第1話 『それはもう、緊急事態です』

 うっそうと繁る森の中、足音だけが嫌に響く。

 風はない。となると、元凶はただ一つ。

 草をかき分ける音を聞きつけたティナが、再び声を上げた。

「また来た!」

「分かった。アレス!」

 すぐに立ち上がったのはティナ。まだまだ疲れが見えていない。

 その声にミケルが呼応し、息を切らしたまま座り込んでいる、アレスに声をかけた。

「まっ、また走るん……です……か?」

「んーもう無理みたい。仕方ない」

 人差し指を額に当て、思案していたティナが、背中の剣を抜いた。

 音のした方向を睨み、剣を構える。

「ったく、めんどくせぇな」

 文句を言いつつその方向を向き、ミケルも杖を構えた。

「相手は全部で三匹。一人あたり、一匹ね」

「ぼ、僕も数……に入っ……て……るんですね?」

 ぜーハーと息を切らせながらアレスは立ち上がった。

 立ち上がるまではいいのだが、まだあまり頼りにはなりそうになかった。

 術に使うはずの杖が、支え棒になっているのだから。

 「当然」と言い切るミケルは、アレスの背を思い切り叩くとにやりと笑った。

「じゃぁ、二人とも、そっちは任せた」

 ティナは前からきた一匹のほうに向かう。

 残りの二匹は、回り込み横の茂みから今にも飛び出してきそうである。

「そもそも、何でこうなったんだ?」

 水系の結界――青海壁(せいかいへき)を張ったミケルが、首を傾げながら呟いた。




 + + +




 十分ほど前。

 森を歩き続け、少々疲れた三人は、小休止を取っていた。

「やっぱり森の中って良いなぁ」

 地図を見ている二人をそっちのけで、ティナは大きく体を伸ばした。

 曇り空も少しばかり晴れてきて、憂鬱になりかけた気分も晴れそうである。

「大体中心まで、一時間くらいですかね」

「まぁ、地図上はな。それも、何もなけりゃぁの話しだ」

 チラリとティナをみて、ミケルは考え込む。

「何も起きなければ……ですか」

 その言葉があまりにも重くのしかかる。

 心配にかられたアレスが、ミケル同様思案しようと腕を組みかけたその時。

「やばっ! 逃げるよ、二人とも!」

 ティナの焦った声が聞こえた。

「なんなんだよ、いきなり」

「そんなこと言ってる場合じゃなーいっ!」

 それだけ言うと、ティナは森の奥へ走っていった。

 何がなんだか分からない二人だったが、見失うわけにもいかず、とにかくあとを追うことに決めた。



 しばらくすると、後から何かが追いかけてくる気配がする。

「き、きたぁ〜!」

 ティナが、珍しくすっとんきょうな声をあげた。

「ちっ、二人とも、先に走れ!」

 ここまでくれば、ティナが何かをやらかしたことは明白だった。

 ミケルは舌打ちをすると、一人立ち止まり追いかけてくるそれの方を向く。

「って、どうするの?」

「少し止める。海に住みし水精よ、我が力となり敵の足を止めろ、水網(みずあみ)!」

 大気中の水気が集まり、水の網を形成する。

 蜘蛛の巣のようにそこら中に張り巡らすと、すぐにミケルは踵を返した。

「これで、少しはもつだろ」

 大分距離をとったところで、小休止もかね座りこんでいた所なのである。




 + + +




「こんな感じでしたよ」

 息切れから解放され、元気になったアレスが、ミケルの青海壁の内側に風系の結界――緑真壁(りょくしんへき)を張りつつ、全てを説明してくれた。

 全ての元凶は前で戦うティナにある。

 何をしでかしたのかは知らないが、ともかく野生動物を怒らせるようなことをしたことは明白である。

「どーも……結局、原因はまたティナかよ」

 ため息をついても仕方がないのだが、やはり口に出てしまう。

 別段、戦闘が嫌いな訳ではないのだが、トラブルに巻き込まれるのはあまり好きではない。

「ですね。どうします?」

「どうするって、なぁ……」

 とにもかくにも、この獣たちを殺さない程度に痛めつけるしかない。

 それか、再起不能に……殺すしかなくなる。できることなら後者は行いたくはないのだが。

 どちらにせよ、何かきっかけが欲しかった。

「あーっもうっ!」

 どう扱っていいのか分からないまま、ティナは剣に炎を起こした。

 獣が炎を本能的に避ける。

 その瞬間を、ミケルは見逃さなかった。

「海に住みし水精よ、我が力となり敵を眠らせろ、水泡眠(すいほうみん)!」

 淡い色の水の球が現れると、順番に三匹の獣を包んでゆく。

 獣たちは初めは藻掻いていたが、眠りの効果が現れはじめると、大人しくなった。

 全ての獣が水泡眠で眠ったのを確認すると、ミケルは解呪文を唱えた。

 このままにしておけば、日の暮れる頃に目を覚ますだろう。

「これで、終わりか」

「ですね。静かになりました」

 一難去ってまた一難は、ゴメンだと、再び歩き始めようとしたティナの襟首を、ミケルは引っ張った。

 アレスはそれを止めもせず、結果的にティナの体が後ろへ傾くこととなる。

「わぁっ?! なにするの!」

「余計なことすんじゃねぇ。また面倒だろ」

「えー。でもぉー」

「ティナ、あと少し休んだら、出発しますから待って下さいね」

「ん〜……わかった」

 アレスにまで説得されて、ティナは歩き回るのを諦めて、切り株の上に座った。

 そして、ようやく本当の休憩が訪れたのである。


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