第4話 『回想4:切っても切れぬ縁』

 また、一年が過ぎ……蒼瑠璃1155年 朱珊瑚99年 夏の赤月。

 ミケルは14歳になった。

 丁度、ティナに会う一年前のことである。

 ミケルは、魔法術塔の生活に慣れ、仕事も随分こなしていた。

 そんなある日、ミケルはつまらなそうな顔をして、廊下を歩いていた。

 すれ違う人々は関わることをさけ、道を開いてくれる。

 そして、ある部屋の前に立つと、思いっきりドアを蹴って開けた。

「オイッ! 何の用だよ、長老!」

「じっ……じじいじゃと?! ミケルっお主は……」

 扉のその向こうに、白く長いヒゲが特徴の老人――長老が、顔を赤くして怒っていた。

 ミケルの使える魔法術塔の最高位につく者……のはずなのだが、その威厳はどこ吹く風。

 周囲の者は大分慣れた様子で、ああまたか、とため息をついていた。

「別に、いーじゃねぇか。一年も経つのに、まだ慣れねぇのかよ。じ・じ・い!」

 長老の言葉を遮り、ミケルはわざと強調して言う。

 大きく息を吸い込んだ長老が、まだ何か言うことは予想が付いた。

 過労とかで倒れられても困るため、ミケルは自分から最初の話題に戻すことに決めたのである。

「……で、ホント何の用だよ」

「ん? ああ、そうじゃった。今度行われる、スシャラ国王 キリ・シャスラ様の生誕祭で、また、やってくれぬか?」

「また……かよ」

 ミケルは呆れ顔である。

 なんせ、去年魔法術塔に入ったばかりの時も頼まれたからだった。

 まぁ、去年は突然話が舞い込んだわけではなく、最初に審査が行われた上でのことだったのだが。

「第一、何にもやってないのにオレか?」

「仕方なかろうに。この魔法術塔は、スシャラ国の中で、一番と呼ばれておるから、こういう物はまわってくるんじゃ」

 そう、この魔法術塔はスシャラの中でも力の強い者しか入れない場所なのだ。

 つまり、この長老がスシャラ国で一番偉い魔法使いとなる。

 だがしかし、それが理由になるのだろうか?

「それに、国王様が、お主を指名してきたんじゃぞ?」

 はたと、ミケルの思考は停止した。

 心当たりは当然一つ。右手を握りしめて自分を落ち着かせると、息を大きく吐いた。

 ここで断っても、本人が直接言いに来る可能性はある。

 承諾の道以外に、選択肢はなかった。

「別に良いけどよ」

「たのんだぞぇ」

 長老はそう言うとミケルを家に帰したのだった。


 + + +


 翌日。

 魔法術塔 裏庭の木の上で、他の魔法使い達を見下ろしながら、ミケルはつまらなそうな顔をしていた。

 いくら力の強い者が集まっているとはいえ、ミケルと同等の者は少ない。

 さらに、相手をしてくれる機会も少ないため、面白くない……と言うより、普段は何もすることがない。

 以前は本をあさってみたこともあるが、全て読んでしまったので――しかもそれを全て覚えてしまったため、それもできない。

(親父んとこでも、遊びに行くか)

 ミケルが木を降り、塔に戻ると、入口の方がザワついていた。

 魔法術塔で騒ぎが起こる事は珍しい。

 通り道なので、仕方なく覗くと、長老と一緒にある人物がいた。

 見覚えがある気がする。それと同時に嫌な予感もする。

 こういう時は、自分の予感は大事にした方がいいと言うことを、ミケルは経験上知っていた。

 ミケルは、その人物に見つからないように、こっそり出ていこうとする。

 ところがやっぱり、見つかってしまった。

「ミケル〜。何処に行くんだい?」

 その人物は、ミケルのマントの裾を引っ張ってにっこりと微笑んだ。

 短い金髪が、光を反射している。

 自分の知り合いで、これだけ綺麗な金髪はただ一人。

「よぉ……キリ」

 半分ガックリしながら、ミケルは振り向いた。


 この人物こそ現国王 キリ・シャスラその人である。

 現在ミケルと同じ、14歳。

 王座についたのは、一昨年の12歳の時だ。

(タイミング、最悪だな)

 やはり予感は大事にした方がいい事を、再び思い知らされたのだった。


 国王であるキリと知り合いなのには訳がある。


 + + +


 八歳の時――六年前の事だった。

 ミケルが一人、町で遊んでいる時、路地でうずくまっていたのがキリだった。

"こんなとこで、何してんだよ"

 とミケルが問いかけると、嗚咽を飲み込みながら答えた。

"……知らない人が、ボクを此処に連れてきたんだ"

 少年――キリは横の焼け跡を指す。

 家一件分の焼け跡は、相当な燃え方をしたのか、大きな柱しか残っていなかった。

 迷子か? と尋ねようと考えたのだが、とりあえず話を聞くことにした。

"そしたら、火事になって……"

 よく見ると、少年――キリの顔の右側に包帯が見える。

"あ、近くの人に手当はして貰ったんだ。だけど、帰る方法がわかんない"

(ようするに、誘拐されてきたと)

 子供にしては冷静な判断をすると、ミケルは少年――キリに手をさしのべた。

"オレはミケル。とりあえず、ついてこい"

 少年――キリは初め戸惑った様子だったが、ミケルの手を取った。

 名乗ったことが大いに信頼を得たのかもしれない。

 それと、流石に子供は何もしないと思ったのだろう。

"うん。ボクはキリだ!"

 家に帰り、父親にキリの家を探して欲しい、と言うと驚いた顔をされた。

 なんせ、一週間ほど前から行方不明だった王子が、目の前にいたからである。

 世間のうわさ話など、無縁だったミケルが気づかないのは当然のこと。

 父親に、それを告げられると、ミケルはキリに尋ねた。

"……お前、王子サマだったのか?"

"うん……?"

 あっさり答えるキリを見て、ミケルは思わずため息をついた。

"あのなぁ"

 その後、父親の連絡で城からすぐ使いが来た。

 ケティアは西の端、城のあるケウヌはクーリョラ川の河口である東の端、と随分離れているので、時間がかかるはず。おそらく、使いは魔法で来たのだろう。


 ミケルはこの事で、キリと親しくなった。前国王の許しをもらい、よく城にも遊びに行った。

 だが、前国王が亡くなってからは、ほとんど会う機会がなかった。

 当然といえば当然。

 キリは一人っ子だったため、幼いながらも王位を継ぐことになったのだ。

 政治のことやら何やらで、ケウヌから出られなかったのだろう。


 + + +


「なあ、何処に行くつもりだったんだ?」

 キリの声で、ミケルは我に返る。

「いや、別に何処に行くってわけでも……」

「嘘だ! ボクから逃げる気だったんだろ?」

 ミケルより背が低いため、下から上目使いに覗かれる。

 キリの自慢の赤い目に、うっすらと涙が浮かんでいた。

 泣かれるのはかなり困る。

 自分自身も……だが、人目が一番問題だった。

「……わるかった」

「ふふ〜。わかればいいんだ!」

 珍しく自分から謝るミケルに、キリは楽しそうに跳ねた。

 その拍子に右側の顎まで届く長い前髪が揺れる。

 そこには、火傷の痛々しい跡が見えた。白い肌のはずが、変色し茶色に近い色になっている。

 傷は大したことはないはずだった。

 だが、完全な手当をするのが遅かったため、跡が残ってしまったのだ。

 そして右目は、完全に光を失った。

「で? 何しに来たんだよ、こんな遠くまで……」

「今日は遊びに来たんだ」

 仕事はいいのかよ……と内心思ったが、キリの場合全て片付いているに決まっている。

 なんせ、普段の振る舞いと言動から、幼く見える事が多い。

 だが、頭は良いし、政治絡みとなると、人一倍素早く動くことが出来るのだ。

 それもこれも、教育係の努力のたまものであって……

 はたと、ミケルの思考は停止した。

 その教育係が、何故この場にいないのだろうか?

 おかしい。真実をキリに問いただしたいが、ここは公の場だ、ひとまずは二人になってからの方がいいだろう。

 長老とキリが簡単な挨拶をしている間、ミケルは口を閉ざしていた。



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