第7話 『誘いの元、薄暗い森へ』

 翌朝。

「朝……だよな」

 ミケルが目を覚ました時、こんな事を言ったのは、窓から見える空が灰色の雲に覆われ、どんよりとしていたからだった。

 ベッドの上で、呆然と窓の外を見ていると、ドアを叩く音が聞こえた。

「ミケル、起きてますか?」

「ああ、入れよ」

 部屋に入ってきたのは、アレス一人。

 ティナは? と目で問うと首を横に振った。

 どうやら、まだ寝ているようなので、起こさなかったらしい。

「どうかしたか?」

 相手がアレスなので、かまわず着替えるとベッドの端に座った。

 アレスは傍にあった椅子を引き寄せ、座っている。

「ええ、少々気になる事があって」

「空、か?」

 ミケルは当たって欲しくないと思いつつ、聞いた。

「はい。何か、おかしいと思いませんか?」

「確かに。ここら辺は、雨なんか滅多に降らねぇもんな」

 一番南に位置するカロン島は、いつも晴れていて降水量が少ないことでも有名だった。

「雨が降っているのなら、まだ良いんです。でも、曇りなんて」

「早めに、用事を済ませた方がよさそうってか?」

 アレスが頷くと、ミケルは立ち上がった。

「んじゃ、さっさと起こしに行こうぜ」

 一度マントを手に取ってみたものの、アレスが羽織っていないので椅子に掛けなおした。

 ティナの部屋の前に立つと、アレスがノックしようとしたがドアが自然に開いた。

「えっ?!」

「む〜なぁに? 二人して朝早くから」

 着替え終わり、剣まで背負ったティナが、眠たそうな声で尋ねた。

「ティナ……起きてたんですか?」

「うん。火龍が、急いだ方が良いって」

 どうやら、ティナが何かに気づいたのではなく、火龍が教えてくれたらしい。

「じゃぁ、魔法術塔に行こうぜ。朝飯食って」

「はい」「うん」

 宿の主人は早起きが日課だったらしく、起きていたので、三人はすぐに朝食を食べることができた。

 カロン島の魔法術塔はとても小さいものだった。

 ミケルは風難よけの腕輪に小さくしてつけていた杖を、アレスは腕輪にしていた杖をそれぞれ元の大きさに戻した。

「もう開いてるのかなぁ?」

「さぁ、どうでしょう。すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」

 アレスが声をかけると、扉が自然に開いた。

 三人は一瞬驚き、つばを飲み込んだ。

「入れ……ってか?」

 中は、真っ暗で足元さえ見えない。

「みたいですね。ティナ、足元には気をつけ」

「うわぁ?!」

 アレスが注意したのも間に合わず、ティナが前に転んだ。

「いたたたたたっ」

「ったく、しゃーねぇな。地水火風全てを司り、その力を持つ光の精霊と、人の力より生まれし火精よ、我が力となり明かりとなれ、赤照灯(せきしょうひ)!」

 ホワホワッ と赤い火の球が三人の足元に現れた。

「ありがと、ミケル」

 パタパタ と服についたほこりをはらうと、ティナは立ち上がった。

「それにしても、不用心ですね」

 アレスが唐突に言ったとき、奥から音がした。

 何かの羽音のような音である。

"お客様〜デスか?"

 近づいてきたのは、翼の生えた白い生き物――うさぎだった。

「うさぎ?」

 ティナは判断に迷っている。

 確かに、あの白く長い耳、赤い目はうさぎの特徴のはずである。

 しかし、背中の翼が疑問をもたせていた。

"初めまして。ボク、案内するように言われてるんデス"

「えっと……ここの長老様の使い魔さんですか?」

 一つの答えが纏まりつつあったので、アレスは念のため尋ねた。

 うさぎはうさぎでも、生物としての気配が違うのである。

"あい! であであ、ついてきて下さい!"

 うさぎの後についていくと、ある一室に案内された。

 その部屋は魔法がかかっており、外と比べてかなり涼しい。

「涼し〜い」

 三人はソファーに座ると、涼しさをかみしめた。

"それであ、ここで待ってて下さい!"

 うさぎは一言断ると、再び外にでていった。

「なぁ、アレス。ここの長老は相当な実力者か?」

 部屋にいないのに魔法をかけておける者など、力がないとできないはず、とミケルはふんだ。

「はい。ライゼ様のお話では、確認できる長老様方の中で一番の年上だそうです」

「推定年齢、100歳とか?」

 ティナは半分冗談で笑いながら尋ねた。

 あはは、とアレスも同じく笑い返す。

「ティナ、それくらいなら僕もわかりますよ。でも……150歳だそうです」

「「150?!」」

 ティナとミケルは同時に叫んだ。

「あくまで、聞いた話ですって」

 その時、扉が開いた。

「すみませんねぇ、またしてしもうて」

 噂をすれば何とやら……長老が入ってきた。

「初めまして。シグス国 アシュレの長老 ライゼ様から使わされた、アレスです」

 アレスはソファーから立つと、ペコリとお辞儀をした。

「……おおっ、では例の物を!」

「はい」

 アレスは魔法水晶(マジッククリスタル)の袋を取り出すと、縮小の魔法を解いた。

 そして、元の大きさに戻った水晶を机の上に静かに置いた。

「ありがとうございます」

「いいえ。お礼を言われるほどのことではないですし、長老様の頼みですから」

 にっこりと顔だけの笑みを浮かべるアレスをみて、ミケルは心の中で叫んだ。

(嘘つけ。あんだけ嫌がっていたくせに)

 アレスはそれに気づいたのか、一瞬ミケルの方を向いた。

「な、何だ?」

「いいえ、何でもありませんよ」

 一瞬見透かされたか、とビクビクしたミケルだったが、アレスが何もしないのでほっと胸をなで下ろした。

 しかし、この場合あとが怖いことを、まだミケルは気づいていなかった。

"ご主人様〜お客様デス〜"

「おお、雪茄(せつな)。少し待って貰うように、言っておくれ」

"は〜い"

 雪茄――先ほどのうさぎは用件を伝えると、仕事をしにでていった。

「すみませぬな、他にお客がきたようで」

「はい。僕達の仕事は渡すだけですから……それでは、失礼します」

 アレスにつられてティナとミケルも部屋を出た。

「これで…おしまい?」

 退屈そうにしていたティナが、解放されたのか? と首を傾げてきた。

 おしまいですよ、とアレスが告げると、顔が明るくなった。

「じゃあ、少しこの島を探検しようよ」

 どうやら、初めからそのつもりだったようで、ティナははしゃいでいる。

 天気のことが少し気がかりだったので、アレスはミケルに目線でどうします? と尋ねた。

「オレは……どっちでもいい」

 ミケルはため息をついた。

「ホント〜?」

「でも、一体この島の何処へ?」

「……」

 そこまで考えていなかったティナは、黙り込んだ。

「せめて……」

「決めた!」

 ミケルが言うと同時に、ティナは思いついたらしい。

「この島の中心。遺跡があるかも、ってとこ!」

「あの森……越えるのかよ」

 道の向こうには、木々が積み重なる薄暗い森が見えた。

 とてつもなく嫌な予感がよぎる。

「いいじゃん。決定!」

 すっかりティナのペースに二人は巻き込まれていた。

「わかりました。でも、ティナ、荷物は持っていきましょうね?」

 今にも飛び出しそうなティナを押さえ、一度宿に戻った三人は準備を整えた。

 勿論、アシュレで買ったおやつを忘れずに。

 そして三人は、島の中心へ向かった。


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補足 雪茄は「は」を「あ」で喋ってます。

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