき出した。 「……お前、レフェはどうした?」 キリは"レフェ"と聞いて、動きを止めた。 その様子で、ミケルの中で全てはつながった。 「はぐらかして来た、つーか逃げてきたんだな?」 「……はひ」 消えそうな声がする。 ミケルはもう一つ、ため息をついた。 「キリ……レフェを誤魔化してきたのはまずいぞ。見つかったら、どうすんだ?」 「に・げ・る」 それは、いつも通りだろ……と言いたいのを我慢し、ミケルは生返事を返した。 逃げることの犠牲にされる可能性は高くなった。 きちんと言ってから出てくればいいものを、何故毎度毎度抜け出すなど……。 クラフの仕えている神殿に着くと、ミケルの心配などよそに、キリは元気よく中に駆けていった。 ミケルは時間かかるだろーなとか思いながら、神殿の前で待つことに決めた。 + + + ただ、何もなく一人で神殿の前にたたずんでいると、いきなり声を掛けられた。 「ああ、やはり此処にいらしたんですね、ミケル様」 少し高めの男性の声。そしてこのしゃべり方。 ミケルは、自分の血の気が引く音を聞いた気がした。 「レフェ……か?」 首をゆっくりと回し、声の方に向くと、にっこりと微笑む人物がいた。 艶の入った薄い蒼で肩まで届く長い髪。底の見えない海の色のような目。 左頬に国旗の下の部分を象った入れ墨。額の赤い縁取りがしてあるバンダナ。 間違いなく、キリの世話役、兼教育係のレテーフェだった。 年は20。身長はミケルより少し高い。綺麗な顔をしているが、青年だ。 白いマントを、胸の前で碧水晶のついた飾りで止めている。 腰に下げた剣と、守り水晶をつけている金の鎖がぶつかり、チャリチャリと鳴っていた。 「はい、お久しぶりです。どうか致しましたか?」 「いや、何でもねぇよ。それより、どうしたんだ? こんなところで……」 ミケルは、何も知らないふりを通すことに決めた。 バレてしまっては、その時が怖い。 嘘を付くことはいけないが、命には替えられなかった。 「実は……またキリ様が、城を抜け出してしまったようで」 「んで、わざわざケティアまで来たってか?」 「はい。キリ様の事ですから、此処しかないと」 さすが、世話係。幼い時から一緒にいるだけはある。 キリの行動パターンはお見通しらしい。 「そっか。……見つけたら、連絡する」 「お願い致します。でも、かくまるのはよして下さいね」 (ははは……レフェに嘘つくのって、こえ〜) このやりとりも何度目なのだろうか。 実は、レテーフェも甘いのではないのか、とミケルは思ってしまう。 レテーフェは、まだ町の方を見ていないので、と言って去っていった。 ミケルは、姿が見えなくなると、安堵のため息をついた。 それから少し経つと、キリがクラフと共に出てきた。 「ミケル〜」 「すみません。遅くなっちゃいました」 「むしろ、遅くて丁度良かったぜ」 二人が不思議そうな顔をするので、ミケルは説明を加える。 「レフェに会った」 「レフに?」 「レテーフェさんに?!」 キリはあからさまに嫌な顔をし、クラフは驚いた顔をした。 「もう、来ちゃったのぉ」 「……逃げねぇのか?」 ガックリするキリに、ミケルは笑う。 さっきの勢いはどうした、と言いたいのだろう。 「えっと……あの、一体どういう話になってるんですか?」 クラフはいつもながら、わけが分からない。 説明せずとも良いのだが、どうせならば同罪にしてしまおうというのがミケルの考えである。 「キリが、また城を抜け出してきたんだと」 「だって、仕事が終わったんだもん。遊びたかったし」 キリは二人の間で主張する。 クラフは、そんなキリを見て、少し考える素振りを見せてから、ミケルに笑いかけた。 「久々ですし、大目に見ませんか? ミケル」 「まぁ、最初からそのつもりだけどな」 同じ結論なのだが、まぁいいだろう。 キリの顔が明るくなった。 「わぁ〜い!」 ミケルは左手の(風難よけの)腕輪につけている飾りをとった。 そして、かけていた縮小の魔法を解くと、いつもの杖に戻る。 「よし、じゃぁ、北の森に行くか!」 「うん」 「はい」 キリは自分の杖を呼び、クラフは左手から右手に持ち替えた。 それから三人はそれぞれ移動魔法を使った。 北の森に着くと、三人は久々に、子供に戻ったようにはしゃぎ回った。 + + + 「あ、そろそろ戻りません?」 日が傾きだしているのに気づいたのは、やはりクラフだった。 天候や日の傾きを気にしているのは、いつもの癖なのかもしれない。 「そうだな。レフェも心配するだろ。な、キリ」 「やだぁ、まだ遊ぶ!」 キリは、小さな子供のように駄々をこねる。 普段、城にこもりっぱなしのキリは外で遊ぶことが一番の楽しみだ。 ミケルとクラフも一緒となると、かなり珍しい。 仕方がない、と言ってしまえばそれだけだが、やはりまだ14歳。遊び盛りなのだろう。 「キリ、自分の立場を考えろ! ヒマがあれば、いつでも遊んでやるって言っただろ?」 「う〜……」 キリの目にうっすら涙が浮かびだしている。 しかし、ここで許してしまってはきりがない。 「キリ……今日はもう帰れって。生誕祭でまた会えんだから」 「そうですよ。私達もそれを凄く楽しみにしてるんです」 どうにか納得させようと、二人は必死である。 そこへ、どこからともなく声が聞こえてきた。 「キリ様、帰りましょう。ミケル様もクラフさんも、お困りですよ」 「レフ?」 「レフェか?」 「はい」 丁度キリの後ろの茂みから、草をかき分けつつレテーフェが姿を現した。 いつからそこにいたのだろうか? 三人は全く気配に気づいていなかった。 「……どうやって此処を知ったんだ?」 内心はビクビクもので、ミケルは尋ねた。 ここは、北の森。ケティアからは、そう大して遠くはない距離にある。 遠くはないとはいえ、そう簡単に見つかるはずがないのだ。 「それはもう、キリ様のいらっしゃる所ですし」 それは、ある意味危ない関係なのでは、とミケルは頬を引きつらせた。 少し引いているミケルを見て、レテーフェはくすりと笑う。 「冗談ですよ。そこまで驚かれなくても」 (冗談ですませるなよっ!) ミケルは声には出せず、心の中で思った。 「自分も、そこまでわかれば良いのですが、生憎そういう力はないようです。今日は、偶然キリ様の魔法の気配を感じたものですから」 「そ、そうか」 それにしたって、見つけだすくらいなのだから、相当なもののハズである。 納得する以外嫌な予想になってしまうので、ミケルは考えることを放棄した。 さて……と言うと、レテーフェはキリの前に立った。 キリの身長はミケルより顔一つ分低い。 つまり、レテーフェと向かいあうとかなり小さく見えてしまう。 「キリ様」 「やだぁ……まだ遊ぶぅ……」 左目から涙をボロボロとこぼしている。 レテーフェは困りましたね、と苦笑いし、キリに目線を合わせるためしゃがんだ。 「キリ様が、最近仕事ばかりで、遊びたいと思っていらっしゃるのは十分承知です」 キリはレテーフェに目をあわされると、大人しくなった。 昔から、この目をあわされるとキリは黙ってしまう。 「ですが、やはり城にお戻り下さい。皆が心配しております」 「で、もぉ……」 レテーフェは柔らかく微笑むと、キリの涙を右手で拭った。 「大丈夫です。また、お暇な時にこちらにいらっしゃればよろしいでしょう?」 どうやら、遊びに来るぶんには良いらしい。 なんだかんだ言って、キリには甘いレテーフェなのだ。 「……わかった」 「もう平気ですね?」 キリは首を縦に振った。 残りの涙を袖でぬぐい取り、笑顔を作ると、レテーフェ越しにミケルとクラフに手を振った。 「ボク、帰るね! また来るから」 「おう」 「はい」 キリは二人の返事を聞くと、嬉しそうにレテーフェの袖を引く。 「それでは、ミケル様、クラフさん、失礼致します」 レテーフェは腰に下げている剣を鞘から抜くと、地面に突き立てた。 そして、剣の柄の先についた水晶に手をおくと呪文を唱えだした。 レテーフェの剣についている水晶は、魔法使いの杖についている物と同じだ。 つまり、杖を使わず魔法が使えるのだ。 レテーフェは剣術と魔法、両方いっぺんに使えるから便利……と言っているが、相当な技量が必要なハズだ。 「大地に宿りし土精、我が力の元に集まり、その力を発揮せん。そして、我らをケウヌ王城まで運ぶことを願う、砂移包(さいほう)!」 レテーフェの守護は火豹。 おそらく、土系の魔法を使ったのは、土龍が守護であるキリのためだろう。 二人の姿は、地面から巻き上がった砂に包まれ見えなくなった。 「……帰ったな」 「そうですね。私達も帰りますか」 「そうだな」 残った二人も、それぞれ家に帰った。久々の騒がしい日はとても楽しかった。 + + + 「あん時が、一番楽しかったなぁ……」 思わず顔がほころんだ。 キリとクラフと三人で遊んだ日々、小さい頃に他の子供と遊ばなかった分、余計に楽しかった。 空を見上げると、今日も星が綺麗に見える。 その吸い込まれそうな紺色に見入っていると、一筋の光が見えた。 流れ星。 それは、決意したあの日も同じように流れた。 back top next |
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