うっそうと繁る森の中、足音だけが嫌に響く。 風はない。となると、元凶はただ一つ。 草をかき分ける音を聞きつけたティナが、再び声を上げた。 「また来た!」 「分かった。アレス!」 すぐに立ち上がったのはティナ。まだまだ疲れが見えていない。 その声にミケルが呼応し、息を切らしたまま座り込んでいる、アレスに声をかけた。 「まっ、また走るん……です……か?」 「んーもう無理みたい。仕方ない」 人差し指を額に当て、思案していたティナが、背中の剣を抜いた。 音のした方向を睨み、剣を構える。 「ったく、めんどくせぇな」 文句を言いつつその方向を向き、ミケルも杖を構えた。 「相手は全部で三匹。一人あたり、一匹ね」 「ぼ、僕も数……に入っ……て……るんですね?」 ぜーハーと息を切らせながらアレスは立ち上がった。 立ち上がるまではいいのだが、まだあまり頼りにはなりそうになかった。 術に使うはずの杖が、支え棒になっているのだから。 「当然」と言い切るミケルは、アレスの背を思い切り叩くとにやりと笑った。 「じゃぁ、二人とも、そっちは任せた」 ティナは前からきた一匹のほうに向かう。 残りの二匹は、回り込み横の茂みから今にも飛び出してきそうである。 「そもそも、何でこうなったんだ?」 水系の結界――青海壁(せいかいへき)を張ったミケルが、首を傾げながら呟いた。 + + + 十分ほど前。 森を歩き続け、少々疲れた三人は、小休止を取っていた。 「やっぱり森の中って良いなぁ」 地図を見ている二人をそっちのけで、ティナは大きく体を伸ばした。 曇り空も少しばかり晴れてきて、憂鬱になりかけた気分も晴れそうである。 「大体中心まで、一時間くらいですかね」 「まぁ、地図上はな。それも、何もなけりゃぁの話しだ」 チラリとティナをみて、ミケルは考え込む。 「何も起きなければ……ですか」 その言葉があまりにも重くのしかかる。 心配にかられたアレスが、ミケル同様思案しようと腕を組みかけたその時。 「やばっ! 逃げるよ、二人とも!」 ティナの焦った声が聞こえた。 「なんなんだよ、いきなり」 「そんなこと言ってる場合じゃなーいっ!」 それだけ言うと、ティナは森の奥へ走っていった。 何がなんだか分からない二人だったが、見失うわけにもいかず、とにかくあとを追うことに決めた。 しばらくすると、後から何かが追いかけてくる気配がする。 「き、きたぁ〜!」 ティナが、珍しくすっとんきょうな声をあげた。 「ちっ、二人とも、先に走れ!」 ここまでくれば、ティナが何かをやらかしたことは明白だった。 ミケルは舌打ちをすると、一人立ち止まり追いかけてくるそれの方を向く。 「って、どうするの?」 「少し止める。海に住みし水精よ、我が力となり敵の足を止めろ、水網(みずあみ)!」 大気中の水気が集まり、水の網を形成する。 蜘蛛の巣のようにそこら中に張り巡らすと、すぐにミケルは踵を返した。 「これで、少しはもつだろ」 大分距離をとったところで、小休止もかね座りこんでいた所なのである。 + + + 「こんな感じでしたよ」 息切れから解放され、元気になったアレスが、ミケルの青海壁の内側に風系の結界――緑真壁(りょくしんへき)を張りつつ、全てを説明してくれた。 全ての元凶は前で戦うティナにある。 何をしでかしたのかは知らないが、ともかく野生動物を怒らせるようなことをしたことは明白である。 「どーも……結局、原因はまたティナかよ」 ため息をついても仕方がないのだが、やはり口に出てしまう。 別段、戦闘が嫌いな訳ではないのだが、トラブルに巻き込まれるのはあまり好きではない。 「ですね。どうします?」 「どうするって、なぁ……」 とにもかくにも、この獣たちを殺さない程度に痛めつけるしかない。 それか、再起不能に……殺すしかなくなる。できることなら後者は行いたくはないのだが。 どちらにせよ、何かきっかけが欲しかった。 「あーっもうっ!」 どう扱っていいのか分からないまま、ティナは剣に炎を起こした。 獣が炎を本能的に避ける。 その瞬間を、ミケルは見逃さなかった。 「海に住みし水精よ、我が力となり敵を眠らせろ、水泡眠(すいほうみん)!」 淡い色の水の球が現れると、順番に三匹の獣を包んでゆく。 獣たちは初めは藻掻いていたが、眠りの効果が現れはじめると、大人しくなった。 全ての獣が水泡眠で眠ったのを確認すると、ミケルは解呪文を唱えた。 このままにしておけば、日の暮れる頃に目を覚ますだろう。 「これで、終わりか」 「ですね。静かになりました」 一難去ってまた一難は、ゴメンだと、再び歩き始めようとしたティナの襟首を、ミケルは引っ張った。 アレスはそれを止めもせず、結果的にティナの体が後ろへ傾くこととなる。 「わぁっ?! なにするの!」 「余計なことすんじゃねぇ。また面倒だろ」 「えー。でもぉー」 「ティナ、あと少し休んだら、出発しますから待って下さいね」 「ん〜……わかった」 アレスにまで説得されて、ティナは歩き回るのを諦めて、切り株の上に座った。 そして、ようやく本当の休憩が訪れたのである。 back top next |
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